そういえば、その強弓! “大熊”さえ一矢で射殺したと名高いが、ぜひその威力を見せてはもらえないか!?
ロドルフォが鼻息も荒く頼み込んでくる。
…………
その背後では、槍を回収して戻ってきたゴーダンが、目を輝かせていた。
あー……すまないな、本気で使うと矢がダメになってしまうんだ。今は一本でも温存しておきたい
期待に応えられず申し訳なく思いつつも、ケイは断る。“竜鱗通し”は全力で矢を放てば細木を折るほどの威力だが、代償として矢も砕けてしまう。“森大蜥蜴”を射殺すには、矢が何本あっても足りないほどだ。デモンストレーションのために無駄にするわけにはいかない。
そうか。それは確かに、そうだな!
…………
納得するロドルフォ、しゅんとするゴーダン。
代わりと言っちゃなんだが、引いてみるか?
おっ!! いいのか!?
……!!
喜ぶロドルフォ、元気を取り戻すゴーダン。
ケイは苦笑しながら、“竜鱗通し”を貸してやった。まあ、この二人なら変な扱いはしないだろう。
思ったより軽いな! ……って、なんて張りだコレは!?
……指が千切れそうだ
やはり、みな同じような反応をするもんだな。……かくいうおれもそうだった
やんややんやと騒ぐ二人に、マンデルが腕組みしたままうんうんと頷いていた。
ちなみに、キリアンも興味がありそうな顔をしていたが、年甲斐もなくはしゃぐのが恥ずかしかったのか、触らなかった。
ところでロドルフォ。渡しておきたいものがある
“竜鱗通し”体験会が落ち着いたところで、ケイは話を切り出す。
おお、なんだ?
魔法の矢だ
!? そんなものがあるのか!
ああ。友人の魔術師に作ってもらった。氷の精霊の力で、刺さった部分を凍りつかせる力がある
“森大蜥蜴”が寒さに弱く、体温を下げれば劇的に動きが鈍くなる、という旨の説明をしたケイは、腰の矢筒から”氷の矢”を抜き取ってみせた。鏃の留め具にブルートパーズがはめ込まれている、特殊な矢だ。
これが……!
魔法の矢……!
初めてお目にかかりやした
興味津々なロドルフォ、ゴーダン、キリアンの三人組。
ロドルフォ、お前にはコイツを持っていてもらいたい
いいのか!? 俺が!?
ああ。だがその前に使い方を教えよう
ケイは”氷の矢”を矢筒に戻し、代わりに普通の矢を抜いた。
これは普通の矢だが、とりあえず魔法の矢だと思ってくれ。魔法の矢は、放つ前に合言葉(キーワード)を唱える必要がある
ぐっ、と矢をつがえて引いてみせる。
この状態だ。放つ直前に、 オービーヌ と唱えろ。そうすることによって、矢に封じられた精霊の力が目覚める。そして矢が刺されば、氷の魔力が解き放たれるんだ
なるほど
ただし、一度精霊の力を目覚めさせると、もう矢筒には戻せない。絶対に命中させる必要がある。そして合言葉を唱えずに放つと、普通の矢と変わらない。絶対に合言葉を唱えるのを忘れるな。いいか。絶対にだ
な、なるほど……
ロドルフォはケイの気迫に圧されて引き気味だ。
とりあえず、2本渡しておく。 ロドルフォ、お前にこの2本を譲る
あ、ああ……わかった
その2本が自分のものであることを宣言してくれ
え? …… この魔法の矢は、俺のものだ
よし。それで所有権がお前に移った。お前がその矢をつがえて、合言葉を唱えると魔法の矢として機能する
ほほー……!
しげしげと鏃に埋め込まれた青い宝石を眺めていたロドルフォだったが、やがて大事そうに腰の矢筒にしまった。
合言葉は覚えてるな?
オービーヌ だな?
そうだ。これから俺が、『合言葉!』と叫んだら即座に オービーヌ と言い返せよ。いざというときに忘れてちゃ話にならんからな
覚えているような気がしていても、“森大蜥蜴”を前にして緊張したら合言葉が出てこないかもしれない。来襲までどれほど時間があるかは謎だが、できる限り訓練しておこうというわけだ。
ちなみに、マンデルにも同じことをやっている。
はっはっは、任せてくれ。女の名前を覚えるのは得意なんだ!
ちなみに、 オービーヌ は氷の精霊の名前だ
そ、それは畏れ多いな……!
ロドルフォはぎょっとして仰け反った。
旦那。その魔法の矢、アッシには使えないもんですかい?
キリアンの得物はクロスボウだからな……
クロスボウは太く短い矢弾(ボルト)を射出する。弓で放つ矢とは形が全く違うのだ。無理やりセットすれば発射はできるだろうが、まっすぐ飛ばないだろう。キリアンもプロなので ああ、確かに とすぐに理解し、諦める。
……ケイ、……その……
と、ここでゴーダンがもじもじと。
……魔法の槍とかは、ないか……
羨ましかったらしい。
……。すまない、流石に持ってないな……
そうか…………
……ま、まあ、なんだゴーダン。お前さんにもアッシの毒を分けてやるよ、魔法の槍たぁいかないが、毒の槍にしようぜ
お、おう……
キリアンが慰めなのか何なのかよくわからない言葉をかけたが、ゴーダンは依然として残念そうな顔をしていた。
なんとなく不憫に思ったケイは、
……お前の槍に、風の精霊への祈りを込めておこう。狙いを違わず突き刺さるように
…………!
ゴーダンがパッと明るい表情になった。
†††
ケイが祈りを捧げると、シーヴが気を利かせて(ケイの魔力を消費し)風を吹かせてくれたので、ゴーダンは大喜びだった。
めちゃくちゃはしゃいでいた。
また、アイリーンとマンデル以外の面々も、『風の精霊が顕現した』ことに驚きつつも、好意的に受け止めていた。ケイは自らが魔術師であることを特に喧伝していなかったからだ。
もっとも、皆の士気が上がるのは良いことなので、ケイも無粋な解説などはせず口をつぐんでおいたが。
それから森を警戒しつつ土木作業を進め、多数の落とし穴を掘った。子供がすっぽりと埋まる程度の深さの穴に、木の枝で軽くフタをしただけの稚拙極まる罠だが、“森大蜥蜴”の頭脳ではおそらく見破れまい。賢い”大熊”だったら引っかからなかっただろう。
日が暮れてからは、村で英気を養う。アイリーンが”警報(アラーム)“の魔術で万が一の備えをしたが、“森大蜥蜴”は昼行性なので夜には襲撃がないはず、ということでゆっくりと体を休める。
そして翌朝―
ケイは借り受けた民家の寝室で、ガヤガヤと騒がしい外の気配に目を覚ます。
まさか、出たのか……!?
朝飯食う暇もねえなケイ!
アイリーンともども、最低限の装備を身に着けて家を飛び出す。
しかし外に出てみれば、“森大蜥蜴”の来襲ではないようだった。
見れば村の入口のキャンプに、一台の荷馬車が停まっている。
あれはコーンウェル商会の……!
御者台には、数日前に知り合った護衛・オルランドの姿があった。
想像以上に早い到着だな!
ピウッと口笛を吹くアイリーン。
囮の山羊も積んでるはずだ。これは助かる―
ケイも満足げに頷いたが、
ケイさーん!!!
荷台に見覚えのある顔があって、目が点になった。
やった!! どうやら間に合ったようですね!! 世紀の大物狩りに!!
竪琴を片手に大感動している吟遊詩人。
―これで僕も伝説の目撃者になれるッッ!
なぜかコーンウェル商会の馬車に、ホアキンが同乗してきていた。
サスケ ケイにファンだって
スズカ あなたのファンはいるのかしらね
サスケ そりゃいるよ。…………いるよね?
95. 伝説
前回のあらすじ
サスケ イカれたメンバーを紹介するぜ!
スキンヘッドであり断じてハゲじゃない! 森歩きの達人キリアン!
ケイの大ファン、シャイ系ゴリラ投槍マン! ゴーダンんん!!
やたらイケメン! 爽やか用心棒のロドルフォぉぉぉ!
あとなんか商会の馬車にひっついてきた吟遊詩人
以上だ!!
ホアキン なんか僕の扱い雑すぎません?
ホアキン! なんでこんなところに―って聞くまでもないか
伝説の目撃者とやらになるためだろう。
ケイさん! 本当に間に合ってよかったです!
荷馬車から飛び降りて駆け寄ってきたホアキンは、聖地へ巡礼に訪れた信者のような、感動した面持ちで村を見つめた。
素晴らしい……ここが伝説の舞台になるわけですね……! おお―
ホアキン、悪いが話はあとだ
そのまま一曲吟じかねないテンションのホアキンを、ケイは押し止める。
今日ぐらいからぼちぼちヤバいんだ、“森大蜥蜴”が出てくるかもしれん。仕上げに色々と準備することがあるから、話は作業しながら聞かせてくれ
わ、わかりました
流石に邪魔する気はないらしく、ホアキンは素直に頷いた。
荷馬車の護衛・オルランドと話し、商会からの物資を受け取る。
健康な山羊が五頭、医薬品や食料、そしてショベルやツルハシといった道具類。
人手はあっても道具が不足していた現状、少しでも土木作業を進めておきたいケイたちにとって、物資の到着は福音だった。
エリドア! 道具の分配と落とし穴は任せるぞ!
わかった!
新品のショベルを片手に、緊張気味のエリドアが頷く。
他の者は、作業でわからんところがあったら村長のエリドアに聞け!
了解ー!
村人や人足たちが各々の持ち場に散っていく。みな、日が昇って気温が上がると”森大蜥蜴”襲来の可能性が高まるとのことで、早めに作業を終わらせてしまおうと必死だった。
襲来の可能性があるのにそれでも逃げ出さないのは、森のすぐ近くに哀れな山羊たちが繋がれていて、 あいつらが先に喰われるから大丈夫だ という安心感があるからだろう。
メェ~~~
雲行きが怪しいことを察しているのか、不安げに鳴く山羊たちを尻目に、ケイは落とし穴に目印の小さな旗を立てていた。
おい、サスケ。よく見ておけ
サスケの手綱を引いて、旗を見せておく。 なにこれ? とばかりにしげしげと覗き込むサスケ。
これは落とし穴だ
ぶるるっ
……その、彼(サスケ)は言葉がわかるんですか?
黙って作業を見守っていたホアキンだが、思わずといった様子で尋ねてくる。
いや、流石に全部わからないと思うが、コイツは賢いからな
ぶるるっ!
サスケ、この木の枝の部分をちょっと踏んでみろ
くいくい、とケイは再び手綱を引き、地面の落とし穴のフタを指し示す。サスケが前脚を伸ばし、ズボッ! と勢いよく踏み込んで転びそうになった。
ぶるふぉォ!
おっとと! ちょっとって言っただろ!
なんじゃこりゃぁと目を剥くサスケ、慌てて体を支えるケイ、 賢い……? と疑惑の目を向けるホアキン。
まあ、これでお前もわかっただろう。これが落とし穴だ。この旗と木の枝っぽいフタが目印だからな、踏まないよう気をつけろよ
ケイがそう言うと、キョロキョロと周囲を見回したサスケは、 え、これぜんぶ落とし穴なの……? こわ……近寄らんどこ…… とばかりに落ち着きなく足踏みし、ケイに寄り添ってきた。
これでよし
戦闘中は”森大蜥蜴”に集中することになるので、ケイがいちいちサスケに指示を出す暇がない。サスケには自発的に落とし穴を避けてもらう必要があるのだ。今の一幕で落とし穴のヤバさは体感できただろうし、サスケも迂闊に踏み込まないはず。
警戒に戻るかな
とりあえず作業らしい作業は終わった。ケイがやるべきことは、いつ”森大蜥蜴”が出てきてもいいように警戒するだけだ。
穴掘りに従事する村人たちに囲まれながら、自分は何もしないのは少し居心地が悪いが、昨日と違って今日は無駄に体力を消耗するわけにはいかなかった。もっとも、周囲の人間は誰もそんなことを気にしていなかったが……
急げー!
さっさと終わらせるぞー!
とっとと持ち場の作業を終わらせて退避することしか頭にないようだ。
しかしケイさん、こんな落とし穴が”森大蜥蜴”に通用するものなんですか?
ああ、これはな―
休憩タイムに移ったと判断したのか、ホアキンが話しかけてくる。ケイは昨日したように、この罠の有効性を説明した。
はは~~~なるほど、参考になりますねえ!
感心して頷いたホアキンは、目をぱちぱちと瞬かせながら、空を見上げて何やら呟いていた。ケイが話した内容を復唱して完璧に記憶しようとしているらしい。吟遊詩人は見聞きした物語を咀嚼し、アレンジして歌い上げる。当然、記憶力も良くなければ務まらないのだろう。
ホアキンも物好きだな、今回は流石に危険だぞ
それでも見たかったんですよ、だって”森大蜥蜴”ですよ? しかも”大熊殺し”がその討伐に赴いた―これで血が騒がなかったら吟遊詩人失格ですよ
その割には、他に吟遊詩人の姿はないようだが?
わざわざ現場まで出向くのはホアキンくらいのものではないか。