配って回る余裕は充分にある―ヴァーク村に到着した商会職員も、二頭の巨大な死骸を見て卒倒しそうになっていたほどだ。一応、使者を送って事前に伝えてはいたが、『番(つがい)を倒した』という情報だけは半信半疑だったらしい。しかし落ち着いてからは、いったいどれほどの儲けを生み出せるか、文字通り皮算用で大興奮していた。
ありがとう、おねえちゃん!
いいってことさ。どうだろう、リリーも髪飾りでも作ってみるかな?
えへへ……にあうかな?
青緑の皮を頭に当ててみるリリー。ケイはそんな幼女の姿を微笑ましげに見守りながら、
いずれにせよ、モンタンの矢は本当に役に立ったよ。ありがとう
改めてモンタンに礼を言う。
魔法の矢も出血矢もそうだが、特に長矢だ。今まで何度窮地を救われたか
いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方です。職人としてこれにまさる名誉はありませんよ
良かった。それで、今晩あたり打ち上げをやろうと思うんだが……あ、そういえばマンデルは知り合いだったよな?
ええ、以前矢を買っていただいたこともありますし
彼も誘ってるんだ。コーンウェル商会の飯屋を貸し切るから、肩肘張らなくて済むパーティーになると思う。モンタンたちもどうだろう?
いいんですか! それじゃあ、お呼ばれして……
伝説の狩りの打ち上げともなれば相当期待できる。モンタンもホクホク顔だ。
夕方にまた合流する約束を取り付けて、モンタン宅を辞去する。
ケイ、コウたちはどうする?
ああ、そうだな……
今日も今日とて、サティナのメインストリートは大賑わいだ。人々の間を縫うようにして歩きながら、しばし考える。
誘えるものなら誘いたいが……
立場的にすぐ来れるか、謎だよなぁ。コウの旦那はともかく、イリスは……
うーむ、とアイリーンもちょっと難しい顔。イリスはお姫様設定が足を引っ張ってフットワーク軽めに動けないのが難点だった。
まあ、でも、お忍びでなんとかするんじゃね? 最悪コウの旦那は来れるだろ
一応連絡だけしておくか
そうしてコーンウェル商会本部を訪ね、コウの屋敷に使者を送ったり革鎧の仕様を話し合ったり、諸々の手配をするうちにあっという間に日が暮れた。
久しぶりだな、キスカ。……元気にしてたか
もっちろん。あんたこそ大活躍だったらしいじゃん
マンデル、そしてモンタン一家を連れて商会が手配したレストランに向かう。マンデルとキスカはタアフ村出身の顔馴染みだ―キスカの方が年齢的に一回り下のはずだが、かなり馴れ馴れしい。いつもモンタンの妻、リリーの母としての顔しか知らなかったケイは、キスカが途端に若々しい村娘のように見えて少し驚いた。よくよく考えれば二十代、ケイとそれほど年齢は変わらないのだ……
リリーも、しばらく見ないうちに大きくなったな。……あっという間だ
はい。おひさしぶり、です
お行儀よく挨拶するリリーを、マンデルは優しい眼差しで見ていた。もしかすると自分の娘たちの幼い頃と重ね合わせているのかもしれない。
こうしてみると、本当に目元はキスカにそっくりだな。……ベネットが会いたがっていたぞ
あー……父さんねえ。たまには里帰りしたいもんだけど、あんまり家を空けられないのよねぇ……
この頃、装飾矢やら何やらの注文がけっこう詰まってるんですよ。ありがたいことなんですけどね
それに加えて、ケイたちの魔道具の『ガワ』を作ったりもしているので、モンタンは忙しい。
そうか。……まあせめて、手紙くらいは届けよう
ありがとー
そんなことを話しているうちに目的地に着いた。二階建てのそこそこ高級なレストラン―上のフロアは、今晩貸し切りだ。
おお! みんな、主役のご到着だぞ!
階段を登ると、商会関係者はすでに集まっているようだった。ホランドがいち早くケイたちの来訪に気づき、皆に知らせる。小綺麗におめかししたエッダと、以前隊商護衛で同道したダグマルの姿もあった。
ケーイ、聞いたぞ、とんでもない大活躍だな! かーっ俺もあんときサティナにいればなぁ、一緒に行きたかったぞヴァーク村に!
ダグマルがバシバシとケイの背中を叩いてくる。ヴァーク村から救援依頼が届いた当時、ダグマルは別の隊商を護衛していたため不在だったのだ。もしダグマルがいたら、荷馬車の護衛はオルランドではなく、ダグマルとその仲間たちになっていたかもしれない。
(だが、そうすると最後のゴーダンの援護はどうなっていたかな?)
ダグマルは剣と短弓を使う。それに対しオルランドは短槍使いなので、ゴーダンが槍を借りることができた。もしもオルランドがいなかったら、ゴーダンはどうしたのだろう? ちょっとした違いで、戦闘の流れが大きく変わっていたかもしれない―
残念だったな。旦那も一緒に来てたら、“大熊”と”森大蜥蜴”、 深部《アビス》 の双璧の討伐をどっちも見届けられたのに
アイリーンがからかうように言うと、 そうそう、そうなんだよー! とダグマルは悔しげに地団駄を踏んだ。
本っ当に、惜しいことをした! どんな風だったのか、あとで絶対に話を聞かせてくれよな! な!
お兄ちゃん! お帰りー!
そんなダグマルをよそに、今度はエッダがトテトテと駆け寄ってきて、ケイに抱きつく。
ただいま。といっても、あっという間だったかな
待ってるこっちは気が気じゃなかったけどねー!
すりすりと腹に頬ずりしていたエッダだが、ふと、その背後、モンタンたちに連れられてきたリリーの存在に気づく。
あ……どうも
こんばんは……
同じ年頃の女の子ということで、互いに興味を持ったようだ。
(あれ、顔を合わせるのは初めてか?)
よくよく考えてみれば、ホランドたちがサティナに定住し始めてしばらく経つが、仕事でモンタンと顔を合わせることはあっても、家族ぐるみの付き合いはなかった気がする。
わたしエッダ。あなたは?
リリー、です
リリーは塾に通うのもやめて引きこもりがちだった。アイリーンと魔術の修行(というか勉強)を始めて少しは明るくなってきたものの、出会った当初の快活さは見る影もない。
(新しく友達ができたら、何か良い変化があるかもな)
そんなことを考えつつ、商会関係者たちに挨拶する。ホランドのようによく世話になっている者から、顔見知りではあるが名前までは知らない者まで。皆、等しく今回の一件で奔走してくれた人たちだ―ダグマルを除いて。
(ってかダグマル、今回は何もしてないじゃないか)
にもかかわらず、ちゃっかり打ち上げに潜り込んでいる要領の良さに、遅れて気づいたケイは、挨拶回りの最中、吹き出してしまわないよう笑いを噛み殺していた。
おっと、お待たせしてしまったかな? 申し訳ない
と、新たに階段を登ってくる人影があった。フードを目深にかぶった二人組。
コウ! イリスも来れたか
やあ。二人とも無事だったようで何より
えへへ。あたしも来ちゃった!
コウはフードを取っ払ったが、イリスはかぶったままだ。顔よりも、頭の豹耳が見られたらまずいので、こういうときは不便だろう。
俺たちも今来たところだ。問題ないさ
それは良かった
揃ったみたいだね。それでは始めよう!
ホランドが音頭を取り、皆に酒が振る舞われる。湯気を立てる料理―仔羊の丸焼きやシチューパイ、ローストビーフなどが大皿に盛られて運ばれてきた。
では―英雄たちから一言!
さて食事にありつこうか、と思っていた矢先、ホランドから水を向けられ、ケイとアイリーンは顔を見合わせる。
あ~……
コホン。まずはコーンウェル商会の皆様方に―
こういう咄嗟の英語スピーチが苦手なケイのために、アイリーンが口火を切って、少し時間を稼いでくれる。
―と、まあ、あまり長くなっても悪いのでこのへんで。ケイは?
ん、共に戦ってくれた戦友たちに。影から支えてくれた関係者の皆に。そして、俺たちを見守り、導いてくれた偉大なる精霊たちに―
隙間風がランプの灯りを揺らし、影が蠢き、コウの吐息が冷気で白くなる。
―最大限の感謝を。乾杯!
乾杯!!
そうして賑やかな宴が始まった。
†††
それから夜遅くまで飲み明かした。ケイは肩の力を抜いてコウと日本語会話を楽しみ、アイリーンは浴びるように高い蒸留酒を呑みながら、武勇伝を語って皆を楽しませていた。一番楽しんでいたのは、アイリーン本人だろうが。
翌日、珍しく羽目を外して呑みすぎたマンデルがダウンしてしまったため、タアフ村への帰還は延期し、体調の回復を待ってからさらに次の日、サティナを出発した。
ケイとアイリーンは、マンデルに同行することにした。マンデルは必要ないと固辞したが、現金や貴重品を多数抱えていることから、護衛としてついていくことにしたのだ。マンデルの娘たちに、父親を無事に帰すと約束した義理もある。家に帰るまでが大物狩りだろう。
当然、タアフ村でも歓迎と祝いの宴が開かれ、ケイたちも招かれることとなった。マンデルの娘二人が、安堵のあまり号泣していたのが印象的だった。
いやー……今回は色々あったなぁ
タアフ村からサティナに戻る道中、アイリーンが感慨深げに呟いた。
全くだ。盛りだくさんだったな……
しみじみと、ケイも頷く。
少し肌寒い晩秋の草原に、サスケとスズカの蹄の音。
今更言うのも何だが……けっこう、危ない橋だったな
違いない
ほんの少しでも運が悪ければ、ケイもアイリーンも死んでいたかもしれない。死者もなく、大した怪我もなく、たった数人で”森大蜥蜴”の番を撃破した― DEMONDAL の中でさえ聞いたことがないような偉業だ。
で、ヴァーク村からまた助けを呼ばれたらどうする? ケイ
揺れる馬上、アイリーンが振り返り、いたずらっぽい笑みで尋ねてくる。
う~~~~~ん……
ケイは難しい顔で唸った。人々を助けるために、“大物狩り”専門の狩人として活動したい―それが夢だったが、正直なところ、今回の一件はかなりキツかった。
…………当分、遠慮したいな
あっはっは。オレもー!
屈託なく笑うアイリーン。まあ、しばらくはのんびり過ごそうぜ、と気楽な調子で言う。ケイも全く同意見だった。大物狩りはこりごりだ―
家に帰って、いつもの日々が戻ってくる。
季節は巡り、サティナにも初雪が降った。
この世界で初めての冬だ。皆が冬ごもりの準備を始めている。
ケイたちは、主に魔道具の研究開発をしながら、のんびりと過ごしていた。
なあ、ケイ―ちょっと、相談があるんだが
ある日、アイリーンが神妙な顔で話しかけてきた。ストーブで温めて使うタイプのアイロンを応用したヘアドライヤーの試作品をいじっていたケイは、改まった態度のアイリーンに姿勢を正す。
どうしたんだ?
んー。その、な。……アレが、来ないんだわ
ぽんぽん、とアイリーンが自分の腹を軽く叩いた。
―
ケイの思考は止まった。
……それは、その……アレか? 月の
うん
…………つまり
アイリーンの顔と、腹部を交互に見比べたケイは、ガタッと立ち上がる。
子供が……!?
……まだわかんないけど、その可能性が……うん……
少し頬を赤らめたアイリーンは、ぺし、と自らの額に手を当てた。
なんかこの頃ちょっと……微熱があるみたいな感じがして、だるいし。風邪かなーって思ってたんだけど、アレも来ないから。キスカとかにも相談してみたんだけど、その、やっぱりそういうことじゃないかって……
…………!
検査薬などないので、確定的ではないが。
そうか……!
同様に、現代地球のような避妊具もなかったわけで。それでいて愛は育んでいたのだから、当然―
……嬉しいよ
ケイはアイリーンをギュッと抱き寄せた。実感は湧かないが、それでも、素直に嬉しかった。
……良かった
アイリーンもホッとしたように肩の力を抜いて身を預けてくる。しばらくそうしていたが、顔を見合わせて、なんだか互いに気恥ずかしくなった。
そうか……俺、父親になるのか……
やはり、どう考えても実感が湧かない。
うーん。オレも、母親か……うーむ……!
アイリーンは再び頬を赤らめ、両手で顔を覆う。
こっちの世界だと普通なんだけど……地球基準だと、年齢的にちょっと早すぎる気がしないでもない……!
わかる。その気持ちはめっちゃわかる
不安だーーーーー!
ううむ、色々準備しないとなぁ
とりあえず身近に、子持ちのキスカがいて色々相談できるのは助かる。
……赤ちゃん、か……
ケイは身をかがめて、アイリーンのお腹に耳を当ててみた。
バーカまだそんな時期じゃないって!
はっはっは