そういう『緊急時の連絡』の必要性があるやんごとなき方々は、それぞれ自前で魔術師を雇って、各々の手段を用意しているそうだよ。まだそこに食い込む余地があるかは謎だし、何より機密性の高い案件を貴族様と組んでやろうとすると、その、面倒なことが色々と―

オーライ、やめよう! よくわかった! この話はナシだ

天を仰ぎながら手をひらひらとさせるアイリーン。厄介事はうんざりと言わんばかりの顔だ。

まあ、何はともあれ、まずは”投影機”だろう。飛ぶように売れて他のことをやる余裕なんてなくなるかもしれないぞ

ケイがおどけた風に言うと、アイリーンもホランドも たしかに と苦笑した。

それじゃあ、とりあえずこれが作成に必要な材料のリストな

ふむ……。意外と安くつきそうだね

気分を切り替えたアイリーンが、羊皮紙をホランドに見せながらさらに具体的に話を詰め始める。

投影する図柄を増やすなら、もうちょっと高くなる。現状だと、想定してる図柄は五枚までだ。図柄の種類を追加するなら、触媒のラブラドライトと水晶がさらに必要になるだろうな

ほうほう……このぐらいの素材なら、明後日までには揃えられるだろう。仮に、明後日に全ての材料を渡せたら、試作品はいつ頃できるかな?

作業に集中できるなら一日でできる。ただ、静かで落ち着ける環境が欲しいな。宿屋だとちょっとばかし、その……わかるだろ?

アイリーンが小さくお手上げのポーズを取ると、ホランドは苦笑しながら頷いた。

少なくとも、魔術師の研究所に向いていないだろうね。そうだね、静かな環境か……街中で、となるとすぐの話にはならないかな

……やっぱ、難しいか

今後の将来的な計画―家についても話を切り出そうと思っていたのだろう、アイリーンの眉が少しばかり下がった。

いや、コーンウェル商会のツテをもってすれば、物件の一つや二つは容易く用意できるよ。なに、安請け合いじゃないさ、君らのためなら『上の方』はそれくらいするはずだ。お(・)抱(・)え(・)の魔術師に然るべき環境を与えず、いつまでも宿屋住まいさせているなんて知れたら、商会の沽券に関わるからねえ

お抱え、か

ふふん、と小さく笑ったアイリーンが、ケイに目配せしてくる。ケイも顎を撫でながらニヤッと笑い返した。とぼけたような顔で『既成事実』として語るホランドが可笑しかったからだ。

ま、それなら大船に乗った気持ちでいるさ……頼りにしてるぜ、旦那

こちらこそ。わたしも君たちと一緒に稼がせてもらわないといけないからね

わざとらしく悪い表情―元々垂れ目のいかにもお人好しな顔つきなので、全く悪役には見えない―を作って、揉み手してみせるホランド。ケイとアイリーンは思わず噴き出し、ホランドも柄ではないと思ったのか、腹を叩きながら笑っていた。

話し合いは終始和やかな雰囲気で進んだ。アイリーンはいくつか魔道具のアイディアを語り、ホランドは商人としての意見を述べながら、後で『上』に報告するのだろう、こまめにメモを取っていた。ケイもまた、今後の展望を語る。アイリーンと暮らす環境を整えつつ、できれば彼女に市民権を取得してもらいたいこと。また、自分自身もこれから少しずつ魔力を強化して、最終的には魔道具の制作にも取り組みたいこと、等々。

特にケイの魔道具に関して、ホランドは多大な興味を示しており、興奮を隠せない様子だった。ケイの契約精霊、“風の乙女”シーヴは元素の大精霊、伝説に語られるような存在であり、―その力を封じた魔道具に期待するなと言う方が無理、というわけだ。

実際、使い捨ての矢避けのお守りでも、とんでもない高値がつくだろうとホランドは予測していた。と同時に、軍事的にも非常に貴重であるため、領主クラスの干渉も視野に入れねばならず、慎重に対応する必要がある、とも。

まあ、君たち相手だから言うけどね

途中、茶を飲みながらホランドは訥々と語った。

この国における『魔術師』の価値は、多分、君らが考えているよりずっと重い。公国の魔術師はその多くが既に貴族のお抱えか、そうでなければウルヴァーンの公王のお膝元、魔術学院の出身者が大半だ。流れ者の魔術師なんて滅多にいないし、コーンウェル商会はこの分野で遅れを取っているから、この機会を逃すわけにはいかないんだよ

―だから、せいぜい自分たちを高く売りつけることだ、と。

わたしも、ご相伴に預からせてもらうからね

そう言って笑うホランドは、確かに商人の顔をしていた。

そのまま、昼過ぎには話し合いも一段落し、商会本部を辞したケイたちは近場の食堂で軽く食事を摂ってから、街へと繰り出した。

久々だなぁーサティナは

賑やかでいいことだ

人々の行き交う大通りをのんびりと歩く二人。

アイリーンは良質な麻のチュニックに黒いズボン、つややかな金髪をリボンでまとめてさらに頭巾をかぶった町娘風スタイル。ケイはいつものように、白いシャツと革のベスト、少しダボッとしたズボンという代わり映えのしないラフな格好だ。

それぞれ、腰には護身用の短剣を差し、ケイは”竜鱗通し”のケースも携帯している。弦を外し、ケースの中でCの字に曲がる”竜鱗通し”は、それでもサイズゆえになかなかの存在感があり、町中で異彩を放っていた。

道行く町人たちが物珍しそうな視線を向けてくる。一見、“草原の民”のような顔つきのケイを警戒しているのか、“雪原の民”の目を見張るような美少女に鼻の下を伸ばしているのか、あるいは どこかで見た顔だぞ と訝しんでいるのか。

今や、サティナの名が出れば必ず語られる”正義の魔女”ではあるが、アイリーンが実際に滞在した日数はごくごくわずかで、直接顔を見たことがある人間はもっと少ない。いくら武勇伝で聞く特徴と合致していても、まさか道ばたを歩いているのがその張本人だとは誰も思わないようだ。

なんとなくそれが可笑しくて、ケイとアイリーンは顔を見合わせてニヒヒッといたずらっ子のような笑いを漏らした。

さて、ケイたちは何の目的もなくぶらついているわけではない。大通りを曲がって街の北東部に向かう。

職人街だ。

サティナの知人、かつ誘拐事件の被害者家族でもある、矢職人のモンタンを訪ねようとしているのだった。事件後の心配もあるし、魔道具の作成では仕事を頼むことになるかもしれないし、ケイとしては、良質な矢を補充しておきたいという考えもあった。

昼下がりの食事時ということもあり、この時間帯の職人街はむしろ、落ち着いた雰囲気を漂わせている。記憶を頼りに小道を行き、角を曲がり―パラディー通りの十二番に、それはあった。

茶色のレンガで組まれた、二階建ての家。

モンタンの工房だ。

気のせいか―その家はまるで、賑々しい職人街にあって、息を潜めているかのように見えた。雨戸も半分閉じられて静まり返っており、どこか煤けた印象を受ける。ただ煙突から立ち昇る細い煙だけが、住人の存在を示していた。

…………

顔を見合わせる二人。ケイは訝しげに、アイリーンは心配げに。

こんこん、とドアノッカーを鳴らしても、しばらく反応はなかった。だがケイが続けて鳴らすと、少ししてから ……はい と小さな男の声。

こんにちは、俺だ、弓使いのケイだ

それに相方のアイリーンもいるぜ

一瞬の沈黙。すぐに、どたばたと騒がしい気配があり、バンッとドアが開かれた。

ああっ! あなたがたは!

姿を現したのは、矢職人のモンタンだ。くすんだ金髪にバンダナを巻いているのは相変わらずの、痩身の男。少しばかり疲れて見えたが、ケイたちの―特にアイリーンの―姿を認めるなり、パッと顔を輝かせた。

戻って! こられたんですね!

あ、ああ……

つい昨日、な……

ガシッと二人の手を取ってぶんぶんと振りながら、 信じられない と言わんばかりに笑みを浮かべるモンタン。その勢いに少し気圧されながら、ケイたちは事情を説明する暇もなくただただ頷いた。

リリー! リリー、お姉ちゃんが帰ってきたよ! アイリーンお姉ちゃんだ!

心ここにあらずといった様子で、モンタンが家の奥に向かって叫ぶ。 ささ、どうぞどうぞ! と手を引かれるままに誘い入れられるケイとアイリーン。しかし二人が困惑気味に浮かべていた愛想笑いは、奥の暗がりから顔を出した少女を見て、凍りついた。

リリー……?

目を見開き、アイリーンは呟く。その唇をわなわなと震わせて。

アイリーン……おねえ、ちゃん……?

かすれた声で、少女は―誘拐事件の被害者『リリー』は、どこか夢見るようなぼんやりとした口調で、アイリーンを呼ぶ。

父親譲りのくすんだ金髪。だが、以前の活発さは今や影も形もない。

そこにいたのは、目の下に濃いくまを作り、やつれ果てた幼い少女だった。

73. 再訪

前回のあらすじ

北の大地から公国に帰還し、城塞都市サティナへと舞い戻ったケイたち。

二人は、アイリーンが『正義の魔女』と謳われるようになったきっかけ、

誘拐事件の被害者『リリー』に会いに行く。

だが、二人が目にしたのは、見る影もないほどやつれた幼い少女の姿だった……

おねえちゃん……おねえちゃん!?

沈黙は長くは続かなかった。

ハッ、と夢から醒めたように目を見開いたリリーが、おぼつかない足取りで駆け寄ってきたからだ。

おねえちゃんっ!

リリー……

しゃがみこんだアイリーンが、やせ細った少女を優しく抱きとめる。 ほんと? 夢じゃない? とうわ言のように呟きながら、ぺたぺたと頬を触ってくるリリーに、どんな顔を向けるべきか―アイリーンはわからないようだった。

夢じゃないよ、本当だよ……。久しぶり、リリー

努めて優しくささやきながら、リリーをぎゅっと抱きしめる。それ以上、困惑の色を見せまいとするかのように。

アイリーンさん! ケイさん! お戻りになられたんですか?!

家の奥からさらに、前掛けで手を拭きながらキスカが慌てて走り出てきた。モンタンとキスカ、そしてその娘リリー。一家が揃った形だ。

しばらくぶりだな、本当に

おおよそ、三ヶ月ぶりの再会だろうか。改めてモンタンと握手しながら、ケイはリリーに視線を落とす。

幼い少女は―微かに震えているようだった。アイリーンの胸に顔を埋め、もう二度と離さないとばかりに抱きついて離れない。

彼女(リリー)に、何が?

ためらいがちにケイが問うと、バンダナを脱ぎ去ったモンタンは、沈痛の面持ちで口を開く。

……まだ、事件のことが忘れられないみたいなんです。夜もうなされて、ほとんど眠れないらしく……

……返す言葉もない。

信じていた人に裏切られ、誘拐され、監禁され。

挙句、奴隷として売り飛ばされるところだった。

幼いリリーが味わった恐怖、絶望はいかばかりか―。事件が『解決した』とはいえ、それは決して『終わった』ことを意味しないのだ、と痛感させられる。

そうか……

一同はただ、どうしようもない無力感に苛まれながら、抱きしめ合うリリーとアイリーンを見守ることしかできなかった。

†††

しばらくして、リリーが落ち着いてから、ケイたちは工房の奥でハーブティーをご馳走になった。モンタンの作品の一つだろうか、蔦が絡んだような小洒落た装飾のテーブルを皆で囲む。

リリーはアイリーンに隣り合って座り、アイリーンの手をギュッと握りしめながら、うつむき加減に飴を舐めていた。

黄金色の、蜂蜜飴―

本当に、帰ってきて頂けて良かった

木のマグカップで茶を飲みながら、モンタンがしみじみと言う。

あれから。

ケイたちが旅立ってから。

モンタン一家が、いつもの日常を取り戻すことは、ついに叶わなかったそうだ。

『正義の魔女』こと、アイリーンの英雄譚はサティナの街で一世を風靡した。だがそれは、モンタン一家が好奇の目に晒されることを意味していた。

ただ衆目を集めるだけならまだしも、『少女(リリー)が誘拐・監禁されていた』という事実はよからぬ憶測を呼び、しつこく詮索する者や、噂を鵜呑みにして勝手に同情する者、幼いリリーに下卑た言葉を浴びせる心無い者さえいた。

モンタンの工房には見物人まで押しかけてくる始末で、リリー本人はおろかモンタンとキスカも、迂闊に外を出歩けなくなってしまった。日常生活にすら支障をきたす現状―リリーが以前通っていた塾に、復帰する見込みも立っていない。

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