これは42年まえ、いまの領主さまが生まれたときに、先代さまが記念に建てられたものなんだよ。おもりがおちる力で歯車を回す、『じゅーすい式』って方式で動いてるんだ! 領主さまのまほうの時計を見て、毎日めしつかいたちが時間をあわせてるから、とっても正確なの!

へぇ~そうなんだ

リリーは物知りだなぁ

ケイとアイリーンに口々に褒められて、リリーは えっへん と得意げだ。

モンタンの工房を訪ねた、翌日。

ケイたちはリリーに連れられて、サティナの街を歩き回っていた。

もちろん歩き回るといっても、ただ街を観光しているわけではない。リリーの案内で、モンタンと懇意にしている職人たちの所を訪ねて回っているのだ。ケイの背中には既に、先ほど防具屋で購入した、合金張りの薄い木製の盾が背負われている。矢を弾く程度には頑丈だが、それほど重くはなく、アイリーンにも使い易い優れた一品。モンタンの知り合いということで少し値引きして貰えた。

じゃー次は、コナーおじさんのとこに行くよー

コナーおじさんってのは、なんの職人なんだっけ?

かわー!

アイリーンの問いかけに、リリーが元気よく答える。

昨日は結局夜までモンタンの工房に入り浸り、夕食にまで招かれたケイとアイリーンであったが、ケイがモンタンと意気投合している間に、アイリーンはキスカ・リリー親子とすっかり仲良くなっていた。奥の部屋でお茶をご馳走になり、リリーと手毬や歌などで遊んだ後は、ちゃっかり裏庭を借りて一緒に水浴びまで済ませたらしい。その人懐っこさ、要領の良さには、ケイも恐れ入る。

ふんふんふん~ふんふんっとぅっとぅるとぅーかちゅーしゃー♪

アイリーンから教わったらしい、うろ覚えのロシア民謡を口ずさむリリー。モンタン譲りのくすんだ金色の髪は、昨日までは三つ編みのおさげにしていたが、水浴びのあとにアイリーンの真似をしてポニーテールに変えたそうだ。アイリーンの手を引いてトコトコと歩く姿は、顔のつくりこそ少々違うものの、まるで歳の離れた姉妹のようだ。 リリーはホント可愛いな~ と笑顔のアイリーン。

本来ならば、この案内役はモンタン本人がする予定だったのだが、今朝工房を訪ねたところ、貴族関連で急な仕事が入ったらしく、モンタンもキスカも準備にてんてこ舞いになっていた。

そこで、代わりとなったのがリリーだ。昨夜のうちにアイリーンを おねーちゃん と慕うようになっていたリリーは、快く案内役を引き受けてくれた。ついでとばかりに、張り切って街の見どころを紹介する親切心を、ケイとアイリーンは微笑ましげに見守っている。

つづいて、こちらが初代領主さま、『パトリック=ハイメロス=サティナ=バウケット伯』の銅像でーす

おおー

街の広場、仁王立ちで空を指差す良い笑顔の男の銅像を見上げ、ケイとアイリーンは再び感嘆の声を上げてみせた。

サティナの観光は、今しばらく続く―。

それにしてもリリーは、随分と街の歴史に詳しいんだな

名所をあらかた見終わり、職人街の一角を歩きながら、感心した様子でケイは言った。

それはお世辞ではなく、本心からの言葉だ。リリーは、その年齢ゆえに言い回しこそ少々つたないものの、名所の解説には専門的な単語が頻繁に登場し、またその歴史的背景もよく理解しているようだった。両親がイギリス系でバイリンガルのアイリーンは、問題なくリリーの話を理解できているようだったが、後天的な英語話者であるケイには分からない語彙も多く、そのたびに十歳児に解説を頼む羽目になるのは何とも情けない気分だ。

アイリーンの手を引いて歩くリリーは、 ふふん と得意げな笑みで、

マクダネルせんせーの塾で、いっぱい勉強してるの!

マクダネル?

うん。コーンウェル商会で、『めきき』をしてる学者さん。歴史にとってもくわしいんだよ!

小首を傾げるケイに、意気揚々とリリー。コーンウェル商会といえば、昨夜の夕食時にも話題に挙がっていたが、確かモンタンの取引先の中でも最大手の商会のはずだ。

ほう。塾に通わせてもらってるのか

うん。一年くらい前に、パパの知り合いが、せんせーを紹介してくれたの。ママに読み書きは教わってたから、お話をしてみたら、『なかなか見どころがある』って、せんせーが。いまは、歴史と算数をやってるよ! お友達もできたし……

と、そこで、楽しげだったリリーの顔が曇る。

でも、おかねもちの家の子は、ときどきパパのこと馬鹿にするから、あんまりすきじゃないな……

お父さんのこと馬鹿にするのかー。それは悪い子だな!

わしゃわしゃと、アイリーンが元気づけるように、リリーの頭を両手で撫で回した。くすぐったそうに身をよじらせたリリーが、お返しとばかりにアイリーンの脇腹に手を伸ばす。 あひゃひゃやめてッ脇腹は弱ッあはははっ! と悶絶するアイリーンを、ケイは後ろから生温かい目で見守っていた。

……でも、『おおきくなったらお友達にはなれないから、今のうちに仲よくしときなさい』って、ママが言ってたー。だから、仲よくするの

偉いな! それがいい

リリーは、大人だな……

えへへ、わたしおとなー!

そんなことを話しているうちに、職人街の東、目的の革工房に到着した。

コナーおじさーん! お客さんだよー!

木の扉を開けながら、リリーが大きな声で呼びかける。革製品独特の湿った匂い。

薄暗い工房の奥で、革を太い針で縫いつけていた職人が、リリーの姿を認めてにっこりと微笑んだ。

おや、リリーか。今日も元気かー?

うん! おじさんは?

元気いっぱいさ!

革を机に置き、ふんっ、と力こぶを作りながら登場したのは、五十代前半ほどの樽のような体形の男―革職人のコナーだ。革の前掛けを盛り上げて、でっぷりと突き出た腹は絵に描いたようなビール腹、白髪は両側の生え際が大幅に後退しており、それは俗に言う、M字禿げという奴だった。

それで、お客さんかね?

うん、パパがね、コナーおじさんに紹介して、って

ほうほう、なるほどな。いらっしゃい、お二人さん。モンタンの紹介とあっちゃぁ、無下にはできねえな

ニカッ、と野性味のある笑顔で、右手を差し出すコナー。そのゴツゴツとした職人の手を握り返しながら、 よろしく、ケイだ オレはアイリーン と簡単に挨拶を済ませる。

それで、用件は?

うむ、実はこの皮の加工をお願いしたいんだが―

と、ケイが持参していたミカヅキの皮を取り出したところで、ゴーン、ゴーンと時計台の鐘の音が響き渡る。 あっ と声を上げたリリーが、くいくいとアイリーンの服の袖を引っ張った。

おねーちゃん、おにーちゃん、ごめんね。わたし、そろそろおうちに帰る

そうなのか?

うん。午後から、せんせーの塾があるの。ごはんたべて用意しないと

そっかー

至極残念そうなアイリーンが、 おうちまで送ろうか? と提案するも、リリーは首を横に振った。

だいじょーぶ、そんなに遠くないし。ひとりでも帰れるよ!

そっかー。わかった、気をつけてな!

うん! コナーおじさん、おねーちゃんたちをよろしくね。おにーちゃんも、またねー!

リリーはポニーテールを揺らし、ぱたぱたと慌ただしげに走り去って行った。

……本当に大丈夫か?

旧市街ならともかく、ここらは衛兵(ガード)が多い。近所もみんな顔見知りだしな、悪いこたぁできねえよ

それでもまだ心配げなアイリーンに、肩をすくめながらコナー。心配しなさんな、と笑って肩を叩かれ、 そうか と渋々、アイリーンは納得の様子を見せる。

話の腰が折れたな、それで?

ああ、この皮なんだが、思い入れのある品でな……

その後、しばらくコナーと話し合った結果、ミカヅキの皮は非常に質が良いとのことで、ケイとアイリーンにそれぞれ一つずつの革財布を作ることとなった。

それで、どのくらいで出来る?

そうさな、……まあ余裕を見て四日ほど貰おうか

ケイから受け取った銅貨と小銀貨を、手の中で転がしながらコナーが答える。

四日か……思ったより長い。処理が不味かったか?

いや、処理は上等だが、なめしがまだ不十分だな。このままだと長持ちしねえぞ。せっかく質が良いんだし、大事な物なら時間をかけるべきじゃねえか? まあ、どうしてもというなら早目に仕上げるが

どうする? と問いかけるコナー。ケイがアイリーンを見やると、

……せっかくだし、時間かけてやって貰った方がいいんじゃねえの?

そうだな、俺もそう思う。……お願いしよう

任せな

それなら早速、と作業に戻ろうとするコナーを、ケイは ちょっと待ってくれ と呼び止める。

すまない、それともう一つ。実は今、手元に草原の民の武具一式が八人分あるんだが、買い取り先に心当たりはないだろうか?

八人分……ねえ。どうやって手に入れた?

……サティナに来る途中で襲われたから、返り討ちにして剥ぎ取った

正直なケイの回答に、コナーは眉を寄せて困った顔をした。

死人の、それも草原の民の武具か……。悪いが、好き好んで買う奴がいるとは思えねえな

……やっぱりダメか

ケイの表情も渋くなる。というのも、先ほど立ち寄った防具屋でも、買い取りを断られていたからだ。

昨夜の夕食後に、モンタンへ話を持ちかけた際も、その反応がイマイチだったので薄々感づいてはいたが。

需要がない。

人気がない。

草原の民の武具が、全くウケないのだ。

そもそも連中の武具は、質自体はそれほど良くねえからなぁ。湾刀は切れ味こそ良いが、刃が硬いせいで折れやすい。革鎧も、装飾は素晴らしいが、柔らかめに仕立ててあるせいで肝心の防御力が低い。

強いて言うなら、複合弓だな。あれは馬上でも扱い易いから、傭兵の中には、好んで使う奴もいるらしい。だがそういう物好きな連中は、大抵もう自前のを揃えてるからな……

鎧も武器も、売り捌くには厳しいか

だなぁ。特にこのところは、武具全般が値下がり気味でな。そこそこの物が新品で安く買えるってぇのに、わざわざ中古を使おうって奴は―

―いないだろう、な

半ば諦めの表情で、ケイはぼりぼりと頭をかきながら溜息をついた。

確かに剥ぎ取りのとき、質が微妙だとは思ったんだよな……自分が欲しくない物を、他人が欲しがる道理はない、か

違いねえ。辺境の村ならともかく、この街だとちょいと厳しいな。見習い職人の練習作やら、製作過程で傷が付いた失敗作やらがゴロゴロしてる。質が悪い中古品なんざ、売り物にならんよ

小さく溜息をついたコナーは、そこでふと遠い目をする。

実際のところ、厳しいんだよなぁこの界隈は。“戦役”のときは、特需で掃いて捨てるほどいた職人も、今じゃ随分と減っちまった。腕が二流で脱落した奴、見切りをつけて農民に戻った奴、安売り合戦で自滅して大借金こさえた奴―色々いるな

お手上げのポーズを取り、脇に吊り下げられていた革のマントをぽんぽんと叩いた。

かくいう俺も、近頃は日用品ばかりで、革鎧なんざ長らく仕立ててねえ。せいぜい傭兵の常連客が、たまに修繕や手入れのために、自前の鎧を持ち込むくらいのもんよ。適当に武器防具を作ってりゃ、気楽に食っていけたのは、もう遠い昔の話さ

今は、不景気なのか

不景気というより、平和なんだよ。単純に、武具を買う必要がねえ。戦役が終わってからしばらくは、ボロ装備の更新のためにまだ売れていたんだが、今は、なぁ……。

使わないから壊れない、壊れないから替えが要らない、替えが要らないから新しい物は買わない……ま、当然の流れだわな

成る程

でも、全く売れないってわけでもないんだろ?

工房の隅、マネキンに着せられた小奇麗な革鎧一式を指差して、アイリーンが横から口を挟む。

んー、そうだなぁ嬢ちゃん。売れるには売れるが、それだけで食っていくには辛い、ってとこか。俺は独り身だからまだ何とかなるが、最近はどこも副業で何かしら別の物を作ってるよ。俺しかり、モンタンしかり……まあモンタンは本業でもかなり儲けてるから別格だが

やはり彼は、かなり上手くやってる方なんだな

ああ、そりゃあもう! 戦役が終わったあとに、本業で売り上げを伸ばしたのは多分アイツだけだろうさ

おどけたような笑みで肩をすくめたコナーが、前掛けのポケットから取り出したパイプを口にくわえる。

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