ところで、商(・)売(・)は(・)順(・)調(・)なのか
まあ、ぼちぼちだな。俺も今は、さ(・)る(・)商(・)会(・)に(・)属(・)し(・)て(・)る(・)からよ、独りで切り盛りしなくて済むってのは、まあ気楽っちゃ気楽な話だ
ああ、独立じゃなくなったのか……北の大地じゃ商品の薬を配りまくってて散々だったみたいだが、ランダールが破産したんじゃないかって心配してたんだ
おうおう、聞いてくれよ。ホントに酷い目にあってよぉ……あのあとも何だかんだと理由をつけられて、ほとんど薬を取られちまってさ、目的地のベルヤンスクに着く頃にはもう香水しか―
その後も、あくまで一介の商人としての苦労話を、ランダールはあれこれと聞かせてきた。
ケイも興味深く聞いていたが、アイリーンに連絡したい気持ちがじわじわと高まってきたので、ランダールにぐいぐいと酒を飲ませて、空になったタイミングで 疲れたから休みたい という理由で、お開きにした。
ありがとうよ。美味い酒を独り占めにさせてもらって
なあに、久々に話せて楽しかったさ
強い蒸留酒を呑みきって、ランダールも流石に赤ら顔だった。少しばかりふらふらした足取りで、ケイに別れを告げる。
ふと。
月光の下、足を止めて、振り返ったランダールは。
そんなわけで、俺にも今は頼りになる仲間がいるからよ。ケイも何かあったら話してくれや、助けになれるかもしれねえ
お、おう……覚えておくよ、ありがとう
あんまり関わり合いになりたくはないなぁ、と思いながらもケイは笑顔で答えた。
まぁ、また何かあったら話に来るわ……それじゃあな
ひらひらと手を振りながら、ランダールは闇夜に消えていった―
(また何かあったら話に来るのか……)
ケイは微妙に渋い顔で、その背中を見送る。
暗闇に紛れたと判断したのか、先ほどの千鳥足はどこへやら、機敏な動きで足音もなく去っていく背中を―
月明かりに篝火の光まであれば、この程度の暗闇はケイの前では意味を成さないのだが、ランダールは知る由もないことだ。
(面倒なヤツに目をつけられてしまった)
強引に呼び止めたのはケイなので、自業自得といえば、それまでだ。
ボリボリと頭をかいたケイは、何はさておき愛しのアイリーンに連絡を取るため、そのままモゾモゾとテントに潜り込むのだった―
88. 助勢
前回のあらすじ
草原爆走 初村再訪 狩人再会 幸福家庭
言葉を飾らず、ケイは率直に説明した。
今日、とある開拓村から手紙が届いた―
“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“の出現。ヴァーク村の知己からの救援要請。ケイとアイリーンが討伐に向かうこと。こちらの装備、陣容、想定されるリスク。それらを鑑みた上で、マンデルの助けが欲しいこと。
―あっという間に語り終えてしまった。マンデルの娘が茶を淹れようとして、火にかけた鍋の水は、まだ湯気すら立てていない。
まあ、それもそうか、とケイは思った。
・助けを求められた
・怪物を殺しに行く
・力を貸してほしい
要はこれだけなのだ。思っていたより自分は言葉を飾っていたらしい、と気づいたケイは、思わず苦笑しそうになったが、この場面で笑うとあらぬ誤解を与えかねないので、真剣(シリアス)な表情の維持に努めた。
巫山戯(ふざけ)ているわけではない、決して。
だが、苦境に陥ると、人は時として笑いたくなる。不思議なことに。
…………
マンデルは、腕組みしたまま黙って考え込んでいた。
お父さん……
どうするの……?
背後から、娘たちがおずおずと声をかけてくる。動揺、困惑、そして恐れ。父親が危険極まりない冒(・)険(・)に連れ出されようとしている。心配するのも当然だ―娘たちがケイを見る目にも、怯えの色が浮かんでいた。
自分が平和な家庭を乱す疫病神に思えてきて、ケイは罪悪感に苛まれると同時に、断られたらスパッと諦めよう、と改めて決意した。
正直なところ
やがて、マンデルが口を開く。
力になりたいのは、やまやまだ。……しかしおれが、 深部(アビス) の怪物相手に、何かできるとは思わない
見てくれ、と手に取ったのは、使い込まれた短弓(ショートボウ)だ。
おれの相棒だ。……取り回しはいいが大した威力はない。普通の野獣、それこそ猪でも、当たりどころが悪ければ矢が刺さらないような代物(しろもの)だ
ことん、と机の上に置かれる短弓。優美な曲線を描くリムは艷やかな光沢を帯びており、日頃からマンデルが丁寧に、そして愛着をもって手入れしていることが窺い知れた。いい弓だ、とケイは思う。
しかしこのマンデルの口ぶり。 自分では力になれない ―つまりはオブラートに包んだ不承諾(おことわり)だと解釈したケイは、 そうか…… と諦めようとした。
だが
マンデルは言葉を続ける。
そんなこと、ケイは百も承知のはずだ。……おれの短弓では威力が不足していることくらい、わかっているだろう? そ(・)の(・)上(・)で(・)、頼んできた
ずい、とマンデルは身を乗り出す。
おれに、何をさせたいんだ? ……教えてくれ、ケイ
その目にあるのは―面白がるような光。
マンデルは、知っている。
自分は決して英雄の器ではないと。
だが、眼前の青年、ケイは違う。凶悪極まりないイグナーツ盗賊団の一味を単身で撃破し、 深部 の怪物・森の王者”大熊(グランドゥルス)“を一矢で仕留め、武闘大会の射的部門でも文句なしの優勝を果たした英雄だ。さらには風の精霊と契約しており、魔術にも造詣が深い。
そんな傑物が―自分に助太刀を頼みに来た。
それだけでも身に余る光栄だが、 なぜ という疑問が先立つ。今しがた語った 自分では力になれない という言葉は、悔しいが、偽らざる思いだ。地を駆ける竜、暴威の化身、 深部 の怪物―もはや天災とさえ呼ばれる”森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“を相手に、自分がいったい何をできるというのか?
―いや、もしかすると。
―『何か』が、できるのか?
―こんな自分にも?
マンデルは、胸の内に、めらっと小さな炎が灯るのを感じた。
ケイの人間性はよくわかっている。自分に声をかけてきたのは、決して囮や肉壁をさせるためではないはずだ。『狩人のマンデル』に、『何か』を求めているのだ。 深部 の怪物と、戦うために―
忘れてはならない。
このマンデルという男。
一見、冷静沈着で落ち着き払っているが。
武闘大会でケイと弓の腕前を競う程度には―
誉(ほま)れを求めている。
果たしてケイは、マンデルの期待に応えた。
……“森大蜥蜴”は恐るべき怪物だが、弱点がある
机の上で手を組み、ケイはおもむろに切り出した。
“森大蜥蜴”の成体は、小さくても10メートルを超える。村長の屋敷がそのまま這いずり回るようなものだ。それでいて動きは素早く、突進を食らえば人間なんてひとたまりもない。さらには鼻先に、生物の熱を感じ取る器官まで備えている。そのお陰で、たとえ暗がりの中でも、獲物の位置を正確に察知できるんだ
……弱点に聞こえないのだが?
裏を返せば、それを潰せばヤツは大幅に弱体化する
ケイは組んでいた手を解いて、とんとん、と指で机を叩いた。
本質的に、ヤツは『でかいトカゲ』だ。ゆえに寒さに弱い
“森大蜥蜴”は昼行性の変温動物だ。 深部(アビス) の怪物だけあって、多少の気温の変動ではビクともしないが、それでも体温を急激に下げられれば劇的に動きが鈍くなる。
そして俺は、サティナに氷の魔術師の友人がいる。彼に魔法の矢―対象を凍てつかせる”氷の矢”を、可能な限り注文しておいた
魔法の矢、と聞いて、マンデルが目を見開く。
今頃、アイリーンの依頼を受けたコウが、大急ぎで水色の宝石(ブルートパーズ)に魔力を込めているだろう。魔力が尽きるギリギリまで可能な限り作ってくれ、と無茶な注文を出したが、あのコウのことだ。十数本は確保してくれるはず、とケイは踏んでいる。
ヤツが姿を現したら、しこたま氷の矢を撃ち込んで体温を下げる。動きが鈍くなれば、弱点を射抜きやすい。ここで重要なのは、短時間でできるだけ多くの氷の矢を、体の各所に打ち込むことだ。しかし俺が一人で射るには限界がある―
ここまで語れば、わかるだろう。
多人数で、多方面からの射撃。必要なのは矢を命中させる確かな腕前と、化け物の前でもビビらないクソ度胸。そして俺が知る限り、それをできるのは―あんたしかいない、マンデル
―だから、手伝ってほしい。
ケイにまっすぐ見つめられ、マンデルの身体に力がみなぎった。目を見開き、知らず識らずのうちに拳を握りしめ、口元には獰猛な笑みが浮かぶ。
―俺でよければ
! ありがとう!
……と、言いたいところだが
ふにゃっと体から力を抜いて、マンデルが椅子の背に身を預ける。思わぬ肩透かしを食らったケイは、ズルッと滑り転けそうになった。
だ、だめなのか?
おれとしては俄然、加勢したい。……だがおれは、この村の狩人だ。おれの一存で村を留守にするわけにはいかない
許可が必要だ―とマンデルは言う。
誰の許可か?
言うまでもない。村長だ。
わかった。つまり了解が取れればいいわけだな?
そういうことだ。……早速、行くか
そそくさと席を立つ二人だったが、 待って! と悲鳴のような声。
いやだよ! やめてよ、お父さん!
声を上げたのは、マンデルの娘の一人―意外にも、そのうち年下の、気の弱そうな方だった。上の娘が ちょっと、ソフィア― と慌てて押し留めようとするも、それを振り払い涙目で叫ぶ。
ぜったい危ないよ! 行かないで!!
ソフィア。……案ずることはない、ケイは公国一の狩人だ。“大熊”と不意に遭遇しても、たったの一矢で仕留めた男だぞ? ましてや今回は、魔法の矢まで用意して狩りに赴くんだ。滅多なことは起きないよ
でも―
いや、娘さんの言う通りだ
マンデルの了解が得られたことでテンションが上がり、家族の説得をないがしろにするところだった。恥じ入ったケイは、身をかがめ、下の娘(ソフィア)と目線の高さをあわせてから改めて話し出す。
俺は万全を期すつもりだが、戦いに『絶対』はない。もしかしたら俺は死ぬかもしれない。だがそれでも、あなたたちのお父さんは無事に帰すことを誓おう
ケイは真摯に語りかけるも、娘たちは微妙な表情だ。そんな『誓い』に何の意味がある、とでも言わんばかりの態度。ケイも気持ちはよくわかる。必要なのは有耶無耶な言葉ではなく、具体案だ。
―マンデルのために、馬を一頭用意する。何が起きてもすぐに逃げられるように。マンデルの役目は、横合いから氷の矢を射掛けることだ。“森大蜥蜴”を引きつけるのは俺の相方が担当して、メインの攻撃は俺が受け持つ。『絶対に』とは言い切れないが、“森大蜥蜴”の敵意がマンデルに向くことは少ないと思う。仮に俺が殺られても、逃げる時間くらいは稼げるはずだ
たった一人の父親の命を預けろというのだ。
ならばケイが担保にできるのは、己の命くらいのものだろう。
もちろん死ぬつもりは微塵もないが―万が一への備えを怠るほど、不義理もしないつもりだ。
だから、頼む
ケイが頭を下げると―
ソフィアは、不承不承、といった感じに、それでも頷いた。
……ありがとう
もう一度頭を下げ、マンデルとともに足早に家を出る。村長と交渉するために。
残された二人の娘は、不安げに顔を見合わせ、ひしと抱き合った。
今さらのように沸いた鍋のお湯が、かまどでぐつぐつと揺れていた。
マンデル テンション上がってきた
ケイ テンション上がってきた
作者 テンション上がってきた
いつも感想コメントにゃーんありがとうございます!
お陰様で頑張れてます! ありがとう……ありがとう……
89. 交渉
前回のあらすじ
マンデル テンション上がってきた
娘たち お父さん! やめてぇ!
ケイ (説得中)
上の娘(マリア)(お父さん死ぬほど行きたそうな顔してる……)
下の娘(ソフィア)(こんなの頷くしかないじゃん……)
その日、ベネットは平和に過ごしていた。
本来は村長としてタアフ村を預かる身だが、この頃は長男のダニーが村長代理として業務を回してくれるようになり、半隠居状態にある。
ジェシカや~~~
お陰でこうして、のんきに最愛の孫娘と遊んでいられるのだ。屋敷のリビングで孫娘のジェシカを膝に抱えて、だらしなく相好を崩すベネット。
やぁ~~!