渋い顔で、ケイは部屋の中を見回した。贅沢にも二人で使う四人部屋。草原の民の武具を全て処分したため、かなりすっきりと広く見える。が、モンタンの矢にそれを収める大型の矢筒が幾つか、野宿を想定した小さな鍋に三脚、毛布やテントなど細々とした生活雑貨も新たに買い足したため、依然として所持品は多い。
馬二頭でこれ全部運ぶのか……
う、う~ん。何とかなるだろ?
いや、そりゃ何とかはなると思うんだが
問題は、その配分だ。
こうして改めて冷静になって見てみると―荷物の大部分を、矢と矢筒が占めていることに気付く。
気付かされる。
…………
乾いた笑みを浮かべ、壁際の数本の矢筒を見つめるケイ。それを察したアイリーンが よっ とベッドから起き上がり、矢を物色し始めた。
矢筒から抜き出したのは、カラフルな彩色の一本―メロディが変わるという売り文句の鏑矢だ。日の光にかざすように、手の中で弄んでいたアイリーンはボソリと一言、
……コレ、何の役に立つんだろ
……何かしらの役に立つだろ
目を逸らしつつ、答えるケイ。
そうか?
も、勿論。例えば……ほら、その、アレだ
言葉を探す。
……合図とか
いつ誰に使うんだよ
ぺしっ、とアイリーンのツッコミが脇腹に入る。
いや、それ以外にもだな。例えば……ほら、敵の注意を引きつけたりとか! 野獣相手とかだと効果的だと思うぞ、一応攻撃にも使えるし……とは思うが、それなら最初から普通の矢の方が……うん……
何やら軟体動物のように手を動かしつつ、フォローしようとして自滅の方向へ向かうケイに、曖昧な笑みを浮かべたアイリーンは最早何も言わなかった。
と、その時、
―ん
突然、首筋にピリッとした鋭い感覚が走り、弾かれたようにケイは振り返る。
……
どうした、ケイ?
……いや、
気のせいだろうか。何か、視線のようなものを感じたのだが。
窓から顔を出して外を見回すも、特に変わったものは見受けられなかった。ただ、向かいの屋根にいた鴉が一羽、ガァッと一声鳴いて飛び去っていく。
なんか見られた気がしたんだが
気のせいだろ。ってかケイ、何だよこの矢! 一体どんな使い方するんだコレ
訝しげなケイをよそに、アイリーンが次に取り出したのは、やたらとゴテゴテした機械仕掛けの矢だった。その先端には矢じりの代わりに、金属製のケースのようなものが取り付けられている。
ああ、それか! それはモンタン氏の自信作だ。なんとたった一本で、多数の敵を制圧できるという代物さ
……どうやって?
うむ。実はその先端のカートリッジには、びっしりと小さなダーツが入っているんだ。ワイヤーとバネ仕掛けで、ダーツが前方へ放射状にばら撒かれる、という仕組みさ。早い話が散弾だな。仕掛けが作動する距離は、5mから15mまで、このツマミで調整できるようになっているらしい
へ、へえ
したり顔でとくとくと解説するケイに、若干気押されたかのようなアイリーン。
……ただ、ダーツという特性上、貫通力に限界がある。相手が盾を持ってたり、革防具より硬い鎧を装備してたら、ほとんど効果がなくなるのが玉にきず……
何だよそれ全然ダメじゃん!!
ビシィッ、と突っ込みが脇腹に入る。
やっぱりコレ微妙じゃーん返品しようよーケイー
いっいやっ、あれだけ気前よく大人買いした手前、そういうわけにもだな……
目を泳がせるケイに、面白がったアイリーンがずいずいと攻勢に出る。
別にいいじゃん返品しちゃえばー!
しかしそれだとモンタン氏に悪い気が……
気にしないって! 向こうも商売なんだからさ!
う、うーむ
使えないなら意味ないし、『冷静に考えたらやっぱりいらなかった』って言えばいいじゃん?
そ、それもどうかな……
矢の実用性の有無、返品の是非を巡って、二人して騒々しく話し合う。
そうこうしている間に、先ほど感じた違和感のことなどは、すっかり忘れ去っていた。
†††
そして、日が暮れ始める頃。
夕食を食べつつ話し合った結果、明らかに役に立ちそうにない幾つかの矢は返品することになり、ケイたちは再びモンタンの工房へと向かった。
うぅむ……やはり申し訳ないな……
だいじょーぶだって、気にすんなよケイー
モンタンの工房に近づくにつれ、気まずさが募って足取りが重くなるケイに、全く気にする様子を見せないアイリーン。遠慮や思いやりの気持ち云々というよりも、国民性の違いが如実に表れている。
そんな中、大通りを歩いている際に、ケイはふと店じまいを始めつつある青果の露天商に目を止めた。
そうだ、手土産の一つでも……
……だから、気にし過ぎだっつの
どこまでも弱気なケイに、思わず苦笑するアイリーン。とは言いつつも、二人揃って露店を物色し、アイリーン曰くリリーの好物だという熟れたサクランボをどっさりと買いこんで、それを手土産にすることにした。
工房に着く。
日が沈みかけ、暗くなりつつあるというのに、モンタンの家には明かりも付いておらず、どこかひっそりとした雰囲気だった。
失礼する、俺だ、ケイだ
こんこん、と表の扉をノックするも、暗い工房の中から返事はない。
……留守っぽい?
分からん
首を捻りつつドアノブに手を掛けると、鍵はかかっていなかった。
……モンタンー? いるかー?
遠慮がちに、ドアを開けて工房の中に入る。すると奥の部屋の方でガタガタッと音が響き、モンタンがふらふらと姿を現した。
ケイさん。すいません気付きませんで……
……お二人さん共、いらっしゃい……
モンタンに続いて、キスカも奥から顔を出す。二人とも、顔色が優れない。どこかやつれたような、憔悴したような、そんな表情だった。
ああ……すまない、何かお取り込み中だっただろうか
二人の様子からただならぬ雰囲気を感じ取り、たじろぎながらもケイが尋ねると、
いえ! そんな……そんなことは、無いです。お気になさらず
強い語調で、モンタンが否定する。
……して、ご用件は?
有無を言わさぬ口調、というべきか、それ以上の追及を許さぬ確固たる態度で、極めて事務的にモンタンは言葉を続けた。
うむ……いや、言い辛いんだが、実は、昨日帰ってからよく考えた結果な……
腰から大型の矢筒を取り外しながら、ケイが要件を切り出すにつれ、モンタンの表情が険しくなっていく。何とも言えない気まずさを感じながら、ケイは話を進めていた。
あの、キスカ
そんなケイをよそに、さくらんぼの入った紙袋を手に、アイリーンがキスカに話しかける。
ええアイリーン。どうしたの
これ。さくらんぼなんだけど
顔色の悪いキスカを気遣うように、そっと袋を差し出した。ぼんやりと夢遊病者のような動きでそれを受け取るキスカ。
ちょうど、美味しそうなのが、露天商で売ってたんだ。みんなで食べるといいと思って……ほら、たしかリリーの好物だったよな?
手の中の袋を見つめていたキスカが、その言葉に、はっと顔を上げる。
……そういえば、リリーは、いないのか?
ふと思いついたように。アイリーンのそれは、外の暗さを鑑みての、何気ない質問だった。
…………
しかし、顔面を蒼白にして唇をわななかせたキスカは、腰が抜けたようにへなへなと、その場に座り込んでしまう。
うっ……、ぐっ……
え? えっ?
紙袋を胸に抱え、ぽろぽろと瞳から涙をこぼし始めたキスカに、ぎょっとして硬直するアイリーン。
キスカッ
妻が泣き出してしまったことに気付き、気遣うようにモンタンが駆け寄る。モンタンに背中を撫でられ、キスカは紙袋を抱えたまま、おいおいと声を上げて泣き始めた。
……何か、あったのか
…………
恐れ慄くようなアイリーンの問いかけに、しかし、モンタンは黙して俯いたまま、何も答えない。
リッ、リリーが、リリーが……、
泣きじゃくりながらキスカ、
……リリーが、拐われたんです……
アイリーンがはっと息を呑み、ケイは表情を険しくした。白状した妻に、モンタンは額を押さえて頭を振る。
どういうことだ
…………
黙って立ち上がったモンタンが、奥の部屋に消えた。がさがさ、と何かを探る音、ほどなくその手に二通の封筒を持って、戻ってくる。
……いつもなら、リリーが帰ってくる時間のことでした。ドアがノックされたので、表に出てみると、誰もおらずにこの手紙が残されていました
そう言って差し出す、一通の封筒。アイリーンが受け取り、ケイが後ろから覗き込む。薄暗い工房の中、手紙は非常に読みづらいが、しかしケイの瞳はそれをものともせずに文面を克明に読み取った。
殴り書いたような、わざと字体を崩したような、汚い字。そこには、『娘の身柄を預かった』『このことは衛兵には知らせるな』『身代金として金貨一枚』などいった脅迫文が並べられていた。
金貨一枚だと……?
その、あまりに高額な身代金に唖然とするケイ、
衛兵には、衛兵にはもう知らせたのか!?
焦燥に駆られたような、そんな表情でモンタンに突っかかるアイリーン。
……知らせ、ようとしました。しかし……
苦々しい顔で、モンタンは説明する。
勿論、この手紙を受けて大いに動揺したモンタンとキスカは、たまたま家の前を通りがかった警邏中の一人の衛兵に、やはりこの件を相談しようとしたらしい。
しかし、衛兵に声を掛けようと扉を開けた瞬間、玄関前に置かれていた二通目の封筒に気付いたのだそうだ。
それが、これです
手ずから二通目を開け、その文面を見せてくる。『衛兵に言おうとしたな』『次は無い』『次にしようとすれば、娘の命は無いものと思え』などと書いてあった。
それと……これが……
震える手で封筒から取り出したのは、一房の、モンタンのそれにそっくりな、茶色がかった金髪。
―リリーの髪の毛。
監視、されてるんです。身動きがとれません。仮に私が衛兵に接触すれば、彼らにはそれが分かるんです……
ガタガタと、凍えたようにその身を震わせるモンタン。
その手紙にある通り、誘拐犯は、明日の未明にスラムの入り口あたりに、身代金を持ってこいと要求しています。這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)で駆けずり回って、出来る限り資金は集めましたが、それでも金貨一枚には遠く及びません……
ふっと、顔を上げたモンタンの、その瞳は虚無にも似た絶望の色に染まっていた。
ケイさん。後生です
力なく。膝をついたモンタンが、
―お金を。お金を貸して下さい……っ!
ケイの足元に、すがりつくようにして、
ほんの少し。ほんの少しでもいいんです。金貨一枚は無理でも、少しでも多く身代金を用意できれば、リリーは返してもらえると思うんです。だから、だからっ!
涙ながらに、訴える。
お願いです、お金を貸して下さい……っ
…………
ケイは、閉口した。
―返品どころの、騒ぎではなかった。
薄暗い工房の中、モンタンとキスカがすすり泣く声だけが響く。
……すまない。今、手持ちがこれだけしかないんだ
懐を探ったケイは、銀貨を五枚取り出して、モンタンの手に握らせた。
はっ、と目を見開いたモンタンは、
こ、こんなに! ありがとう、ございます! ありがとうございます!!
顔をくしゃくしゃにして、鼻水まで垂らしながら、何度もケイに頭を下げた。
―本当は。
懐に、もっと銀貨はあるのだが。
(これは……多分、ダメだな)
誘拐された子供が、そのまま確実に生かされていると―特に、この世界においてそう思えるほど、ケイは楽観主義者ではなかった。そして仮に生きていたにせよ、身代金を払ったところで、無事に帰ってくる確証もないのだ。
募金、あるいは慈善事業。
そんな単語が脳裏をよぎる。この場を凌ぎ、自分の中である程度の決着を図る、妥協のライン。
何度も何度も礼を言うモンタンとキスカの言葉を、どこか冷めた心で聞き流す。
しかし、ふと横を見ればアイリーンが、食い入るような目で作業テーブルの上に置かれた便箋を。
さらに言うなら―『茶色がかった一房の金髪』を、見つめているのに気付く。
…………
そっと手を伸ばしたアイリーンは、モンタンたちに気付かれないように、髪の毛を幾本か回収した。
ふっ、と。
青い瞳が、一瞬ケイを見やる。
……ケイ。オレは先に戻るぜ
あっ、おい! アイリーン!
ケイの制止も聞かずに、アイリーンは走って工房を出て行った。
おい、アイリーン!
ケイが宿屋に戻る頃には、アイリーンは既に黒装束に着替え終わり、背中にサーベルを背負っていた。
アイリーン、お前何を考えてるんだ!
そんなの決まってる! 助けに行くのさ!
ケイの問いかけに、 お前こそ何を言うんだ という顔で即答するアイリーン。
……ッ