ベネットにとって、深い因縁がある異邦の青年だった。
†††
村長宅のリビングに、村の主だった面々が集っている。
村長のベネット。その次男、クローネン。狩人のマンデル。そしてケイだ。
いやはや、お久しぶりですなケイ殿……
席についたベネットが、ニコニコとにこやかに笑いながら言う。
そうだな……半年ほどにもなるか
長かったような、あっという間だったような。この村を訪れた転移直後のことを思い出し、ケイも感慨深く思う。
(イグナーツの報復がなくてよかった……)
イグナーツ盗賊団の構成員を二人、仕留めきれずに逃したこと。あのまま逃げ帰ったのか、それとも野垂れ死んだのか―定かではないが、タアフ村が無事だったことは確かだ。当時、タアフ村より自分たちの身の安全を取ったことに関して、罪悪感がないと言えば嘘になるが、後悔もしていない。
ただ、せめて罪滅ぼしとして、今回は村側に花を持たせられれば、とは思う。
ところで、ダニー殿は?
リビングの面々に、次期村長たる男の顔がないことに気づき、ケイは素朴な疑問を投げかける。ベネットがビクッとしたような気がした。
あ、ああ……倅は今、ちょうどサティナに買い出しに出ておりまして……
おお、そうだったのか
自分はサティナから来たというのに、入れ違いのようで少し可笑しくもある。
まあ、ダニーはアイリーンへのセクハラ疑惑もあり、会っても気まずいだけなのでこの場にいなくて良かったかもしれない。
……などとケイはのんきに考えていたが、ケイがダニーに言及した時点で、タアフ村の面々は充分に気まずそうであった。
最初、この村に訪れたときは、右も左もわからず苦労していたところ、助けていただいて感謝している。お陰様で、今はアイリーンも俺も元気でやっているよ。改めてありがとう
なんのなんの。お礼を申し上げなければならぬのは手前の方です、孫娘を救っていただいただけではなく、今でも大変お世話になっているようで……
ベネットが深々と頭を下げる。
―孫娘、と言われてすぐにはわからなかった。
しかし思い出す。ベネットの娘、キスカ。そしてキスカの子がリリー。
(そういや祖父と孫の関係なのか……)
ベネットとは転移直後の数日しか付き合いがなく、逆にリリーは誘拐事件に魔術の弟子にと深い関わりがあるので、ベネットとリリーが頭の中で結びついていなかった。ケイにとっては、ベネットの孫というより木工職人モンタンの娘、という印象が強いこともある。
リリーは……元気にしているよ。一時期は、落ち込んでいたが……
事件のトラウマか、はたまた麻薬への依存症か―精神的に不安定で、しきりに蜂蜜飴を求めていたリリーだが、近ごろは魔術の修行に打ち込んでいることもあり、かなり改善の傾向が見られている。
以前のように、明るく笑ってくれることも増えてきた。
最近、リリーは精霊語の勉強を始めたんだ。彼女はとても物覚えがいい。精霊と契約さえできれば、将来は立派な魔術師になるだろう。俺が保証する
現在、ケイとアイリーンが二人がかりであれこれ教えている。それになんといっても、将来的には”黒猫(チョンリーコット)“による魔力鍛錬も解禁する予定だ。魔術は才能よりも、知識と鍛錬が物を言う世界。その鍛錬の部分を安全かつ堅実にこなせるのだから、成長は確約されたようなものだ。
そうですか……あの子が、魔術師に……
ベネットは、あまり実感が湧かない、と言わんばかりの表情で頷いている。その隣のクローネンに至っては、別世界の話を聞くような顔でポケーッとしていた。
実のところ、ワシはリリーが赤子のころ、一度顔を合わせたのみでしてな。あの子が今どんな風に成長したのか、いまいちピンとこんのです
ああ……なるほど。そうそう気軽に行き来はできないしな
ケイのように騎馬をぶっ飛ばしても、数時間はかかる道のりだ。ベネットに騎乗の心得があるかはしらないが、村には農耕馬が一頭しかいなかったし、基本的に移動は徒歩になるだろう。
あの距離を歩くのは骨だな、と思い返しながら、ケイは頭をかく。
すまない、気が利かなかったな。キスカの手紙の一つでも配達できればよかったんだが、俺も急いで来たもので―
―お茶をお持ちしました
と、リビングの扉がノックされ、ポットと木製のコップを載せたトレイを手に、色白の麗人―シンシアが姿を現す。
おっと
腕組みをして黙っていたマンデルが、素早く席を立った。
身重(みおも)のご婦人のお手をわずらわせるのは、しのびない
そう言って、紳士的にシンシアからトレイを受け取るマンデル。
……
しかしシンシアは礼のひとつも言わず、サッと顔を背けてリビングを出ていってしまった。目すら合わせないとは、随分冷たい対応だ。あのシンシアという女性、かなり礼儀正しい人物であったと記憶しているが、あんな人だっただろうか……? と疑問に思うケイをよそに、マンデルは気にした風もなく、各人の前にコップを置き、茶を注いでいった。
ベネットとクローネンは、何とも複雑な顔をしている。同情と憐憫と気まずさが入り混じったような―
(なんだこの空気……)
困惑するケイをよそに、 さて とベネットが切り出した。
ケイ殿。いかなるご用向で我が村に?
本題の時間だ。
ああ。実は、狩人としてマンデルを借り受けたく思う
……マンデルを? 理由をお聞きしても?
“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“を狩る
は?
ベネットが呆気に取られる。隣のクローネンも同じようにポカンとしており、その表情があまりにも似通っていて、可笑しかった。
実は今日、ウルヴァーン郊外の開拓村から手紙を受け取ってな―
順を追って説明する。ケイが冗談ではなく本気(マジ)で言っていることを察したベネットは、頭痛をこらえるように額を押さえ、クローネンは わからねぇ……おれにはなにも…… と思考放棄したかのようにホゲーッとしていた。
そう……ですか、そのためにマンデルを……
唸り声を上げたベネットは、深い皺の刻まれた顔を厳しく引き締める。
……ケイ殿。個人的に大恩ある身としては、非常に心苦しいのですが、マンデルは我が村にとって貴重な人材。斯様に危険な狩りに参加させることは、村長としては承諾いたしかねます
マンデルの娘さんたちにも同じことを言われた
ケイは動じることなく頷く。
しかし、俺とて、友人を徒(いたずら)に危険に晒したいわけではない。そこで安全策として、マンデルには専用の馬を一頭用意する。彼には騎乗の心得があるだろう? いざというときは迅速に退避できるはずだ
ケイはマンデルに視線をやりながら言う。 友人 と言われてマンデルは少し嬉しそうだった。
そも、絶対に、とは言い切れないが、マンデルには”森大蜥蜴”の敵意は向きづらいはずだ。“森大蜥蜴”の注意を引く囮役は、俺の相方がする。そして主に攻撃を担当するのは俺だ
相方、ですか?
アイリーンだ
…………
ベネットはクローネンと顔を見合わせた。アイリーン―サティナではリリーを救い出し、“正義の魔女”と名高い彼女だが、この村の面々からすると毒矢を食らって寝込んでいた印象が強い。
……森の中で”森大蜥蜴”並の速さで動き回れるのは、公国広しといえど、おそらく彼女くらいのものだぞ。それに影の魔術も使えるからな……
ベネットたちの懸念を感じ取ったケイは、言い含めるように注釈する。実際のところ”森大蜥蜴”は昼行性なので、影の魔術の出番はないだろうが……。
うぅむ……しかし……
いずれにせよ、マンデルの役目は、横合いから魔法の矢で動きを鈍らせることだ。“森大蜥蜴”とことを構える時点で、危険なのは確かだが、正面切ってやり合う俺よりは安全だ。万が一のことがあっても、彼が逃げる時間くらいは稼ぐことを刃に誓おう
腰の短剣を抜き、改めて宣誓する。
ぬぬぅ……。マンデル、近ごろの森の様子は?
ベネットはそれでも気が進まない様子だったが、マンデルに水を向ける。
森は静かなもんだ。……収穫も片付いたし、獣も荒らしには来ないだろう。おれの出番はそれほどない。罠の扱いなら『フィル坊』にも一通り仕込んであるしな
静かに答えるマンデル。フィル? と首をかしげるケイに気づいて、
フィルは、マリア―おれの上の娘の婚約者だ。我が家に婿入りして狩人を継ぐことになっている。弓扱いはまだまだだが、罠に関しては筋がいい
ほう、そういうことか
納得するケイをよそに、クローネンと何事かコソコソ話し合っていたベネットは、咳払いして話を戻す。
……ケイ殿。事情はわかりました。しかしマンデルは我が村の防衛をも担う人物でもあり、そう容易くお貸しするわけには参りません。近ごろはこの辺りも平和なものではありますが、それでもマンデルの不在は大きいですからの
公国の各所で暴れていたイグナーツ盗賊団も、とんと噂を聞かなくなった。ケイが大打撃を与えたお陰かもしれない―とは思ったものの、ベネットは口には出さずに堪える。話す前からケイに先回りされているような感覚だった。
ふむ。それは当然のことだな。マンデルほどの人物を借り受け、さらには村にリスクを負わせるとなると、無料(タダ)で、というわけにはいかないだろう。相応の対価は払わせていただきたい
……もちろん、相応の対価をいただけるならば……しかし、どれほど期間をご予定されているので?
それは、難しいな。相手次第だ
痛いところを突かれ、ケイも顔をしかめる。
仮に、ケイたちが駆けつけるころには時既に遅く、ヴァーク村が壊滅していたとしても、そのまま帰るわけにはいかない。おそらく”森大蜥蜴”は近辺に潜んでいるはずだ。他の村に被害が出る前に、引きずり出して叩く必要がある。
たらふく食った”森大蜥蜴”が満足し、そのまま 深部(アビス) に引き返す―そんな可能性もなくはないが、ケイの見立てでは低い。魔力の薄い地において、人間は野生動物に比べると『濃いめの』魔力を持つ生物だ。そして数も多い。味を覚えたからには『次』を求めるはず―
……最短でも2週間。長引けば……1ヶ月といったところか。討伐成功か否かにかかわらず、25日が過ぎればマンデルは離脱させる。移動の時間を鑑みても、1ヶ月とちょっとでタアフ村に帰還できる、というわけだ。これでどうか?
25日というのは、ゲーム内での経験を現実世界に拡張させ、ケイが適当に考えた日数だ。具体的な根拠があるわけではないが、それぐらい時間をかければいずれにせよ決着は着く、と踏んだ。
それならば……まあ……。マンデルは、それでも構わないのか?
もちろんだ
不承不承、といった様子でベネットが問いかけるが、マンデルは是非もないとばかりに即答。この男、ノリノリであった。
なら決まりだな。期間は二週間から一ヶ月。そして俺はそちらが満足するだけの相応の対価を払う、と
よしよし、と頷くケイ。まだ対価の中身すら交渉していないというのに。
それでよろしいか? ベネット村長
……わかりました。それで、対価についてですが―
いや、悪いがちょっと待ってくれ。マンデルの加勢が確定したからには、知らせを送りたい
ベネットを手で制し、ケイはおもむろに席を立つ。
知らせ? と首をかしげる面々をよそに、リビングの雨戸を開け放つ。
日が傾いてきたな……
空を見上げ、ううむ、と唸るケイ。できればサティナに日帰りしたかったが、秋の暮れ、日が短くなってきた。日が沈むとサティナの市壁の門は閉じられる。閉門は正確な時間が決まっているわけではなく、衛兵たちの判断で閉められるので(仮にまだ待っている人がいたとしても!)、今から全力で戻っても、ギリギリで間に合わない可能性が出てきた。
……マンデル。明日の明け方、村を出てサティナへ向かおう。馬は俺が連れてきたスズカを貸す。それでもいいか?
ああ。……しかし、ケイの馬か。おれに御しきれるかな?
大丈夫だ、スズカは大人しいからな
なにせ草原の民から殺して奪った上で懐いた馬だ、とケイは胸の内で呟く。サスケは、人懐っこく見えてケイたち以外は乗せないが(面識のあるリリーやエッダならイケるかもしれない)、スズカならマンデルでも問題ないだろう。
では……
空を見上げて、ケイは腰のポーチから澄んだ緑の宝石(エメラルド)を取り出す。
おお……!