DEMONDAL ではとにかく何をするにも金がかかるので、金策用のサブキャラを作るのが鉄板だった。ケイは手っ取り早く斧一本でできる木こりを。アイリーンは、最初から素早さ全振りで森の奥深くに潜り込んでは希少な素材を取ってダッシュで帰る探索者をそれぞれやっていた。
それじゃ、始めるか
斧の調子を確かめながら、森の入口の若木に歩み寄るケイ。
樹木の鑑定に自信はないが、樫の木の一種だろう。幹の太さは直径二十センチほど、手始めにはちょうどいい。
よっ、と
あまり力を込めず、遠心力を意識しながら幹に刃を振り下ろす。コォンッと乾いた音が森中に響き渡った。ケイの主観では『軽い』一撃だったが、一般的な成人男性のフルスイングほどの威力はある。
幹に対して斜めに食い込む斧、すかさず刃を抜き、今度は下から振り上げるようにして叩き込む。
最初の切り口から十センチほど下にめり込む刃。外したのではなく意図的なものだ。斜めになった切り口が直線で結べば直角になるよう、意識しながら伐採を進める。
コンッ、コンッ、コンッ、と連続する小気味良い音、二度三度とそれを繰り返すと、パキンッと上下の切り口に挟まれた部分が剥がれ落ちた。
幹の内側が深く露出する―その調子でさらにコツコツと、『掘る』ように刃で叩いていく。みるみる間に形成されていく『く』の字の切り口。
最後に、その反対側を軽く抉っていけば終わりだ。
こんなもんか
メリメリと音を立てながら倒れていく若木。かかった時間は一分ほどか。
腕はなまってないようだな、ケイ
そりゃあな
何やら偉そうに仁王立ちしているアイリーンに、ケイは苦笑してみせる。ケイの現状の身体能力さえあれば、それほど難しいことではない。そしてこの斧はなかなかの逸品と見え、重心のバランスが良く扱いやすい。これならかなり効率よく伐採できそうだ。
はええ……あっという間だ
本当に木こりやってたのか……
あんなに軽々と……あの斧けっこう重いんだけどな
満足げに頷くケイをよそに、外野はざわついている。
ようし、この調子で行くぞ
爽やかな笑みを浮かべたケイは、狩人の目で次なる『獲物』を探す。ヴァーク村の夏の伐採祭りは、まだまだ始まったばかりだ。
†††
その後、ケイは村の男衆と共に、夕暮れまでノンストップで伐採を続け、周囲の森を十メートル近く後退させることに成功した。
若木から大樹まで、ケイ単独で切り倒した木は優に五十を超える。切り株を放置して伐採に専念していたとはいえ、驚異的な記録だ。
周囲の男たちが疲れて休憩する間も、実に楽しそうに斧を振るっていたケイは、“疲れ知らず(タイアレス)”、“公国一の木こり”の名をほしいままにした。
ちなみにアイリーンは一同に飲み物を配ったあと、村に戻っていった。女衆と一緒に夕食の支度をしたそうで、夜は野外でのバーベキュー方式の豪勢なものとなった。
ケイが切り倒した木々のお陰で、薪木が大量に確保できたとのこともあり、キャンプファイヤーのような篝火まで焚かれている。ホアキンが陽気な曲を弾き語り、村人たちは飲み食いしながら騒ぎ、まるで本当の祭りのように皆が浮かれていた。将来への不安を忘れようとするかのように―
やがて、篝火も燃え尽き、夜の帳が下りてくる。
エリドアの家に招かれたケイたちは、ありがたく客室で寝台に身を横たえていた。
木の枠に布を吊り下げた、ハンモックのような形の寝台だ。この季節には涼しくて寝心地が良い。エリドアいわく、冬になれば下に毛皮なり藁なり詰め物をするとのこと。
いやー食った食った
寝転がり、お腹を撫でながらアイリーンはご満悦。夕食では、大鍋で振る舞われた夏野菜と野うさぎのシチューがいたく気に入ったらしく、モリモリ食べていた。村の薬草園で育てられた香草がふんだんに使われていて、あれは美味かったとケイも頷く。
しばし、心地の良い沈黙。
……そういえば、アイリーン。俺、そろそろ魔力の鍛錬を始めようと思うんだ
アイリーンの隣に寝転がったまま、天井を見上げてケイは言う。
お、遂にか
うむ。矢避けとか突風の魔道具を自作できるレベルにはしたい
オレも欲しい
もちろんアイリーンの分も作る
むしろアイリーンのために作る、とケイは胸の内で呟いた。
そんなわけで一つ頼みがあるんだが……
高く付くぜ
分割払いでいいか?
よかろうとも。それで?
ケルスティンの権能で、影を操る魔道具を作って欲しい
消費魔力が極端に少ない、長く使えるタイプの魔道具をリクエストする。
あー、そっか。それは確かに使えるな……めっちゃ売れそう、って思ったけど、これ多分バレたらヤバイやつだよな
だろうな
修行で命を落とす魔術師もいる、と”告死鳥”の魔術師ヴァシリーが言っていた。初心者でも命の危険なしに手軽に魔力を鍛えられる魔道具は、確実に需要があるが、だからこそ拙い。確実にお偉いさんに目をつけられる。
特に、あのウルヴァーンのハゲジジイな……
銀髪キノコ、あるいはサラサラ茶髪ロングのカツラ老人を思い出し、アイリーンが顔をしかめる。ヴァルグレン=クレムラート― 公都の魔術学院に口利きしてもいい と親切そうに彼は言っていたが、そんなことができる彼自身は何者なのか。高位の貴族かつ魔術師であることは間違いない。
そして公国は魔術師の戦術的な運用を強みとする国家だ。魔力鍛錬の魔道具が表沙汰になれば、もはや手段を選ばないかもしれない。
これは極秘にしよう、と二人は頷き合った。
まあ、その程度のことならお安い御用さ。今後のケイの活躍に期待、だな
任せてくれ
実用的な護符の類だけではなく、扇風機やドライヤーなど作ってみたいものはいくつもあるのだ。狩人一本でも食ってはいけるが、できればリッチに暮らしたい。
……それにしても、この村はどうなるかな
暮らす、という言葉から連想して、独り言のようにケイ。ごろりと寝返りを打ったアイリーンが、ケイの胸板を撫でながら うーん と唸る。
……正直さ、オレ、今回の一件って、皆が思ってるよりヤバいんじゃないかと思うんだよな
誰かに聞かれるのを恐れるように、囁くようにしてアイリーン。
……と言うと?
確かこの国ってさ、今はウルヴァーンのクラウゼ公が盟主をやってるけど、厳密に誰が王なのかは決まってるわけじゃないんだよな
アクランド連合公国。その歴史を紐解けば、元々は港湾都市キテネが国の始まりであり、現公王クラウゼは古キテネの領主の直系の子孫にあたる。都市の規模と強大な軍事力、そしてその血統こそがクラウゼ公の王威の根拠だ。
クラウゼ公って、けっこう歳いってるじゃん
そうだったな、確か
ウルヴァーンの武道大会をケイは思い出す。公王本人はかなりの老齢で、ケイは公王の孫にして次期後継者と目される、ディートリヒ公子によって直々に表彰されたのだ。
考えてもみろよ、あの公王とかいつポックリ逝ってもおかしくないだろ? となれば公国の盟主が代替わりするわけだけどさ、それで盟主の土地が 深部 に侵食されそうになってる、って他の都市の領主が聞いたらどうなると思う?
…………
アイリーンの不穏な囁きに、ケイは沈黙した。
……それ、やばくないか?
絶対ヤバイ
ケイが他都市の領主なら、確実に不安視する。不安視だけで済めばいいが、仮にキテネの領主が盟主交代などを主張しようものなら―。
そしてウルヴァーンの立場から考えてみれば、そのようなことは許容できないはず。
……拙いな、この村ごと揉み消されるんじゃないか俺たち
思わず寝台から起き上がってケイ。
オレもそれは考えた。だから、揉み消されないようにするべきだなって思ってさ
アイリーンは寝転がったまま、にやりと笑う。
そこでホアキンの旦那だよ。取り返しがつかないレベルで話を広げてもらおうぜ
……成る程
このまま、ウルヴァーンに報告するだけだと、村ごと『口封じ』される可能性もあった。しかしホアキンが各都市で話を広めてしまえば、もはや強硬策は取れなくなる。
ウルヴァーンとしては、『 深部 の侵蝕は止まった』と主張せざるを得ないだろ。事実がどうであれ、な……その証拠としてこの村も存続する必要がある。そういう意味じゃ、ヴァーク村は少なくとも半世紀くらいは安泰だと思うぜ
ううむ……
ケイは唸って再び寝転がったが、どうにも落ち着かなかった。
思ったより大事になってしまったな……
だな……
エリドアは大丈夫なんだろうか
胃痛で死んでしまったりしないだろうか、とケイはふと心配になる。
多分だけど、エリドアの旦那も大なり小なり似たようなことは考えてるんじゃないかな。親父さんは一代限りでも一応貴族なんだし、その辺うまく立ち回るだろ、多分
だといいが……
何をどう言おうと、 深部 がすぐそばまで迫っているという事実は変わらない。
この村にとって良い方向にことが運べばいいが、とケイは祈った。
しかしそれはさておき、
こう言っちゃなんだが、移住場所にサティナをチョイスしたのは正解だったかもしれないな……
うん……ぶっちゃけオレもそう思う……
二人は顔を見合わせて、はぁとため息をついた。至近距離でケイの顔を覗き込んだアイリーンが、こつんと額をぶつけてくる。
……将来的には、オレがサティナで市民権を取れればいいな
それは素敵だ
現状は、ケイがウルヴァーンの市民権を保持していることにより、住居の購入などが格段にやりやすい。金を持っていても、自由民だとこうはいかないだろう。
いやー、サティナに着いたら色々頑張らないとな
家探しに魔道具作り。ある程度基盤が固まれば市民権の獲得。コーンウェル商会を通じて、サティナの市民とも良好な関係を築く必要がある。
ケイともゆっくり暮らしたいしな……
ふふっ、微笑んだアイリーンが、ケイの首に腕を絡めてくる。
そのまま、ちゅっ、とついばむように口づけ。ケイもアイリーンを抱きしめ返したが、ハンモックのような寝台がぐらぐらと揺れて落ち着かない。
……残念ながら、寝台(コイツ)は激しい運動には適さないみたいだ
だな
唇を離して、苦笑する二人。
それに、汗臭くないか?
密着しながら気にするケイ。久々に伐採が楽しくて張り切ってしまったが、そのせいでかなり汗をかいた。一応、水で濡らした布で身体を清めたが、水浴びほど綺麗になってはいないと思う。
へーきへーき、ケイの臭いなら……
そう言ってアイリーンがケイの胸元で深呼吸したが、おもむろに顔を上げ、
って思ったけど流石にちょっとアレかな
だろう?
クックック、と二人して笑いを噛み殺す。アイリーンは冗談交じりだ。二人して汗だくになることもあるので、互いにそれほど気にならないだろう。
ま、ユーリアに行けば豪勢な宿屋もあるし
湖畔の街ユーリアは行商の中継地点として栄え、旅行者向けの施設が充実している。
久々に風呂に入ってもいいな
高くつくが、たまにはいい。
そしたら……ね?
アイリーンが妖艶に笑う。
昼間の疲れもあり、二人はそのまま、笑いながら眠りについた。
次回は村を出立して湖畔の街ユーリアへ。
70. 水流
最近なろうでは性描写の規制が厳しくなったようですね……
ところで今回は濡れ場というか、ありていに言って交尾のシーンがありますのでご注意ください。
翌朝。
ぷかぷかと羊雲の浮かぶ、気持ちの良い天気だった。
日の出とともに起き出した二人は、まずは柔軟体操をこなして身支度を整える。
元々身体が柔らかく身軽アピールをしているアイリーンはともかく、ケイまで180度の大開脚でべったりと地面に張り付いているのは異様な光景だ。付き合いの長い隊商の面々はもう慣れっこだが、ヴァーク村の住民はケイを見るたびにぎょっとしている。
ちなみに、先日からエッダも真似をして、一緒に体操をするようになった。
まだ幼い彼女ではあるが、馬車に乗りっぱなしの生活ゆえか身体が固く、ケイたちのようには開脚できない。 ふぎいぃ~……! と顔を真っ赤にして唸りながら挑戦している。無茶をしすぎないよう、その道のプロフェッショナルであるアイリーンがそれとなく見守っていた。
体操のあとは、村長屋敷でエリドアから朝食を振る舞われる。堅焼きのパンと、川魚の身が入ったスープだ。
そういえば昨日、聞きそびれたことがあるんだが……
朝食の席で、水を飲みながらエリドアが尋ねてきた。
なんだ?
深部(アビス) のことだ。森の生態系が変わっていくのはわかったが、侵食された地域の川はどうなるんだ?