まあ、アイリーンとの距離感を見るに、まずフリーではなかろうとは思っていたが……。

そういう悩みだと、オレはあんま参考にならないな……

一方、アイリーンはイリスの胸の内など知るよしもなく、申し訳無さそうに首を振る。

いいのよ……むしろありがとう。ぶっちゃけただけでも、だいぶん気持ちが楽になったから……

そっか……ちょっとでも役に立ったなら幸いだよ……

ホント、どうしたもんかしら。あなたやコウと違って、あたしは投石くらいしか能がないし、かといって今更狩人として生きていくわけにもいかないし……

ぬがー、と顔を手で覆うイリス。

そんな彼女を見ながら、アイリーンも頭の片隅で考えていた。

―自身の契約精霊、“黄昏の乙女”ケルスティンの力を込めた魔力トレーニング用の魔道具のことを。

ア(・)レ(・)を使えば、イリスも魔術師並の魔力を得られるようになる。『石投げくらいしか技能がない』と嘆く彼女に、最低限、コウの助手くらいの地位を与えられるかもしれない。いや、コウの助手ではなく、自分の魔道具作成を手伝ってもらうという手もある。潤沢な魔力には、ただそれだけで価値があるのだ。さらに、何かの拍子に”妖精”あたりと契約できれば、イリス自身も魔術師になれるかもしれない。

同郷なだけあって、先進的な魔術・魔道具にも理解があるし、身内に引き込めるならばこれほど安心できる人材もいないだろう。

ただ、リスクがあるとすれば、情報の漏洩。

あの『安全な』魔力トレーニング用の魔道具は、安易に世に出すことができないものだ。誰でも魔術師になれる、あるいは一端の魔道具使いに変えてしまうオーパーツは、社会の仕組みを崩壊させる危険性を秘めている。

―ア(・)レ(・)の秘密を共有できるほど、イリスは信頼に値する人物か……?

愛想よく話を聞くアイリーンの青い瞳に、いつしか値踏みするような光が宿っていたのも、無理からぬことだった。イリスには同情するが、一番大事なのは、他ならぬケイと自分の安全なのだから―

それでね!? 酷いのよ、この間来たお見合いとか! 上から目線で『呪われてはいるが愛人にしてやらんこともない』みたいな言い草でね―

ええ~それは酷すぎるだろ―

しかも一緒に送られてきた肖像画、実物よりマシに描かれてるはずなのに、ブサイクとかいうレベルじゃないクリーチャーで―

呪われてるのはどっちだって話だよな―

いつしかお悩み相談コーナーは、ただの愚痴へと変わりつつあった。

爽やかな草原で、馬の背に揺られる乙女たち。

笑顔の裏に複雑な想いを渦巻かせつつも、会話は楽しげに弾む。そうして二人は親睦を深めていくのだった……

83. 方針

更新速度強化の紋章を刻みました。

もってくれよ……俺の身体……ッッ!(白煙を吹き上げながら)

『やあ、ケイくん。どうしたんだい?』

一人で戻ってきたケイに、デッキチェアで優雅に紅茶を味わっていたコウが気さくに声をかける。

『なんでも、女同士で相談があるそうで』

『あー、そりゃ男は蚊帳の外だ』

サイドテーブルにカップを置きながら、苦笑するコウ。

『ケイくんも一服どうだい』

『ごちそうになります』

ケイはひらりと身を翻し、サスケから降りる。木立のそばに張られたテント―小さなテーブルや折りたたみ式の椅子、茶器一式に簡易竈まで用意され、そこはすっかり屋外ティールームの様相を呈していた。

ヒルダ

はい、かしこまりました

コウが声をかけると、背後に控えていたヒルダ―イリスの側仕えのメイド―がケイの分のお茶を用意し始めた。別の使用人が新たなデッキチェアを運び、またたく間に新たな席がセットされる。

ケイも腰を下ろそうとしたが、どうやらサスケがまだ走り足りなさそうだったので、手綱と轡(くつわ)を外してやった。

よし、そのへん走ってこい

ケイがぽんと尻を叩くと、サスケが わーい と言わんばかりに喜び勇んで走り去っていく。

よ、よろしいのですか……?

凄まじい加速で、あっという間に地平線の彼方まで遠ざかっていくサスケに、メイドの一人が目を丸くしていた。

大丈夫だ、飽きたらそのうち戻ってくる

サスケ(あいつ)は賢いからな、と言って笑うと、 は、はぁ……まあ、このあたりには獣もいませんし…… と気を取り直すメイド。しかしサスケはただの馬ではない。リラックスした姿ばかり見ていると忘れがちだが、その正体は雑食の凶暴な魔物(バウザーホース)だ。草原で出くわすような獣なら、たいていの相手は返り討ちにできる。心配無用だろう。

ケイが椅子に腰掛けると、サイドテーブルに紅茶のカップが置かれる。小さな焼き菓子とミルク差しも一緒に。

いたれりつくせりとはこのことだ。何人ものメイドにかしずかれると、思わず気後れしてしまうが、そんなケイとは対照的にコウは堂々としている。

『こういうのは、肩の力を抜いて自然体でいればいいのさ』

脚を組みながら、コウはのんびりと言った。

『彼女(メイド)らもプロだからね。変に遠慮されるより、堂々と構えてもらった方が色々やりやすいと思うよ』

『そんなものですか』

『うん。オドオドしたり、みっともない姿を晒すと、それはそれで侮られるから。かといって、ことさら偉そうにする必要もないけどね。たとえば後ろの―』

そこでふと、コウは口をつぐんだ。しばし沈黙。続く言葉を待ちながら、ケイも紅茶をいただくことにした。屋外で淹れたとは思えないほどの理想的な温度、そして香り。メイドたちの技量の高さがうかがい知れる―

『日本語で話してても、固有名詞を出すとバレちゃうな。そうだ、丘(おか)を英語読みしてくれ。彼女のことは丘田(おかだ)さんと呼ぼう』

丘は英語で Hill(ヒル) 。

つまり丘田(おかだ)の『おか』を入れ替えて―丘田(ヒルダ)。

んっぶぅ

危うくケイは、紅茶を鼻から噴き出すところだった。ちょっと予想外でツボってしまった。背後のヒルダが怪訝そうにしているが、まさか自分の名前が原因とは思うまい。コウは悪戯を成功させた子どものようにからからと笑っている。

『名案ですけど吹いちゃいましたよ』

『ああ~丘田さんが変な人を見る目でこっち見てる』

『ンふッこれ以上笑わせないでください!』

ふう、とため息ひとつ、気を取り直したケイは紅茶を飲みながら、(言葉が通じすぎるのも考えものだな)などと思った。

『それで、ヒル……丘田さんがどうしたんですか』

『彼女ねー、男爵家の生まれなんだよ。彼女自身に爵位があるわけじゃないけど、貴族の家の者だから下女より身分が上―侍女っていうんだっけ? 日本語では。仕事もできるし、バリバリのキャリアウーマンって感じさ。将来的には侍女長とかになるんだろうね。でもプロだから、自分の生まれとかは関係なく、相手が何者であれ、お客様にはきちんとした態度で接する』

『ほほう……』

『何が言いたいかっていうと、まあお互いリスペクトしましょ、ってことさ。彼女は僕の客をきちんともてなすし、きみはきみで堂々とそれを受けつつ、紳士的に振る舞えば何の問題もない。一応きみはゲストだから、丘田さんと同格の侍女は、さん(Miss)付けで呼んだ方がいいかもね』

『なるほど』

そう言われて見てみると、周囲の使用人たちも、各々服装の『質』が違うことに気づく。たとえばヒルダのメイド服はかなり上等なものだが、その他のメイドたちは生地が微妙に粗雑だったり、デザインが簡略化されたりしている。一口に使用人と言っても、召使いか管理職かで明確にランク分けされていた。

今まで区別がついていなかったが、少しばかり視野が広がった気分だ。

『色々あるんですね、全然知りませんでしたよ』

『まあ機会がなければ気づく必要さえないしね』

手帳を開き、何やら書き込みながらコウが頷く。

『……それは?』

『アイデア帳さ。素人なりに、冷蔵庫を始めとした魔道具の改良にも取り組もうと思っていてね。思いついた先から、色々アイデアを書き留めてるんだ』

見た感じ、どうやら日本語でメモしているらしい。暗号として大活躍してるな、とケイは笑った。

『……ケイくんは、』

紙面に視線を落としたまま、不意に、コウは口調を改める。

『どうやって、この世界で生きていくつもりなんだい』

静かな、問い。

『……どう、ですか。狩人にでもなろうかと思ってますが』

『狩人?』

意外そうに、顔を上げるコウ。 今さら? とでも言わんばかりの表情だ。

『ええ。特に”大熊(グランドゥルス)“みたいな、一般人では手に負えない大物狩りの専門家になろうかと』

サティナやウルヴァーンの周囲には開拓村が多く、まれに 深部(アビス) から怪物が迷い出てくることもある。そのような状況下で、村人たちに大きな被害が出る前に、怪物を狩り殺す専門家になりたい、とケイは考えていた。

『それはまた……アレだね。確かに”大熊”クラスのモンスターを狩れば、実入りもいいだろうけど、危険すぎないかい?』

『それはある程度、承知の上です。……こう言っちゃあなんですが、俺は人の役に立ちたいんですよ』

気取るでもなく、あくまで生真面目なケイを、コウはまじまじと見つめた。

『それは……勇敢だね。いや、冷やかしているわけではなく』

揶揄するような言い方になったことを、恥じるようにコウは視線を逸らす。

『僕は、そういうの御免だな……って思っちゃうからさ』

『……昔だったら、違ったかもしれません。この世界に来た直後は、俺も、“どうやって死なないか”をずっと考えてたんです』

転移直後のことを思い返しながら、ケイはぽつぽつと話す。

『もともと地球では、持病で余命が幾ばくもなかったので……死にたくない、っていつも思ってたんです。でもそのままじゃ、生きている、って感じがしないというか。こういう言い方すると語弊がありますけど、自分の命の使い方―どう生きるか、をより深く考えるようになったんです』

『…………』

『きっかけは、ウルヴァーンの近くの開拓村で、“大熊”を仕留めたことでした。“大熊”のせいで村にも大きな被害が出てましたから、そりゃあ感謝感激されましたよ。……あのときは、俺もすごく救われた気分でした。人から頼られて、感謝されるのが、あんなにも心地良いなんて、俺は知りもしなかった……』

それまで、頼ってばかりの、人生だったから―

『……だから、今は、そういう風に生きたいって、思ってます』

ふと素に戻ったように、ケイは気恥ずかしそうに笑った。

コウは、嗤(わら)わなかった。

『立派だね……』

僕には真似できそうにない、とコウは肩を竦める。

『ま、とはいえ、大物なんてそうそう出てきませんけどね。仮に出てきたとしても、俺の耳に届く頃には、領主や軍が解決してるかもしれませんし』

そう言いながら、ケイはふと、今度タアフ村を訪ねても良いかも知れないな、と思った。こうしてコウやイリスと出会えたのも、あの村で得た縁のおかげだし、懐かしさから狩人のマンデルにも会いたくなってきた。

『なるほどなぁ……僕はどうしたもんかな』

『……やっぱり、まだ気持ちの整理が』

『つかないねえ』

はぁ、と嘆息混じりに、コウは。

『まあ……でも、しばらく僕も考えて、気づいたんだよ。別に地球に帰ったところで、絶対にこれを成し遂げたい! という確固たる目標も夢もなかった、ってことにね……僕はただ惰性で生きてただけだった』

もちろん、ネットやら何やらの便利さ、快適さはこちらの世界と比べるまでもないけど、と口をへの字に曲げてコウは言う。

『逆に、それにさえ目を瞑れば―なかなか看過しづらいデメリットではあるけど―こちらの世界も悪くはない、とは言えないこともないかもしれない』

『そうですね……』

こんな多重否定文、英語だったら咄嗟にわからんぞ、などと思いながら、ケイは相槌を打っていた。

『こちらの世界で、革新的な冷蔵庫とジェラートの父として名を馳せるのも、いいかもしれない……なんて考えてるよ。今はね』

複雑な心境を覗かせながらも、フフッとコウは笑みを浮かべてみせた。

『ところで、話は変わるけど、きみとアイリーンは、ど(・)う(・)なんだい? 随分と……親しげに見えるが』

『えっ』

宣言どおり、突然の話題転換に少し戸惑う。

『えっと……彼女とは、恋人同士です』

改めて言うと恥ずかしい。ケイは柄にもなく頬が熱くなるのを感じた。母国語のせいか。

『あ~~~良いねぇ、若いねぇ』

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