ロドルフォは恋人に結婚を申し込むそうだ―“森大蜥蜴”の皮を髪飾りにして贈るのだとはしゃいでいた。実はケイは別れ際まで結婚の件を全く知らなかったのだが、もし事前に話を聞いていたら討伐のメンバーに選ばなかったかもしれないな、とは思った。

ちなみにキリアンだが、報酬を受け取ったあと、人知れず姿を消していた。討伐の日を境に、めっきりと老け込んでしまったように見えたキリアン―彼の助力がなければ、森の様子もわからず、ゴーダンとロドルフォも仲間にならず、アイリーンが毒で雌竜を仕留めることもできなかった。今回の狩りの成功も、彼に依るところが大きい。

何度も礼は言ったが、それでも別れの挨拶くらいはしたかった。なぜ何も言わずに去ってしまったのか―正直なところ、少し悲しく思う。ただ、ヴァーク村に残ったホアキンによれば、キリアンは”森大蜥蜴”との戦いで、心に傷を負ってしまったらしいとのこと。

忘れたかったのかもしれない。

忘れられたかったのかもしれない―

†††

荷物を置いたケイたちは、大通りを挟んで斜向いの商業区を訪れた。コーンウェル商会傘下の高級宿―いつもサスケとスズカを預かってもらっている宿だが、今日はマンデルがここで一泊する。ヴァーク村からサティナまで、四日間の旅の疲れを癒やしてから、タアフ村に凱旋しようというわけだ。

マンデル、いるかー?

レセプションで教えてもらった二階の部屋。ドアをノックすると いるぞー と間延びした声が返ってきた。

中に入ると、そこは広々とした上品な部屋。

ベッドだけではなく、頑丈そうな物入れのチェストに、小さな丸テーブルと椅子が何脚か。テーブルの下には小洒落た模様のカーペットも敷いてある。弓形に張り出した出窓―俗に言う『ボウウィンドウ』というやつだ―には、なんとガラスがはめられており、冷たい外気を遮断しつつも柔らかな日差しが差し込んでいた。窓際には花まで飾られている。

そして肝心のマンデルはというと、ゆったりとしたダブルベッドに寝転がり、存分にくつろいでいるようだった。

いやぁ、快適だな。……いいのか、こんなに上等な部屋に泊まっても

と言いつつ、全く遠慮する様子は見せないマンデル。言葉の割にふてぶてしい態度に、ケイは声を上げて笑った。

もちろんだとも。コーンウェル商会は太っ腹だからな

今回の宿代はコーンウェル商会持ちだ。先ほど本部で顔を合わせたホランドがマンデルのために手配してくれた。ケイとしても、存分に楽しんで元を取ってもらいたいと思う。

そいつはありがたい。せっかくだし、風呂にでも入ってみるかな。飲み物も好きに頼んでいいんだったか

好き放題にやっていいんだぜ、マンデルの旦那。そのうち『あの地竜殺しの英傑が一人、マンデルの泊まった部屋!』って名物になるだろうからな

壁に名前でも刻んだらどうだ、とからかうアイリーンに、マンデルは うへぇ と渋面になった。髭もじゃで表情が分かりづらいが、どうやら照れているらしい。

このあと、マンデルは風呂に入ってのんびりするとのことだったので、ケイたちは夕食の約束を取り付けてから、今度は木工職人モンタンの家を訪ねた。

ケイさん! よくぞご無事で!!

おねえちゃん!!

五体満足なケイに、ホッと胸を撫で下ろすモンタン。その横から勢いよくリリーが飛び出してきて、アイリーンに抱きついた。

お二人とも……うまくいったんですね?

さらに家の奥から、モンタンの妻キスカも顔を出す。

ああ、お陰様で。モンタンの矢も大活躍だったぞ

ケイたちが”森大蜥蜴”を撃破したのは一週間ほど前のこと。まだサティナにまでは詳細が伝わっていないらしい。立ち話も何だということで、中でお茶をいただく。

正直、もうヴァーク村はダメかもしれないと思ってたんだが、驚くべきことに到着するとまだ無事だった

どころか、探索者やら商人やらで大賑わいでさ―

キリアンという熟練の森歩きの話によると、実は―

っつーわけで、人を集めて落とし穴を掘ったり、迎撃準備を―

交互にことのあらましを語るケイとアイリーン。モンタンたちは目を輝かせて聞き入っていた。何せ、『伝説』の当事者たちから直に話を聞けるのだ。現代地球に比べ娯楽の少ない世界で、これ以上のエンターテイメントはなかった。

それでこれが、活躍してくれた矢たちだ

ケイは矢筒から矢を取り出した。“森大蜥蜴”の死骸から回収したものだ。モンタン特製の出血矢や宝石の消滅した魔法矢、最後に額を撃ち抜いた長矢などなど。黒ずんだ血の跡がこびりついており、見方によっては汚かったが、モンタンには最高の手土産になるだろうと思ったのだ。

おお……! これが……!!

モンタンは震える手で受け取り、惚れ惚れと眺める。自ら手掛けた矢が伝説の怪物を打ち倒した―職人として、その感慨はいかほどか。

で、こっちが”森大蜥蜴”の皮だ

今度はアイリーンが10cm四方の切れ端を差し出す。リリーとキスカが、色鮮やかな青緑色に目を見張った。

……触っていい?

もちろん

リリーはおっかなびっくりといった様子で皮を受け取り、恐る恐る、指先で表面をつついた。

……こんな色、はじめて見た

確かに、こちらの世界では珍しい色合いかもしれない。ケイが持ち込んだ革鎧も”森大蜥蜴”製ではあるが、硬化処理などをした関係で、これほど鮮やかな色は残っていない。

……ありがと

しばらくキスカとともに、しげしげと観察していたリリーだが、やがて満足したのか皮を返してきた。

ん? それはお土産だからリリーのだぞ

えっ!?

アイリーンが告げると、リリーとキスカが マジで!? と言わんばかりに皮を二度見する。目と口がまん丸くなった表情があまりにもそっくりで、 ああ、やっぱり親子だなぁ と納得しつつもアイリーンは笑ってしまった。

いいんですか?! こんな貴重なものを……

まあ、貴重といえば貴重なんだけど……

あまり使いみちがない。傷跡を避けて皮を剥ぐと、どうしてもこのような切れ端も出てきてしまった。もちろん、普通の動物の皮に比べると市場価値は非常に高いが、使うとしてもサイズ的にはせいぜい小物を作るぐらいだろうか。ケイたちは記念品として、こういった端材を商会からいくらか譲り受けていた。

もちろん、ケイは革鎧を新調し、アイリーンもちょっとした防具を別途作るつもりではあるが。

ほんとうにいいの、お姉ちゃん?

ああ。なにせ二頭も倒したからな

配って回る余裕は充分にある―ヴァーク村に到着した商会職員も、二頭の巨大な死骸を見て卒倒しそうになっていたほどだ。一応、使者を送って事前に伝えてはいたが、『番(つがい)を倒した』という情報だけは半信半疑だったらしい。しかし落ち着いてからは、いったいどれほどの儲けを生み出せるか、文字通り皮算用で大興奮していた。

ありがとう、おねえちゃん!

いいってことさ。どうだろう、リリーも髪飾りでも作ってみるかな?

えへへ……にあうかな?

青緑の皮を頭に当ててみるリリー。ケイはそんな幼女の姿を微笑ましげに見守りながら、

いずれにせよ、モンタンの矢は本当に役に立ったよ。ありがとう

改めてモンタンに礼を言う。

魔法の矢も出血矢もそうだが、特に長矢だ。今まで何度窮地を救われたか

いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方です。職人としてこれにまさる名誉はありませんよ

良かった。それで、今晩あたり打ち上げをやろうと思うんだが……あ、そういえばマンデルは知り合いだったよな?

ええ、以前矢を買っていただいたこともありますし

彼も誘ってるんだ。コーンウェル商会の飯屋を貸し切るから、肩肘張らなくて済むパーティーになると思う。モンタンたちもどうだろう?

いいんですか! それじゃあ、お呼ばれして……

伝説の狩りの打ち上げともなれば相当期待できる。モンタンもホクホク顔だ。

夕方にまた合流する約束を取り付けて、モンタン宅を辞去する。

ケイ、コウたちはどうする?

ああ、そうだな……

今日も今日とて、サティナのメインストリートは大賑わいだ。人々の間を縫うようにして歩きながら、しばし考える。

誘えるものなら誘いたいが……

立場的にすぐ来れるか、謎だよなぁ。コウの旦那はともかく、イリスは……

うーむ、とアイリーンもちょっと難しい顔。イリスはお姫様設定が足を引っ張ってフットワーク軽めに動けないのが難点だった。

まあ、でも、お忍びでなんとかするんじゃね? 最悪コウの旦那は来れるだろ

一応連絡だけしておくか

そうしてコーンウェル商会本部を訪ね、コウの屋敷に使者を送ったり革鎧の仕様を話し合ったり、諸々の手配をするうちにあっという間に日が暮れた。

久しぶりだな、キスカ。……元気にしてたか

もっちろん。あんたこそ大活躍だったらしいじゃん

マンデル、そしてモンタン一家を連れて商会が手配したレストランに向かう。マンデルとキスカはタアフ村出身の顔馴染みだ―キスカの方が年齢的に一回り下のはずだが、かなり馴れ馴れしい。いつもモンタンの妻、リリーの母としての顔しか知らなかったケイは、キスカが途端に若々しい村娘のように見えて少し驚いた。よくよく考えれば二十代、ケイとそれほど年齢は変わらないのだ……

リリーも、しばらく見ないうちに大きくなったな。……あっという間だ

はい。おひさしぶり、です

お行儀よく挨拶するリリーを、マンデルは優しい眼差しで見ていた。もしかすると自分の娘たちの幼い頃と重ね合わせているのかもしれない。

こうしてみると、本当に目元はキスカにそっくりだな。……ベネットが会いたがっていたぞ

あー……父さんねえ。たまには里帰りしたいもんだけど、あんまり家を空けられないのよねぇ……

この頃、装飾矢やら何やらの注文がけっこう詰まってるんですよ。ありがたいことなんですけどね

それに加えて、ケイたちの魔道具の『ガワ』を作ったりもしているので、モンタンは忙しい。

そうか。……まあせめて、手紙くらいは届けよう

ありがとー

そんなことを話しているうちに目的地に着いた。二階建てのそこそこ高級なレストラン―上のフロアは、今晩貸し切りだ。

おお! みんな、主役のご到着だぞ!

階段を登ると、商会関係者はすでに集まっているようだった。ホランドがいち早くケイたちの来訪に気づき、皆に知らせる。小綺麗におめかししたエッダと、以前隊商護衛で同道したダグマルの姿もあった。

ケーイ、聞いたぞ、とんでもない大活躍だな! かーっ俺もあんときサティナにいればなぁ、一緒に行きたかったぞヴァーク村に!

ダグマルがバシバシとケイの背中を叩いてくる。ヴァーク村から救援依頼が届いた当時、ダグマルは別の隊商を護衛していたため不在だったのだ。もしダグマルがいたら、荷馬車の護衛はオルランドではなく、ダグマルとその仲間たちになっていたかもしれない。

(だが、そうすると最後のゴーダンの援護はどうなっていたかな?)

ダグマルは剣と短弓を使う。それに対しオルランドは短槍使いなので、ゴーダンが槍を借りることができた。もしもオルランドがいなかったら、ゴーダンはどうしたのだろう? ちょっとした違いで、戦闘の流れが大きく変わっていたかもしれない―

残念だったな。旦那も一緒に来てたら、“大熊”と”森大蜥蜴”、 深部《アビス》 の双璧の討伐をどっちも見届けられたのに

アイリーンがからかうように言うと、 そうそう、そうなんだよー! とダグマルは悔しげに地団駄を踏んだ。

本っ当に、惜しいことをした! どんな風だったのか、あとで絶対に話を聞かせてくれよな! な!

お兄ちゃん! お帰りー!

そんなダグマルをよそに、今度はエッダがトテトテと駆け寄ってきて、ケイに抱きつく。

ただいま。といっても、あっという間だったかな

待ってるこっちは気が気じゃなかったけどねー!

すりすりと腹に頬ずりしていたエッダだが、ふと、その背後、モンタンたちに連れられてきたリリーの存在に気づく。

あ……どうも

こんばんは……

同じ年頃の女の子ということで、互いに興味を持ったようだ。

(あれ、顔を合わせるのは初めてか?)

よくよく考えてみれば、ホランドたちがサティナに定住し始めてしばらく経つが、仕事でモンタンと顔を合わせることはあっても、家族ぐるみの付き合いはなかった気がする。

わたしエッダ。あなたは?

リリー、です

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