なぜなら、家の窓がとうとう全てガラス張りになったからだ。秋も中頃で少しずつ肌寒くなってきた時分、窓を閉めながら部屋を明るく保てる窓ガラスは非常にありがたかった。冬にはもっと重宝することになるだろう―
ちなみに全ての窓ガラスには、アイリーンの防犯魔道具が仕込まれている。窓ガラスが割られると、その原因に向かって影の呪いの手(※エフェクトのみ)が伸ばされ、下手人を覆い尽くし視界を奪う仕組みだ。
“黄昏の乙女”ケルスティンが、北の大地で鍛えに鍛えた演出力。どんなに場馴れした盗人でもパニックに陥ることは必至だ。高い制圧力が期待できる。
反面、昼間に作動した場合は……消費魔力が激増する都合上、宝石に蓄えた魔力が一瞬で枯渇し、ほとんど意味を成さないのが玉に瑕だ。
―さて、今回作るのは『突風』の魔道具だ
一階の作業場、ケイは机の上に材料を並べる。
1.糊
2.木片
3.豆粒のようなエメラルドの原石
以上だ。あとは作業用のピンセットくらいか。
改めて見るとショボいな
まあ使い捨てだからなぁ……
ぼそりと呟くアイリーンに、ぼりぼりと頭をかきながらケイ。『魔道具』などと呼んでいるが、肝心なのは魔術を封じ込む宝石だ。極端な話、宝石だけあればいい。ただしそれだと使い勝手が悪く、不幸な事故が起きるかもしれないので―失くしてしまったり、ポケットに放り込んだまま存在を忘れて洗濯したり―土台となる木片を用意した。
そう、大切なのはあくまでも宝石だ。
魔道具の作り方はシンプル。まず、魔道具に求める動作を精霊語(エスペラント)で記述する。次に、記述した宣之言(スクリプト)を唱えながら宝石に魔力を込める。すると、宣之言(スクリプト)を記憶した契約精霊の分体が宝石に宿る。
これで完成だ。
精霊の分体という『自我を持たないAI』に、精霊語(エスペラント)でプログラミングする、というイメージでいいだろう。
プログラミングできる宣之言(スクリプト)の長さや、発動する魔術の威力は、宝石の大きさと質に比例する。大きくて質の良い宝石ほど、複雑な動作を可能とし、強力な魔術を発動できるというわけだ。
今回ケイが作ろうとしているのは、特定の合言葉(パスワード)に反応して突風を発生させる使い捨ての魔道具。主に、敵の足元に投げつけて体勢を崩したり、手元で発動させて肉薄してきた敵を引き剥がすのに使う。
使い捨てである理由は二つ。敵に拾われて再利用されるのを防ぐためと、威力を向上させるためだ。
基本的に、粗悪な宝石を魔道具にしたところで大した威力は期待できない。が、魔術が発動する瞬間に、宣之言(スクリプト)を封じた宝石そのものを触媒にして精霊に捧げて魔力に変換すれば、威力がブーストされるという裏技がある。
このランクの宝石じゃ、恒久型の魔道具にしてもたかが知れてるもんな
指先で豆粒のようなエメラルドを転がしながら、ケイは呟いた。
ケイの契約精霊”風の乙女”シーヴは、燃費が悪い。ものすごく悪い。
そのくせ、エメラルドしか触媒を受け付けないため、今回も仕方なくエメラルドを調達した。小さく粗悪な原石なので高くはないが、安くもない。少なくとも使い捨てにはしたくないお値段ではある。
だが、実践してみないことには進歩もないので、必要な支出と考えるべきか。
どうせこの程度の原石で『突風』を生じさせる魔道具を作っても、効率が悪すぎて、息を吹きかけた方がマシなレベルの風(?)が出る、しょーもない玩具が出来上がるだけだ。
だが使い捨て型にすれば、一応実用レベルのものになるはず―
よーし、やるか
腕まくりをして、椅子に座ったケイは、宣之言(スクリプト)を書き連ねた紙を取り出す。一応、宣之言(スクリプト)は暗記しているが念のため。
……アイリーン、魔力ってどんな感じで込めればいい?
その感覚を把握するために作るんだろ?
それもそうか
まあ必要な魔力を均等に込める感じでいいんじゃないか? こればっかりは感覚的な話だから、……まあアレだ、『考えるな、感じろ』だよ
わかった……やってみよう
深呼吸。
(シーヴは欲張りだからな……気持ち強めに、魔力を込める感じでいってみるか)
身体の奥底で渦巻く魔力を感じ取る。コンディションはばっちりだ。ケイは手元の原石に意識を集中させ、ゆっくりと宣之言(スクリプト)を唱え始めた。
Maiden Vento, Siv. Vi restos en ĉi tiu juvelo kaj faros venton eksplodi kiam …
奥底から魔力を汲み上げ、それを一旦手で捏ね上げて、押し込むようなイメージで原石に注ぎ込んでいく。
不思議な感覚だった。
ケイの魔力に呼応するかのように、周囲の空気が渦を巻き、みるみる原石に吸い込まれていく。『風』が、『空気』が、魔力に変換されて封じ込まれているかのように―
… devas eviti vundi la uzanton mem. Ekzercu.
全てを無事、唱え終わり、ケイは ふーっ と細く長く息を吐き出した。
……言い間違いとかなかったか?
なかったと思うぜ
……できたかな?
ケイの問いに、アイリーンはニヤリと笑った。
バンッ、とアイリーンの手がケイの背中を叩く。
完成おめでとう!
……あー、よかったぁ!
一気に脱力して、へにゃりと机に突っ伏すケイ。
思ってた10倍くらい緊張した……
ハハッ、そうだよな。噛んだりしたら全部パァだもんな
アイリーンが苦笑している。そう、このプログラミング作業、一発勝負でやり直しがきかないのだ。仮に宣之言(スクリプト)を間違えたり中断したりしてしまった場合、動作不良のゴミが出来上がるだけ。どんなに上等な宝石でも、触媒として捧げるくらいしか使いみちがなくなってしまう……
どでかい宝石で複雑な魔道具を作る場合、クソ長い宣之言(スクリプト)を唱える人はプレッシャーが半端ないだろうなぁ、とケイはしみじみ思った。
だがこれでもゲームよりマシだな……宣之言(スクリプト)が短くて済む
それは間違いない
うんうんと頷いて同意するアイリーン。
DEMONDAL のゲーム内では、精霊のAIが意図的にアホの子に設定されていたため、ものすごく細かくかつ厳密に言葉を定義し、膨大な条件分岐を考えて宣之言(スクリプト)を記述しなければならなかった。
しかし、こちらの世界では精霊たちに自我があり、柔軟な発想が可能なため、ある程度ざっくりした宣之言(スクリプト)でも望んだ動作をしてくれるのだ。少なくとも突風を発生させる魔道具で、まず突風の定義から入る必要はない。
いやー、緊張した……
ぼんやりと、完成した魔道具―小さなエメラルドの原石を眺めるケイ。こうしてみると、このしょーもない原石も綺麗に見えてくるから不思議だ。窓から差し込む陽光を浴びてキラキラときらめいて―
―ん?
ふと、怪訝な顔をするケイ。
何か―光の反射がおかしいような。
顔を近づけて、じっくりと原石を観察したケイは―すぐに顔をひきつらせた。
原石の内部が、徐々に、白く曇りだしていた。
これは―非常に微細な傷だ。それが徐々に、内部で拡大している。しかもカタカタと音を立て、原石そのものが震え出した。
ヤバい、魔力を注ぎすぎた!
エメラルドは含有物(インクルージョン)が非常に多い宝石だ。今回使用した粗悪な原石も例にもれず、内部に気泡や細かい傷がたくさんあった。どうせ使い捨てだし、比較的単純な宣之言(スクリプト)だし、まあ大丈夫だろうと踏んでいたのだが―
『シーヴは欲張りだからな……気持ち強めに、魔力を込める感じでいってみるか』
これが、おそらく余計だった。
粗悪かつ小さすぎる原石が、魔力の飽和(キャパオーバー)を起こし、崩壊し始めたのだ。
ところで、魔道具は故障することがある。
核となる宝石が割れたり大きな傷がついたりしたら、中に封じ込まれた精霊の分体も破損してしまうのだ。
それでただ、機能を喪失するだけなら、まだいい。
だが―時と場合によっては―
暴走―
異変に気づいたアイリーンの顔から、サッと血の気が引く。
アイリーンにとっても、未知の領域だった。今まで魔道具づくりで失敗したことはあるが、所詮ケルスティンは影の精霊。物理的な干渉力に乏しく、暴走したところで実害は皆無だったのだ。
だが―それが風の精霊となると。
ビキッ、パシッと音を立てて。
原石に、致(・)命(・)的(・)な(・)亀(・)裂(・)が(・)走(・)っ(・)た(・)。
圧縮された風の魔力が、解き放たれる―
いかん、爆発する!
ケイは咄嗟にアイリーンを抱きかかえ、床に伏せた。
次の瞬間、
爆(・)ぜ(・)た(・)。
グワッ、ドゴオオォォンと轟音が響き渡り、ケイたちは吹き飛ばされた。
急激な気圧の変化、空気の膨張。室内でそれが起きたらどうなるか。
単純だ。
家中の窓ガラスが、耐えきれずに砕け散った。
バキバシャァァァアンと甲高い音を立てて、ガラスが四方八方に飛び散る。
さらに、アイリーンが仕掛けた防犯魔道具が作動。
ブワッサァ! と家中の窓から影の手が飛び出す。
そして日光を浴びてスンッ……と消えた。
……………………
折り重なるようにして床に転がったまま、茫然とするケイとアイリーン。『なんだ今のは!?』『すごい音がしたぞ!』と近隣の住民が騒ぐ声が、遠くに響いている。
台所のフライパンが今さらのように戸棚から転がり落ちて、タイルにぶつかりカーンガラガラと耳障りな音を立てた。
まるで永遠のような沈黙―
……なあ、ケイ……オレは……
やがて、アイリーンが口を開いた。
……オレは……悪い夢を……見てるんだよな……?
光の消えた目で、呻くようにして。
……なあ……ケイ……そうだと……言ってくれ……
よろよろと起き上がったアイリーンは、床に散乱するガラス片を目にした。
それらは、陽の光を浴びてキラキラときらめいて―
―うーん
白目を剥いて卒倒するアイリーン。
なんでこうなるんだよォォォッッ!
うずくまったまま慟哭するケイ。
そよっ、と申し訳程度に、風が吹いた。
リア充爆発しろとの声が多かったので……。
そして前回は、たくさんの感想および にゃーん をいただき、ありがとうございました! Twitterで呟いたら想像以上の反響がありまして、とっても楽しかったです! 面白い! の一言は作者の生きる力となり、 にゃーん は癒やしの原動力となります。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます! にゃーん。
85. 開発
前回のあらすじ
ケイ&アイリーン じゃあ魔道具作ってみよっか♪ (イチャイチャ
魔道具(不良品) ―キィェェエエエァァァッッ!!! (カッ!
―魔道具暴走事故から、数週間が経った。
全ての窓ガラスが木っ端微塵に吹っ飛ばされ、一時は無残な姿を晒していたケイたちの家だが、コーンウェル商会が再び窓ガラスを仕入れてきたため、元の状態に復元されつつあった。
二階の一部の窓は雨戸と羊皮紙でカバーしているが、すでに、一階の窓には全てガラスが嵌められている。
大損こいたコーンウェル商会が、なぜこうも手厚くしてくれるのか。
答えは単純。
ケイとアイリーンが、新たに金のなる木を見つけたからだ。
話は、事故直後に遡る―
†††
ケイ用のチェストは、外な
はい
ガラス片を片付けたあとのリビング。肩を落として正座するケイは、アイリーンの前で小さくなっていた。
魔道具の暴走を重く見たアイリーンは、今後ケイの作る魔道具類は全て、家の外に保管することを決定した。
具体的には、二階のテラス。小さなチェストなり何なりをそこに置く。これなら万が一暴走しても被害が抑えられるだろう。少なくとも、家が中から無茶苦茶にされるよりはマシなはずだ。
ただ、侵入しやすい―と言っても”NINJA”アイリーン基準―テラスに貴重品を置いておくのは、防犯上の不安もある。
だから新しいチェストには、実害のある罠を仕掛けておきたい。食らったら五体満足じゃ済まされないようなヤベーヤツを、な……
物騒な話になってきた……
大真面目に、かつ淡々と語るアイリーン。ケイは少し腰が引けている。
窓ガラスが全部ダメになっても、アイリーンはケイにキツく当たり散らすような真似はしなかったが、ムッスリとしていて機嫌が悪い。その感情が全て、チェストを狙うであろう仮想敵に向けられていた。