「それでは行きますよ? しっかり抱きついていてくださいね」
「おう!」
俺は硝子の身体にがっしりと抱きついている。身体が小さいので腰の辺りに腕を回す形だ。システム再現だが硝子が着用している和服と硝子のラインを感じられる。
我が侭を言えば、こんな小さな姿ではなく、もう少し大きくて、俺が抱きしめられる形が良いんだがな。いや、そういう趣旨じゃないのは理解しているけどさ。
ともあれゲームなので体重云々は分からないが俺はロリキャラ、軽いかもしれない。
いざ、出陣。
「行きます!」
そうして崖に向かってダイブした訳だが……。
硝子は俺と違ってすんなりと完璧な位置取りでロープを取っ掛かりに引っ掛ける。
そして俺達にロープを軸に遠心力が発生して向こう岸へ飛んだ。
飛べた! と思ったのも束の間、ロープの方が重さ耐えられなかったのかロープが軋んでブチリという良い音を立てて遠心力が本来とは違う方角へ機能する。
やがて見えてきたのは向こう岸の崖ではなく、壁だった。
このまま行けば無意味にダメージを受けそうな所を硝子が落下中に扇子を取り出して壁に向けて突き刺し、同時に足をバネの様に当てて衝撃を和らげる。
そうして壁にこそぶつからなかったが跳ね返った俺達は川へと落ちていった。
結果俺達は、二人そろって垂直にうつ伏せの体勢、エンピツの様に河口に流れ着いた。
「ぐああああ!」
「すみません」
「い、いや……硝子は悪くない。普通に無理だったんだよ。二人ターザンはさすがに……」
「みたいですね」
こんな感じの暴走もあったが、ペックルの開拓は進んでいった。
俺は現地に行けないので分からなかったが、硝子に任せて崖向こうは着実に開拓が進んでいるらしい。
尚、ロープのレベルが低いから俺では飛べないと結論付けてレベル上げ中だ。
開拓者の七つ道具はどうやら所持している人物毎にレベルが設定されるみたいでな。
ともあれ俺のロープレベルが3になり、後ちょっとで崖を渡れると思った頃……。
ある日、ダンジョン攻略部隊が『橋』の設計図を拾ってきた。今までペックルのやる気、ストレスに補正を掛ける施設が多かったが、島内施設の誕生だ。
俺はすぐにペックル達へ橋建設を命じて例の開拓地への橋が作られていく。
無論、一秒でも早く池で釣りをしたい俺だが……結局俺がロープで岸を渡るよりもペックルが橋を完成させる方が早かった。
「橋が完成したペン」
サンタ帽子ペックルの報告を耳にした直後、俺は硝子を連れて向こう岸に渡った。
崖より先は、今まで目でしか見えなかったが、近付くと森が深い。
暖かい気温と草の腐った様な臭いとジメっとした湿り気からジャングルの様な印象を受ける。環境音も鳥と虫の鳴き声がひっきりなしに流れていて落ち着かない。
この辺りはまだ伐採が進んでいないのだろう。
橋が完成したのでペックルの移動に掛かるタイムロスも減るからな。
……見た感じ、今までの開拓地と比べて木の種類が違うな。
そういえば材料が足りなくて作れない施設が増えていたが、木の種類か。
単純に伐採と言っても伐る木によって手に入る物が違うのか。
まあ伐採斧にスキルがあるのだから同じ物しか手に入らないなんて事はないはずだよな。
「絆さん、こちらです」
既に何度か探索をしていた硝子が道を教えてくれる。
俺が池に行きたいと言っていたのを知っているだけに歩みは一直線だ。
やがて見えてきたのは大きな池。
これでもっと大きければ湖と呼ぶ所だが、そこまで広くはない。
精々現実に存在する記念公園の大きな池程度の広さだ。
水は綺麗なのだが……下に深い。
俺は現実では釣りをあまりした事が無いので何が釣れるか見当もつかない。
コイとかだろうか?
「よし、弟子よ。これからはここで釣りをするぞ」
「はい、わかりました。お師匠様」
若干俺の方が色々な面で弟子より劣っている気もするが釣りでは俺が師匠だ。
戦闘では硝子が師匠なのであんまり偉そうな事は言えないけどな。
まあ師弟ロールプレイだと思っている。俺も硝子との修行で師匠と呼んでみるか。
ともあれ釣りだ。
今まで海で我慢していたので気分が高鳴る。
開拓者の七つ道具は硝子に使わせて、俺は愛用の竿を使う。
餌が無いのでルアーだが、ずっとやっていれば一匹ぐらい釣れるだろう。
早速釣竿を振って光のルアーを池に投げ込む。
フィッシングマスタリーからくる完璧なリリース故に音など立てない。
まるで撫でる様に水面を微弱に揺らして光のルアーは泳ぎ出す。
後はリールをうまい具合に巻いて魚を引っ掛けるだけだ。
「おお?」
光のルアーが泳ぎ始めた直後、巨大な魚に追いかけられている。
あのままでは胃まで一直線で引っ掛けるのは難しそうだ。
俺は光のルアーをコントロールして食べられる直前に唇に引っ掛ける。
おそらくは巨大ニシン、イカに続くぬしクラスの魚だろう。
最初の釣りで引っかかるとは運が悪かったな。
――プツン!
「は?」
巨大な魚に光のルアーが引っかかった直後、糸が切れた。
それも少し強く引っ張られただけで。
俺の釣竿は余った糸と竿の部分だけが残る。
「光のルアーがああああ!」
無意味に感情の篭った俺の叫びが池に木霊するのだった。
海女現る
「誰か会いたい人はいるペン?」
光のルアーを失った俺はしばらくの時を池で餌無しで釣りをしていた。
硝子には開拓者の七つ道具を渡しているのでどうしてもそうなる。
尚、開拓の方は順調に進んでいて、この辺りの伐採も始まった。
今はあの魚、俺の愛すべき光のルアーを奪ったぬしの息の根を止める事だけを考えている。俺がどうしてあのぬしを一方的に敵対視しているのか……それは夜になると沼の底で光のルアーがじんわりと光っているからだ。
まるでお前は敗者だ。と言われている様でムカツク。ただそれだけの理由。
「しぇりるだ」
「迷いもなくしぇりるさんなんですか?」
「しぇりるは泳げる。何より銛スキルでドンッだ!」
「……やはり、そういう趣旨ですか」
硝子の呆れる様なジト目を眺めつつ、俺はペックルが表示させたウィンドウに『しぇりる』と名前を入力する。
確かあいつは空欄とか記号とか無いはずだから、ひらがなでそのまま入力すれば良い筈。一応はフレンド欄からコピーペーストして入力した。
ともかく、今必要な人材と言えばしぇりるだ。
しぇりるしか考えられない。
俺にはしぇりるが必要なんだ。
ディメンションウェーブから数日が経っている。
アップデートで追加されたアイテムや装備をそろえた頃だろう。
突然呼んでもそこまで迷惑は掛からないはず。
いや、突然強制召喚の時点で相当迷惑掛けているけどな。
「ともかく、しぇりるが居てくれればどうにかなる!」
そうして翌日。
朝一に浜辺に行くと垂直にうつ伏せで倒れている、しぇりるを発見した。
俺は有無を言わさずに……スクリーンショットを撮った。
「私の時も同じ事をしていましたよね……」
おっと、硝子の中で俺に対する評価が低下中だ。
まあ今まで褒められる様な事をしていたのか、と尋ねられると微妙なんだがな。
ともかく硝子も何枚か撮ったのでしぇりるでも撮っておこう。
いや、この際流れ着いた奴は全員撮るとしよう。思い出的な意味で。
よし、もう少し近付いて。
「ほっ!」
硝子と同じく俺の足に手を伸ばしてきたので避けた。
しぇりるの手が空ぶった所でしぇりるの意識が回復する。
まあ……元々静かな奴だから、あんまり変わらない様な気もするけど。
「絆……と硝子」
「おう。光のルアーはお前の手に掛かっている」
「絆さん。お気持ちはわかりますが事情を説明しないと」
「……そう」
「理解してくれたぞ」
「きっとその『そう』はそう、わからないわ、のそうですよ」
「あ、やっぱり?」
「……そう」
だよな。俺も同じ事をされたら相手に事情を詳しく尋ねるし。
ともあれ、しぇりるとも合流を果たした俺は硝子と同じく、これまでの経緯を話した。
前回との違いは硝子が来てからの話位だ。
「……そう」
「そっちはどうだった? 第二波とか」
「そう」
「大丈夫だったのは解ったが、詳細はわからん」
「そう」
衝動でしぇりるを選んでしまったが、外界の情報を得るには失敗だったか?
かといって誰かが特別必要だった訳でもないからな。
まあタイムアタックしている訳でも無いし、できる限りの事をすれば良いか。
幸いしぇりるは半製造スキル構成だ。開拓関連も多少は理解してくれるはず。
「とりあえず案内をするよ。池とか池とか池とかな」
「そう」
「絆さん、本音がタダ漏れです」
道案内する時に池を連呼する。デートコースとしては最悪だな。
まあデートなんかした事ないけどさ。
池の事は一度忘れて、カルミラ島を案内するとしぇりるは思いのほか反応が良かった。
もちろん俺がそう思っているだけで実際はわからないが。
一応少しは意思疎通ができている自分を信じよう。
しぇりるは特に伐採と採掘に興味を示した。
確かにあれ等の材料から船を作れる可能性は高いので自明の理なのか。
「そういえば船は誰が持っているんだ?」
「ヤミ……とアル」
「アル……アルトか、なんでアルトも持っているんだ?」
「新しく作った」
「新しく?」
「……ん。今、流行してる。アルに作らされて、金袋を置いていく」
え~っと……言葉を繋いでいくとこうか。
今まで俺達が使っていた船は闇影が所持していて、第一都市の方で船造りが流行している。金を稼げると踏んだアルトが、しぇりるに大量発注させて儲けた。
こんな所か。
しかし、そうなると前線組も海を目指し始めているという事になるのか。
あっちでどうなっているかは知らないが海も注目を浴び始めていると。
「まあ船造りたいなら作るか? 材木と鉱石をちょろまかせば結構な量手に入るぜ」
「……見てからじゃないと」
「そうか。じゃあ後で見といてくれ。最悪欲しいのなら自分で採取もできる」
「……ん」
一通り建物やら、ペックルやらを説明していく。
最近ではペックルにしか効果が無い建物が多いが中は面白い。
例えば病院にはナースペックルとドクターペックルがいる。
もちろん頭にナースハットとヘッドミラーを付けたペックルだ。
ペックルダンジョンから冒険5匹組……現在職種が増えた冒険チームが拾ってきた。
効果が上がるのかは微妙だが、病院に常駐させている。
「さて、池行こうぜ」
「……ぬし釣り?」
「おう」
「いく」
「さすがしぇりる、話がわかるな」
「……ん」
若干満足気のしぇりるを連れて池に向かった。
あれから数日経っているので伐採で少し更地に変わって歩き易くなっている。
草が茫々だった道は土が固められて、斜面は木で崩れない様に補強された土階段だ。
……未完成なので池までの途中で、坂道になっているけど。
そうして見えてきたのが憎き池。
ちなみに釣れる魚はコイなどの淡水魚が多い。
「よし、しぇりる。あの下の方に見える巨大魚を銛で仕留めてくるんだ」
「……釣らないの?」
「釣ろうとしたら糸が切れてな……」
「わかった」
しぇりるは銛を構える。
銛は以前使っていた物よりも豪華になっている。
なんとなく柄が勇魚ノ太刀に似ているのは気の所為だろうか。
そういえば以前、巨大イカの素材を渡していたな。
「エイハブスピア」
「は?」
「……銛の名前。お礼、言おうと思って」
「そうか」
エイハブってなんだ?
何かの造語か、それとも意味があるのか。
「白鯨」
「はくげい?」
「小説の登場人物」
なんか聞いた事あるような無いような。
まあどっちにしても、何故ぬし系から作られる装備は対鯨系が多いのか。
このゲームの作者は鯨に何か思う所でもあるのだろうか。
「縁起は良くない」
「そうなのか?」
「……負けた人の銛だから」
「へ~」
それでも効果はしぇりるが所持している武器の中で一番高いそうだ。
まあ俺もケルベロススローターが無ければ未だに勇魚ノ太刀を使っていただろうし、入手難易度から性能は高いのだと思う。
ともあれ、性能の高い銛があるなら巨大魚も楽勝だな。
池の巨大魚は他の場所と違って良く見るとぬしが見える。
位置を教えるとしぇりるは小さく頷き、銛を構えた。
「ボマーランサー」
蒼白い紐が銛に繋がった。
以前よりもスキルランクが上昇しているのか発光する色が強くなっている。
それは射出時も同じく、爆発エフェクトが以前よりも大きい。
発射された銛が池深く進んでいく。
が。
「届かなかった」
「射程外か……よし、しぇりる。潜って殺るんだ」
「……言動がマフィア」
そこまで大規模な親玉ではないんだが。