以前来たときよりも、ヴァーク村の周囲はずっと拓けていた。“大熊(グランドゥルス)“襲撃時は、村から目と鼻の先の距離にあった森が、今は50メートルほども離れている。 深部(アビス) の領域変動、その影響を少しでも抑えるために、森そのものを削る―村人たちの涙ぐましい努力の賜物だった。
お陰で、戦いやすい
サスケが駆け回るスペースがあるし、射線も通る。足場の悪さが玉に瑕だが、森の中と違って”弓騎兵”として立ち回れる。もしも村が以前のように森と近いままだったら、村への被害を度外視して、街道の辺りまで”森大蜥蜴”をおびき出す必要があったかもしれない。
しかし……ケイ、こんな落とし穴が、本当に”森大蜥蜴”に効くのか?
穴を掘り進めながら、エリドアが問う。
“森大蜥蜴”は10メートル近い化け物なんだろう? こんな、子供でも這い出せるような穴、それこそ子供だましにしか思えないんだが……
いや、意外と有効なんだコレが
土を掻き出しながらケイは答える。
“森大蜥蜴”、図体の割に脚が短くてな。力が強いお陰で、それでも素早く動き回れるんだが、だからこそ、猛スピードで走ってきて脚が引っかかると―
かなりバランスを崩す。腹を地面に擦ってしまい、突進の勢いは大幅に減じる。
で、そこを狙うというわけだ。“大熊(グランドゥルス)“と違ってバカだから、何度でも引っかかるしな
ふぅむ……なるほど
エリドアも納得したようだ。他の村人たちもやる気が出てきたらしく、穴を掘る手に力がこもっている。
おおい、旦那
と、村の方からキリアンがやってきた。背後には探索者たちを引き連れている。
キリアン! ……なんか、多くないか
引き連れている―ぞろぞろと、まるで遠足のように。
話を耳に挟んで、人足として雇ってくれという連中がいやして
親指で背後を指し示しながら、キリアンが肩をすくめる。
―ザッと顔ぶれを見てみると、色々と酷い。
どうやら大半は、 とりあえず少しでも金を稼ぎたい という者たちのようだ。みすぼらしく覇気もない。 “森大蜥蜴”に挑んでやろう という気概に満ちた者は、数えるほどもいなかった。
ええと……じゃあ、人足志望の奴らは、ここにいる村長のエリドアの指示を聞いてくれ
ケイがそう言うと、探索者たちがぞろぞろとエリドアの方に行く。 道具が足りないぞケイ! という悲鳴を聞き流しつつ、キリアンを見やる。
……で、彼らが?
へえ。アッシが声をかけた連中でさ
残ったのは、たった二人だ。
まず、ゴリラのような筋肉隆々の男。装甲をうろこ状に重ねたスケイルアーマーを装備しており、短めの槍を四本も背負っているのが印象的だ。探索者というよりは、傭兵といった趣を呈している。先ほどからぎらぎらした目でケイを睨みつけてくるのだが、理由に心当たりはない。
次に、浅黒い肌のイケメン。場違いに思えるほどの美丈夫で、革鎧を身につけていなければ吟遊詩人か何かかと勘違いしてしまいそうだ。腰にはショートソードを差し、草原の民の複合弓を握っている。身のこなしはなかなか様になっており、武具も使い込まれた風で、ただのイケメンではなさそうだった。
おい、あんた……ケイか
と、ゴリラのような男が、クワッと歌舞伎役者のような表情でケイに迫る。
あ、ああ、そうだが
警戒心高めで引き気味のケイ。
ゴリラ男はサッと手を差し出す。何事だ、と身構えるケイに、
あ……握手……してくれねえか
……は?
……武闘大会……見ていた。あんたのファンなんだ……
ゴリラ男はうつむきがちにそう言った。
94. 助人
前回のあらすじ
あ……あんたの……ファンなんだ…… (もじもじ)
あんたのファンなんだ……
ケイの人生において、そうそう言われたことない台詞だった。
あ……ああ、……それはどうも
我に返ったケイは、手を差し出し、ギュッと握手した。
なんか力いっぱいに握って握力を確かめてくる、などということもなく、ゴリラ男は ははッ…… と照れたように笑って、ただ嬉しそうにしている。
……旦那。こいつは『ゴーダン』っていう名前なんですが、見かけによらず純朴なヤツでして
妙な空気の中、キリアンがフォローを入れた。
旦那の大ファンで、キャンプの古参なのに、昨日からモジモジするばかりで全く話しかけもできやせんで。見かねて連れて来たわけでさぁ
……そのためだけにか?
ああ、もちろん、槍投げの名手でもありやす。おいゴーダン、ボサッとしてねえで旦那に見せてやんな
お、おう
モジモジしていたゴーダンが、気を取り直して、背中の槍を一本抜き取る。さらに右手には、投槍器(アトラトル)と呼ばれる補助具を持っていた。
投槍器(アトラトル)とは、槍の石突を引っ掛けるための窪みがある棒状の道具だ。腕の力を無駄なく推進力に変換して槍を打ち出すことにより、射程と威力を飛躍的に上昇させられる。
槍の石突を窪みにセットし、ゴーダンが振りかぶった。
ふッ!
ビュゴッ、と弓矢とは全く異なる重量感のある音とともに、槍が投射される。
緩やかに放物線を描いた槍は、その実、恐るべき速さで風を切り、遠方の木の幹にドガッと突き立った。着弾点には樹皮が剥げた楕円形の模様があり、適当に投げたのではなく、狙って命中させたのは明らかだった。
ほう! すごいな
大した威力、そして正確性だ。ケイの”大ファン”で、あれほど照れていたにも関わらず、即座に命中させてみせる度胸もポイントが高い。
旦那、いかがでしょう
雇おう。彼が協力してくれるなら心強い
おっ、よかったじゃねえかゴーダン、即決してくだすったぞ
ははッ……そっか……
嬉しそうに笑ったゴーダンは、照れてそれ以上は言葉にならなかったのか、浮かれた足取りで木に刺さった槍を取りに行く。
それで、次はこっちでやすが―
俺の番か!
続いて、キリアンがもうひとりの方を見ると、浅黒肌のイケメンが待ってましたとばかりに口を開く。
俺の名前はロドルフォ! 流れの用心棒だ! 栄えある”大熊殺し”のケイ殿に出会えるとは恐悦至極! ってとこかな!?
芝居がかった仕草で一礼するロドルフォ。とても威勢がいい。ゴーダンの影響か、ロドルフォもナチュラルに握手を求めてきた。
そしてあんたほどじゃないが、弓が得意だ!
言うが早いか、右手で矢筒から数本まとめて矢を抜いたロドルフォは、複合弓を構えて速射を披露する。
シュカカッ、と耳に心地よい音を立てて、木の幹に矢が3本突き立った。
なかなかの早業だ。しかし……
……4本、放ってなかったか?
一矢、どこかへすっ飛んでいったようだが。
うむ! これでもマシになった方なんだがな! 百発百中とはいかないから、数で補うことにした!
なるほど
数撃ちゃ当たる理論。連射の速さそのものはケイにも迫る技量だ。ロドルフォなりの修練の成果なのだろう、と理解した。
ただ、連射用に調整した結果か、複合弓の”引き”が少し甘いのが気になる。弓の威力を十全に引き出せていない―
(―いかんな、同業者(ゆみつかい)となると見る目が厳しくなりそうだ)
ケイはそんな自分に気づいて苦笑した。
(……まあ、いくら狙いが甘いといっても、“森大蜥蜴”のバカでかい図体を外すことはないだろう。1、2本は魔法の矢を預けても大丈夫か?)
うーむ、と考え込む。
今のところ、“氷の矢”はマンデルに5本ほど預けてあり、残りの15本はケイが持っている。“森大蜥蜴”の巨体を効率的に冷却するには、できるだけ多方向から複数の矢を打ち込む必要があるのだが、肝心の射手がいなかった。
その点、ロドルフォは悪くない。射手としては。度胸もありそうだし……
……。ダメか?!
ケイの沈黙をどう受け取ったか、ロドルフォがこてんと首を傾げる。
ああいや、すまない、少し考え込んでいた。……もしよければ、使っている弓を触らせてもらえないか
え? ああ、構わないが。見せるほどのものではないぞ!
ロドルフォがヒョイッと弓を渡してくる。他人に触らせることを全く気にしていないようだ。ケイは”竜鱗通し”を他人に扱わせる際、それなりに緊張するのだが。
(草原の民からの流用品、あくまで換えのきく道具ってことか)
複合弓をグイッと引いて、張りの強さを確かめたケイは、 まあこんなもんか と納得する。ロドルフォの引き具合から考えると、速射時の威力は本来の8割といったところか。
威力が不安か?
ケイの懸念を、ロドルフォは汲み取ったようだ。
―なら、ここを狙ったらどうだ!
とんとん、と指先で自分の目の下をつつき、ロドルフォは笑う。
柔らかく、脆い眼球を狙うつもりらしい。
……それは、おれも考えていた
と、いつの間にか近くに来ていたマンデルが話に加わってくる。
ケイ。……実際のところ、目は弱点になりうるのか? 以前、“森大蜥蜴”は熱を探知する器官を持っていて、視覚に頼らず獲物の位置を特定できる、と言っていたが、目を潰しても意味はあるのだろうか
マンデルの質問に、ロドルフォが え? なにそれ、そんなの知らない とばかりにスンッと真顔になった。
もちろん、意味はある。目をやられて平気な生き物はいないさ、痛みで怯むだろうしな。ただし命中すればの話だ
ケイは手で、十センチほどの円を作ってみせた。
“森大蜥蜴”の目の玉はだいたいこれくらいの大きさだ。図体の割に目はそんなにデカくない。そして、ヤツはこうやって
ケイはシャドーボクシングをするように、ぐいんぐいんと首を振ってみせた。
頭を振りながら移動するから、命中させるのも至難の業でな
……ケイでも難しいのか?
ああ。走ってる最中は、とてもじゃないが狙って当てられん。人間と違って次にどう動くか読めないんだ。だから少しでも動きを鈍らせられるように、落とし穴を準備しているわけさ
なるほど、そういうことか
マンデルはふんふんと頷いて、表情を曇らせた。
このサイズか。……おれの腕では、止まっていても必中とはいかないな
自分も、手で十センチ大の円を作ってみながら、思案顔のマンデル。
なぁに、数撃ちゃ当たる!!
ロドルフォはなぜか胸を張っているが、それは自分に言い聞かせているようでもあった。
それで、ケイ殿! 俺は使い物になるかな!?
ああ、雇おう
なんだかんだで、この威勢の良さは気に入った。ケイ基準だと見劣りがするだけで、弓の腕前も及第点だ。“森大蜥蜴”を相手に目を狙ってやろうという気概も悪くない。
ありがたい! 全力を尽くさせてもらおう!
白い歯をキラッとさせて笑いながら、再び大仰に一礼するロドルフォ。
……まあ目潰しに関しては、当たったら儲けもの、くらいに思うといいさ。それに眼球から脳までの距離が遠くて、横合いから深く突き刺さらない限り、致命傷にはならないんだ
もちろんケイとしても積極的に狙うつもりだが、以前の”大熊”のように即死させるのは難しいだろう。魔法の矢が目にぶっ刺されば話は別かもしれないが―
旦那、それに関してはアッシに考えがあるんでさ
と、ここでキリアンが腰のポーチから黒い小さな壺を取り出す。クッションに包まれ、厳重に封がしてあるが……何やら物騒な気配だ。
……それは?
アッシ特製の毒でさぁ。猛毒のキノコ、毒ガエルと毒虫の汁、それに薬草と香辛料を混ぜてありやす
思った以上に物騒な代物だった。キリアンの森の知識の結晶。
肉を溶かす毒なんで、危なっかしくて普通の狩りには使えやせんが。“森大蜥蜴”が相手なら、と思いやして。流石に、これっぽっちの毒じゃデカブツは殺しきれんでしょうが、動きはかなり鈍くなると思いやすぜ
毒か……
魔法の矢は用意していたが、その発想は抜け落ちていた。
……旦那、毒はお嫌いで?
渋い顔をするケイに、キリアンが顔を曇らせる。こういった『道具』は人によって主義主張信条があり、トラブルの種になりかねないのだ。
いや、あまりいい思い出がないだけだ。使えるものは使うべきだと思う
ひょいと肩を竦めるケイ。
アッシは矢弾(ボルト)にこれを塗り込むつもりでやすが、こっちの坊(ぼん)にも使わせてやろうかと
おいおい、坊(ぼん)はよしてくれよ!
ロドルフォが苦笑している。だが、彼の速射と毒矢はなかなか相性がいいかもしれない。
旦那は、お使いになりやすか?
いや、俺はやめておこう。毒はそっちで使ってくれ
毒なんざ使わなくとも、旦那の強弓は威力充分でやすからね
ケイの”竜鱗通し”を見やり、眩しげに目を細めるキリアン。