あとは、マルクが見つけた『アビスの先駆け』を持って領主に報告へ行くだけだ

ハーブティーをすすりながら、疲れた様子でエリドアがため息をつく。

領主サマは、ウルヴァーンにいるんだっけ?

そうだな。この村に関しては……代わりにおれがまとめている形になる

アイリーンの疑問に、律儀に頷いてエリドア。

ちなみに、地理的に言えば、ヴァーク村は”公都”こと要塞都市ウルヴァーンよりも湖畔の町ユーリアのそばに位置しているわけだが、ウルヴァーンの領地に属しているため諸々の報告はそちらへ向かうことになるそうだ。

流石に 深部 の侵蝕となると、村だけで収まる問題じゃない。領主の判断がなければ対処のしようもない……

遣いを出しましょう

明日の朝にでも

これまで黙っていた村の顔役たちが、使者の人選について協議し始める。

しかし、信じてもらえるものだろうか?  深部 の侵蝕だなんて……

……昔なら、一笑に付されていたかもしれない。しかし、英雄殿と”大熊”の件があったからな。『証拠つき』で訴えれば無視できまい、と思うよ

ケイの懸念に、苦笑いしながらエリドアが答える。

一時期は、ヴァーク村じゃなくて『大熊(グランドゥルス)村』に改名しようかなんて冗談まで出てたんだが、笑い事じゃなくなってきたな……

ははは……と乾いた笑い声を上げるエリドア、反応に困る一同。

……ともあれ、『アビスの先駆け』は、それなりに貴重だからな。証拠が必要とは言え、持っていかなきゃいけないのは何だか惜しい気もする

話題を変えるケイ。

むしろ、証拠の『アビスの先駆け』だけ取られて、報告を握りつぶされたりしなきゃいいんだが……

勝手な偏見だが、ケイはウルヴァーンに住む領主とやらにはあまり良い印象を抱いていなかった。個人的に、 領民と一緒にあってこそ良い領主 という固定観念があるので、離れた都市で悠々自適に暮らすのは、仮にも一為政者の姿としてどうなのだと思わざるを得ない。

先ほど小耳に挟んだ税金の話もあり、なんとなく典型的な お貴族様 をイメージするケイは、この危機的状況にあって領主が無視を決め込む可能性を恐れた。

しかしケイが懸念を表明すると、アイリーン以外の全員が ん? と首を傾げる。

そして一拍置いて、エリドアが ああ と何か得心したようにポンッと手を打った。

そうか……そういえばケイたちは知らないのか。なに、領主に関して、そういった類の心配は無用だよ……

エリドアは、普段の朴訥な様子とは違い、フッと斜に構えたように笑った。

なにせ、領主様はおれの親父だからな

次回イチャイチャと言ったな。あれは嘘だ。

次こそイチャイチャさせたいです……。

69. 家族

前回のあらすじ

エリドア おれの親父、実は領主なんだ

親父……!?

エリドアの告白に、二人とも顔を見合わせた。

まさか、エリドアは貴族だったのか……

エリドア様、ってお呼びするべきだったかな?

心底たまげた様子のケイ、悪戯っぽい笑みで問いかけるアイリーン。エリドアは再び苦笑して、 いやいや と首を振った。

よしてくれ。親父は貴族だが、おれは平民だよ

聞けば、エリドアの父親はかつての戦役で武功を上げ、騎士に叙せられた一代限りの貴族なのだという。

エリドアはその三男坊。騎士に取り立てられるほどの英傑の子と言えど、残念ながら武の才能がなかったため、村長になる前は商家で事務仕事などをしていたそうだ。

ちなみに長男と次男は軍人―だった。一代限りの貴族は、その子息も功績を上げれば、親と同格に叙せられることもある。しかし幸か不幸か、クラウゼ公の平和な治世が続いており、戦乱の影もなく、軍隊での『出世』は見込めそうにない。

軍に見切りをつけた兄たちは、今はエリドアと共に開拓事業に携わっている、というわけだ。

……上の兄貴は、親父に元々領地として与えられていた『ラティカ村』で徴税官をやってる。ウチの村に来る前に、街道沿いの小さな村に寄っただろう? あの村だ。下の兄貴は、ここから少し離れて北の方……ウルヴァーンにもっと近い森のほとりで、別の開拓村の村長をやってるよ

この開拓事情は、騎士の父親が 子供らに何かを遺せるように と長い時間をかけて計画し、資金を集めていたものらしい。晴れて公王からの許可が出たため、数年前から本格的に始動したそうだ。

なので、村のことはおれたちに任せて、親父にはウルヴァーンの屋敷でゆっくりしてもらってるのさ。公都の生活は金がかかるが、田舎暮らしは身体に堪えるし、親父には長生きしてもらわなきゃ困るからな……

そう言うエリドアは、眼尻を下げて優しげな顔をしていた。

ちなみに、父が亡くなったあと、領地は公王の直轄領として取り込まれるとのこと。別の貴族に即下賜されるわけではなく、エリドアたちが基盤を固める時間があるため、待遇としてはそれほど悪くないようだ。

……尤も、それも村が存続できれば、の話だが……

表情をかげらせ、エリドアは重々しく言葉を締めくくった。

成る程な……

腕組みをして頷くケイは、正直 悪い領主とか疑ってすまんかった という気持ちでいっぱいだった。

それは、村が続いていかないと困るな。親父さんのためにも

全くだ。しかし今回ばかりは判断を仰ぐしかない。おれの手には余る

同情心に満ち溢れるアイリーン、エリドアはお手上げのポーズを取ってみせる。

二人としては、どう思う? やはりこのまま村を続けていくのは無謀だろうか?

再び顔を見合わせた二人は、

場合による

と、異口同音に答えた。

……と言うと?

まず、 深部(アビス) の境界線が今後どの程度の速さで動いていくか、それが一番重要だ。仮に今もなお、爆発的な速度で侵蝕が進んでいるようなら、悪いことは言わないからさっさと逃げた方がいい

ケイは真面目な顔でそう告げた。

深部 の領域に呑み込まれれば、異常な速度で雑草が育ち始め、作物がそれに負けてしまう。『アビスの先駆け』が咲き乱れれば臨時収入にはなるかもしれないが、畑が使い物にならなくなるのは農村としては致命的だ。それに加えて森からは危険な毒虫や獣が現れ、日常生活を送るのは困難を極める。

ホアキンの言っていた『古の海原の民の王国』も、おそらくそうやって滅んだのだ。

ただ、それを観測するにも時間がかかるだろう。爆発的な侵蝕、と言っても今日明日に 深部 がやってくるわけじゃない、少なくとも数年単位の話にはなるだろうから、安心して欲しい

全く安心できないんだが……

生真面目ゆえに真実味がひしひしと伝わってくるケイの言葉に、眉をハの字にして情けない顔をするエリドア。

まあまあ、そうは言っても侵蝕はもう止まってて、境界線はあそこから動かないかもしれないぜ。諦めるにはまだ早い

アイリーンが気休めのように言うが、実際その可能性がないわけでもない。エリドアもいくらか希望を取り戻したようだ。

そうだといいんだが……その場合は、現状維持でも大丈夫だろうか

いや……危険かどうかと問われれば、間違いなく危険だ。 深部 が近いということもあるが、何より 深部 に繋がる森と隣接しているのがマズい

顎を撫でながら、ケイは指摘する。

仮にここで暮らし続けるなら、それなりの対策が必要になるな

……対策、できるのか? 例えば?

森を切り拓く。 深部(アビス) の獣は、基本的に開けた場所に出たがらないから、 深部 に侵蝕される前に村の周りを更地にしてしまえばいい。そうすれば前回の”大熊(グランドゥルス)“のときのように、手負いの獣が村の方へ逃れてくる……といった事態は避けられるはずだ

ケイの『対策』は身も蓋もない力業だった。まさかの環境破壊推奨。

それは厳しい……というか、無理だな。うちの村だけでは……

流石のエリドアも、あまりの力業っぷりに閉口する。この村を切り拓くだけでも、どれだけの手間と時間がかかったことか。土木作業機械もなしに、人力で森を更地に変えてしまうなど無茶にもほどがある。

無論、ケイとてそれは承知の上だ。

だろうな……。しかし、できる限りのことはやっておいた方がいいと思う。人を雇うなり、そうでなくても一本でも多く木を切り倒すなり……

それに、ウルヴァーンの公王も他人事じゃないんだから、伝え聞けば何かしらの対策を取ろうとはするだろ

左手で肘をついたアイリーンが、右手の指でコツコツとテーブルを叩く。

公都まではそれなりに距離があると言っても、領土が 深部 に沈んじゃうかもしれないわけだし、人任せにはできないさ。絶対に調査団なり”告死鳥(プラーグ)“の魔術師なりを送ってくる。少なくとも数年は、この村が調査団の拠点になるはずだ

また、その流れで 深部 探索に一攫千金を狙う荒くれ者や冒険家たちも集まる可能性がある。村の安全を第一に考えるなら森の方へと村を拡張していき、そういった流れ者の受け入れ施設―宿屋や食堂、酒場など―を造ればいざというときは壁になる、などとアイリーンは割とえげつない考えを披露した。

あとは、……親父さんが騎士で、兄弟も軍人だったんなら、その伝手でどうにか軍にも働きかけられないかな? 駐屯地を作ったりとかさ

それは……無理だな

アイリーンの提案に、エリドアが首を振る。

陛下へ報告する他、自分たちでできるのは、せいぜい軍に所属している親父の従士団を呼び戻すことくらいだ。兄貴たちのコネは残念ながら大したものじゃない。そして、親父は成り上がり者だから別の貴族から助力を得るのは難しいし、そもそもここは親父の領地だ……陛下の特別のはからいでもない限り、自分たちで何とかするしかない

はぁ、とため息をついたエリドアは、ホランドに向き直った。

できれば、コーンウェル商会の皆様方には、今回の商品を宣伝して欲しい。ヴァーク村の近くで 深部 の貴重な素材が採れた、と……

もちろん、その程度のことで良ければ協力させてもらおう

神妙な顔でホランドが答え、他の商人たちとも頷き合う。

仮に、 深部 の素材が安定して入ってくるようなら、行商の頻度も高くなるかもしれない。もちろん今後の動向次第だが、一応、商会本部にも話だけはしておくよ

……ありがたい。ホアキンにも、今回の一件を歌ってもらえるように頼もう……

無精髭を撫でながら、エリドアは考え込んでいる。ホアキンも、今回の探索の利益を山分けしてもらえるので、嫌とは言わないだろう。

しばらくテーブルに視線を落としていたエリドアだが、ふと顔を上げ、力なくケイに笑いかけた。

ケイがウチの村にいてくれれば安心なんだが……

……悪いが、俺たちはサティナに戻ろうと思ってるんだ

ケイは困ったような顔で答える。ヴァーク村の現況には同情するが、だからと言って住み着こうとまでは思わない。ケイにもアイリーンにもやりたいことはあるのだ。苦笑したエリドアは、 はは、冗談さ と言って手を振った。

若干の後ろめたさ。

……なあホランド、今日はもうヴァーク村に留まるんだよな?

ん? ああ、ユーリアに出発するにはもう時間が遅いからね

ケイに問われ、ホランドは窓から差し込む日を見やる。まだ夏なので日が高いが、そろそろ夕方だ。

そうか。このまま何もせずに立ち去るのも申し訳ないからな……エリドア、もし良かったら斧を貸してくれないか

は? 斧?

目を瞬かせるエリドア。 ああ と頷いたケイは、腕まくりをしながら席を立つ。

せっかくの馬鹿力だからな。一本でも多く木を切り倒せと言ったのは俺なんだ、少しばかり手伝わせてもらおう

かくして、斧を貸してもらい、ケイは村外れへとやってきた。

エリドアや話を聞きつけた村の男衆、その他野次馬も一緒だ。

ケイに貸し与えられたのは、柄の長さが五十センチほどの両手用の伐採斧だ。他の男衆が持っている手斧と見比べるに、おそらく村にあるものの中で一番質が良い。

ケイは、斧の扱いは?

さり気なく、エリドアが尋ねてくる。どちらかと言うと斧をダメにされるのではないかと心配しているらしい。先ほどケイが 馬鹿力 と言ったのを気にしているようだ。

なあに、心配するな。こう見えて一時期は木こりで食ってたこともあるんだ

ケイの答えに、エリドアも周囲の野次馬も、 !? と信じられないと言わんばかりの顔をしたが、事実だ。尤もゲーム内での話だが。

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