それだけでも身に余る光栄だが、 なぜ という疑問が先立つ。今しがた語った 自分では力になれない という言葉は、悔しいが、偽らざる思いだ。地を駆ける竜、暴威の化身、 深部 の怪物―もはや天災とさえ呼ばれる”森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“を相手に、自分がいったい何をできるというのか?
―いや、もしかすると。
―『何か』が、できるのか?
―こんな自分にも?
マンデルは、胸の内に、めらっと小さな炎が灯るのを感じた。
ケイの人間性はよくわかっている。自分に声をかけてきたのは、決して囮や肉壁をさせるためではないはずだ。『狩人のマンデル』に、『何か』を求めているのだ。 深部 の怪物と、戦うために―
忘れてはならない。
このマンデルという男。
一見、冷静沈着で落ち着き払っているが。
武闘大会でケイと弓の腕前を競う程度には―
誉(ほま)れを求めている。
果たしてケイは、マンデルの期待に応えた。
……“森大蜥蜴”は恐るべき怪物だが、弱点がある
机の上で手を組み、ケイはおもむろに切り出した。
“森大蜥蜴”の成体は、小さくても10メートルを超える。村長の屋敷がそのまま這いずり回るようなものだ。それでいて動きは素早く、突進を食らえば人間なんてひとたまりもない。さらには鼻先に、生物の熱を感じ取る器官まで備えている。そのお陰で、たとえ暗がりの中でも、獲物の位置を正確に察知できるんだ
……弱点に聞こえないのだが?
裏を返せば、それを潰せばヤツは大幅に弱体化する
ケイは組んでいた手を解いて、とんとん、と指で机を叩いた。
本質的に、ヤツは『でかいトカゲ』だ。ゆえに寒さに弱い
“森大蜥蜴”は昼行性の変温動物だ。 深部(アビス) の怪物だけあって、多少の気温の変動ではビクともしないが、それでも体温を急激に下げられれば劇的に動きが鈍くなる。
そして俺は、サティナに氷の魔術師の友人がいる。彼に魔法の矢―対象を凍てつかせる”氷の矢”を、可能な限り注文しておいた
魔法の矢、と聞いて、マンデルが目を見開く。
今頃、アイリーンの依頼を受けたコウが、大急ぎで水色の宝石(ブルートパーズ)に魔力を込めているだろう。魔力が尽きるギリギリまで可能な限り作ってくれ、と無茶な注文を出したが、あのコウのことだ。十数本は確保してくれるはず、とケイは踏んでいる。
ヤツが姿を現したら、しこたま氷の矢を撃ち込んで体温を下げる。動きが鈍くなれば、弱点を射抜きやすい。ここで重要なのは、短時間でできるだけ多くの氷の矢を、体の各所に打ち込むことだ。しかし俺が一人で射るには限界がある―
ここまで語れば、わかるだろう。
多人数で、多方面からの射撃。必要なのは矢を命中させる確かな腕前と、化け物の前でもビビらないクソ度胸。そして俺が知る限り、それをできるのは―あんたしかいない、マンデル
―だから、手伝ってほしい。
ケイにまっすぐ見つめられ、マンデルの身体に力がみなぎった。目を見開き、知らず識らずのうちに拳を握りしめ、口元には獰猛な笑みが浮かぶ。
―俺でよければ
! ありがとう!
……と、言いたいところだが
ふにゃっと体から力を抜いて、マンデルが椅子の背に身を預ける。思わぬ肩透かしを食らったケイは、ズルッと滑り転けそうになった。
だ、だめなのか?
おれとしては俄然、加勢したい。……だがおれは、この村の狩人だ。おれの一存で村を留守にするわけにはいかない
許可が必要だ―とマンデルは言う。
誰の許可か?
言うまでもない。村長だ。
わかった。つまり了解が取れればいいわけだな?
そういうことだ。……早速、行くか
そそくさと席を立つ二人だったが、 待って! と悲鳴のような声。
いやだよ! やめてよ、お父さん!
声を上げたのは、マンデルの娘の一人―意外にも、そのうち年下の、気の弱そうな方だった。上の娘が ちょっと、ソフィア― と慌てて押し留めようとするも、それを振り払い涙目で叫ぶ。
ぜったい危ないよ! 行かないで!!
ソフィア。……案ずることはない、ケイは公国一の狩人だ。“大熊”と不意に遭遇しても、たったの一矢で仕留めた男だぞ? ましてや今回は、魔法の矢まで用意して狩りに赴くんだ。滅多なことは起きないよ
でも―
いや、娘さんの言う通りだ
マンデルの了解が得られたことでテンションが上がり、家族の説得をないがしろにするところだった。恥じ入ったケイは、身をかがめ、下の娘(ソフィア)と目線の高さをあわせてから改めて話し出す。
俺は万全を期すつもりだが、戦いに『絶対』はない。もしかしたら俺は死ぬかもしれない。だがそれでも、あなたたちのお父さんは無事に帰すことを誓おう
ケイは真摯に語りかけるも、娘たちは微妙な表情だ。そんな『誓い』に何の意味がある、とでも言わんばかりの態度。ケイも気持ちはよくわかる。必要なのは有耶無耶な言葉ではなく、具体案だ。
―マンデルのために、馬を一頭用意する。何が起きてもすぐに逃げられるように。マンデルの役目は、横合いから氷の矢を射掛けることだ。“森大蜥蜴”を引きつけるのは俺の相方が担当して、メインの攻撃は俺が受け持つ。『絶対に』とは言い切れないが、“森大蜥蜴”の敵意がマンデルに向くことは少ないと思う。仮に俺が殺られても、逃げる時間くらいは稼げるはずだ
たった一人の父親の命を預けろというのだ。
ならばケイが担保にできるのは、己の命くらいのものだろう。
もちろん死ぬつもりは微塵もないが―万が一への備えを怠るほど、不義理もしないつもりだ。
だから、頼む
ケイが頭を下げると―
ソフィアは、不承不承、といった感じに、それでも頷いた。
……ありがとう
もう一度頭を下げ、マンデルとともに足早に家を出る。村長と交渉するために。
残された二人の娘は、不安げに顔を見合わせ、ひしと抱き合った。
今さらのように沸いた鍋のお湯が、かまどでぐつぐつと揺れていた。
マンデル テンション上がってきた
ケイ テンション上がってきた
作者 テンション上がってきた
いつも感想コメントにゃーんありがとうございます!
お陰様で頑張れてます! ありがとう……ありがとう……
89. 交渉
前回のあらすじ
マンデル テンション上がってきた
娘たち お父さん! やめてぇ!
ケイ (説得中)
上の娘(マリア)(お父さん死ぬほど行きたそうな顔してる……)
下の娘(ソフィア)(こんなの頷くしかないじゃん……)
その日、ベネットは平和に過ごしていた。
本来は村長としてタアフ村を預かる身だが、この頃は長男のダニーが村長代理として業務を回してくれるようになり、半隠居状態にある。
ジェシカや~~~
お陰でこうして、のんきに最愛の孫娘と遊んでいられるのだ。屋敷のリビングで孫娘のジェシカを膝に抱えて、だらしなく相好を崩すベネット。
やぁ~~!
ベネットのあごひげがくすぐったいのか、ジェシカがイヤイヤするかのように身をよじる。しかし同時にキャッキャと笑っており、そこまでいやがっている様子もなかった。
さあジェシカや、ABCの歌を歌おうねえ
うたう~!
A B C D ~ E F G ~♪
え~び~し~でぃ~ い~えふ~じ~♪
公国に古くから伝わる『ABCの歌』を、紙に書きつけたアルファベットを指し示しながら歌う。
(なんと、ジェシカは天才じゃ―!)
孫娘の利発さにベネットは鼻高々だ。今年で四歳になる孫娘は、ABCの歌をあっという間に覚え、一人で歌えるようになったのだ。
しかも、最近では文字まで書けるようになってきた。
この間は棒を使って地面に I(アイ) の字を書いてみせた。素晴らしい才能だ。―満面の笑みで じぇー! と言っていたが、IとJは隣同士なので、ちょっと間違えてしまったのだろう。それは仕方がないことだ。
Now I know my ABCs ~♪ Next time won’t you sing with me ~♪
歌うジェシカのふわふわのくせっ毛を撫でながら、リズムにあわせてベネットも体を揺らす。
(本当に賢い子じゃのう……)
将来はどうしたものか、などと考える。
このまま村で暮らすのも、もちろんいい。タアフは近隣の村々に比べてもかなり裕福な方だ。しかしサティナの街に出る、という手もある。可愛い可愛いジェシカが遠くに行ってしまう―考えただけで泣きそうになるが、孫娘の幸せを願うならばそれもアリだ。村にとどまるよりも、文化的で豊かな生活を送れるかもしれない。
これだけの賢さ、街の商会で礼儀作法を身につければ上級使用人の道もあるやもしれぬ。そして幼いながらにはっきりとわかる目鼻立ちの良さ、ともすれば貴族様のお手つきに―いや、側室などという道も―
おじーちゃん! もっかいうたお!
ん? ああ、いいよ、歌おうねえ
え~び~し~でぃ~♪
ほほほぉ~ジェシカは本当にお歌が上手じゃのう~
目尻を下げて、デレデレと笑いながらベネット。きゃっきゃと屈託なくはしゃぐジェシカを見ていると、全てどうでもよくなってきた。ジェシカは幼い。教育も嫁入りもまだまだ先の話だ。今は全身全霊で可愛がってあげよう―
(―それに、そろそろジェシカだけに構ってあげられなくなるしのぅ)
ほんの少しだけ、申し訳なさで表情が曇る。
ジェシカは、ベネットの次男クローネンの子だ。
次期村長こと長男ダニーには、長いこと子どもができなかったのだが、数ヶ月前、とうとうダニーの妻が妊娠したのだ。ダニーは優秀だがあまり人望がなく、そのせいで村内には次男クローネンを次期村長として望む声もある。跡継ぎの不在が攻撃材料の一つになっていたのは確かだ。
ダニーの妻シンシアも、石女(うまずめ)だの何だのと陰口を叩かれていたが、ベネットの知る限り、ダニー本人はシンシアを一言も責めなかった。あれはあれなりに妻を愛しておるのだろう、などと思う。
それはさておき、孫の話だ。
何事もなければ半年もしないうちに、ダニーとシンシアの子が生まれるだろう。そうなるとジェシカ一辺倒の生活も、どうしても終わらざるを得ない。
おじーちゃん! のどかわいた!
おお、じゃあお茶を淹れてあげようかねぇ
よっこらせ、と席を立つべネット。
―ベネットも長男だから、わかる。両親は自分を大切にしてくれたが、年の離れた弟が生まれたときはそっちにかかりきりで、自分がおざなりにされたように感じたものだ。実際、赤子は手がかかるので仕方がないのだが―できればジェシカには、あんな思いはさせたくない。
老骨には少々堪えるが、どちらも同じくらい可愛がらねば―! と決意を新たにする。
孫と言えば、サティナにもうひとりいるのだが、赤子の頃に一度顔を合わせたのみで、それ以来会えていない。向こうは自分のことなど覚えていないだろう、と思うと少し寂しくもある。サティナとタアフ、自分のような老人が気軽に行き来できる距離ではないが、本格的に隠居したら再び娘夫婦を訪ねるのもいいかもしれない―
―お義父様
と、背後から、か細い声がかけられる。
振り返れば、色白の美しい女が顔を覗かせていた。ダニーの妻シンシアだ。まだ妊娠四ヶ月で、ゆったりとした服を着ていることもあり、その腹は目立たない。
美人薄命―というわけではないが、これまで、シンシアは気を抜けばふっと消えてしまいそうな儚い雰囲気をまとっていた。だが、妊娠して以来、少しずつ生命力に満ちてきているように思える。やはり母は強し、ということか―
どうかしたかの?
お客様みたいです
シンシアの知らせに、ベネットは顔をしかめた。
ベネットはあまり、この手の来訪者が好きではない。シンシアが『お客様』と呼ぶからには身内ではなく、定期的に村を訪ねてくる行商人でもない。その『客』とやらは何かしら『用事』があってこの村にやってくる。そしてその『用事』は、往々にして厄介事だ。
客人かのぅ……ジェシカや、おじいちゃんは、ちょっとお客さんの相手をしてくるからね。おとなしくしてるんじゃぞ
ん~~……わかった
存外、聞き分けのいいジェシカは、こてんと首を傾げてから、頷いた。その様子がまた可愛らしく、ベネットはニコニコと笑う。
シンシア、のどかわいた~!
はいはい。じゃあ、お茶でも淹れましょうね
そんな二人の声を背後に、玄関へと向かうベネットは好々爺然とした、よそ行きの表情を貼り付ける。誰が来たんだ、などと思いながら外に出ると―
―やあ。久しいな、村長
待ち受けていたのは。
……ケイ殿