ケイも首肯する。新しい目標ができたことで、リリーは生来の明るさを取り戻しつつあった。いつ、また以前のように屈託なく笑えるようになるかはわからない。だがその日は必ず来る、と確信を持てたのが、今日の一番の収穫だ。
のんびりと職人街から、商業区まで歩いていく。
ケイたちが目指しているのは、とある宿屋。“GoldenEgg”亭―コーンウェル商会でホランドから聞いていた、吟遊詩人ホアキンの定宿だ。
魔力鍛錬用の魔道具と並行して”投影機(プロジェクター)“を試作しているアイリーンは、影絵として登録する図柄について、ホアキンに直接リクエストを聞いておこうとしているのだ。
そして、通行人に道を尋ねながら”GoldenEgg”亭に着いてみると、ちょうど宿屋から出かけようとしているホアキンを見かけた。
これはこれは、お二人とも
ケイとアイリーンの姿を認めたホアキンが、ひょうきんな笑顔を浮かべ、脱帽して挨拶する。
やあ、ホアキン
よっ旦那、数日ぶり。調子はどうよ
すこぶる良いですね! 今日はこれからお仕事です、ありがたくもさる御方から依頼を受けまして……
聞けば、これから貴族の館に詩を吟じに行くのだという。ホアキンの収入の多くは聴衆からのおひねりだが、時たま、貴族や大商人から依頼を受けることもある。
あー、タイミングが悪かったな。いや、ぎりぎり良かったのかな?
アイリーンが唸る。ホアキンが不在で空振りに終わるより、まだ会って話ができただけマシかもしれない。
まだ急ぐ時間でもありませんし、のんびり歩きながらお話しましょうか
そうだな。実は、“投影機(プロジェクター)“についてなんだが―
三人で、貴族街に向けて歩きながら、試作品について話していく。
―じゃあ、登録する図柄はそんな感じでいいかな
ええ、お願いします。受け取るのが楽しみですね!
明日にはできるから、昼頃にまた宿屋に行くよ
いえいえ、こちらから出向きますよ。たしか”BlueBird”亭でしたよね?
そうそう、それ
では明日の昼頃に。“BlueBird”亭では、わたしもここしばらく演奏していませんでしたからね。ついでに『営業』してもいいかもしれません
今日これから貴族の館に歌いに行くというのに、仕事熱心なことだ。
そういえば、ホアキン。サティナに戻ってきて、何か面白い話は聞いたか?
歌の話題になったので、ケイはさり気なく聞いてみる。
面白い話、ですか。そうですねえ、最近サティナでは”流浪の魔術師”と”呪われし姫君”の物語が流行っているようで
ああ、それか。オレたちも聴いたよ
あのアニメみたいなヤツ、とアイリーンがケイに目配せしながら笑う。
アニメ……?
ん、なんつーか、アレだ。英雄譚とかそういう意味の単語だ
ホアキンが耳ざとく興味を示したが、アイリーンはさらりと流した。
そうですか。そしてそう、このお話なんですが、なんと実話らしく、それも割と最近の出来事だそうで。しかも当の”流浪の魔術師”は今、サティナに滞在しているらしいですよ!
ほう
ケイは感心したような声を上げる。アイリーンが アニメ と表現していたように、あの話は完全にフィクションだと思い込んでいたのだ。
デュアル・メイジ―二体の精霊と同時に契約したとかいう、流浪の魔術師。彼が本当に実在するなら、話がどれだけ『脚色』されているのかも気になるところ。
確かなのか?
ええ、同業者からの情報です。紆余曲折を経て、今は領主様の庇護を受けているとか何とか……氷の魔術の使い手は希少ですからね
ほーう
領主が出てくるとなると、実在するのは確かなのかもしれない。
そして話をしているうちに、ケイたちは貴族街にたどり着いていた。
この辺りまで来ると、がらりと街の雰囲気が変わる。所狭しと建物が並ぶ商業区や職人街とは異なり、空間がゆったりと贅沢な使い方をされていた。余裕と気品をもって建ち並ぶ屋敷の数々、それぞれが貴族や名士たちの住まいだ。中には草木の生い茂る庭園まで備えるものまであった。
石畳の道幅にもかなりの余裕があり、やんごとなき方々を乗せた馬車が時折行き交っている。見回りの衛兵の数も市街区とは段違いだ。ケイとアイリーンは、特にサティナの衛兵たちにはそれなりに顔が知られているので、皆 おや と興味深げな目を向けてくるだけで、貴族街に踏み入っても呼び止められるようなことはなかった。
さて、そろそろ目的地です
それじゃ、お仕事がんばってな。オレも試作に取り掛かるわ
楽しかったよ。また何か面白い話があったら、ぜひ聞かせてくれ
和やかに、ケイたちが別れようとした、そのとき―
―あああああああああッッッ!
突然、背後から、絶叫。
何事かと振り返ると、先ほどケイたちの横を通り過ぎた馬車の窓から、黒髪の女が身を乗り出していた。
少し浅黒い肌、なかなかの美人だ。つば広な帽子をかぶり、ごてごてと飾りすぎない上品なドレスを着ている。服装はまさに深窓の令嬢といった雰囲気だが―
ケイ! あんたケイでしょ!!
女はあろうことか、ケイをビシッと指さして叫んだ。
は?
誰だあの女、と首を傾げるのがケイ。
誰だ? あの女……とケイを見やるのがアイリーン。
その場に不穏な空気が漂いかけたが、続く女の言葉に、二人の疑念は宇宙の果てまで吹き飛ばされる。
“死神日本人《ジャップ・ザ・リーパー》“ケイ!!
驚愕して目を見開くケイとアイリーンに、女は必死で訴えかけた。
あたしよ! 『イリス』よ!
ある日 街の中 豹耳に 出会った
ところで、Twitterやってます!(唐突) @iko ka
更新予定や鳴き声などを呟きます。
朱弓の進捗状況を先んじて把握し、ライバルに差をつけたい貴方に。
それと短編もいくつか投稿しましたので、もし良かったらこちらもどうぞ!
ショートショート『共通点』
あらすじ:
A市近郊に、一夜にして大量の地上絵が描かれた。現場に急行した専門家たちが目にしたものとは……
豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ チート剣もったまま召喚されたら異世界がバグった
あらすじ:
お気に入りのゲームにチートツールを入れて、最強の魔剣を作って遊んでいたら、深刻なバグが発生した。魔剣を使うとゲームの挙動が徐々におかしくなり、やがてクラッシュしてしまう。しかもセーブデータが上書きされて復元不可能。どうしたものか、と頭を抱えていると画面が閃光を放った。なんと俺は、ゲームの世界に勇者として召喚されてしまったらしい。めっちゃ可愛い聖女ちゃんに魔王討伐を依頼された俺は、ゲームキャラの能力も引き継いでるし、何とかなるだろうと軽い気持ちで引き受けてしまう。だが魔王は死ぬほど強かった。絶体絶命のピンチに追い込まれた俺は、殺されるくらいならと最凶の魔剣を抜き放つ。大丈夫、1回くらいならきっと大丈夫― 覚悟しろ魔王、俺の魔剣を受け縺ヲ縺ソ繧!
79. 豹耳
ご無沙汰しております、甘木です。
ご心配をおかけして申し訳ございません。私は元気です。
実はこのたび、本を出版することになりました! 詳しくは活動報告にて。
また、長らく更新停止しておりました折、鮫島恭介様 よりファンアートを頂きましたので、ご紹介させていただきます。
霧の中の巨人
大熊
鮫島様、ご紹介が遅れて大変申し訳ございませんでした……! そして素晴らしいFAをありがとうございました!
前回のあらすじ
謎の女 ケイ!
ケイ 誰だあの女
アイリーン 誰だ? あの女……
謎の女 わたしよ! イリスよ!
ケイ 誰だよ
アイリーン 誰だよ
城塞都市サティナ、貴族街のど真ん中。
あたしよ! 『イリス』よ!
馬車の窓枠から身を乗り出した黒髪の女が、こちらに手を伸ばして必死に叫ぶ。ケイとアイリーンは顔を見合わせた。
誰だよ
懸命な訴えも虚しく、異口同音に聞き返すケイたち。『イリス』と名乗った女は、馬車の窓枠からズルッと滑り落ちそうになっていた。
……お嬢様、いかがなさいましたか?
と、背後の騒動を聞きつけた御者が、馬車を停止させて怪訝そうに尋ねてくる。 やっべ という顔をした黒髪の女(イリス)は、すぐに楚々とした表情を取り繕った。
いえ……もうお会いすることは叶わないとばかり思っていた、古い顔馴染みの方がいらっしゃったものですから。少々取り乱してしまいました
つば広の帽子の角度を直しながら、口元に手をやって上品に笑う。その立ち居振る舞いは先刻とまるで別人だ。カメレオンのごとき鮮やかな変わり身にケイとアイリーンは唖然とした。
さあ、ケイさん……それに、お連れの方も。ぜひ一緒においでになって。積もる話もありますし、旧交を温めましょう?
うふふふふふと笑いながら、手招きするイリス。ケイとアイリーンは胡散臭そうに顔を見合わせた。アイリーンが(マジで誰だよ)と目で尋ねてきたので、 わからん と口を動かし答えるケイ。
……それでは、先約がありますので、僕はこのあたりで……
愉快そうに状況の推移を見守っていた吟遊詩人のホアキンが、さも残念そうに口を開く。
(お話、期待してますよ)
これから何が起きるのか―あとで聞かせてくださいよ? とばかりにニッコリと笑い、ケイに耳打ちしてから去っていくホアキン。
あとに残されたのは、困惑気味のケイと、訝しげなアイリーンと、微笑みながら手招きするイリスと。
……ケイさ~ん? いらっしゃらないの~?
相変わらず貼り付けたような笑顔のイリスだが、いつまで経っても動かないケイたちに焦れたような気配を滲ませる。
ああ……いや、お招きにあずかろう
気を取り直し、ケイは答えた。
イリスが何者かはわからないが、“死神日本人”というケイのニックネームを知っていることから、間違いなく DEMONDAL の関係者だ。そして他の転移者を探していたのはケイたちも同じ。まさかこのような、貴族の令嬢じみた人物だったとは予想外だが……
よかった。わたくしのことを覚えていらっしゃらなかったら、あるいは人違いだったらどうしたものかと……
ケイが応じたことで、イリスもホッとしたような表情を浮かべる。馬車からメイド服を着た側仕えと思しき女が出てきて、ケイたちに一礼しつつ乗車するよう促した。
(覚えてないというか、マジで誰なのかわからんのだが……)
胸の内でひとりごちつつ、肩をすくめたケイは、アイリーンともども馬車にお邪魔することにした。
御者が鞭を入れる。カタカタと車輪の音を響かせ、滑るようにして馬車は動き出した。イリスと同乗していたメイドは気を遣って御者台に移動したようだ。主人(イリス)の知己と並んで座るわけにはいかない、という配慮だろう。そんなに気を遣われるとケイは少々申し訳なく思ってしまうが、アイリーンは気後れなど一切ない様子で、しげしげと興味深げに車内の装飾などを眺めていた。
豪勢な馬車だ。俗に『キャリッジ』と呼ばれるタイプの箱馬車。貴族の家で使われるような立派なもので、窓には上質な透き通ったガラスがはめられ、座席にはビロード張りのふわふわなクッションが敷かれている。窓際で揺れる臙脂色のカーテンには、金糸で細やかな刺繍が施されていた。おそらくはサスペンション付きなのだろう、舗装された道を走っていることもあり乗り心地もすこぶる良い。
思えば、こちらの世界に来て以来、これほどきちんとした馬車に乗るのは初めてではなかろうか。隊商護衛で同乗したのは行商人御用達の荷馬車ばかりだった。馬車の格が違うと、こうも変わってくるものなのか。
ええと……
感心するケイたちをよそに、イリスはつややかな黒髪の毛先をいじりながら、何やら思案顔だ。その視線はケイとアイリーンを往復している。
……お久しぶりね? 今さらですけれども、お邪魔だったかしら。こんな綺麗な方といっしょのところを、無理に誘ってしまったみたいで
そして、少しためらいがちに愛想よく話しかけてきた。ちらちらと横目でアイリーンの様子を窺いながら―
……ああ、そういうこと
察しのいいアイリーンはすぐにピンときた。勢いでケイを馬車に招き入れたはいいものの、見知らぬ同行者がいるせいでゲームの話を切り出しづらい。遠回しにアイリーンが何者なのか探りを入れようとしている―そんなところだろう。
気ぃ遣わなくてもいいぜ。オレも DEMONDAL のプレイヤーだし
えっ