そしてリリーの弟子入りは、少し驚いたが、冷静に考えればケイたちにとってもメリットのあることだ。今から魔力を鍛えていけば、大人になる頃には今のアイリーンを凌ぐほどの魔力量に達するだろう。それで契約精霊を見つけて魔術師になるもよし。そうでなくとも、魔道具を使ったり宝石に魔力を込めたりできる、『信用できる』人材が得られる。
アイリーンが密かに構想している”影画館”計画や、今後サティナで暮らしていくことを鑑みれば、十年単位での話になるが、アイリーンを支えてくれる有能な弟子の存在は、大きなプラスになるはず。
よかった、ケイが賛成してくれて
アイリーンは、ホッとした顔で言った。
明日あたり、リリーに話してみたらどうだ?
だな。モンタンの旦那たちにも相談する感じで
それがいい。モンタンたちもダメとは言わないだろう
よーし、となると、ますますオレたちも修行しないとな! 『師匠』と呼ばれるには、オレの魔力の扱いはまだまだ未熟だし
ベッドの上で座禅を組んで、真面目くさって瞑想し始めるアイリーン。
ケイたちは、アルゴリズムや魔道具作成、精霊語においては『この世界』の老練な魔術師顔負けの知識を誇るが、こと『魔力の扱い、感覚』という点では、大きく遅れを取っている。
元の世界には魔力なんてなかったし、ゲーム内にも『魔力の感覚』までは実装されていなかったので、当然だ。
ウルヴァーンのヴァルグレン氏も、ガブルロフ商会のヴァシリー氏も、オレたちの魔力を察知してきたからなぁ。あれくらいはできるようになりたいもんだ
目をつぶったまま、唸るようにしてアイリーンが言う。
“白光の妖精”と契約する銀髪キノコヘアこと、ヴァルグレン。そして告死鳥(プラーグ)と契約するガブリロフ商会所属の魔術師、ヴァシリー。二人とも熟練の使い手で、魔道具も使わずにケイたちのおおよその魔力量を看破してみせた。やはり『こちら』の魔術師は、魔力に対する知覚に優れている。
ケイたちが今から身につけるのは容易ではないが、努力する価値はある。
そうだな。俺も、もっと頑張らないと
ケイも再び、影を操って魔力を消費し始めた。
これからは、この鍛錬が寝る前の日課になるだろう。
鍛えなければならない。取りうる選択肢を増やすために。
リリーの件も気になるが、『きみは死神日本人か?』の手紙も気になるのだ。
DEMONDAL のプレイヤーと思しき人物―友好的な存在、と信じたいが、万が一ということもある。備えはあればあるほど良い。
イグナーツ盗賊団対策にもなるし、『矢避けの護符』あたりはケイも早急に作成できるようになりたかった。
…………
今一度、座禅を組むアイリーンを見つめる。
―なんと言っても、アイリーンと自分の命がかかっているのだから。
その日は、ちょっと気分が悪くなるくらいまで魔力を消費してから、日が暮れて早々にケイたちは寝た。
明日はまたモンタン宅を訪ねて、弟子入りを打診することになるだろう―。
サスケ ぼくらの出番なさすぎない?
スズカ 忘れてる人もいそう
サスケ 街MAPだからしかたないね
78. 弟子
前回のあらすじ
アイリーン そうだ、リリーを弟子にしよう
……弟子、ですか
モンタンが、ぽかんと口を開けた。
翌日、ケイたちはいつものようにモンタン一家を訪ねている。
リリーを弟子にしたいというアイリーンの申し出に、リリー・モンタン・キスカの三人の反応はまちまちだった。
リリーは目を輝かせ。
モンタンは考え込み。
キスカはどこか不安げに眉根を寄せる。
賛成、中立、反対、といったところか、とケイは思った。
わたし、やりたい! おねえちゃんみたいなかっこいい魔女になる!
諸手を挙げて大歓迎なのはリリー。『かっこいい』と言われたアイリーンは嬉しそうに、そしてちょっと気恥ずかしそうに目を細めている。
弟子、とは、本当に『魔術の』弟子ですか?
どこか慎重に確認してきたのはモンタンだ。あまりにも突然のことで、どう反応すればいいのかわからない、といった様子だ。その心情を一言で表すとすれば― マジかよ だろうか。
もちろん、魔術の弟子だ
アイリーンは鷹揚に頷いた。
なんと……しかし、いいのですか?
いい、とは?
い、いえ、普通、そういった魔術の秘奥は、親から子へのみ伝えられるものかと思っておりましたので……お二人のお子さんが産まれてから……
モンタンの言葉に、ケイとアイリーンは顔を見合わせた。
い、いや……
子供とかは、まだちょっと早いかなって……
途端、てれてれと頬を赤らめる二人。
そ、そりゃあ、まあ、いつかはさ。ケイとも……赤ちゃんができるだろうし? 産まれたら、きっと魔術の手ほどきもするだろうけど……
だが、今はまだ色々とやりたいことや、やるべきことがあるから、なあ? そのあたりは、追々な……
突如としてこっ恥ずかしい雰囲気を醸し出す二人に、モンタンは曖昧な笑みを浮かべて そうですか と頷いた。リリーは ? と首を傾げていた。
それに、実子以外の弟子なんてそう珍しくもないだろう。公都には魔術学校まであるんだぜ?
そうなんですか? そういった事情はあまり存じ上げなくて……魔術師の方々のお話なんて、滅多に伺う機会もありませんし
今度はモンタンが首をかしげる。彼は多少大商人とも付き合いがあるとはいえ、ただの木工職人だ。魔術師への弟子入りなど遠い世界の話なのだろう。
……まあオレも詳しくは知らないんだけどさ
かくいうアイリーンも、聞きかじっただけなのだが。
あの……お話は大変ありがたいのですが、危なくはないのでしょうか?
心底申し訳無さそうに、しかし これだけは譲れない という母の顔で、キスカが尋ねてくる。
魔力の鍛錬には危険が伴う、と聞いたことがあります
ママ、でもわたし―
あなたは黙ってなさい
口を挟もうとするリリーにぴしゃりと言いつけるキスカ。いつもは柔和で活発なキスカも、愛する我が子のこととなれば流石の気迫だった。
ご心配はもっともだ。鍛錬に限らず、魔力というものは一歩扱いを間違えれば命の危険が伴う
アイリーンは誤魔化すことなく、正直に答える。あまりに堂々とした物言いに、キスカは二の句が継げなかった。一瞬の沈黙。
……俺も、魔術を使って、何度か死にかけたことがある。扱いに細心の注意を要するのは、魔力も武器も同じだな
と、ケイがもっともらしくコメントすると、モンタン一家が ん? と怪訝な顔をした。
ケイさんが?
魔術……?
なぜそこでお前が出てくる、と言わんばかりの口調に、今度はケイが んん? と首をひねった。
……言ってなかったか? 俺も魔術師の端くれだ
ええっ?
モンタンたちは驚きの声を上げたが、どちらかというと疑いの色が強い。
冗談じゃないんですよね?
ふふっ、信じられないか?
いえ、そんなことは……ただちょっと意外で
本音は、 ちょっと どころか かなり 意外だろう。大熊をも一撃で打ち倒す狩人が魔術を……? とモンタンの顔には書いてあった。確かに、脳筋戦士と魔術師は、イメージ的には対局に位置する。
ほんとに~?
こら、リリー
遠慮皆無で疑わしげに目を細めるリリー。キスカが困ったようにたしなめるが、ケイは正直なリリーが可笑しくて思わず噴き出した。
くっはっは。まあ仕方がない、魔術師らしくない自覚はあるんだ
そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
リリーにも信じてもらえるように、ここは一発、魔術を披露しようじゃないか
これまでなら。
このような場面で じゃあ何かやってみせてよ と言われても、 いや触媒(エメラルド)が高くつくから…… 代償がデカいから…… などと言い訳がましくゴニョゴニョ言って、断ることしかできなかっただろう。そしてリリーの疑念も、払拭することは叶わなかったはずだ。
が。
今のケイは一味違う。
昨日の鍛錬でよくわかった。一般人に比べれば、ケイの魔力は劇的に鍛えられている。もはや規模の小さい術ならば、触媒なしでも行使できるのだ……!
行くぞ、見ていろ……ッ!
ケイは体の奥底に渦巻く魔力を意識する。
ぞわり、と空気が異様な気配を孕む。
一同は、ケイの背後に羽衣をまとった乙女の姿を幻視した―
Maiden vento, Siv.
そして、呼び掛ける。
―Faru la venton milde blovi!
ズオォッ、とケイの魔力が吸い取られていく。
くっ……!
額に汗を浮かべ、苦しげに表情を歪めるケイ。しかし耐える。シーヴの術を触媒なしで、意識的に発動するのはこれが初めてだ。
魔力が捧げられ、精霊(シーヴ)により世界の理が書き換えられていく。
うおおおお……ッ!
果たして術が完成する―!
そよぉ……
と、かすかな風が、窓から吹き込んだ。
モンタン宅の天井に飾られている、木製の風鈴のような飾りが、からん…………ころん…………と小さく音を立てた。
……ふぅ。うまくいったな
冷や汗を拭って、ドヤ顔を浮かべるケイ。 ほう…… と感心するアイリーンをよそに、モンタンたちはひたすら困惑していた。
えっ……今の、魔術なの?
リリーが衝撃を受けたような顔で尋ねる。今度はキスカもたしなめなかった。
ああ。俺は風の精霊と契約しているからな。そよ風を吹かせたんだ
へ、へえ……
大真面目に、あくまでも成し遂げた感を漂わせるケイに、リリーも冗談ではないらしいと察したようだ。
……うちわであおいだ方がつよそう
未だそよそよと揺れる天井の風鈴を見て、リリーはぽつりと呟いた。
…………
と、とにかく、リリーを弟子に取ると言っても、危険な目には遭わせない
静かにダメージを受けるケイを尻目に、アイリーンが空気を切り替えようと、再び口を開く。
まずは座学、精霊語と魔術の基本的な考え方を学ぶ。次に瞑想で魔力を鍛える。瞑想で死ぬ奴はいないからな、これは絶対に安全な方法だ
リリーの歳で瞑想したところで、魔力は本当に少ししか伸びないが、その少しが大きな差を生んでくる。
そもそも、魔力の鍛錬が危険、と言われているのは、身の丈にあっていない過剰な修練で命を落とす奴がいるからだ。魔道具を利用したり、無理に術を行使したりして、魔力を使い果たして死ぬ。だけどリリーにはそんな真似はさせない。十年単位でゆっくり、確実に、そして安全にやっていくことになるだろう
大したことはしないさ、と肩をすくめるアイリーン。そしてその言葉は、ケイが魔術を披露したお陰で、良くも悪くも説得力があった。
実際のところ、ケイの術は『脱初心者』級と呼べるもので、リリーが同じことをしようとすれば数回は軽く死ねる危(・)険(・)な(・)ものだ。ケイを見て 大したことがない と解釈するのは大きな誤解なのだが、ぱっと見の印象には勝てない。
そうですか……差し出がましいことを申し上げました。娘を、リリーを、どうぞよろしくお願いします
少しは安心したのか、キスカはホッとため息をついて一礼した。
ママ! じゃあいいの!?
しっかり、がんばりなさい
やったぁ!!
椅子から跳び上がるようにして喜ぶリリー、モンタンも続いて よろしくお願いします と頭を下げる。
何から何までお世話になって……本当に、なんとお礼を申し上げれば良いのか
いやいや、オレがしたいことだから……
おねえちゃんありがとう! わたしがんばるね!
アイリーンに抱きつくリリー。心底嬉しそうに笑っている。昔の彼女が戻ってきたかのようだった。
うん、オレもリリーに相応しいお師匠様になれるよう頑張るよ。でも、辛くなったり、嫌になったらいつでもやめていいからな
ならないよぉ!
よしよし
自分の決意をないがしろにされたと思ったのか、ぷくっと頬を膨らませるリリーに、アイリーンは苦笑してその頭を撫でてあげた。
じゃあ、商会でのお仕事が一段落したら、精霊語のお勉強を始めような
うん!
そのとき、リリーはなぜか、チラッとケイを見た。
……立派な魔女になれるように、がんばる!
なぜ俺を見た、とケイはまた静かにダメージを受けた。
†††
その後、しばらく雑談を楽しんでから、ケイたちはモンタン宅を辞去した。
リリーはアルファベットは読み書きできるので、簡単な精霊語の単語をいくつか教えておいた。本当に数語だが、これからちょっとずつ語彙を増やしていくことになるだろう。
弟子、正解だったな
鼻歌交じりに街を歩きながら、アイリーン。
そうだな