最悪、一つは駄目にしてもいいとのことだ。その代わり最高のコンディションのものを四つ納品せよ、と
…………
これほどの至宝を、一つは無駄にしていい……?
旦那、これ絶対、領主クラスの依頼だろ
私は知らない……ナニモシラナイ……
アイリーンの問いかけに、なぜか片言になって壊れた人形のように首を振るホランド。彼は彼でいっぱいいっぱいのようだ。
無論、断るという選択肢があるはずもなく、ケイは謹んで依頼を受けた。
―性能は、試作品と同じくらいで。あれは驚くほど高性能だったから
ケイが初めて完成させたヤツのことだ。ケイにとって、というかゲーム内では標準的な性能だったのだが、こちらの世界基準では違ったようだ。聞くところによれば、矢避けの護符といえば、無差別に突風を吹き荒らすだけのお粗末なものが大半らしい。
ちなみに、完成品は納品されたあと、無作為に三つが選ばれてテストされる。それら全ての性能が要求を満たしていれば合格。残りの一つが晴れて『お買い上げ』されるって寸法らしいよ
テストのためだけに、これほどのお宝を三つも使い潰すのか……?
万が一があってはならないからね
四つのうち、無作為に選ばれた三つに問題がないならば、残る一つの性能も信用できるという寸法だ。大量生産の品から不良品を探し出すのとは違い、製作者の腕前と信用度を確かめるのが目的なので、こういった手法を取るらしい。
……だからケイくん、くれぐれも手は抜かないで、全てを最高の状態に仕上げてほしい。もちろん私は、きみが手を抜くような人物じゃないと知っている。それでも、全力で仕上げてほしいんだ。万が一、不(・)良(・)品(・)なんか掴ませた日には、とてもまずいことになってしまう……!!
いつになく必死なホランドに自分の置かれた状況を再認識し、ケイはまたぞろ緊張で腹痛を覚え始めるのであった……
†††
それから、ゲロを吐きそうになりながらも、ケイは何とか護符を完成させた。
幸いなことにエメラルドは一つも無駄にすることなく、最高のコンディションで五つの護符を納品した。性能は、試作品よりちょっと魔力に余裕をもたせたくらいで、堅実さを優先。冒険は一切しなかった。
しばらくアイリーンともども、落ち着かない日々を過ごしていた。ホランドが満面の笑みで訪れたときには、安堵のあまりしばらく立ち上がれなかったほどだ。
さる御方とやらも大満足だったとのことで、エメラルドを一つも無駄にしなかったことも含めて評価され、ケイは莫大な報酬を受け取った。窓ガラスの件も、なんとなくそれで許された気がした。別にアイリーンも商会関係者も、嘆きこそすれ怒ってはいなかったのだが……
そして重責からも解放され、のびのびと過ごす日々が始まった。ここに来て自由度が高まり、ケイも趣味に没頭し始めた。
あるときは、魔術の理論と応用を研究したり。
アイリーン、風の魔道具って下手したら爆発するじゃないか
……そうだな。まだ記憶に新しいぜ
うむ。それで思ったんだが、あの爆発を利用すれば銃が作れるんじゃないかと
この世界に銃は存在しない。
というより、地球でいう火薬(ガンパウダー)がない。火薬を調合しても、火の精霊の介入により爆発が発生せず、代わりに凄まじい高温でじっくりと燃焼するのだ。この性質により火薬は主に鍛冶や錬金術に利用されている。
ケイ……
銃、という単語を聞いて、書き物をしていたアイリーンは何とも言えない顔でペンを置いた。
なぜ……弓使いとしてのアイデンティティを自ら放り出すような真似を……
いや、それがな。必要な魔力諸々を計算してみたんだが、どうやら同じ魔力を用いるなら、風の爆発で弾丸を射出するより、矢を魔道具にして直接打ち込んだ方が強いらしい
ふふん、とケイはドヤった。
つまり竜鱗通しの方が銃より強い
良かったじゃねえか
またあるときは、木工職人のモンタンと特殊な矢の開発にチャレンジしたり。
と、いうわけで、敢えて不安定な魔道具を鏃に仕込むことで―
体内にめり込んでから暴風が解き放たれるというわけですか!
そうだ。あとこっちは、放つ前に起動することで空気抵抗を―
す、すごい! これなら矢の威力がさらに向上する!
そしてこれは、魔道具により笛の部分を制御する鏑矢で―
なんということだ! 今までにない複雑な音の組み合わせが可能に!
工房で興奮するケイとモンタンを、アイリーンとリリーとモンタンの妻キスカは呆れ顔で見ていた。
そしてあるときは、インスピレーションの赴くまま妙な魔道具を作ってみたり。
アイリーン、これとかどうだろう
……何、この……何だ、これ? タオル?
普通よりちょっと乾きやすいタオルを作ってみた。ぼちぼち冬だからな
エメラルド使ってまで作るものかよ! 送風機作ってまとめて乾かせよ!
あっ。たしかに……やってしまったな
別にいいけどさ。……それで、こっちは?
風鈴だ。風を呼び込んで自動で鳴る
何の意味があるんだよ!
いや、風を呼ぶ帆に応用しようと思って……
想像以上にまともな意味があった
などなど。
なんやかんや言いつつ、アイリーンも楽しんでいた。
ケイは間違いなく、人生で一番、充実した和やかな日々を過ごしていた―
ケイくん、手紙が届いたよ
晩秋のある日、ホランドが訪れるまでは。
……手紙?
差出人は、ヴァーク村の村長のエリドアだ
ヴァーク村。
かつて隊商護衛に参加していたケイが、“大熊(グランドゥルス)“を仕留めた村だ。
北の大地から帰還する道中も立ち寄り、 深部(アビス) の境界線が接近しつつあることを確認し、ポーションの素材を集めたり、凶暴な獣『チェカー・チェカー』の群れと交戦した場所でもある。
そんな村から、手紙。
―胸騒ぎがする。
開封して、アイリーンとともに読み始めた。
『 公国一の狩人、ケイへ 』
内容は、至ってシンプルだった。
『 村外れに、森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)が出た 』
それは、“怪物狩り”を志すケイに宛てた―
『 俺たちじゃ手に負えない 助けてくれ 』
―初めての救援依頼だった。
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カクヨムでも1話先行で連載中です。
86. 要請
開拓村からの救援要請を受けて、ケイは、そしてアイリーンは、どう動くのか―?
86. 要請
“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)”
名前の通り、バカでかいトカゲだ。深みがかった青緑色の表皮が特徴で、地球の『コモドドラゴン』という爬虫類に似ており、その体長は優に10メートルを超す。熊型の巨大モンスター”大熊(グランドゥルス)“と並び称される、森の王者だ。
巨体ゆえ鈍重そうなイメージがあるが、見かけに反してその動きは素早い。具体的にはあぜ道を走る軽トラくらいの速度で森を駆ける。十トントラック並の体躯でありながら、だ。ケイの足ではまず振り切れない。
強靭な表皮は生半可な攻撃を通さず、分厚い肉は衝撃にも強い。太い腕も、鋭い爪も、長い尻尾もギザギザに尖った歯も、全てが脅威ではあるが、特にその巨体による突進が恐ろしい。まともに食らえば轢死は免れないだろう。
そんな化け物が、ヴァーク村の外れに出現した―
過去に一度、“大熊(グランドゥルス)“に襲われ、大きな被害を受けたあの村に。
ホランド……手紙(これ)には、目を通したか?
読み終わって小さくため息をついたケイは、折り畳んだ手紙をひらひらさせながら問いかけた。
いや、私は開封してないよ。マナーとしてね
首を横に振ったホランドは、 ただ、 と言葉を続ける。
―事態は把握している。ヴァーク村の使者(メッセンジャー)が話してくれた
使者? サティナに来てるのか?
ああ、手紙と一緒にね。今は商会本部にいる
詳しく話を聞きたい。会えるだろうか
手紙には一応、大まかな事情が書かれていたが、現地の住民から話を聞けるならそれに越したことはない。何か違ったものが見えてくるかもしれないから。
もちろん。彼もそのために来たのだろう
ホランドに連れられて、ケイとアイリーンは、急ぎコーンウェル商会の本部へと向かう。
……どうするつもりだい
道中、ホランドが真面目な顔で尋ねてきた。
……力にはなりたいと思う
ケイは、言葉少なに答えた。
傍らに、アイリーンの存在を、強く感じながら。
†††
商会の控室で、落ち着きなくソファに腰掛けていたのは、まだ子どもと言ってもいい幼い少年だった。
!! ケイさん! お願いです、村を助けてください!
しかしそのあどけない顔は緊張と焦りで引きつっており、ケイを見るなり土下座しかねない勢いで頼み込んできた。少年の名を『テオ』という、らしい。ヴァーク村の村長・エリドアの親戚で、従兄弟の子にあたるそうだ。
協力はしたいと思っている。詳しい話を聞かせてもらえないか
ケイは、テオを落ち着かせるように微笑んでから、 何が起きたのか、慌てず、最初から順序立てて教えてくれ と頼んだ。
ソファに座り直したテオは、早口で事の次第を語り始めた。
―ケイとアイリーンの活躍によって 深部(アビス) の領域拡大が確認されたのち、ヴァーク村には、命知らずの探索者たちが噂を聞きつけて集まってきたらしい。
お目当てはもちろん、高等魔法薬(ハイポーション)の原料となる霊花『アビスの先駆け』をはじめとした、貴重な 深部(アビス) の素材だ。探索者のほとんどが食い詰めたごろつきもどきだったが、中には手練の狩人や野伏(レンジャー)もいたようで、彼らはそこそこ成果を上げていたらしい。
商会の買取所が村内に常駐するようになり、大きなトラブルもなく、ヴァーク村はにわかに活気づいていたそうだ。
ところが今日から二週間ほど前、とある探索者の一行が 深部(アビス) の領域付近で奇妙な痕跡を見つけた。草木が広範囲に渡ってなぎ倒されており、地面には深々と巨大な足跡が残されていたそうだ。
何らかの巨大な化け物が、そこにいたことは明らかだった。
しかし村から 深部 の領域までは森歩きで一時間ほど離れており、その時点では、『化け物がたまたま通りがかっただけ』、という希望的観測が立てられた。
それが打ち砕かれたのが、先週。『アビスの先駆け』を採取しに行った探索者たちが、とうとう鉢合わせしてしまったのだ。
巨大な、青緑色のトカゲの化け物と。
尻尾まで含めれば十数メートルにもなる、森の王者、森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)と―
村にいた探索者の中でも、比較的、腕利きの四人組だったんですが、二人だけが這々の体で逃げ帰ってきました。残りの二人は喰われたそうです。どっちも、ぱくりと一口で。遺品どころか布切れ一枚残らなかった……
ぶるっ、とまるで見てきたかのように身震いするテオ。
喰われた、か……
ケイはアイリーンと顔を見合わせる。黙って話を聞いていたアイリーンだがその表情は険しい。きっと自分も似たような顔をしているだろうな、とケイは思った。
(―人の味を覚えたか)
非常にまずい状況だ。
その探索者たちが帰ってきたのは、何日前だ?
二日前です。おれは村長(エリドア)に言われて、商会の買取所の人と一緒に馬に乗ってきました。おれはチビであんまり重くないから、馬の負担にもならないだろ、って……
なるほど
ケイたちが旅したときは、ヴァーク村からサティナまで四日かかった。同行した隊商の荷馬車にあわせて、ゆっくりと進んだからだ。逆に、テオたちはかなり飛ばして来たのだろう。
おれが出発したときは、まだ村は無事でした。でも村長が『おそらく時間の問題だ』、って。『ケイの助けが必要だ』、って言って……。今は、女子供を近くの村に避難させて、男だけで守りを固めているはずです
―こうしてテオが使いに出されたのも、おそらくは避難の一環なのだろう。
一応、エリドアは領主にも報告したらしいが、なまじ村そのものが無事で、かつ村のすぐ近くで目撃情報がないため、軍も出動しづらい状況なのだという。
しかし、それも二日前までの話。
今この瞬間は、どうなっているかわからない―
お願いです、ケイさん! 村を助けてください!
……わかった、話してくれてありがとう。俺は協力するよ。可能な限り急いでヴァーク村に向かおうと思う
ケイの力強い返事に、テオがパァッと顔を輝かせた。
ありがとうございます!!
最善は尽くす。だからきみは待っていてくれ