やあ、やあ、ケイにアイリーン。良かったよ来てくれて

二人の姿を認め、あからさまにホッとした様子を見せるホランド。小間使いの少年の話によれば、今まで彼が領主の応対をしていたはずだ。確かにその心労はひとしおだろうが―バトンタッチされる側としては堪ったものではない。

来ることは来たが、その、領主様に会うのか? 俺たちは

畏れ多くて気後れしているような声を出しながら、ホランドにだけ見えるよう表情で不満を訴えるケイ。周りには召使や役人といった関係者、騎士階級と思しき帯剣した者がちらほら見かけられたので、不満げな様子を気取られないよう気を遣う。

いやいや、突然で大変申し訳なく思う

少しばかり苦い顔をしたホランドが、トタトタと階段を下りてくる。歩調に合わせて太鼓腹が揺れる揺れる。

ワリィけど礼儀作法(プロトコル)とか全然ダメだぜ。貴族のなんて知らねえぞ

ポニーテールの先をいじりながらアイリーン。あまり気が進まないときの癖だ。

大丈夫、細かいことを気になさる方ではないから……

気にしないんだ、本当に……とどこか諦め口調でホランドは言った。彼もまた被害者の一人、というわけだ。

……まあ、光栄なことだと思うさ。それで、何を話せばいいんだ?

ふぅ、と溜息をついて、アイリーンが建設的な話題に切り替える。

主に 深部 のことだ。私も聞いた限りのことは話したんだが、何というか領主様は『現場主義』でね……チェカー・チェカーや巨大化した森は、私が実際に目にしたわけではないから

へえ。じゃあオレたちが見てきたものをそのまま語ればいいわけ?

その通り。特に武勇伝を好まれる方さ

そういうのなら俺たちよりもホアキンの方が向いてるだろうに

彼なら貴族慣れしているし、何より現場にいたのに、とケイが口を挟むと、ホランドはもっともらしく頷き、お手上げのポーズを取った。

もちろん探しているとも。ただ、夕方に備えて午睡(シエスタ)してるのか、姿が見当たらないんだ……今回に限って行きつけの宿には泊まってないみたいだし、ただでさえユーリアは旅芸人が多い街だから……

ああ~……と納得の声を上げるケイにアイリーン。吟遊詩人は酒場の賑わう夕方から夜にかけてが稼ぎ時だ。今頃は休憩を取っていてもおかしくない。

ホランド、客人の用意はいいか? 閣下がお待ちだ

と、階上から癖毛の栗色の髪の男がひょっこりと顔を出す。歳は二十代後半か、気位が高そうな顔立ちで瞳は薄い緑色だ。僅かに覗き見える肩までの服装から、一目で上流階級と看て取れる。それなりに鍛えているようなので騎士かもしれない。

畏まりました、すぐに参ります

愛想の良い商人の顔をしたホランドが、笑みを浮かべて一礼する。なんとなくケイもつられて会釈したが、隣のアイリーンは腕組みを解いただけだ。

よくよく考えれば、貴人相手に会釈だけというのは中途半端でかえって失礼になるのではないか? などと不安を覚えるケイ。しかし、栗毛の騎士(っぽい男)はこちらを一瞥して ふむ と声を上げただけで、そのまま顔を引っ込めた。気分を害した様子はない。

栗毛騎士の代わりに現れた従士に連れられ、階上へ。一応ホランドもついてくるようだ、彼には間を取り持って欲しいと切に願う。ケイたちはこれまで何度か『お偉いさんらしき人』―具体的にはウルヴァーンの銀髪キノコなど―に会ったことはあるが、こういった形で正式に謁見するのは初めてだ。

階段を一歩上がるごとに、ケイは柄にもなく自分が緊張していくのを自覚した。戦場と違ってアドレナリンで誤魔化せない分、むかむかと胸焼けが続くような感覚。

歩きながら、ホランドが簡単に補足する。領主の名は『データス=メルコール=ユーリア=リックモンド』。長くて一度では憶えられないが、ケイたちが直接その名を呼ぶ機会はないだろう。細かい礼儀作法を気にする人物ではないので、常識的な範囲で敬意を持って接すれば問題はない。部屋に入ったらとりあえず跪くこと。あとは相手の指示通りに受け答えすればいい―

階段を上がって日当たりの良い広間を抜け、板張り(フローリング)の大部屋へと通される。咲き乱れる花々の模様を描く、踏むのが躊躇われるような豪奢なカーペットが敷かれ、その上には長大なダイニングテーブルが無造作に鎮座していた。どうやらここは領主一族の食堂らしい。さり気なく、テーブルの脚に施されている蔦や人の顔の装飾も恐ろしく精緻だ。自分が仕留めた大熊の毛皮とこのテーブル、どちらが高く付くだろう、などとケイは詮無きことを考えた。

それからいくつかの部屋を抜け、ようやく領主の居室まで辿り着く。ちょうど建物を部屋伝いにぐるりと一周した形だ。この手の貴族の館には廊下がほとんどなく、大部屋が連結された構造を取ることが多い。そしてどの部屋にも使用人なり役人なりが詰めているため、万が一にも怪しい人物は奥まで辿り着けないという寸法だ。

そして領主にお目にかかる前に、ダメ押しのボディチェックがあった。ケイは従士が、アイリーンはメイドが数人がかりで、凶器を持ち込んでいないか入念に検査する。そうしてようやく、謁見の間へと通された。

湖とユーリアの街が見渡せる、特等席とでも呼ぶべき眺めの一室。

窓際のソファには小太りの中年オヤジが腰掛けている。いわゆる洋梨型の肥満、体型に比して小顔なため、その姿はひどくアンバランスに映った。短く濃い黒髭にぎょろりとした大きな瞳が印象的な人物だ。隣には先ほどの栗毛騎士が護衛として控えている。ホランドがすぐさま跪いたので、ケイとアイリーンも倣って畏まった。

この男こそが、ユーリアの領主『データス』なのだろう。第一印象として、あまり気が合いそうなタイプではないな、とケイは思った。

やっと来たか。お前が『公国一の狩人』、ケイとやらだな

顎髭を撫でながら、興味深げにデータス。とりあえずその足元に視線を落とし、目を合わせないようにしていたケイは、どう答えたものかわからず、軽く頭を下げ肯定するに留めた。

そして、そちらが『正義の魔女』か……ほほう……

一転、データスはアイリーンに目をやり、さらにもしゃもしゃと顎髭を撫でる。

よい、三人とも楽にせよ

データスが鷹揚に手を振ると、ホランドがすくっと立ち上がった。一拍遅れてケイとアイリーンも続く。アイリーンの顔を真正面から捉えたデータスが、 おお……! と感嘆の声を上げた。

アイリーン、といったか。サティナでの一件は聞いておる。噂に違わぬ美貌よな

……恐縮です

にこりともしない鉄面皮で、アイリーン。お前に褒められても嬉しくねえ、という心の声が聞こえた気がした。

雪原の民の出であったな。美人の唇から紡がれれば、独特の訛りも存外美しく響こうというものよ。そうは思わんかフェルナンド?

はっ……仰る通りかと

いきなり水を向けられた栗毛騎士(フェルナンド)が、困惑混じりに首肯する。腹芸は苦手と見え、 どうでもいい という本音が透けて見えるようだ。しかしそれを気にする風もなく、うむうむ、と満足げに頷いたデータスはアイリーンに向き直り、

どうだ、アイリーンよ。吾輩の愛人にならんか? 悪いようにはせんぞ

爆弾を投じた。

はっ?

はァ?

は……?

それぞれ、呆気に取られるホランド、思わず素の声が出るアイリーン、聞き間違いかと耳を疑うケイだ。驚愕する三人をよそに、データスはソファから身を乗り出して話を続ける。

身分の関係上、夫人にするわけにはいかんが、吾輩ならばお前に何不自由なく過ごさせてやれる。旅暮らしよりもこの館の方がよほど居心地が良かろう。お前が望むならば宝石でも魔術書でも、好きなものを取らせようではないか

欲望の光を隠しもせず、ぎらぎらとした目でデータス。その口上は止まらない。

お前は美しい。そのような流浪の身で、襤褸を身に纏っているようではあまりに勿体ない。もっと美しく着飾り、豊かに過ごす権利がお前にはある。……心配せずとも、仮に身ごもっても捨てるような真似はせぬぞ。流石に後継ぎの候補にするわけにはいかんが、男ならば騎士程度には取り立てられるし、女ならば婚姻を世話しよう。どうだ? 悪い話ではなかろう?

ぽかんと口を開けて絶句していたアイリーンは、類まれなる精神力により、辛うじて引き攣った愛想笑いを浮かべることに成功した。

既に夫を持つ身ですので、そういったお話は……

なんと、結婚しておったのか

データスは大げさに驚いてみせる。ここに来て冗談ではないらしいと察したケイは、顔が険しい。

それならば、一晩だけでもどうだ? 報酬は弾むぞ?

それでもなお諦めずに食い下がるデータス。ぐへへへ、という擬音がぴったりな笑顔だ。ケイの顔がさらに険しくなった。

いえ、夫に悪いので流石に……

ちらちらケイの方を伺いながらアイリーンはじりじりと後退る。

ふはは、なぁに、夫には秘密にすればよかろう。『晩餐会に招待された』とでも言えばよい。もちろん、それが嘘にならぬよう、もてなしはしようぞ

ソファから腰を浮かせかけて手をワキワキとさせるデータスだが、この発言に一同は ん? と首を傾げた。

いや、秘密と言っても……

何言ってんだこいつと言わんばかりにケイとホランドを交互に見やるアイリーン。ホランドも困惑を隠せない様子で、ケイと顔を見合わせる。

……どうした?

何やら妙な雰囲気を漂わせる三人に流石のデータスも違和感を覚えたか、訝しむようにこちらを見てきたので、ケイは無礼を承知で不機嫌なまま答えた。

俺の妻だ

今度はデータスが絶句した。

……おい、どういうことだホランド、聞いとらんぞ!

ええっ、申し上げておりませんでしたか?!

データスに噛みつかれ、驚愕するホランド。

たわけが! 知っておったら誰がこんな真似をするか! お前から伝え聞いたのは、『隊商に『大熊殺し』と『正義の魔女』がいること』、『その二人が 深部(アビス) に踏み込んだこと』、この二点だけだ! 噂に名高い英雄二人がよりにもよって結婚しているなどと、一言も聞いとらんわ!!

……閣下の仰る通りだ、ホランド。私も聞いた覚えはない

口角泡を飛ばし怒鳴るデータス、その隣のフェルナンドも呆れたような顔で告げる。しばし目を閉じてホランドは考え込み、やがて頭を抱えた。

……言われてみれば、確かにお伝えしておりませんでした。大変申し訳ありません! 私どもにはあまりにも当然の事実でしたが故……

瞬速で土下座をキメるホランド。しかしデータスの怒りは収まらない。

何が『夫には秘密に』だ、たわけが!! 当の夫を前にしてこの物言い、ただの大間抜けではないか!! どうしてくれる!!

下手を打ったことをよほど恥じているらしく、データスは顔を紅潮させて座ったまま地団駄を踏む。そしてぎりぎりと歯ぎしりしたかと思うと、シッシッとホランドを追い払うように手を振った。

ええい、もう良い! 下がれ、二度と顔を見せるでないわ!!

ああ、それでしたら、私めもサティナの本部に移る予定ですので、今回の謁見が最後になりますかと……

なにィ!? 行商をやめるのか?!

控えめなホランドの申告に、一瞬、虚をつかれたように目を見開いたデータスは再び顔を真っ赤にして、

馬鹿者!! そんな大事なことをなぜもっと早く言わん、別れの品の一つも用意できんではないか!!

よくわからないキレ方をしたデータスが、そのままソファ脇のテーブルから呼び鈴を手に取りチリンチリンと鳴らす。すぐさま隣の部屋から飛んできた召使に何やら耳打ちするデータス。頷いて一礼した召使は、またぞろ疾風のように退室していった。

全く、ホランド、お前というやつは。そんな気の抜けた性分でよくもまぁ隊商の長が務まるものだな!

ははっ、これはお手厳しい……

腕組みをしてフンッと鼻を鳴らすデータスに、平伏したままのホランドは苦笑い。

思えば長い付き合いだったな……ああもうよい、楽にせよ

そして一人、しみじみとし始める。二転三転する場の空気に、ケイとアイリーンは顔を見合わせて肩を竦めた。

そうだ……それに、ケイといったか

何ともきまり悪そうに、データスがケイに向き直る。

その……良い妻を持ったな。羨ましいわ

それは……ありがとうございます

どう答えればいいんだコレ、と思いながらもケイは頷いた。

仮に、仮にの話だが……もし妻を一晩貸せと言ったら、どうする?

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