……陛下は、決(・)断(・)を(・)下(・)さ(・)れ(・)た(・)

まるで独り言のように。

カーティスは、しわがれ声で呟いた。アルノルドの、まるで貼り付けたような穏やかな笑み(アルカイックスマイル)が、わずかに、そして、初めて崩れる。

……とうとう、にございますか

うむ

では……

人手の準備くらいは、しておくべきであろうな

かしこまりました

カーティスの言葉に、アルノルドは一礼する。

下がってよい

はっ……

そうして、老練なる白髪の家宰は、静かに退室していった。

…………

カーティスは独り、グラスの酒を舐めるように味わいながら、物思いに耽る。

“公国一の狩人”、か

ぽつりと呟く。

その称号が―何をもたらすか。皮肉な笑みを浮かべて。

ふん

鼻を鳴らしたカーティスが、とんっ、と執務机にグラスを置く。

飲み干されることのなかった酒が、グラスの中でただ、揺れていた。

不穏な気配……

よろしければ、一言でも感想をいただけると嬉しいです。 感想の書き方わかんない…… 書く気力がない…… という方は、 にゃーん とコメントしていただけると、私がとても喜びます! 猫アレルギーで猫飼えないので、猫飼ってる感(?)を味わわせてください。どうぞよろしくお願いいたします。

84. 挑戦

イリスたちとの再会から、早くも一ヶ月ほど経つ。

相変わらず、平和な毎日を楽しんでいるケイとアイリーンだったが、ちょっとした変化もあった。

それは―住環境。ケイたちは宿屋を出て、一軒家へ移っていた。

そう、後援者(パトロン)たるコーンウェル商会が、とうとうケイたちのために住居を用意してくれたのだ。

いや~探すのに苦労したよ……

コーンウェル商会の本部にて、疲れ顔で語るのはホランドだ。行商を引退しサティナに腰を落ち着けた彼は、コーウェル商会の商人としてケイたちとの折衝を担当している。ケイたちとしても、見知らぬ他人より、気心が知れているホランドの方が付き合いやすい。

ちなみに、ホランドの養女エッダは私塾に通い始めたそうだ。読み書き計算などは既に一通り覚えているが、教養や礼儀作法も身につけて、将来的には侍女のような上級使用人を目指しているのだとか。

ま、本人は吟遊詩人も諦めてないみたいだけどね

ホランドはそう言って苦笑していた。ホアキンに歌を習っていた関係で吟遊詩人への憧れも捨てきれないようだ。

また、ホランドの母ハイデマリーは変わらず矍鑠(かくしゃく)としており、厳しい行商生活から解放されてもなお、散歩が趣味で周辺を歩き回っているらしい。徘徊老人などと言ってはいけない。

そして行商でいつも一緒だった護衛のダグマルは、未だに隊商護衛を続けているそうだ。年齢的に商会の用心棒(けいびいん)になる手もあるが、本人曰く 身を固めるにはまだ早い とのこと。

あいつは死ぬまで同じことを言ってそうな気もするがね……まあ、それはそれとして、家の話だ

ホランドは表情を引き締めて、書類を取り出す。

その場しのぎの宿屋暮らしも、気づけばずいぶん長引いていた。

物件探しが困難を極めたせいだ。“正義の魔女”ことアイリーンを、商会専属の魔術師として迎え入れるにあたり、コーンウェル商会は総力を上げて物件を探し回っていたが、それでもなお数週間もかかってしまった。

そもそも市壁の内側に、都合のいい空き家なんぞ存在しないのだ。

巨大な石壁に取り囲まれた都市―その中に住むメリットは計り知れない。獣や魔物に襲われる心配もなく、下水道が整備され、突発的な犯罪を除けば人同士の争いも少ない。もちろん税金が高いなどのデメリットも存在するが、多くの住民は市内に留まろうとし、子どもが産まれるに従って人口も増えていく。

結果、一般市街は常に過密状態となっていた。仮に何らかの事情で空き家ができても、すぐに埋まってしまう。

しかもケイたちが事前に 無理やり住人を追い出すような真似はNG と条件を出していたため、家探しの難易度はさらに高まっていた。

集合住宅(アパートメント)の一室やボロ家を確保するのならばともかく、商会専属の魔術師を住まわせるに相応しい物件でなければならず、かといって無理に追い出すわけにもいかず(下手な真似をすると近隣の住民経由でバレる)、ケイたちがのほほんと宿屋暮らしをエンジョイする間、コーンウェル商会の関係者は血眼になって探し回っていた。

そしてようやく見つけたのが―職人街の一角、工房付きの二階建て家屋だ。

元は陶芸職人の工房兼住宅だったそうだが、高齢ゆえに引退して、壁外の小さな町へ引っ越すことにしたらしい。

―ちなみに件の陶芸職人は、コーンウェル商会から法外な価格での不動産売却を打診され、ホクホク顔で出ていった。決して無理やりではない。ホランドはわざわざ口にしないし、ケイたちも知る由のないことだが……。

いい家だな

よく見つかったなーこんなお誂(あつら)え向きのヤツが

家に案内され、 ほほー と暢気(のんき)に感心する二人。 全くだよ…… とその後ろで遠い目をするホランド。

何はともあれ一軒家。商会の面子をかけて確保された物件だけあって、ケイたちも概ね満足だった。

まず、元は工房を兼ねていたこともあり、使い勝手のいい作業スペースがある。一階は大部屋で区切られた広めの造りで、床にはテラコッタ風のタイルが敷き詰められており、綺麗にしておけば裸足で歩き回っても快適そうだ。

二階には個室がいくつか。とりあえず一番大きな部屋を寝室とし、書斎、物置、客人用の寝室、という風に分けることにした。家具は、テーブルや椅子などは前の住人が置いていったものがあるが、寝台や戸棚などは新しく購入する予定だ。その他、必要な家具類も、順次コーンウェル商会が調達してくれるとのこと。

トイレは汲み取り式で、数週間に一度、公益奴隷が屋外の浄化槽から糞便を回収して回る仕組みになっている。残念ながら風呂はついていないが、代わりに、コーンウェル商会傘下の高級宿で借りられるよう話をつけておいた。

同様に、サスケとスズカも宿屋の馬小屋で預かってもらうことになった。さすがに職人街で馬を飼うことはできなかったからだ。運動不足を避けるため、足繁く通って外に連れ出してあげなければならないだろう。

その他、生活用水は飲用水は近場の井戸に汲みに行く必要がある。この世界には手押しポンプが普及しているのでまだマシだが、そこそこ重労働にはなるはずだ。洗濯や洗い物も、下水に直結している公共の洗い場まで出向かなければならない。

そこで、そういった家事雑用のために、使用人も派遣されることになった。掃除や洗濯を担当する女が一人、水汲みその他の力仕事を担当する男が一人。ホランドと協議した結果、住み込みではなく、朝から夕方まで出勤する形で、掃除や洗濯をしてもらうことになった。

ちなみに。

使用人の話が出たあと、家を見学中のケイとアイリーンは密かに、それぞれ相方の隙を見計らってホランドへ条件を出していた。

使用人の男は、枯れていそうな無害なヤツで

使用人の女は、肝っ玉母さんみたいな人で頼むぜ

どちらがどちらのセリフかは、言うまでもないだろう。

(全くお似合いだよ君たちは……)

と、苦笑する商人がいたとかいなかったとか。

あとは、防犯設備(セキュリティ)だな

一通り見学し終わって、一階のリビング。アイリーンが家の『窓』をコンコンと叩きながら言った。

窓―といっても、元職人の住居に窓ガラスなんて高級なものがついているはずもない。開けっ放しの四角い穴で、外側に木製の雨戸があるだけだ。

だが、これでは困る。

この家は、魔術師の研究所となるのだ。

魔術の秘奥が蓄積され、魔道具や、魔道具の核となる宝石類も管理していくことになるだろう。当然、それ相応の盗人対策も施さなければならない。

とりあえず確定なのは、警報機(アラーム)の導入かな

何を隠そうアイリーンは、この街で防犯設備を売ろうとしているのだ。警報機(アラーム)の有用性をアピールするいい機会になる―作動する日が来ないのが最善とはいえ。

ただし、それでも強引に突破してくるヤツがいるかもしれないし、昼間は作動させられない。だから鍵付きのチェストも欲しいかな。デカくて重くて、丈夫であればあるほどいい

わかった、もちろん手配しよう。どこに置く?

そうだな……どう思う、ケイ?

意見を求められて、ケイも考え込む。

……二階の書斎か?

オレもそう考えてた。書き物とか研究するならあの部屋だしなー

ふーむ。となると、チェストの重さも制限されるね

ホランドが髭を撫でながら指摘する。 あー…… とケイたちも気付かされた。

そっかー、あんまり重かったら床が抜けちまうのか

それが怖いね。本当に、重くて頑丈で大きなチェストなら、ウチの商会にオススメのやつがあるんだ。でもそれだと一階か地下にしか置けないと思う

なるほど……

話し合いの結果、チェストは地下の倉庫に設置し、必要があれば書斎にも鍵付きの戸棚を作ることで決着した。

それと、できればいいので窓にガラスも嵌めたいな

が、ガラス……!

アイリーンの要望に、ホランドがごくりと唾を呑む。

……かなりの費用になる

だろうな。だから、『できれば』でいいぜ。でも、窓ガラスがあったら、窓そのものにも魔術を仕掛けられるんだ。あと割ると音がするから、侵入しづらくなる

しばらく悩んだホランドは、自分では判断できないと結論づけたのか、 商会に戻って上の者たちと相談してみる と言うに留めた。

―しかし後日、 時期を見て窓ガラスを導入していく……! と連絡が来た。コーンウェル商会の並々ならぬ意気込みが感じられる。それだけアイリーン―そして将来的にはケイ―の魔道具に期待を寄せているのだろう。

それに報いるだけの結果を出さねば―

そんな決心のもと、ケイたちの新生活はスタートした。

手始めに、アイリーンが魔道具を作りまくった。投影機(プロジェクター)と警報機(アラーム)の試作品だ。

投影機(プロジェクター)は試供品を渡していたホアキンから高評価を得ており、コーンウェル商会でも どう活用するか で盛り上がっているそうだ。以前アイリーンが構想を語った影画館(シネマ)も前向きに検討されているとのこと。

警報機(アラーム)本体の部品は、木工職人のモンタンが如才なく仕上げてくれていた。数台まとめて納品し、コーンウェル商会の隊商での試験運用が始まっている。使い勝手を確認しつつ、改善点があれば洗い出し、実績を積んでいく。

ちなみにその間、ケイは魔力トレーニングに勤しんでいた。例のアイリーン謹製魔道具を使って、ちょくちょく影を操り、魔力を消費して負荷をかけている。

この魔道具、長らく名前がなかったが、先日”Черный кот(チョンリーコット)”、すなわち”黒猫”と命名された。ケイは アイリーンが作ったんだからアイリーンが名付けるべきだ と主張し、アイリーンは ケイのために作ったんだからケイが名前つけて と駄々をこね、二人でイチャイチャした結果、ケイの提案をアイリーンがロシア語訳する形に落ち着いたのだ。

今では普通に コット と呼んでいる。カモフラージュと害獣(ネズミ)対策のため、本当に黒猫を飼ってもいいな―などと思いつつ。

さて、この”黒猫”という魔道具には、一つ特徴がある。

アイリーンの契約精霊『ケルスティン』の魔術全般に言えることだが、日が暮れている間は消費魔力が少ない代わりに、日が昇ると消費魔力が激増するのだ。

この特徴がなんとなく、気まぐれな性質に思えることから、“黒猫”という命名につながった。魔力が少ない人間でも、夜間に影を操れば安全に魔力の鍛錬ができることが、この魔道具の最大の強みと言える。

しかし鍛えているうちに余裕が出てきたケイは、敢えて昼間に、ごく短時間使うことで、一気に魔力を消費し高負荷をかける訓練も始めていた。

これがまた、よく効く。

さながら、昼夜で重さが激変するダンベルのようだ。昼間は短時間の高負荷トレーニング、夜は低負荷で持久力を鍛える―そんな調子で。

おかげでこの一ヶ月、劇的に魔力が鍛えられた実感がある。

そろそろ魔道具の作成に踏み切ってもいいか―と。

ケイがそう考えるほどに。

†††

と、いうわけで、作ってみよう

初めての魔道具作成だな!

Yeah!

その日、ケイたちは盛り上がっていた。

気分も明るければ部屋も明るい。

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