照れたように笑いながら、ホアキンはそう語った。ちなみにサティナには一ヶ月ほど滞在する予定で、その後は冬になる前に港湾都市キテネへと移動するそうだ。

へえ、旅ばかりってのも疲れそうなものだがなぁ

こんな毎日ですから、旅のない人生の方が想像できないくらいですよ

移動は、やっぱり隊商と一緒に?

ええ、近場の村ならともかく、一人で旅するのはおっかないですね。特に、吟遊詩人なんかはお金を持ち歩く場合がほとんどですから、狙われやすくって

成る程、それは確かに恐ろしいな

しみじみと相槌を打つケイ。

なあなあ、いろんなところに行ったことがあるみたいだけどさ。やっぱり、地域ごとに人気な歌って違ったりするのか?

アイリーンは興味津々な様子で質問を投げかける。ホアキンはポロロンと琴を鳴らしながら、 ふむ と考え込んだ。

そうですね。東の辺境では、明るい喜劇か、意外と恋歌なんかが人気ですね。逆に西の都市部では、英雄譚や冒険譚がより好まれているように感じます。尤も、初めはみな娯楽に飢えているので、どんな曲でも等しく歓迎されますが……

へえー。例えば、どんな歌があるんだ?

先ほどの『恋狂いのジョニー』なんかは、かなりの人気曲ですが、そうですね、最近といえば……ああ、交易都市サティナを舞台にした、『正義の魔女』事件の歌は、東の辺境でも大人気でしたよ

……『正義の魔女』?

首を傾げるアイリーン。

ええ。しばらく前に、南から流れてきた同業者に聴かせてもらいましてね。サティナに巣食う麻薬の密売組織を壊滅させ、誘拐された幼い少女を救い出した、旅の魔法使いの話です。なんでも、つい最近起きたばかりの実話が元になっているそうで、その魔法使いは影の精霊を従える、息を呑むほどに見目麗しい金髪の乙女だったとか……

ホアキンは、ふとアイリーンを見やってくすりと笑った。

そういえば、アイリーンも『金髪の乙女』ですね

えっと……うん、まあ……

アイリーンは何とも言えない顔で曖昧に頷いている。わかってて言っているのだろうか、と思うケイだったが、御者台のホランドとエッダを見ると何やら笑いを噛み殺していた。ひょっとすると、ホアキンは何も聞かされていないのかもしれない。

それと他には……辺境で大暴れしたという北の大地の戦士『銀刃』の武勇伝や、北東の街オスロ近郊の山に現れるという『白き竜』の伝承……ああ、そういえば、ここらの村であったという『大熊殺しの狩人』の伝説、これも辺境で人気でしたよ

『大熊殺しの狩人』……?

首を傾げるケイ。

ええ。小さな開拓村を襲った突然の悲劇― 深部(アビス) より出でし恐怖、“大熊(グランドゥルス)”。山の如く巨大な怪物の襲撃に、あわれ無力な村人たちの命は風前の灯火かと思われた。が、まさにそのとき! そこに屈強な狩人が颯爽と現る。見上げるほどに巨大な化け物に、怯むことなく鋭い一矢を浴びせ、心の臓を見事撃ち抜いた―!

途中から、ハープを爪弾き、ノリノリで歌い始めるホアキン。

ええ、これも人気ですし、僕もお気に入りの英雄譚です。なんでしたら、今夜、本格的にお聴かせしますよ。異邦の旅人が颯爽と現れ、人々の危機を救う話っていいですよねえ。黒髪に、深く穏やかな漆黒の瞳。その者、褐色の駿馬を駆り、面妖なる蒼き革鎧を身にまとい、朱き強弓を携え……

と、そこまで口にしたところで、ふとハープを弾く手を止め、ホアキンは眼前のケイをまじまじと凝視した。

黒髪黒目で褐色の馬を駆り、青みを帯びた革鎧を装備して朱色の弓を携えた若き異邦の戦士を―

えっと……

何とも言えない顔をしているケイを前に、硬直して視線を彷徨わせるホアキン。

……ブッ。ンふっ、くふふ……ッ

と、そんなホアキンを横目でチラ見したホランドが、堪えきれずに噴き出した。

……その、まさかとは思いますが?

恐る恐る尋ねてくるホアキンに、ケイはどう答えるべきだったのだろうか―

―ええっ!? 嘘でしょう?! まさか貴方のことだったとは!

ホランドから事実を知らされた際のホアキンの仰天っぷりは、その後、隊商の皆の間でも語り草になったという。

大興奮のホアキンの矢継ぎ早の質問に答えるうち、日は傾いていき、やがて隊商は小さな村に辿り着いた。

今日は、この村で一夜を明かすのだ。アイリーンが”警報機(アラーム)“を取り出し、影の魔術を披露した際の、ホアキンの顔はなかなかに見ものだった。

次回、やり手の吟遊詩人に魔道具を売り込んでみよう の巻

64. 営業

お久しぶりです!!

前回のあらすじ

吟遊詩人 昔々あるところに、正義の魔女ありけり

アイリーン(オレだ……)

吟遊詩人 昔々あるところに、大熊殺しの狩人ありけり

ケイ 俺だ!!

吟遊詩人 えッ!?

月夜だ。

草原の風が頬に心地よい。

頭上には、ケイの瞳には眩しいほどの満月。

篝火に照らされた村の広場に、陽気な音色が鳴り響く。普段は寂れた小さな農村も、今宵ばかりは賑々しい。木箱に腰掛けたホアキンが、大勢の村人に取り囲まれながら琴(ハープ)を爪弾いている。

娯楽に乏しい田舎では、吟遊詩人の来訪は数少ない楽しみだ。ホアキンの歌う冒険譚に、恋物語に、そして大都市を舞台とした悲喜劇に、大人も子供も目を輝かせている。

さらに今夜の演奏は特別だ。まるで映画のスクリーンのように張られた荷馬車の幌、そこに踊る影。アイリーンが仕掛けた”警報機(アラーム)“から伸びる影が、ホアキンの歌声にあわせて物語の情景を描き出していた。

輪郭だけでも恐ろしいような、辺境の巨大な怪物に子供たちは息を呑み、それを討ち倒す戦士の勇姿に男たちは歓声を上げた。一転、貴族の館で繰り広げられる甘い恋の一幕には、女たちもうっとりとした様子。

北の大地で成長したのは、どうやらケイとアイリーンだけではなかったらしい。水を得るため強行した『邪悪な魔法使い』作戦などを通し、ケルスティンは現代人たるケイたちにも通用するほどの演出力を身につけていた。その映像美術は『こちら』の住人に対しても効果絶大で、ケイのそばにいたエッダなどは興奮のあまり立ち上がって、飛び跳ねながら観劇していたほどだ。

大いに盛り上がったところで、最後にホアキンが陽気な歌を歌い出し、皆で篝火を囲んで踊ってお開きとなった。ケイも、アイリーンに連れ出されて、慣れないながらに踊ってみた。振り付けも何もない、ただ手を繋いでくるくる回るような単純なものだったが、その場の空気も相まってやたら楽しく感じられた。アイリーンの手を握りながら、しみじみと、 ああ、平和な場所に戻ってきたのだなぁ と実感するケイなのであった。

―いやぁ、今夜は大盛況でした

一息ついたところで、ホアキンがケイたちのテントまでやってくる。おひねり代わりにもらった果物や野菜、干し肉、果実酒の壺などでその手はいっぱいになっていた。

どうです、一杯

おっ、頂こうか

呑もう呑もう!

ホアキンの申し出に、ニヤリと笑うケイ、身を乗り出すアイリーン。三人はその場で小さな酒宴と洒落込んだ。歌い通しで疲れていたのだろう、木のゴブレットになみなみと葡萄酒を注いだホアキンは、美味そうにそれを飲み干していく。

ぷはっ。生き返りますね

この辺りの葡萄酒は美味いな。それにしても、見事な演奏だったよ

オレたちも楽しませてもらったぜ

いえいえ、ケルスティンのお陰で、僕も新鮮な気持ちで歌えましたよ。彼女は本当に凄いですね

未だ、馬車の幌でくるくると踊るケルスティンを見やって、ホアキン。

できれば、これからも共演してもらいたいくらいです

そんな冗談交じりの言葉に、アイリーンがぴくりと反応した。

う~ん、ケルスティンはオレの契約精霊だからなぁ。ずっと共演は難しいかな

まあ、そうでしょうね

当然のことだ、と苦笑交じりのホアキンをよそに、ふむぅ、と顎を撫でながらアイリーンは思案顔。たとえ”警報機(アラーム)“を魔道具化しても、現状のような柔軟な対応は望むべくもない。そこに居るのは、宝石類を核としたある種の人工知能―ケルスティンの分霊に過ぎず、呪文として封入された行動を忠実に実行することしかできない。

が、裏を返せば、行動を設定さえしておけば、どうにかなるということだ。

……やりようによっては、あらかじめ準備しておいた影絵を、状況に応じて出力することくらいはできるかもしれないぜ

……と言いますと?

例えば、決まったフレーズなり曲なりに反応して、影絵を表示する魔道具……みたいな。“投影機(プロジェクター)“とでも呼ぼうか。どんな図柄を出すか、あらかじめ決めておく必要があるから、今夜みたいな即興は無理だけど、何種類か用意しておけば演出としては使えるんじゃない?

ほうほう。『辺境の怪物』『勇敢な戦士』『貴族の館』といった具合に、いくつか絵を用意しておいて、物語の進行具合に応じてそれを投影し切り替えられる道具、ということでしょうか

そうそう、そんな感じ

理解が早い。ホアキンは興味をそそられたようで、そのような道具をイメージしているのか、空を見上げながらしきりに頷いていた。

それは素敵ですね……でも、お高いんでしょう?

いやー、まあ、そりゃなあ

通販番組のような返しに、アイリーンも苦笑を隠せない。

魔道具の核の部分に宝石が必要だからなー。影絵を出す魔道具なんて作ったことないから、どのランクの宝石が必要になるかわかんないんだけど……インプットする影絵の数にも依存するしなあ、うーん……

アイリーン、影絵を一枚出すだけの魔道具は、どのくらいのコストがかかるんだ?

腕組みをして頭を悩ますアイリーンに、ケイが横から口を挟む。

えっ? それなら……そうだな……影絵一枚……水晶と、それに封入する触媒……ペンダント型にするとして……んっと……

指折り数えてしばし考えたアイリーンは、やがて 銀貨五枚くらいかな という結論に至った。おそらく原価に近い値段。

影絵一つで銀貨五枚、ですか。それはなかなかですね……

庶民視点では、安い、とは言えない額だ。ちなみに、比較的大食いのケイが、飯屋で豪勢に腹いっぱい飲み食いすると、だいたい小銀貨三枚―銀貨0.3枚ほどの金額になる。酒を頼めばもっと行くだろう。

それに加えて、触媒代がかかるかな。一回使うたびに、爪先くらいの、ちぃ~っさな水晶の欠片が必要になる、はず

ちいさな、の部分を強調し、指で僅かな隙間を作ってみせながらアイリーン。あまり反応が芳しくないので、運用費はそれほどかからないことをアピールする狙いがあったようだが、ホアキンは逆に さらに金がかかるのか…… と言わんばかりの顔をした。

魔道具は高い、とは聞いていましたが、使うのにもお金がかかるんですねえ

……まあ、所詮は魔術師の手作りだからなぁ……精霊の力がこもった、本物の魔道具にはどうしても劣るさ

がくり、と肩を落とすアイリーン。

ちなみに銀貨五枚って、原価だからそこんとこヨロシクな。ホアキンの旦那の魔力がそれなりに強ければ、使用者が魔力を供給するタイプにしてもいいんだけど……

値段については心得てます、他言はしませんよ。そして僕は普通の人ですから、魔力を使うだなんて、そんな真似をしたら死んでしまいます

意外となんとか……いや、何でもない

何回か訓練すれば大丈夫じゃないか、と言いかけたケイだが、口をつぐんだ。それで万が一、失敗して死んでしまったら、責任が取れない。

しかし見方を変えれば、アイリーンの契約精霊・ケルスティンは、数いる精霊の中でもずば抜けて術行使に要求される魔力が低いので、一般人でも気軽に魔力を鍛えられる魔道具を開発できるのではないだろうか。

(……便利だが、露見すれば危険を招くかもしれんな)

あとでアイリーンと話し合っておこう、と一人頷くケイ。

―とは言え、その魔道具に大いなる可能性を感じるのも確かです。現金ばかり持ち歩いていても仕方がありませんし、それならいっそ、価値ある魔道具に換えてしまうのもアリかもしれませんね

そんなケイをよそに、やはり魔道具の魅力には抗いがたかったのか、気を取り直して前向きに検討し始めるホアキン。

オレも造ったことないから、今すぐにはできないけどな。材料の目処も具体的には立ってないし。一応、ホランドの旦那が、色々と工面してくれるって話なんだけど

ホランドの荷馬車の方を見やりながら、あぐらをかいたアイリーンが頬杖を突く。

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