ぽん、とテオの肩を叩いて励ましてから、ケイはアイリーン・ホランドとともに部屋を後にした。

……で、実際のとこ、どうなんだケイ

部屋から十分離れてから、アイリーンが口を開く。

……正直なところ、間に合うかどうかはわからん

テオの前では言わなかったが、ケイの見立てはシビアだ。

犠牲者が出たのが二日前―思ったより早く報せが届いたが、それでももう二日が過ぎてしまったのだ。森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)の行動範囲がどう変化したか、全く予想がつかない。最悪の場合、村はもう消滅しているだろう。開拓村の木の防壁なぞ時間稼ぎにもならないはずだ。

いずれにせよ、今すぐ出発というわけにはいかない。色々と準備をする必要がある、相手が相手だからな

ケイくん……間に合う間に合わないはこの際置いておくとして、“森大蜥蜴”は倒せるものなのかい? 単騎で”大熊(グランドゥルス)“を屠ったきみに聞くのも野暮だけど

ホランドは心配そうにしている。

私の知る限りでは―といっても大昔の話だが、“森大蜥蜴”を仕留めるには訓練された兵士が最低百人と、バリスタのような攻城兵器が必要だと聞いたことがある。公国の黎明期に、森を切り開くたびに”森大蜥蜴”の死闘があったそうだ。毎回とてつもない被害が出たらしい―“森大蜥蜴”は、そう簡単に仕留めきれる相手とは思えないんだ。もしきみに万が一のことがあったらと思うと、私は不安で堪らない

ホランド―というより、この世界の住人にとって、“森大蜥蜴”とはもはや天災のようなものだ。森の王者として”大熊”と双璧を成すといっても、そもそも”大熊”は賢いため森の外には滅多に出てこない。反対に、“森大蜥蜴”は猪突猛進で恐れを知らないため、割とフットワーク軽めに動き回り、現地住民との衝突も多い。

“森大蜥蜴”の方が、より現実的な脅威として恐れられているのだ。

……まあ、俺一人では絶対に無理だな

ホランドに対し、ケイは率直に答えた。 え とホランドが目を丸くする。

だから、人手がいる。……アイリーン

足を止め、隣のアイリーンに向き直った。

透き通った、真っ直ぐな青い瞳を覗き込む。

……これは、とても危険なことだ

わかってるよ

ニッ、と口の端を釣り上げたアイリーンが、ケイの胸板をコツンと叩いた。

―オレも行く。囮役なら任せろ。サティナに残れとか言ったらぶん殴るぜ

アイリーンの機動力なら、“森大蜥蜴”を引きつけて翻弄することができる。そこを、ケイが遠距離から叩く。ゲーム内で幾度となく使った手だ。

だが―これはゲームではない。一歩間違えば即死。危険極まりない鬼ごっこ。そんな役割をアイリーンに丸投げしようとしている。死地に送ろうとしている。彼女の能力なら大丈夫だとは思いつつも、危険であることには変わりないのに。

男として、恋人として、忸怩たる思いがあった。そもそも『怪物狩り』になんか手を出さなければ、サティナでのんびり平和に暮らしていけるのだ。『命をかけてでも誰かの役に立ってみたい』という、子どもじみたケイの我儘に、同じく命をかけて付き合ってくれるだけ―

とはいえ。

アイリーンの性格はわかっている。ここで申し訳無さそうにしたり、今さらグダグダ言ったり迷ったりするのは、彼女に対して失礼なだけだ。

だから―感謝の気持ちを。

ありがとう。頼んだ

あとは後悔しないよう、万全に対策し、挑むのみ。

というわけで、俺一人では無理だが―

―オレたち二人なら可能ってワケよ! ホランドの旦那

不敵に笑うケイとアイリーンを、ホランドは複雑な心境で見つめていた。

コーンウェル商会お抱えの魔術師。家だのガラスだのと投資を続け、近ごろようやく利益が出始めて軌道に乗ってきたところ、わざわざ天災じみた怪物との戦いに首を突っ込もうとしている。

もし二人揃って万が一のことが起きた場合、どうなるか? ―考えたくもないことだ。そして嘆かわしいことに、二人を無理やり止める権利は、ホランドにも商会にもないのだった。再び魔術師を囲う機会が訪れたならば、契約書の文面には再考の余地があるだろう。『 深部 の化け物との戦いに直接身を投じるべからず』とでも書くか―?

まあ、今考えても詮無きことだ。

―ならば。

我々に、何かできることは?

少しでも『分がある賭け』にもっていかねば。

そうだな……現時点での、ヴァーク村の様子を知る方法はないか? 伝書鴉(ホーミングクロウ)とか

うちの商会にはない。ヴァシリー殿との契約はまだ完了してないし、肝心の伝書鴉も届いてないからね。その手の通信はラングニック商会が独占してるから、いずれにせよ少し時間がかかる

ラングニック……コウのとこのか

アイリーンが呟いた。『冷蔵庫製造マシーン』としてコウを押さえている、領主の御用商人だ。アイリーンが影の魔術を通信手段として売り出さず自重しているのは、彼の商会に所属する魔術師たちの利権を脅かし、『敵』と認定されるのを避けるためでもある―目をつけられるだけでも厄介なので、影のリアルタイム文字会話(チャット)に関しては秘匿しているのが現状だ。

『―どうする? 日暮れ後にでも使うか?』

それでもアイリーンが小声で尋ねてきたが、ケイは頭(かぶり)を振る。

『やめておこう。どちらにせよ現地に出向く必要はあるんだ』

一考の価値はあったが、政治的に余計なリスクは取らないことにした。ヴァーク村の方から話が漏れる可能性もある。以前ヴァシリーとの連絡に影の魔術を使ったのは、本人が伝書鴉の使い手でありながら信用のおける人物だったからだ。

通信手段は諦めるか。ホランド、よければ馬車と、生きた山羊を何頭か、そしてヴァーク村の男たちに使わせるつるはしやショベルの類を用意してもらえないか

わかった。一応用途を聞いても?

山羊は囮として使うかもしれない。ショベルとかは、地面を掘って罠を作るためだ。最悪、ちょっとした溝を彫るだけでも、突進の勢いを削げる。可能な限り地形を利用したい。馬車はそれらの運搬用だ

ということは、御者も必要だね

そうだな。できれば馬車につける最低限の護衛も頼む。準備が整えば、まず俺が軽装で先行しようと思う。サスケの足なら一日もあれば着くはずだ

オレは馬車と一緒に、か?

アイリーンは少し不満げだ。

可能なら二人乗りでもいいが……サスケがヘバったら意味ないからなぁ

天井を仰ぎ、頭の中で、自分一人を乗せたサスケを最高効率で走らせた場合、アイリーンと二人乗りした場合、そしてアイリーンがスズカとともに付いてきた場合を比較検討したケイは、

訂正、俺はサスケに、アイリーンはスズカに乗って、スズカのペースにあわせた全速力でヴァーク村に先行しよう。仮に俺が一人で急いで、まさに村が襲われる直前に間に合ったとしても、サスケが体力的に限界だろうから騎兵としての能力が活かせない。そのままサスケごと喰われるのがオチだ……この可能性に関しては諦めて、最初から切り捨てるべきだな

その後も、ホランドと話し合い、細々したことを決める。

やはり、対”森大蜥蜴”を踏まえて、戦えるヤツは多いに越したことはないんだが……ホランド、誰か心当たりはないか? 弓かクロスボウのそこそこの使い手で、“森大蜥蜴”を前にしてもビビらないヤツは

……射撃の腕前はともかく、化け物相手にビビらない人間、となるとウチの商会じゃちょっと厳しいかな……

ケイのリクエストに、口の端を引きつらせるホランド。

というか、どこの商会でも厳しいと思うよ

……それもそうか

隊商の護衛にせよ用心棒にせよ、野盗や狼と戦う覚悟はあるだろうが、 深部 の怪物までは流石に想定外だろう。以前ホランドの隊商で一緒だった、経験豊富な護衛のダグマルでさえ、“大熊”が出たときはビビり倒していたのを思い出す。

んじゃ、ホランドの旦那は、物資と《《普通の》》人手の調達と。支払いはどうすんだ、ケイ?

そう、だな……どうしたものか

あ、それなら二人とも、魔道具の売り上げから天引きする形でどうだろう。現金で先払いでもいいけど用意する時間がもったいないだろう?

ありがたい、それで頼む。あとアイリーン、モンタンとコウのところにお使いに行ってくれないか?

もちろんいいぜ。何を頼むつもりだ? 予想はつくけど

モンタンには大至急で矢の注文を。事情を説明して”長矢”をあるだけ買って、“爆裂矢”のベースの追加も依頼しといてくれ。明日の日の出までに用意できるだけでいい。コウには、いくつか注文したい魔道具が―

―それをコウの旦那に頼むなら、ついでに―

アイリーンのアイディアも交え、コウへの注文内容を決める。

そういえば、ケイくんたちは、領主様のところの『流浪の魔術師』殿とも知り合いなんだっけ

まあな。いろいろあってさ。……で、オレがお使いに行くのは構わないけど、ケイはどうすんだ?

アイリーンの疑問はもっともだ。普段なら矢の購入や、コウへの注文を自分でやっていただろう。

―いや、そもそも最近だと二人で別行動なのがそもそも珍しいか。

そう思い当たって、少し可笑しく感じながらもケイは答える。

―俺は助っ人候補を訪ねてくる。サスケなら日帰りできるはずだ

助っ人?

候補?

揃って首をかしげるアイリーンとホランド。

―ケイが今、対”森大蜥蜴”戦で必要としているのは、とにかく怪物を前にしてもビビらず、きちんと行動できる人物だ。

とはいえ先ほどホランドが言っていたように、怪物と戦う胆力がある人物など、早々存在しない。

だが、ケイには心当たりがあった。

弓の使い手で、サティナ近辺に住んでいて、かつ信用のおける人物が。

彼ならば、協力してくれるはずだ。

タアフ村に行く。狩人のマンデルなら、あるいは

―ケイに次いで、武闘大会の射的部門で二位に輝いた、あの男ならば。

いつもコメント・感想、ありがとうございます。

やはりコレがね!! 一番テンション上がる瞬間です。お陰様でハイマットフルバースト更新できてます! 今後とも、ご声援をいただけるともっと頑張れますので、どうぞよろしくお願い申し上げます! にゃーん。

87. Tahfu

街道に沿って、草原を駆けていく騎馬の姿があった。

ケイを乗せたサスケと、付き従うように併走するスズカだ。

サスケの背に揺られながら、ケイは周囲に鋭い視線を向けていた。のどかな風景が広がるばかりだが、警戒は怠らない。以前ここを通ったときのように、突然草原の民の集団に襲われないとも限らないからだ。

左手にはいつでも矢を放てるよう”竜鱗通し”を握り、もう片方の手でスズカの手綱を引いている。スズカを連れてきたのは、簡単な荷物持ちのためと、マンデルの協力が得られたとき、彼を乗せていくためだ。

サティナを出たのがおおよそ一時間前。

革鎧と鎖帷子を装備しているので、胸ポケットの懐中時計を確認できないが、体感でそれくらいだ。途中、休憩するにしても、このまま駈歩(かけあし)を維持していれば、あと二時間ほどでタアフ村に着くだろう。

ドドドッ、ドドドッと蹄の音が響き渡る。それに混じって、ハッ、ハッという荒い二頭の息遣いも。

……思えば、遠くまで来たもんだ

一人で馬に揺られていると、ゲーム時代のことを思い出す。

こうして今のように、独りで駆け回っていた日々を。

ケイは基本的に、ソロで遊んでいた。いくつか傭兵団(クラン)に所属したこともあるが、長続きせずに抜けた。言語や文化の違いも大きく、内輪ノリにうまくついていけなかったからだ。ケイがほぼ二十四時間ぶっ通しでログインし続けていることについて、面白半分で詮索されるのが鬱陶しかったこともある。

忘れたかったのだ。現実のことなんて。生命維持槽に浮かぶ肉体(からだ)のことは全て忘れて、代わりに DEMONDAL のリアルな世界に浸っていたかった。

だから気楽な一人を選んだ。

気が向いたときにだけ、他のプレイヤーと狩りに出かけたり、フリーランスの傭兵として抗争に参加したり。“NINJA”アンドレイと知り合ったのも、確かこの頃だったか―。

DEMONDAL のサーバーはヨーロッパにあり、プレイヤーの多くは欧米人だったので、ケイは時差の関係で暇な時間を過ごすことが多かった。そんなときは、ミカヅキに乗って気ままに世界を放浪したものだ。

今のように―果てしなく、どこまでも広がっているように見えた、仮想の大地を駆け回って。

…………

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