あと、ホアキンの旦那には、できれば宣伝をお願いしたいかなって思ってたんだ
宣伝、ですか
うん。実は”投影機(プロジェクター)“より先に、“警報機(アラーム)“を商品化しようって話でさ。旦那としては、あれどう思う? 売れそう?
広場の中心に設置された警報機を指差しながら、アイリーンは問う。
範囲内に外敵が入ったとき、音が鳴る魔道具、でしたっけ
そう。あと外敵を影で脅かすおまけ付き
値段はどの程度で?
銀貨五十枚くらいかな
アイリーンの答えに、ホアキンは難しい顔をした。
厳しいですね。有用なのは確かですが、……よほどの酔狂でない限り、個人では買わないでしょう。懐に余裕のある商人なら話は別ですが、僕が商人なら、むしろその予算で護衛の数を増やそうとするでしょうね……
やっぱりかぁ
存外、辛辣な答えに、がっくりと再び肩を落とすアイリーン。
一般人に売るよりも、貴族や金持ちを相手にした方が良いのでは?
オレたちもそうしたいんだけど、実績がないからさ……
……ああ、なるほど。宣伝というのはそういう意味でしたか
実績を積み上げて次につなげたい、というアイリーンの意図を汲み取ったようだ。
そういうことなら、微力ながらお手伝いできるかもしれませんが、僕としては投影機の方がまず欲しいですね。基本的に僕は隊商に加わって、大所帯で移動することが多いので、警報機よりも影絵の方が即戦力になる、と申しますか。優先順位の問題ですが
う~ん……じゃあ、警報機(アラーム)との複合型なんてどうだろう? 投影機(プロジェクター)の機能を組み込む形でさ
いや待てアイリーン、それだと警報機単体の性能が伝わりにくいから、宣伝としてよろしくないんじゃないか? それに機能を複雑化させるとトラブルの元だぞ
多機能すぎて失敗した数々の日本製家電を知るケイは、思わず口を挟む。ある程度目的が合致した機能を複合させるならともかく、警報機と投影機の複合型などテレビ付き防犯ブザーのようなものだ。バラして売った方が良いに決まっている。
そ、そうかもな。じゃあ、投影機に、格安で警報機をつけるって形でどうだろう……具体的な値段はホランドの旦那と要相談だし、試作もしないといけないし、すぐの話にはならないと思うけど
ええ、ええ、それで構いません。僕としても楽しみです、まさか自分が魔道具の持ち主になろうとは、夢にも思いませんでしたよ
にこにこと朗らかに笑うホアキン。曰く、しばらくはサティナに滞在予定だし、仮に出ていっても冬が明ければまた戻ってくるので、別に魔道具の受け取りは急がないそうだ。宣伝も快く引き受けてもらえるとのことで、とりあえず当初の目的は達成できた。
その後、ホアキンの旅の思い出話や隊商の面々についての他愛もない噂話などで盛り上がってから、酒宴はお開きとなる。ぼちぼち眠気を覚えつつあったケイとアイリーンは、仲良くテントで寝転がったが、 う~ん…… とアイリーンはまだ何かを考えている様子だ。
どうした? 寝れないのか?
……いや。よくよく考えれば、さっきの営業(セールス)は主導権握られっぱなしだったな、と思ってさ
……そうか?
うまいこと、こっちから譲歩するように誘導されてた気がしてきた……やっぱ一筋縄じゃいかねーな、話と演技に関しては、あの人プロだわ
ぐぬぬ、と少しばかり悔しげなアイリーンに、ケイも先ほどの会話の流れを振り返ってみたが、確かにそんな気もしてきた。
まあ、宣伝費用と思えば安いものだろう。プライスレスさ
……それもそうだなー。プライスレス、ぷらいすれす……
眠くなってきたのか、むにゃむにゃと口を動かしながらアイリーン。もぞ、と身じろぎしたアイリーンが、テントの中を転がってケイの上に乗っかってきた。
ケイが無言のまま、胸元からこちらを覗き込むアイリーンの鼻をぴんっと指で弾くと、アイリーンがころころと笑う。
そのまま、二人でじゃれあっていたが、酒の力もありぐずぐずと沼に沈むようにして眠りについた。警報機(アラーム)のお陰で二人は夜番をする必要もない。穏やかで、平和なひとときだった―
翌朝。
村人たちに惜しまれながらも、隊商は再び出発する。
歌いすぎると喉に悪いので、ホアキンは休憩時間は演奏しないが、馬車に揺られながらエッダに歌を教えていた。
ホランドの隣、御者台に腰掛けて足をぷらぷらとさせながら、楽しそうにメロディを口ずさむエッダに、 この娘も将来、良い歌手になるかもしれないな などと和むケイであった。
そうして、近隣の村々を経由し、昼頃にまた別の集落で休憩する。そこは以前、ケイが”大熊(グランドゥルス)“を仕留めた開拓村だった。
おおっ、あのときの英雄殿だ!
酒だ! 酒を持ってこい!
隊商の来訪を喜んでいた村人たちは、ケイの姿を認めてさらに喜んだ。近隣でもケイの顔は知られており、行く先々で『大熊殺しの狩人』として歓迎されたが、当事者たちの盛り上がりは流石に別格だった。
お陰でこの辺りも大分拓けてきたよ。あのときは本当にありがとう
なに、当然のことをしたまでさ
村長に酒壺や果物を手渡されながら、ケイははにかんで答える。アイリーンは自分のことのように得意げな顔をしていたし、ホアキンは 歩く伝説ですねえ と何やら感じ入っていた。
そのまま昼食でも摂ろうか―という流れになり、ホアキンが演奏準備を初めたところで、しかしケイはふと、村の端っこで遊ぶ子供たちに目を留める。
何か、視界に違和感を覚えたからだ。
こんな辺境で目にするには、鮮やかすぎる色。
見れば、子供のうち、おままごとをして遊ぶ年長の女の子が、髪に花を挿している。自然物とは思えないような抜けるような青色。薔薇のように豪奢な造形の花びら。
あの花は……?!
どうしたケイ
アイリーン、あの女の子、頭の花
……えっ、あれって
思わず、二人して駆け寄る。当の本人、髪に花を挿した女の子はきょとんとした様子だったが、アイリーンが優しく そのお花、綺麗ね。見せてくれない? と頼む。
おずおずと手渡されたそれを、二人はまじまじと観察した。
……間違いないな、アイリーン
……ああ。お嬢さん、このお花はいったいどこで見つけたんだい?
え? その、パパが……あたしのパパ、狩人なんだけど、森でみつけて、あたしにくれたの……
そばかす顔の女の子は不安げに、 お姉ちゃん、ほしいの……? と首を傾げた。どうやら大切なお花が取られてしまうのかもしれない、と思ったようだ。相手が村の恩人だけに、遠慮している風もある。
あ、ごめんごめん。ちょっと興味があっただけさ。これはあなたのものだから
アイリーンは笑って、その子に花を返す。一方、ケイはその手の”竜鱗通し(ドラゴンスティンガー)“を握り直しながら、難しい顔で森の方を見やった。
その花が、どうかしたのかい?
村長とともに、あとを追いかけてきたホランドが、興味津々に尋ねてくる。
しばし、二人は顔を見合わせたが、やがてケイが困惑顔で口を開いた。
あの花は……“魔法薬(ポーション)“の原材料の一つだ
サスケ ぼくたち影薄くない?
スズカ 移動手段なのにね
65. 霊花
前回のあらすじ
少女 パパがこのお花を見つけてくれたの
ケイ あ、これ、ポーションの原材料だ
ΩΩΩ な、なんだってー!!
“魔法薬(ポーション)“の原材料だって!?
ホランドと村長の目の色が変わった。二人の視線が少女の青い花に集中する。異様な熱気をはらんだ大人たちの目に、思わず ひぇっ と声を上げて後退る少女。
こっ、これが噂に名高い霊薬の……!?
待て、待て、落ち着け
鼻息も荒く少女に迫る村長を、ケイが押し留める。
あくまで原材料の『一つ』だ。それに、薬効成分があるのは主に葉っぱの方で、花には傷薬程度の効能しかない
そう言って肩を竦めるケイに、村長は困ったような顔を向けた。物資に乏しい開拓村では、その程度の『傷薬』でも十分貴重なのだ。
傷薬でも、ウチの村では喉から手が出るほど欲しいんだが……それに加工したら凄いものになるんだろう?
……一口に魔法薬(ポーション)と言ってもピンからキリまであるからな。他の材料次第だ
例えば、ケイたちが持つ残り少ない高等魔法薬(ハイポーション)は、貴重な素材と高度な設備を用いて調合されたもので、瀕死の怪我人すら治癒させる正真正銘の霊薬だ。が、それほど手間をかけていない低位のポーションでは、そこまで劇的な効果を望めない。一応、千切れた手足を患部に当てて、ばしゃばしゃと薬液を浴びせ続ければ接着剤のようにくっつけられる程度の効能はあるので、大したものと言えば大したものだが。
……君たちは、ポーションの調合にも詳しいのかね?
口ひげを撫でつけながら、穏やかに問いかけるホランド。そのゆっくりとした口調とは裏腹に、茶色の瞳には油断ならない、探るような光がある。
いや。材料はいくつか知ってるが……
調合法まではわかんねーな、流石に専門外だぜ
ケイとアイリーンは二人揃ってお手上げのポーズを取った。
事実だ。 DEMONDAL では廃人プレイヤーとして名を馳せていた二人だが、基本的に戦闘と採取がメインであり、生産(クラフト)は手付かずのままだった。 DEMONDAL には、他のVRMMOでは一般的な便利機能、プレイヤーの動作を補助(アシスト)する自動制御システムが存在せず、全ての工程は手作業で現実並の熟練と器用さが要求されるため、よほどの情熱がなければ職人にはなれなかった。
ましてや高度な魔法薬の調合など、素人が手を出せる領域ではない。ケイたちも調合法をうっすらとは憶えているが、複雑な手順をすべて網羅しているわけではないし、そもそも必要な他の素材も設備も揃っていない。
専門のプレイヤーに納品するため、主要な原材料を暗記していたが、それだけだ。
オレたちなんかより、ウルヴァーンの薬師の方がよっぽど詳しいんじゃねーかな
ポニーテールの毛先をくるくると指でいじりながら、アイリーン。ケイたちには難しいとはいえ、裏を返せば、ある程度専門的な教育を受けた人間なら、特別な能力がなくとも製造可能だ。ウルヴァーンには図書館もある。叡智と魔術を重視するあの都市が、薬師を育成していないとは考えにくい。
うぅむ……やはりあの手の魔法薬は貴族のお抱え薬師、そして魔術学院の専門家たちの専売特許、か。惜しいな、君たちがポーションも扱えるならいい商売ができると思ったんだけど
期待しすぎだろ。オレたちを何だと思ってんだよ
いかにも残念そうなホランドに、アイリーンが笑っていた。
その隣で調子を合わせて苦笑しながら、それに、とケイは胸の内で付け加える。仮にポーションの製造技術があっても、ケイたちはそれを秘したままにするだろう。自分で使う分にはいいが、奇跡の霊薬など厄介の種にしかならない。
北の大地での一件を思い返し、脳裏に蘇った血みどろの記憶を振り払うように、ケイは頭(かぶり)を振った。
そんなケイをよそに、周囲の皮算用は続く。
まあ、いずれにせよ、村の近くでポーションの原材料が見つかったのは喜ばしいことだ。なあ、エリドア
そ、そうだな
ホランドに声をかけられた村長―そう言えば『エリドア』とかいう名前だった、とケイは今更のように思い出す―が、気を取り直して頷いた。
正直、ウチの村は貧しくて何の取り柄もない。しかし貴重な霊薬の素材が見つかるとなれば話は別だ! きっと皆の生活も楽になる!
あとで発見者から詳しく話を聞かねば、と鼻息も荒く村長(エリドア)。最初は頼りなげだったハの字型の眉も、この時ばかりはキリッと凛々しくつり上がっている。話を聞きつけた他の村人たちも興奮気味で、 これで娘に美味いものを食わせてやれる 自分たちで薬に使ってもいいな などと期待をのぞかせていた。
…………
そんな彼らをよそに、何とも言えない表情で立ち尽くすケイとアイリーン。
そして二人の様子がおかしいことに、いち早く気づいたのは、やはりと言うべきか、ホランドだった。
……どうかしたのかね?
ん? いや……
うん……
ホランドに聞かれても、調子の悪そうな二人。
……何か気になることでも?
小躍りしそうになっていたエリドアも、眉をハの字に戻して恐る恐る尋ねてくる。村の窮地を救った英雄、それもただの腕自慢ではない、博識の戦士と魔女が浮かない顔をしているのだ。不安になるのも無理はなかった。