艷(・)や(・)か(・)な(・)青(・)緑(・)色(・)の革鎧。

今となっては笑う気にもなれない。

っと、どこにしまったか……

これまた最上級品に近い鎖帷子を脱いで、胸ポケットをごそごそと探るケイ。

とりあえず邪魔な懐中時計を外に出しておく。鎖にぶら下がって無造作に揺れるそれを、ギョッとして凝視するベネット。

えーと、金と、触媒と、……これもアリか

懐から硬貨が詰まった革袋、宝石類を包んだ巾着を取り出し、机に置く。さらに腰のベルトのポーチから、いくつか護符を抜き取った。

こんなところだな。まずはコレを渡しておこう―アンカの婆様は元気か?

布にくるまれた護符を差し出し、唐突にケイが問う。

アンカ―村の呪い師の婆様のことだ。前回の訪問時、ケイとアイリーンが精霊語をレクチャーした結果、精霊に祈願し病魔を退ける簡単な呪術を扱えるようになり、豊作祈願に病気の治療にと大活躍している。

ええ、それはもう、近ごろはむしろ若返ったようで……

そうか。それはよかった、ならこれが使えるな

……それは、なんなんだ?

恐る恐る、といった様子でクローネンが尋ねる。これまで終始圧倒されて黙り込んでいたクローネンだが、好奇心が勝ったらしい。

使い捨ての”突風”の護符だ。呪文を唱えれば、大の男でも吹っ飛ばすような風を、ピンポイントで吹かせられる

―まさかの魔道具。それも攻撃用の。ヒュッと引きつったような呼気を漏らしビビるクローネン。

ああいや、それほど怖がる必要は……あるか。核になってる宝石部分は絶対に傷つけないでくれ。暴発して大変なことになる

だから布でくるんであるわけだが、というケイの説明にマンデルさえ顔をひきつらせる。

それは……その……それが対価ということですかの?

確かに価値は凄そうだが、こんなもん渡されても困る、とばかりにベネット。

いや、これは迷惑料みたいなもんだ。マンデルがいない分、村の戦力が落ちるだろう? 万が一ならず者が村を襲ったら使うといい。強そうなヤツを二、三人吹っ飛ばしてやれば、相手も腰が引けて戦いやすくなる。多少魔力を使うが、アンカの婆様なら問題ないはずだ。あとで挨拶かたがた、起動用の呪文も教えておくよ

タイミングは難しいが矢を逸らすのにも使えるぞ、騎馬の突撃だって工夫すれば止められるぞ、などと、自作魔道具の活用法を生き生きとした様子で語るケイ。

…………

迷惑料―迷惑料とは―そんな言葉がベネットの頭の中でぐるぐる回る。

で、対価の方だが、どっちがいい?

ずい、とベネットの前に、革袋と巾着袋を押し出すケイ。

ベネットは無言で、まず革袋を検めた。―中にぎっしりと、銀貨が詰まっていた。何枚あるか、数える気にもならない。村の収入の何年分だ? 計算しようとするが思考が上滑りするばかりで、頭がうまく働かない。

仕方ないので、巾着袋を調べる。―先ほどケイが使い捨てたような、良質なエメラルドの原石が、お互いが傷つかないように小分けしてごろごろと入っていた。

ちなみに、価値は宝石の方が高いかな

俺としてもそっちを取ってもらった方が助かるかもしれない、とケイ。

えぇ……?

なぜ高い方が助かるのか理解できず、妙な声を上げるクローネン。

確かに、……見事な宝石ではありますが、ワシらには換金の手段が限られておりますからの。倅(ダニー)ならサティナの街でさばけるかもしれませんが、宝石商の宛てとなると……それに、これほどの宝石は経験がありませんし、うまく交渉できるかどうか……それならば現金の方が―

コーンウェル商会を訪ねればいい

ケイはニヤリと笑う。

―アイリーンと俺はコーンウェル商会の専属魔術師でもある。俺からの紹介ともなれば無下には扱われない。どうだ?

コーンウェル商会……専属……

ベネットは今日何度目になるかわからない衝撃を受けた。

娘(キスカ)の手紙から、ケイたちがコーンウェル商会と交流があることは知っていた。だが専属契約まで結んでいることは知らなかったのだ。何分、ケイたちが本格的に魔術師として活動し始めたのはここ1~2ヶ月のことで、最後にキスカの手紙を受け取ったのが数ヶ月前だ。知りようがなかった。

そして、宝石について。

ケイからすれば、この宝石はコーンウェル商会から割引価格で購入したもので、ベネットがコーンウェル商会に売るのであれば、それらは再び魔道具の材料として手元に『戻ってくる』。どこの商会に使われるかわからない現金を渡すより、コーンウェル商会、ひいては自分たちに利益が還元される可能性が高いわけだ。

また、ベネットからすれば、ケイの口利きのもとコーンウェル商会で安全に取引ができる。コーンウェル商会に問い合わせれば医薬品でも嗜好品でも、常識的なものはほとんど揃うだろう。宝石を対価に大量の、かつ良質な物資を得られるのだ。何よりコーンウェル商会とつながりができる。その利益は計り知れない―

可愛い可愛い孫娘(ジェシカ)のことが頭をよぎる。麻痺していた脳がここにきて、バチバチとそろばんを弾き始めた。

……ケイ殿

ベネットは深々と頭を下げた。

こちらの宝石を、対価としていただけませぬか。それと、もしよろしければ一筆したためていただけると、非常に助かるのですが……

ああ、そうだな、何か証拠があった方がいいか。もちろんだとも

鷹揚に頷くケイ。

(なんとも、まぁ……)

合意の握手をしながら、ベネットはもう笑うしかなかった。

半年前―

そう、久々といっても、たった半年前だ。ケイがこの地を訪れたのは。

あのとき、この青年は右も左も分からない、怪しい身元不詳の異邦人だった。

だが、今の彼を見よ。まるで別人ではないか。圧倒的武力はそのままに、魔術の秘奥を使いこなし、財力も人脈も並外れている。武闘大会でケイと再会したマンデルが、村に戻ってからしきりにケイを褒め称えていたが、ようやくその心がわかった。

(交渉にもならん)

本来、こういう細々した交渉というのは、対等に近い立場でするものだ。

互いの『格』が隔絶していては、交渉の余地などない。弱い方が強い方におもねるだけ。そういう意味では、今回の『交渉』は大成功といってもいい―

(ノガワ=ケイチ、か)

あの夜の名乗りを思い出す。

草原の民の格好をして家名持ちか? などと思ったものだが。

(本当に、家名持ちだった、ということかの……)

これだけの財を持ちながら、自然体。

故郷では一角の人物だったのだろう―などと納得するベネット。

実際は、ゲーム時代の感覚を引きずっていることに加え、魔道具の売れ行きが好調で金銭感覚が狂っているだけなのだが。

何はともあれ、ケイはマンデルの同行がスムーズに決まり、ごきげんだ。

それが全てだった。

†††

リビングの隣の部屋。

壁にぴったりと身を寄せる、憂いを含んだ面持ちの女がひとり。

かすかに響く会話に、じっと耳を澄ませている。

話し合いは一段落したのか、今は和やかな笑い声が―

―シンシア?

と、足元からの舌足らずな声がして、ビクッと震えた。

見れば、ジェシカが、つぶらな瞳でこちらを見上げている。

……なにしてるの?

幼女の問いに、色白の女―シンシアは なんでもないわ と微笑む。

ジェシカ。おやつにしましょう

! わーい! おやつ!

ジェシカが喜んで部屋を出ていく。

何事もなかったかのように、シンシアもゆっくりと、そのあとを追った。

―かすかに膨らんだ腹を、心配げに撫でながら。

90. 出発

前回のあらすじ

(不穏)

翌朝。

うっすらと空が明らむ中、ケイとマンデルはタアフ村を発つ。

お父さ~ん! 気をつけてーッ!

無事に帰ってきてね~ッ!

マンデルの二人の娘はもちろん、ベネットやクローネンをはじめとした村人たちも見送りに出ている。シンシアはいなかったが、ケイの鷹並の視力は、村長屋敷の窓から心配そうにこちらを覗き見る彼女の姿を捉えていた。

―なぜ堂々と見送らないんだろう? マンデルと確執でもあるのか?

などと疑問に思いつつも、ポンッと軽くサスケの腹を蹴るケイ。

常歩(なみあし)から駈歩(かけあし)へ。サスケがゆるやかに加速していく。マンデルの駆るスズカも問題なくついてくる。

そうして二騎は、木立を抜け、草原へと駆け出した。

草原の緑と、朝焼けに燃える空の対比が美しい。思わず見惚れそうになるが、ぶわっと吹き寄せた風の冷たさにケイは身震いした。

秋でこれなら、冬になったら相当な寒さだろうな―と革のマントの襟を手繰り寄せながら、顔布を装着する。白地にひらひらと踊る赤い花の刺繍。これで顔面が冷えずに済む。

それ、相変わらず使ってるんだな

隣のマンデルが、刺繍に目を留めて声をかけてきた。

ああ。重宝してるよ

この顔布は、イグナーツ盗賊団との戦闘で破損してしまったものだ。それをシンシアが修繕し、花の刺繍までしてくれた。基本的には、戦闘時に表情を読まれにくくするために使うのだが、そこに可愛らしい花のモチーフをあしらうとは―独特なセンスを感じる。

しかし……あんまり付けない方がいいかな?

以前、マンデルに 草原の民と誤認されるから気をつけろ と言われたことを思い出し、顔布に手をかけるケイ。

いや。……どうせおれたちしかいない。大丈夫だろう

そうか

それと、昨日はありがとう。……娘二人も呼んでくれて

昨夜、あのあとケイは村長屋敷で歓待された。

マンデルが仕留め、熟成させていたとっておきの鹿肉が夕餉に振る舞われた。マンデル本人はもちろん、その娘二人も同席しての食事会だ。娘たちを招くことを提案したのはケイで、突然父親を連れ去ってしまうことへの詫びも兼ねていた。

食事の席で、ケイは武闘大会以降の旅路を語った。村に着くなり大物狩りの話になって、マンデルにもその後の経緯を伝えていなかったからだ。

ウルヴァーンで名誉市民権を取得するために奔走したこと。図書館での調査で『魔の森』の伝承を見つけたこと。緩衝都市ディランニレンを抜けて北の大地を放浪したこと。水不足に苦しみ、独力での北の大地横断を諦めてディランニレンへ引き返したこと。ガブリロフ商会の隊商に参加し、馬賊と激突したこと―

己の武勇伝に関しては、少し誇張した。自分はそれなりに武力があるから、無事に狩りを終わらせてマンデルを無事に帰す―という、娘たちに向けてのメッセージのつもりだったのだ。しかし当の本人たちは、慣れない村長屋敷での食事会に緊張して、それどころではなかったようだ。

招いたのは余計なお世話だったかもしれないな、と苦笑したケイは、昨夜の席を思い返す―

†††

『―それで、しこたま矢を食らってハリネズミみたいになってな。そのときの傷がこれだよ』

食後の葡萄酒を味わいながら、席の後ろに置いてある革鎧を示すケイ。

『ずいぶん多いな。……これ、全部が?』

『ああ』

『……よく生きてるな』

革鎧に近づいたマンデルが、補修された傷跡を指でなぞりながら言う。同席したクローネンが『化け物かよ』と呟いて、横合いからベネットに頭を叩かれていた。

『“高等魔法薬(ハイポーション)“のおかげさ』

ケイは何気なく答える。ハイポーションと聞いて、ランプの明かりの下、ベネットの目がギラッと光った。

『もっとも、この戦いで飲み干してしまったが』

当然、それに気づいた上で、しれっと付け加えるケイ。

タアフ村では以前、ハイポーションの存在を明かしている。村を去る際、特に口止めはしていなかったが、今のところ噂が広まる気配もないようだ。しかし、ケイたちがサティナへの定住を決めた以上、 あいつは奇跡の霊薬を持っている と近隣で噂されるのはまずい。

なので、もう『使い切った』ことにしてしまおう、というわけだ。

(まさかサティナに定住することになるとは、思ってもみなかったからな……)

転移直後ということもあり、脇が甘かった。アイリーンを助けるためだったので致し方ないことだったが。

ちなみにポーションは、少量だがまだ残っている。これ以上、使う機会に恵まれないことを祈るのみ……。

『まあ、後悔はしていない。全てを出し切らなければ、とてもじゃないがあの戦いを生き残ることはできなかった』

『ううむ……そうでしたか……』

なぜか口惜しげな表情のベネット。仮にハイポーションが潤沢にあったところで、譲る気はさらさらないので安心してほしい―

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