いや、ケイに表立っては文句を言ってこないだろうが、絶対裏で羨ましがられる。……少しでも誤魔化せるように、ケイは義勇隊の皆への差し入れとして、香辛料の類も買い足すことにした。これで彼らの食事も少しは彩りが出るだろう。

そうして、デザートの新鮮な果物―みかんとオレンジの合いの子のような柑橘類―も平らげて、今日狩ったウサギ肉を、義勇隊へお裾分けしにいった。

また侘しい食事に逆戻りかと恐れていた義勇隊の面々は、ケイが約束通りウサギとともに姿を現したことで安心したようだ。

おれたちも、自力で確保しようとしたんだが

マンデルが、いち狩人として忸怩たる思いを滲ませていた。

……残念ながら、ケイほどには狩れなくてな

マンデルがかろうじて2羽仕留めただけで、他の狩人たちは1羽か、矢を無駄にしたかのどちらかのようだった。

近づいたら逃げられるし……

逃げられない距離からだと必中ってわけにもいかないし

そもそも見つけられねえよ……

と、狩人の面々は口惜しげにしている。普段、彼らは畑を荒らすイノシシや鹿なんかを相手にしていて、草原のウサギのように、すばしこくて小柄な獲物にはあまり慣れていないとのことだった。

ケイは、弓の腕もさることながら、抜群の視力で、かつサスケに乗って視点を高くして狩りに挑んでいるので、徒歩で慣れない獲物を狩ろうとしていた彼らと比べるのはあまりフェアとは言えなかった。

ともあれ、ケイが供給したウサギ肉と、お裾分けの香辛料に皆は大喜びだ。

ちゃっかりケイも夕食のスープのご相伴に預かってから、 また明日 と別れを告げて、今度はコーンウェル商会の馬車へ向かった。

交渉するまでもなく諸々に二つ返事でOKをもらい、馬車の直ぐ側のスペースを借りてテントを設営することになったのだった―

―よし

すっかり日も暮れて、夜番の兵士や護衛の戦士以外は、早々に眠りにつこうとしている。

ケイもまた、テントの中、新たに購入した毛皮やクッションでパワーアップした寝床にいそいそと潜り込んだ。

かなりいい感じだ。今夜はよく眠れるだろう。

泥棒避けの篝火の明かりが外で揺れている。夜番を担当する兵士や護衛の戦士たちの、かすかな話し声だけが響いていた。

テントの中はほぼ真っ暗闇だが、ケイの視力なら、入り口の隙間からかすかに差し込む光だけでも充分だった。

胸元から、アイリーン謹製・お守り型の通信用魔道具”小鳥(プティツァ)“を取り出す。

目覚めろ小鳥(プティツァ)

ケイがキーワードを囁くと、ズズッと手元の影が蠢き、かすかに魔力が抜き取られていく感覚があった。

これはサティナの自宅の魔道具”黒い雄鶏(チョンリピトゥフ)“と対になっており、今頃は”警報機”を応用した機構で、着信を知らせる呼び鈴が鳴っているだろう。

待つこと数十秒。手元で再び影が蠢き、ズズ……と文字を形作った。

『元気?』

アイリーンからの通信。彼女の手癖が再現された筆致に、思わず笑みがこぼれた。

元気だよ

外の夜番たちに気取られないよう、最小限の声量で答える。

『……良かった』

数秒後、返事があった。

そっちこそ、元気か?

『……ケイの目がなくなって、酒を堪えるのが大変』

アイリーンが断酒に苦しんでいるのは、このところいつものことなので―つまり元気というわけだ。

俺も、アイリーンと一緒に断酒続けてるから、頑張ろう

『……(大きな溜息)』

この通信機は出発前にテスト済みだったが、実際に使ってみると、字幕機能みたいで妙に可笑しかった。

そっちは、何か変わったことは?

『……特にない。飛竜討伐軍が何日で帰ってくるか、賭けが流行ってるくらい』

アイリーンは賭けた?

『……毎日明日に賭け続ける羽目になる。やめておく』

……一日でも早く会いたいのは、お互い様だ。

こうしてリアルタイムに連絡が取れるだけでも、この世界ではありえないほど恵まれているが。

……それがいいな

『……そっちは何か、ニュースは?』

ああ、そうだ。ビッグニュースがある

こっちには話題が山盛りだ。ケイは寝転がったまま、ぐいと通信機に向けて身を乗り出した。まるで目の前にアイリーンがいるかのように。

なんと近衛狩人に任命されたぞ

『……Что(シュト)?』

ロシア語での表示。英語で言うなら What? だ。

思わず母国語で はァ? と漏らしてしまったであろうアイリーンの困惑顔が目に浮かぶようで、ケイは周りに気取られぬよう、笑い声を噛み殺すのに必死だった。

それから、ぽつぽつと説明した。

ヴァルグレン氏が実は宰相だったこと。いきなり呼び出しを食らったこと。通信保全を建前にボーナスタイムに突入したこと。それからコウとヒルダについても。

アイリーンも、『……マジかよ!』『……やったじゃねえか!』『……おう、コウの旦那がそんなことに!?』『……イリスが泣くなぁ!』などと大盛り上がりで。

お互い、相手の言葉は文字で表示されているので、ちょっとした通信のラグを挟みつつ、久々の(二日ぶりだが、二人にとってはもっともっと長く感じられた)会話であることを鑑みても、話題は尽きる様子を見せなかった。

ケイはいつの間にか、傍らにアイリーンが寝転がっていて、戯れに至近距離で手紙のやり取りでもしているような、そんな錯覚に陥りつつあった。

きっとアイリーンも、ふたりの部屋のベッドに寝転んで、ランプに揺れる影文字を眺めながら、似たような気持ちを抱いているに違いない―

このまま夜が更けるどころか、朝まで語り尽くせそうな気分だったが。

残念ながら、1回あたりごくわずかとはいえ、自前の魔力を消費する魔道具なので徐々に限界が近づきつつあった。

肉体的な疲労に、魔力の消耗まで加わって、まぶたがどんどん重くなってくる。

『……眠いんだろ? 今日はこれくらいにしとこうぜ』

ケイの状態を察したのか、アイリーンが気遣いを見せた。

あるいは、気を利かした影の精霊(ケルスティン)が、『(眠たそうな目)』とでも表示したのかもしれない。

ホントは、もっと話したいけど……そうしようか

目をこすりながら、ケイは言った。

…………

名残惜しげに、手の中の魔道具に視線を落とす。木の板に水晶や宝石が組み込んである作りで、どことなく地球のスマホを彷彿とさせるデザインだった。

画面なんてないけれど―アイリーンと見つめ合っているような気がした。

ヤ ティビャー リュブリュー、アイリーン

ちょっとだけはっきりした声で、ケイは告げた。

アイリーンと一緒に暮らすうちに、ちょっとずつロシア語もかじり始めたケイが、一番言い慣れている言葉だ。

『……けい、すき。あいしてる』

アイリーンの返信が日本語で、ひらがなで表示されていたのは―つまりそういうことだ。彼女もまた、ケイに暇を見ては日本語を教わっていたから。

愛おしくてたまらなくて、思わずケイが チュッ と唇で音を立てると、ほぼ同時に『(キスの音)』と表示された。

笑い声を堪えるのに苦労した。

……おやすみ、アイリーン。明日もまた、連絡するよ

『……楽しみにしてる。おやすみ、ケイ。いい夢を』

名残惜しいが、そこで通信を切り上げた。

大事に胸元に魔道具をしまい込んだケイは、仰向けに寝転がり直す。

……ふふ

テントの中、独り、ガラでもなく幸せそうな微笑みを浮かべたケイは、毛布にくるまって、ほどなく寝息を立て始めるのだった。

109. 機嫌

改良したフカフカの寝床で、ケイは爽やかな朝を迎えた。

……正確には、ちょっと寝過ごした。寝心地の良さに加えて、昨日は夜ふかしまでしていたからだ。

おーい、ケイ。起きろー

……んが

コーンウェル商会の馬車の護衛、ダグマルが起こしに来るまでいびきをかいていたくらいだ。

初冬にもかかわらず、テントの外が明るい。つまり朝日はかなり昇っているということだ。

このまま寝てたら置いていかれるぜ?

うおっ、まずい!

テントを片付けたり身支度したりで、何気に準備に時間がかかるのだ。ケイは慌てて飛び起きた。

よく眠れたみたいじゃないか。それにしても、こいつはまたずいぶん色々と買い込んだもんだな

テントの中の、クッションや毛布を覗き見て、ひげモジャのダグマルはクックックと忍び笑いを漏らす。

まあな、せっかくの臨時収入だったから。起こしてくれてありがとう

なぁに。まあ今すぐ出発ってわけでもねえし、ぼちぼち朝飯だからよ。ケイの分も取っといてやるから、慌てず安心して支度しな!

ガハハと笑いながら、ダグマルは去っていった。夜番の明け方担当は朝食係も兼ねていたらしく、焚き火には鍋がかけられていて、粥(ポリッジ)的なものがぐつぐつと湯気を立てていた。

おお、ありがたい!

待望の温かな朝ごはんだ。ケイは手早く、革鎧を身に着けてテントや毛布を片付け始めた。

―粥はお世辞にも美味とは言い難かったが、初冬の冷える朝には、温かいものを口にできるだけで涙が出るほどありがたかった。

義勇隊の皆には悪いが、これだけでも商隊側に来た甲斐があるというもの……

お礼といっちゃなんだけど、昼頃には兎を獲ってくるよ

余分な荷物の運送代としていくらか支払ってはいるものの、毎度タダ飯にありついていては世間体が悪かろうと、ケイはそう申し出た。

おっ、そいつぁいいねえ! せっかくなら、食料には余裕があるし、しばらく馬車に吊るして熟成させようぜ。すぐに食うより美味えぞー

ケイの弓の腕をよく理解しているダグマルとコーンウェル商会の関係者は、兎肉が確定したことで大喜びしていた。

やはり馬車があると大違いだな、とケイはしみじみする。肉は熟成させた方がより美味い。それは常識だが、徒歩で余計な荷物を極力減らしたい義勇隊では、熟成させるひと手間なんてかけてられないのだ……しかも、わびしい食事に耐えながら、皆が皆、肉を我慢できるかと問われると……。

(しかし、義勇隊にも兎を持っていかないといけないしな)

そして本部に上納する猛禽類も狩らなきゃいけない。

うーむ、今日は忙しくなるな!

言葉とは裏腹に、ケイはルンルン気分だった。昨日、一昨日のケイとは同一人物と思えない。

クッションのおかげで快適に眠れたし、アイリーン成分も補給できたし、さらには温かな飯まで!こりゃ周囲にも貢献せねばバチが当たる、とばかりに。

ハイヨー!

“竜鱗通し”を握りしめて、颯爽とサスケに跨った。 えっ、普段そんなかけ声なくない? とびっくりした様子のサスケに二度見で振り返られながら、ケイは草原へと繰り出すのであった。

†††

サティナ周辺からウルヴァーンにかけては、ゲーム内だとリレイル地方と呼ばれていた。

草原や丘陵など、緑豊かな風景が広がる地域だ。

ただ、鉱山都市ガロンのある東部の辺境へ―つまり海側から陸側へどんどん進んでいくごとに、地形が起伏を増していく。

あと数日も進めば、草原はまばらになっていって、今ほどは兎の肉にありつけなくなるだろう。その代わり、森の動物を狩れるかもしれないが―草原ほど見晴らしはよくないので、狩りに専念でもしない限りは、やはり運が絡む。

公国は豊かだな

街道の周りを駆け巡り、獲物を探しながら、ケイは呟いた。その視線の先には、街道沿いに流れる河川がある。

北の大地では、ルート選択を失敗して、水不足で行き倒れそうになったものだ。

それに対し公国は、そこら中に水源がある。おかげで大軍でも水の調達には困っていないようだ。

サスケに澄んだ川の水を飲ませる。……すぐ近くを軍隊が通っているというのに、驚くほどの水質の良さ。

それもそのはず、みだりに水を汚すと精霊が怒り狂って何が起こるかわからないので、公国は水源の管理にかなり神経を尖らせているのだ。

なので、飛竜討伐軍においても、休憩のたびに工兵が穴を掘り、割としっかりしたトイレや食器の洗い場などが敷設されている。従軍魔術師だか錬金術師だかが、薬品などで汚物処理しているところも見かけた。

(あれは、ゲーム内にはなかったなぁ)

ポーション作成をはじめとした”錬金術”は存在したが、汚物処理の薬品なんてものは実装されていなかった。いくら現実に限りなく近いVRMMOを標榜していても、流石にそういった要素は。

だがこの世界にはあ(・)る(・)のだろう。

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