リリーは塾に通うのもやめて引きこもりがちだった。アイリーンと魔術の修行(というか勉強)を始めて少しは明るくなってきたものの、出会った当初の快活さは見る影もない。

(新しく友達ができたら、何か良い変化があるかもな)

そんなことを考えつつ、商会関係者たちに挨拶する。ホランドのようによく世話になっている者から、顔見知りではあるが名前までは知らない者まで。皆、等しく今回の一件で奔走してくれた人たちだ―ダグマルを除いて。

(ってかダグマル、今回は何もしてないじゃないか)

にもかかわらず、ちゃっかり打ち上げに潜り込んでいる要領の良さに、遅れて気づいたケイは、挨拶回りの最中、吹き出してしまわないよう笑いを噛み殺していた。

おっと、お待たせしてしまったかな? 申し訳ない

と、新たに階段を登ってくる人影があった。フードを目深にかぶった二人組。

コウ! イリスも来れたか

やあ。二人とも無事だったようで何より

えへへ。あたしも来ちゃった!

コウはフードを取っ払ったが、イリスはかぶったままだ。顔よりも、頭の豹耳が見られたらまずいので、こういうときは不便だろう。

俺たちも今来たところだ。問題ないさ

それは良かった

揃ったみたいだね。それでは始めよう!

ホランドが音頭を取り、皆に酒が振る舞われる。湯気を立てる料理―仔羊の丸焼きやシチューパイ、ローストビーフなどが大皿に盛られて運ばれてきた。

では―英雄たちから一言!

さて食事にありつこうか、と思っていた矢先、ホランドから水を向けられ、ケイとアイリーンは顔を見合わせる。

あ~……

コホン。まずはコーンウェル商会の皆様方に―

こういう咄嗟の英語スピーチが苦手なケイのために、アイリーンが口火を切って、少し時間を稼いでくれる。

―と、まあ、あまり長くなっても悪いのでこのへんで。ケイは?

ん、共に戦ってくれた戦友たちに。影から支えてくれた関係者の皆に。そして、俺たちを見守り、導いてくれた偉大なる精霊たちに―

隙間風がランプの灯りを揺らし、影が蠢き、コウの吐息が冷気で白くなる。

―最大限の感謝を。乾杯!

乾杯!!

そうして賑やかな宴が始まった。

†††

それから夜遅くまで飲み明かした。ケイは肩の力を抜いてコウと日本語会話を楽しみ、アイリーンは浴びるように高い蒸留酒を呑みながら、武勇伝を語って皆を楽しませていた。一番楽しんでいたのは、アイリーン本人だろうが。

翌日、珍しく羽目を外して呑みすぎたマンデルがダウンしてしまったため、タアフ村への帰還は延期し、体調の回復を待ってからさらに次の日、サティナを出発した。

ケイとアイリーンは、マンデルに同行することにした。マンデルは必要ないと固辞したが、現金や貴重品を多数抱えていることから、護衛としてついていくことにしたのだ。マンデルの娘たちに、父親を無事に帰すと約束した義理もある。家に帰るまでが大物狩りだろう。

当然、タアフ村でも歓迎と祝いの宴が開かれ、ケイたちも招かれることとなった。マンデルの娘二人が、安堵のあまり号泣していたのが印象的だった。

いやー……今回は色々あったなぁ

タアフ村からサティナに戻る道中、アイリーンが感慨深げに呟いた。

全くだ。盛りだくさんだったな……

しみじみと、ケイも頷く。

少し肌寒い晩秋の草原に、サスケとスズカの蹄の音。

今更言うのも何だが……けっこう、危ない橋だったな

違いない

ほんの少しでも運が悪ければ、ケイもアイリーンも死んでいたかもしれない。死者もなく、大した怪我もなく、たった数人で”森大蜥蜴”の番を撃破した― DEMONDAL の中でさえ聞いたことがないような偉業だ。

で、ヴァーク村からまた助けを呼ばれたらどうする? ケイ

揺れる馬上、アイリーンが振り返り、いたずらっぽい笑みで尋ねてくる。

う~~~~~ん……

ケイは難しい顔で唸った。人々を助けるために、“大物狩り”専門の狩人として活動したい―それが夢だったが、正直なところ、今回の一件はかなりキツかった。

…………当分、遠慮したいな

あっはっは。オレもー!

屈託なく笑うアイリーン。まあ、しばらくはのんびり過ごそうぜ、と気楽な調子で言う。ケイも全く同意見だった。大物狩りはこりごりだ―

家に帰って、いつもの日々が戻ってくる。

季節は巡り、サティナにも初雪が降った。

この世界で初めての冬だ。皆が冬ごもりの準備を始めている。

ケイたちは、主に魔道具の研究開発をしながら、のんびりと過ごしていた。

なあ、ケイ―ちょっと、相談があるんだが

ある日、アイリーンが神妙な顔で話しかけてきた。ストーブで温めて使うタイプのアイロンを応用したヘアドライヤーの試作品をいじっていたケイは、改まった態度のアイリーンに姿勢を正す。

どうしたんだ?

んー。その、な。……アレが、来ないんだわ

ぽんぽん、とアイリーンが自分の腹を軽く叩いた。

ケイの思考は止まった。

……それは、その……アレか? 月の

うん

…………つまり

アイリーンの顔と、腹部を交互に見比べたケイは、ガタッと立ち上がる。

子供が……!?

……まだわかんないけど、その可能性が……うん……

少し頬を赤らめたアイリーンは、ぺし、と自らの額に手を当てた。

なんかこの頃ちょっと……微熱があるみたいな感じがして、だるいし。風邪かなーって思ってたんだけど、アレも来ないから。キスカとかにも相談してみたんだけど、その、やっぱりそういうことじゃないかって……

…………!

検査薬などないので、確定的ではないが。

そうか……!

同様に、現代地球のような避妊具もなかったわけで。それでいて愛は育んでいたのだから、当然―

……嬉しいよ

ケイはアイリーンをギュッと抱き寄せた。実感は湧かないが、それでも、素直に嬉しかった。

……良かった

アイリーンもホッとしたように肩の力を抜いて身を預けてくる。しばらくそうしていたが、顔を見合わせて、なんだか互いに気恥ずかしくなった。

そうか……俺、父親になるのか……

やはり、どう考えても実感が湧かない。

うーん。オレも、母親か……うーむ……!

アイリーンは再び頬を赤らめ、両手で顔を覆う。

こっちの世界だと普通なんだけど……地球基準だと、年齢的にちょっと早すぎる気がしないでもない……!

わかる。その気持ちはめっちゃわかる

不安だーーーーー!

ううむ、色々準備しないとなぁ

とりあえず身近に、子持ちのキスカがいて色々相談できるのは助かる。

……赤ちゃん、か……

ケイは身をかがめて、アイリーンのお腹に耳を当ててみた。

バーカまだそんな時期じゃないって!

はっはっは

コツンとアイリーンに頭を小突かれて、ケイは笑う。

―地球では、骨と神経の塊になって死ぬしかなかった自分が。

父親になれるのか、と。

しかし、そうなるとアイリーンも断酒しないとだな

うぐぅッ! やっぱ……そうだよなぁ……そうなるよな……

……まあ、俺も一緒に禁酒するから……

―ケイはそこまで酒好きじゃないだろぅ、もぉぉぉ!

ぬあ~と呻きながら、ふざけてケイの胸をポカポカ殴ってくるアイリーン。

はっはっはっは

オレには笑いごとじゃないんだよぉぉ

大して痛くもない打撃を受け止めながら、ケイは、幸せを噛み締めていた―

が。

それからさらに数日後のことだった。

寒い朝だった。

まだ夜が明けて間もない、ようやく空が白み始めたころ。

蹄の音。それも複数。

目を覚ましたケイは、傍らで眠るアイリーンをよそに身を起こす。

家の前が騒がしい。

ダン、ダン! と遠慮なくドアが叩かれた。

……なに?

アイリーンも目を覚ます。

わからない、と答えたケイは、着の身着のまま外へ出た。

―そしてそんなケイを出迎えたのは。

ケイチ=ノガワだな!

フル装備の騎士が数名。さらに、豪奢な装束に身を包み、竜の紋章が描かれた旗を掲げて馬に跨る壮年の男。

……そう、だが

突然の事態に困惑しつつ、どうにか答えるケイ。

よし。ケイチ=ノガワ! これより、公王陛下のお言葉を伝える!!

懐より書状を取り出し、壮年の男が馬上でふんぞり返る。

それに合わせて、騎士たちが剣を抜き、儀仗兵のように直立不動の姿勢を取った。

は?

公王? お言葉? ―呆気に取られて立ち尽くすケイ。

…………

しかし壮年の男は、何やら非難がましい目でこちらを見るばかりで一向に話し出す気配がない。

……ひざまずけ、ひざまずけ

見かねた騎士が、兜の下、直立不動のまま小声で伝えてきた。

ハッと我に返ったケイは、慌てて跪く。そして思い出した。武道大会の表彰式を前に少しだけ教わった礼儀作法。

王の言葉は、最大の礼をもって拝聴せねばならない―

―オホン。『余、エイリアル=クラウゼ、大精霊の加護により、アクランド連合公国のウルヴァーン公にしてアクランド大公は―』

ようやく正しい姿勢を取ったケイに、咳払いした使者が書状を読み始める。

『―きたる、ディートリヒ=アウレリウスの成人に際し、大公の位をこれに譲るものとする』

ディートリヒ―武闘大会でケイを表彰した、公王のただ一人の孫。

『そして此度の譲位を祝すため、古(いにしえ)の継承の儀を、ここに執り行う』

王の言葉―それは絶対のものである。決定事項であり、至上命令である。

『ケイチ=ノガワよ』

そこに民草の意志など介在しない―

『公国一の狩人として―』

『―“飛竜”狩りに馳せ参じよ』

はい! というわけで 飛竜狩り 編が始まります。いつも感想、ポイント評価、にゃーん、大変励みになっております! ありがとうございます!

カクヨムでも1話先行で連載中です。

次話 幕間. Monster

幕間. Monster

霧がかった、深い深い森の奥。

深部(アビス) と呼ばれ、只人の踏み入れることのない領域に、その古城はあった。

フフフン フ~ン フン フフフン~♪

古城のそばの丘。肌寒く、お世辞にも過ごしやすい陽気とは言えなかったが、のんびりと草っぱらに寝転がり、鼻歌を歌う者が一人。

異形だった。

毛皮を荒く縫い合わせただけの、原始人のような服装。鋼のような筋肉がゴツゴツと張り出した体躯、全身を覆う鱗、鋭い手足の鉤爪―そして獰猛な爬虫類そのものの頭部と、たてがみのようにふさふさした金髪。

―怪物の名を、『バーナード』といった。草地に寝転がり、傍らでパチパチと燃える焚き火を木の枝でつつきながら、何やら上機嫌だ。

フフフン オー ダ ピーポー♪

盛り上がってきたのか、鼻歌ではなく歌詞を口ずさみ始めるバーナード。それにしても酷いだみ声だ。かつて、とある世界で流行った曲を熱唱している―想像してみよう、今日という日のために生きる全ての人々を。天国もなく、地獄もなく、国も国境もない。何かのために殺し合ったり、死んだりすることもない―

バーナードは焚き火から木の枝を引き抜いた。

枝の先端に突き刺さっていたのは―スイートポテトに似た感じの芋。

想像してみよう、全ての人々が、平和に暮らしている―

ユッウ~ウウゥ~♪

俗に言う石焼き芋だった。焼き立てのそれを無謀にも手で掴み、 アチチッ とお手玉しながらも、二つに割る。美味しそうな黄色、スイートポテト特有の甘い香りとともに、ホカホカと湯気が上がった。

ハッハァ~よく焼けてやがる! ユ~ メイセイ~♪ アイマ―

ご機嫌だな

歌いながらノリノリでかぶりつこうとしたところで、背後から声がかかる。

振り返れば、見上げるような大男が立っていた。

野性的な顔つき。筋骨隆々で、純粋に生物としての強さを感じさせる巨躯。圧倒的な存在感を放っており、ともすれば近寄りがたく感じてしまいそうだったが、その瞳には理知的な光があり、獣性と理性が同居しているような不思議な魅力を放っていた。また、肩には大人しい鴉を止まらせており、どこかユーモラスな雰囲気も漂わせている。

よォ、デンナー。オメーも食うか?

気さくに挨拶したバーナードは、芋の片割れを大男―デンナーに差し出す。

それが居候の態度か? まあいい、もらおう

苦笑したデンナーは芋を受け取り、豪快にかぶりつく。

しばし、金髪の蜥蜴怪人と、肩に鴉を乗せた大男が無言で焼き芋を頬張るという奇妙な光景が繰り広げられた。

ところで、さっきの歌

ぺろりと芋を平らげたデンナーが、尋ねてくる。

初めて聴くメロディだった。故郷の歌か?

そうさ、流行ってたんだ。だいぶん昔にな

バーナードは素直に首肯した。デンナーは度々、こういった会話でこちらの素性を探ってこようとする。

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