そう思った瞬間、背筋を走る感覚に思わずウィキアは悲鳴を上げた。感覚の発生源に目を向けると、彼女の左腕は勝手に動き、自身の股間を淫猥に擦り上げていた。いつの間にか服はたくし上げられ、Olの目の前に秘部をさらけ出している。
目を凝らすと、Olから伸びた魔力がウィキアに纏わりつく鎖を通じ、ウィキアの身体を操っていた。
これは、妨害行為じゃないの!?
妨害デハナイ。文字ハ 書ケルダロウ
叫ぶウィキアに、悪魔は冷静にそう答えた。思考や行動の妨げになるような行為ならともかく、ウィキアの左手はゆっくりとスリットをなぞっているだけだ。気は散るものの、ゲームを妨害していると言う程ではない。
所有物を使って、所有物を嬲っているだけだ。何の問題がある?
続けるわ
ウィキアはまだ動く脚をきゅっと締めて股間をOlの目から隠すと、札に部位を書いて伏せた。次の狙いは、今度こそ右腕と見せかけて、左脚だ。Olの頭にあるのは今、右腕か、その他の部位か、と言った所だろう。その思考の隙間を突く。
攻撃側、ウィキア。指定部位左脚。防御側、Ol。指定部位左脚。攻撃ハ失敗
しかし、その思考が読まれていたのか、Olに防がれた。
有利だった先攻が一転、ウィキアが不利となる。
焦ったな。股間を弄られて呆けたか?
いやらしい笑みを浮かべながら、Olが嘲った。
言ってなさい
恥辱に顔をしかめながらも、ウィキアは札を出した。
攻撃側、Ol。指定部位右腕。防御側、ウィキア。指定部位右腕。攻撃ハ失敗
あなたこそ、色ボケのせいで血迷ったようね
言いながら、ウィキアは内心安堵した。これで先ほどの失敗は帳消しになった。それだけでなく、狙われた右腕を守れたのは大きい。文字を書く生命線であるだけでなく、両腕を操られて身体を辱められるなどぞっとしない。
攻撃側、ウィキア。指定部位右腕。防御側、Ol。指定部位腰。攻撃ハ成功、Ol ノ 右腕ハ ウィキア ノ モノ トナル
次に出した札で、ウィキアは喜びの表情を抑えるのに苦労した。Olの右腕に楔が突き刺さり、Olの両腕がついに封殺される。しかし、その思考の片隅で、Olの防御部位が気にかかった。何故、腰なんかを守ったのか?
いや、そんなことはもはやどうでもいいことだ。それよりも、Olの魔力の流れを解析せねばならない。ウィキアはぐっと目を凝らし、彼を見つめた。そんな彼女の視線の先で、驚きの光景が繰り広げられた。
Olは何の魔術も使わず、何事も無かったかのように腕を動かすと筆を取って札に部位を描いたのだ。
何で、所有権の無い部位を動かせるの!?
逆に聞こうか
ウィキアが言い咎めると、Olはニヤリと笑みを浮かべて言った。
所有権があるとはいえお前の身体を自在に動かせるのに、たかが所有権を持たぬ程度で何故自分の身体を動かせぬ、などと思ったのだ?
その言葉に、ウィキアは完全に自分の目論見がOlに露見していた事を悟った。
これは、反則じゃないの?
何故ダ?
悪魔にも問い返される。考えるまでも無い。相手に奪われたものを、魔術で動かしてはならないなどという規約は無い。ゲームの妨害をしているわけではないからだ。Olがウィキアの身体を所有しているからといって、その身体を使っての妨害は無いという事でもあるが、当てが外れてウィキアは落胆した。
筆を魔術で操るなら、魔力の流れを見ることは出来る。が、直接Olの身体を動かしてはそれはかなわない。魔力は空中ではなく彼の身体の中を流れ、外からは窺い知る事は出来ないからだ。
どうした。次は俺の攻撃の番だ。防御部位を提出しないか
悩んだ末、ウィキアは札を伏せる。
攻撃側、Ol。指定部位左脚。防御側、ウィキア。指定部位右脚。攻撃ハ成功、ウィキア ノ 左脚ハ Ol ノ モノ トナル
左脚に絡まる鎖を忌々しく見つめ、ウィキアは舌打ちした。ゲームが始まってから、ウィキアは右腕しか守っていない。右腕を最優先で守らなければならないという理由もあるが、右腕しか守らないという印象をOlにつけるためでもある。
今回、脚を狙われるという読みは当たったものの、左右を間違えたという形だ。
気持ちを、切り替えなければ。ウィキアは息を大きく吸い、目を閉じた。変わらず股間をまさぐる指も意識から外し、ゆっくりと精神を統一する。
んはぁっ!
すると、鼻から甘い声が抜けた。気付けば、いつの間にかウィキアの左腕は股間から離れ、彼女の胸をまさぐっていた。胸。最初にとられた部位だ。ふっくらと盛り上がった双丘の先端は痛いほどに硬く張り詰め、濡れた指によってくりくりと刺激されてウィキアの脳髄を刺激していた。
その上、裾の短いワンピース状の服は腕によってたくし上げられ、全身がOlから丸見えになっている。その様子を、Olはニヤニヤしながら見つめていた。
悪魔を見るが、全く関知する様子が見られない。それを見て、ウィキアはようやく自分の失策に気付いた。人間の感情の機微や、性的な事情などこの悪魔には推し量れないのだ。飽くまで、物理的、魔術的な妨害がある事しか判断できない。つまり、審判としてまったくあてにならないというわけだ。
そこで唐突に、彼女はOlの意図に気づいた。同時に、下種め、と心の中で吐き捨てる。所有権を取られても身体を動かせるOlに、特定の部位を守る意味は無い。意識的な動きは魔力で動かし、無意識的な動きは規約によって保障される。
だが、生命維持に関係ない、しかしあまり意識的とはいえないような活動は、所有権が無ければ動かせないのではないだろうか。だからOlはさっき、腰を守った。生理的な欲求による、半分意識的で、半分無意識的な、腰の動きつまりは、そういう事だ。
攻撃側、ウィキア。指定部位腰。防御側、Ol。指定部位腰。攻撃ハ失敗
嫌悪感に突き動かされて伏せた札は、あっさりとOlに看破された。
くっぅう
ウィキアの左腕が蠢き、再び股間へと戻る。彼女は必死で漏れ出そうになる声を押し殺した。胸を弄られてそこは火照りを帯び、ぬめりを増していた。更に、先ほど奪われた左脚が彼女の意思に反して大きく広げられ、脚を閉じて手を止める事さえ出来ない。
奥歯を噛み締めながら彼女は札に部位を書き、伏せる。
攻撃側、Ol。指定部位頭。防御側、ウィキア。指定部位右脚。攻撃ハ成功、ウィキア ノ 頭ハ Ol ノ モノ トナル
半ば無意識に右脚を守ろうとしたウィキアの隙を突き、Olは彼女の頭を奪い去った。右脚が奪われれば、下半身は全てOlのものとなる。つまり、股間を彼に晒すのを防ぐことは出来なくなるばかりか最悪、この場で犯される可能性すらある。
その恐怖心を、Olは巧みに突いたのだ。
これで、こちらの方が部位が多くなったな
その恐怖心を煽るかのように、Olは笑みを浮かべていった。
そうね
しかし、ウィキアは逆に覚悟を決めていた。混乱に陥っていた自分の頭を叱咤し、悔いや迷いを投げ捨てる。追い詰められる事によって、彼女の思考は平静さを取り戻していた。
今、一番優先すべきことは何か? それは、仲間の安全だ。自分の貞操や、命などどうなってもいい。しかし、アラン達だけは何としてでも救わなければいけない。
次は、私の攻撃よ
ウィキアは迷い無く、札を伏せる。
攻撃側、ウィキア。指定部位左脚。防御側、Ol。指定部位腰。攻撃ハ成功、Ol ノ 左脚ハ ウィキア ノ モノ トナル
む?
Olは感心したように声を上げ、眉をあげた。今のウィキアが、何としてでも所有権を奪いたいのがOlの腰だ。
だからこそ、そこを外す。
ふむ
Olは初めて少し考え、札に部位を書き入れた。対して、ウィキアは全く考える事無く筆を走らせる。
今のウィキアが全力で守らなければならないのは、右腕だ。ここを奪われれば、ゲームの続行自体が不可能になる。たとえ右脚を奪われ、犯されたとしても守らなければならない。
Olの攻撃の失敗で、ウィキアは再び優勢を取り戻した。
残るOlの部位は、頭、胸、腰の三箇所。
一方ウィキアは右腕、右脚、腹の三箇所だ。
攻撃を防がれる可能性はお互いに1/3。ウィキアは、運を天に任せる事にした。Olから見えぬように指先で筆をくるくると回し、止まった場所で決める。
筆は、横向きで止まった。
攻撃側、ウィキア。指定部位胸。防御側、Ol。指定部位頭。攻撃ハ成功、Ol ノ 胸ハ ウィキア ノ モノ トナル
む
胸に楔を打ち込まれ、流石にOlは呻く。これで彼の残り部位は2箇所。
次は何を守るか、ウィキアは考える。右腕を守らなければ、筆がもてなくなる。右脚を守らなければ、処女を奪われる。守るならこのどちらかしかない。
攻撃側、Ol。指定部位腹。防御側、ウィキア。指定部位腹。攻撃ハ失敗
だからこそ、ウィキアは腹を守った。
あなたは蛇みたいな男ね
薄く笑みを浮かべ、ウィキアは言ってやった。
狡猾で卑怯で姑息。薄汚れ、痩せた考えしか出来ない。だから、考えを読むのは容易い。次の私の手を教えてあげる。頭よ。頭と書くから、精々疑いなさい
言い放ち、ウィキアは素早く筆を走らせると札を伏せた。
それに対し、Olは初めて余裕を失い、長く悩む。やがてゆっくりと筆を取り、文字を書き込むと札を伏せた。
攻撃側、ウィキア。指定部位頭。防御側、Ol。指定部位腰。攻撃ハ成功、Ol ノ 頭ハ ウィキア ノ モノ トナル
Olの頭に、楔が突き刺さる。ピシピシと音を立て、ひびのようなものがOlの身体に広がっていく。
所詮、あなたはそんなものよ。他人を疑う事しか知らず、真実が何かもわからない。さあ、悪魔、私を開放して仲間の下に案内しなさい
ウィキアの言葉に、しかし悪魔は何の反応も見せない。立ち上がろうとするが、鎖は依然として彼女の身体に絡みつき、動くことは無かった。
どういう事? ゲームは私の勝ちでしょう! まさか約束を違えると言うの!?
ク、ク、ク
ウィキアの叫び声を、Olの笑い声がさえぎる。
若き魔術師よ。確かにお前の言うとおり、俺は疑う事しか知らぬ。しかし、年長者より老婆心ながら、お前に一つ忠告を与えてやろう。お前ももう少し他人というものを疑ったほうがいい
Olに突き刺さっていた楔は、ぴしりと音を立ててひびが入ったかと思うと、粉々に砕け散った。
どういうこと!? まさか、悪魔が
そやつは忠実に働いている。イカサマは何もしていない。ただ、お前が少し勘違いしているだけだ
愉快そうに笑みを浮かべると、Olは楔の無くなった身体をコキコキと鳴らした。
このゲームの勝敗は、お互いの所有する肉体が残り1部位になった時点で決まる。順番については言及していない。別にどれからでもいい
順番? 一体何の事を言っている? 一体何が起こっている?
混乱するウィキアの思考は、唐突に正解を掴み取った。
まさか、所有する肉体って
Olはうなずいた。
お前の仲間は三人だろう? 俺自身を含め、4人。良かったな、後3回勝てば仲間を救えるぞ
愉快そうに言うOlの言葉を聞きながら、ウィキアは表情を絶望の色に染めた。
第10話欲にまみれた冒険者どもに絶望を与えましょう-8
暗く冷たい地下の牢獄で、アランは芋虫の様に転がっていた。腕は後ろで鉄の輪によって縛られ、足も同様のもので束ねられている。当然、魔術を使う事もできなかった。
一昨日、一日だけ広い部屋に移動させられたが、それ以外はずっと彼は狭い牢獄の床の上に転がされていた。ベッドなどあるはずもなく、身体はずっと冷たい地面の上だ。食事は最低限のものが一日一度だけ運ばれ、具も何もない粗末なスープを、アランは犬の様に皿に直接口をつけて飲んだ。
両手足を縛られている上に、部屋には何もないために満足に用を足すことさえできない。自らの出した汚物にまみれ、この上なく惨めな気持ちでアランは辛うじて生を繋いでいた。
そのあまりの屈辱に、それでも命を断つ事無く生き長らえる事ができた理由は、ひとえに仲間の存在以外に他ならない。
最初の三日ほどは、仲間達が救出に来てくれる事を期待していた。真っ先に気絶させられたアランは、仲間達が全員捕まったことを知らない。動きを封じられたナジャはともかく、アールヴのShalや、あの頼りになるウィキアなら逃げ延びて救出作戦を練ってくれているのではないか、と思った。