もっと効率の良い場所はきっと沢山あるだろうが、ブレイブバードは海のモンスター群の中でも弱い方だ。中々評価も良いんじゃないか?
「……考えていたよりも多いです。私が前線にいた頃戦っていた化け物さんと同等なのではないでしょうか」
「そりゃ良かった。船作りだの、戦闘方法だの、あれだけ苦労して不味かったらどうしようもないからな」
「ですが、ここはまだ海の中では始まりなのですよね? 一体この先はどうなっているんですか? 正直、これで弱い方と言われると疑問しか浮かびません」
硝子の言い分も頷ける。
さっき硝子は前線にいた頃と同等と言った。
つまる所、ブレイブバード程度の経験値が前線の獲得量という事になる。
無論、殲滅力などの差は当然あるが、少なくとも俺はブレイブバードよりも強い敵を何匹も知っている。
だが、そこから出てくる答えは不安ではなく……。
「だから、気になるんだろう?」
「……そうですね。あの先に何があるのか全くの未知数ですもんね」
それは期待。
冒険心と例えても良いかもしれない。
解らないから行って見たいという凄く単純な欲求。
俺としぇりるに限らず、硝子にもこの気持ちが理解してもらえるなら嬉しい。
あの水平線の向こうに何があるのかわからない。
だからこそ、行って見たいと思った。
「まあでも今は海に落ちたアレを拾って俺達の金になってもらわないとな」
今はまだ、その時ではない。
俺はしぇりるに解体武器の事情を話した。
同じ狩り場で戦っている者が誰もいないのだから隠す必要も無い。
こんな感じで俺達は船上戦闘スキルが出現する12時間もの間戦い続けた。
そして。
俺達はまだ知らない。
災いが刻一刻と近付いている事に……。
ディメンションウェーブ-始動-
ソレが起こったのは俺達が海で生活を始めてから一週間程経った頃だった。
硝子も闇影も船上戦闘スキルを習得して、遠くへ来られる様になった頃……。
「大分沖まで来れる様になってきたな。そろそろもっと先に行ってもいいんじゃないか?」
「そうですね。近頃は陸地よりも船の方が動き易く――」
言葉を途中で止め、硝子は直前までの柔らかだった表情を変えた。
そして海、第一都市の方向に振り返る。
釣られて何かあるのかと俺もそちらを向くが、これといった変化はない。
「どうしたんだ?」
「いえ、風が前からも後ろからも来るので少々気になって」
「確かに、変……」
しぇりるは船の帆を指差して言った。
確かに帆が変な動きを繰り返している。
「どうしたでござるか?」
船の先頭で警戒をしていた闇影が疑問を浮かべている俺達へ近付いて来る。
俺は硝子としぇりるの話を伝えようと言葉を紡ぐ……よりも前に事態は動いた。
「これは……行けません! 絆さん!」
突然硝子が俺を抱きかかえて手短にあった帆に繋がるロープを強く掴んだ。
どうしたんだ? そう訊ねようとした直後。
――ギギギッ!
何かを押し開くかの様な、不快な音。
単純に耳にクル音だ。
痛み、と例えてもいいかもしれない。
近い音というと黒板などを爪などで引っ掻いた音だろうか。
その音を何十倍にも不快にした。そんな音だった。
そして……。
――バリンッ!
鼓膜を破るかの如く、ガラスを地面に落とした音。
方向は硝子が指摘した風がした場所、第一都市の方角。
「なっ!?」
瞳に映った光景。
現実では決して起こらないであろう空間その物にヒビが入った様な黒い線。
直後。
爆発と例えて差し支えない突風がヒビの方向から発生した。
「くぅっ!」
硝子から苦痛に似た声が響く。
それもそのはずだ。爆風が船に直撃したからだ。
船の帆が強く靡く……いや、船その物が浮いている。
それ位凄い風だ。
テレビで竜巻の映像を見た事があるが、それに匹敵するかもしれない。
水飛沫が舞い、辺りは直前までの平和な海を地獄に変えている。
「闇か――」
闇影、そしてしぇりるが爆風に飛ばされていく。
声は暴風で聞き取れなかった。ゲームの仕様上死にこそしないだろうが、人が風に飛ばされていく……トラウマになりそうだ。
――
――――
―――――――
どれ位経っただろうか。
一分か、あるいは数十分か。
時間の感覚が曖昧になり、暴風が収まったのは、それ位経ってからだった。
「……絆さん。大丈夫……ですか?」
「あ……ああ」
硝子の声を聞いてやっと風が止んだ事を実感したのだから相当だろう。
辺りを眺めると俺達は船の上にいた。
帆船その物に被害はないが、海は木材などが浮かんでいる。
これがゲームだという前提が無ければ第一都市から飛んできた、と考える所だ。しかしこれはゲーム。おそらくそういう演出だと思われる。
「ダメージはありませんか?」
ダメージ?
俺は直にステータス画面を表示させて自身の状態を確認する。
幸いどこも異常はない。
暴風が起こる前と何等変わらない状態が映っていた。
いや、そもそもダメージはないか、という質問はおかしい。
まるで自分にはあったかの様な言葉だ。
「硝子にはあるのか!?」
「いえ、500程受けただけで、それ程大きい物ではありません」
「それは良かった。いや良くはないか」
「あれだけの事があったんですから、500で済んだのは不幸中の幸いと言えるでしょう」
「……そうだな」
安堵の息を吐く。
これが千だの万だの言われたら大変だった。
「しかし、今のはなんだ」
「絆さん空を見てください」
「空……?」
見上げると赤。赤い色が瞳に映し出される。
ワインレッドに染まった空。
血に似た色が頭上を染め上げていた。
不安になる色。不気味な雰囲気を醸し出している。
俺は呆気に取られた表情で唯それを見上げていた。
それは俺だけではなく、硝子も同じだ。
いや、今はそれ所じゃない。
「硝子、それよりも闇影としぇりるが先だ」
「そ、そうですね!」
先程風に飛ばされるのを目撃している。
海に落ちたなら風は多少防げるだろうが、闇影は泳げない。
そうなるとダメージを多く受けてしまうだろう。
スピリット的には可能な限り軽減してやりたい。
俺は船の周りだけでなく、遠くも眺める。
あの風じゃあどこまで飛ばされたのか皆目見当も付かない。
……二人とも、無事でいてくれよ。
「いました!」
「本当か!?」
硝子の指差した方向を眺めると浮かんでいる影が見えた。
俺は舵スキルを直に習得すると帆船を動かし始める。
今はエネルギーだの、マナだの言っている時じゃない。
「大丈夫か!」
「……ん。ヤミも一緒」
さすがに今まで舵を担当していたしぇりると比べれば拙い動きだが、船を近づける。
すると確かにしぇりるは闇影を抱えていた。
「しぇりるさん、掴まって下さい!」
「ヤミが先」
「わかりました」
硝子は言われるまま闇影を引き上げて、次にしぇりるに手を差し出した。
上がってきた二人は当然ながら海水で水浸しだ。
各言う俺達も風で飛んできた水で大分濡れている。
「闇影、エネルギーは大丈夫か?」
「……2000程受けたでござるが、ドレインでいつも皆よりもらっているでござる故、問題はござらん。それよりもしぇりる殿の介抱を」
2000ダメージというと正直、かなりのダメージだ。
スピリットは耐久的に問題ないが、しぇりるは晶人。最大HPが何あるかは不明だが、死んでいない所を見るにデスペナルティは避けられたのだろう。
「だいじょぶ。HPゲージが赤いだけ」
「それ大丈夫じゃないだろ」
問題ない事を主張するしぇりるを休ませて、俺は取り敢えず舵を第一へ向ける。
だが、自然とその視線は上空を眺めるだろう。
――ディメンションウェーブ。
俺達全員はその方角を眺めて、誰が言うでもなく確信した。
そう、第一都市の方向には未だ黒いヒビが自己主張していたのだった。
被害報告
――『絆†エクシード』さんに複数チャットが届きました。参加しますか?
第一都市へ向かっている途中。
奏姉さんと紡からチャットが送られてきた。
当然ながらディメンションウェーブの件だろう。
第一に着いたら俺の方から送ろうと考えていた所だったので舵を取りながら参加する。
「お兄ちゃん!? 大丈夫だった?」
「絆、怪我はない?」
突然二人の大きな声が響いた。
ゲームとはいえ、あれだけの事があったので気持ちは理解できる。
「ああ、海にいたんだが、硝子……仲間のおかげでダメージ一つない」
「よかった~……こっちはパーティーの二人がデスペナったよ」
「……お姉ちゃんの方では三人かな~」
「そんなにか?」
二人から落ち込んだ声で被害が報告される。
話によれば、デスペナルティを受けた奴は数えるのも嫌になる位いるそうだ。
しかし、予想よりも随分と被害が大きい。
紡が所属しているという事は、おそらく前線パーティーだ。
その中の二人が死んだとなると相当だろう。
もしかしたら俺達は海がクッションになって比較的にダメージが少なかったのかもしれない。いや……発生源が陸の方だったから離れていたのも大きいのか。
あくまで想像だが、あの突風を受けて壁にでもぶつかったら2000ダメージでは済まない気がする。そう考えると俺達は運が良かったのかもな。
「それでそっちは今どうなってるんだ? 俺達は海にいるから情報に疎くて」
「海? 海って海岸?」
「いや、沖の方」
「そんな所に行けるの? というかどうやっていくの?」
「RPGで海を移動する道具って言ったらそう何個も無いだろうよ」
「「なるほど!」」
それで納得する所がゲーマーの悲しさか。
船、あるいはそれに追随するアイテムを想像したに違いない。
「こっちは今、皆……沢山の人達で調査してる所だよ」
「調査?」
「ええ、ヒビの位置から第一から第二の間だと思うんだけど、何かイベントが発生しているんじゃないかな? というのが大多数の考えね~」
「なるほど」
よくよく考えてみればディメンションウェーブという、タイトルにもなっている物がどの様なイベントなのか俺達は何も知らない。
現状、赤い空と空間のヒビが関係しているのは確実だが、大多数参加型のイベントである可能性は十分考えられる。
参加するしないに問わず、情報を得ておくのは重要だろう。
「絆お兄ちゃん、第一の方に来れる?」
「今向かってる」
「じゃあ第一に着いたら広場で合流しましょう」
「わかった。じゃあ一度チャット切るな」
――チャットが終了しました。通常会話に戻ります。
チャットを終了して、硝子達に振り返ると三人がこっちを凝視していた。
いや……普通に電話、じゃなくてチャットしていただけだが。
「な、なんだ?」
「紡さんからお電話ですか?」
「ああ、姉さんと紡からだった」
「お姉さんもいるのですか」
「そういえば言ってなかったな。三人でやってるんだ」
「どうして別々に行動しているのでござるか?」
「そういえば、どうしてだろうな」
確かに姉妹三人でやっているのに何故か全員別行動だ。
言われてみれば三人でパーティーを組んでも良かったかもしれない。俺は最初から釣りをする事を公言していたので、二人が察してくれたんだろうけど。
「第一に着いたら一度合流する事になった」
「ご兄弟の安否ですから、とても大事な事だと思います」
「硝子殿の言う通りでござるな。この際絆殿だけでも先に第一に行くのはどうでござるか?」
「いや、二人とも大丈夫だったし、そんなに急いで合流する程でもないだろうよ」
これが創作物に良くあるデスゲームって訳でもあるまいし。
家族の贔屓目だが、あいつ等ゲームは俺よりも上手いからな。実際、ディメンションウェーブの直撃を受けて自分達は死んでないよっぽいオーラ出してたし。
心配してないかと言われれば嘘になるが、今直ぐ会わなきゃダメって程でもない。
「……そうでもない」
「大丈夫だろ。一応前線組だしな」
「違う。絆には第一へ帰還。情報収集してほしい」
なるほど。一理あるな。
海から船で帰れば距離の関係、帰還アイテムを使うよりは時間が掛かる。
その点、パーティーメンバーの誰かが情報収集に先行するのは十分ありだ。
「だけど、それは俺じゃなくても良いんじゃないか?」
「絆はこの中で一番友好関係が広い。情報集めなら、絆が適任」
「しぇりるさんのお言葉通りですね。絆さんが一番かと思われます」
「自分、人と話すのが苦手でござる故」
確かに前線組の紡、姉さん、アルト、ロミナ辺りに聞けば現状を把握するのは早そうだが、面倒を押し付けられている気もする。本音を言えば、それを喜んで頷いてしまう俺はシスターコンプレックスなのかもしれないけどさ。