いや、僕はたまたま、コーンウェル商会で今回の一件を小耳に挟んだんですよ。幸運でした……ケイさんたちは既に旅立ったとのことで、同業者に教える暇もなくそのまま追いかけてきたわけです

ひょいと肩を竦めるホアキン。

どうやらロクに準備も整えず、街道をひたすら北に走ってきたらしい。その道中でオルランド率いる商会の馬車に追いつき、頼み込んで同乗させてもらったそうだ。

よく追いついたな……

この男、武芸の心得はないが、身一つで各地を渡り歩いているだけあってかなりの健脚だ。騎馬よりは遥かに低速とはいえ、先行した馬車に追いつくとはどれほどの速さで駆けたのか。

まあでも、今頃はサティナの街でも話が広まってるでしょうし。吟遊詩人たちがこぞってヴァーク村を目指してきているかもしれませんよ?

―ドドドドドと土煙を巻き上げながら、竪琴を手にした吟遊詩人たちが大挙して押し寄せる光景を想像し、思わずケイは笑ってしまった。

彼らが間に合えばいいんだがな

おや。見世物になるのはあまりお好きじゃないかと思ってましたが

ケイの一言に、ホアキンが意外そうな顔をする。

彼らが間に合うということは、まだしばらく”森大蜥蜴”が出てこないってことだからな。俺だって戦いたくてたまらないわけじゃないんだ

これだけ迎撃準備を整えておいてなんだが、何かの間違いで”森大蜥蜴”が 深部(アビス) に引き返すなら、それはそれでアリだと思っているほどだ。

まあ、おそらく今回の個体は、 深部 の境界線の変動により本来の縄張りを失って移動を余儀なくされたのだろうから、引き返す目算は低かったが……。

なるほど、そういうものですか……“森大蜥蜴”を狩るためではなく、あくまで村を守るために義によって立ち上がった、と。そういうわけですね……

うんうんと頷くホアキン。着々とストーリーが練り上げられているようだ。

噂によると、魔法の矢も用意されているとか

ああ。“流浪の魔術師”殿にお願いしたよ

流石の人脈ですね……! まさか”呪われし姫君”に加え、“流浪の魔術師”とまでお知り合いだったとは思いませんでしたが。こうしてみると最近この辺りで流行っている歌、全てケイさんたちが関わってますね?

言われてみれば、確かにそうだな……

サティナの正義の魔女。大熊殺し。流浪の魔術師と呪われし姫君の物語。

まさに英雄の星の下に生まれた、と……そんなケイさんと巡り会えたのが、僕の人生の最高の幸運かもしれません……

ポロロン……と竪琴を鳴らしながら、ホアキンは感じ入っている。必死に穴を掘る村人たちが なんでコイツこんなに暢気なんだ…… と別種族を見るような目を向けていた。ケイやアイリーンでさえある程度緊張しているというのに、肝が据わりすぎている……

ところで今回、ケイさんとアイリーンさんの御二方で戦うつもりなのですか? 荷馬車の護衛の方たちは―

ホアキンは村の方をチラッと見やった。

―あくまで”荷馬車の護衛”で、参加されないそうですけど

護衛のオルランドたちは、今も任務に忠実に、村の入り口の探索者キャンプで荷馬車を”護衛”している。“森大蜥蜴”が出現すれば、荷馬車を守るために速やかに退避するだろう。元からそういう契約なのでケイとしては特に言うこともない。

いや、流石にアイリーンと俺だけじゃあな。何人か協力者もいるぞ

ケイは、各所で武器を手に警戒する四人を示した。

あの羽飾りのついた帽子をかぶっているのが、マンデル。タアフ村から来た狩人だ。あっちのクロスボウ使いはキリアン。かなり腕利きで森歩きを生業にしているらしい。んで、あの大男がゴーダン。投槍の名手だ。そしてあの美丈夫はロドルフォ、流れの用心棒だ。四人とも、“森大蜥蜴”狩りで戦闘要員として雇った

タアフ村……マンデル……ひょっとすると”十人長”のマンデルですか? 確か武闘大会の射的部門でも活躍されてましたよね

詳しいな。そのマンデルだ

ほほう!! 皆さん、お話を伺っても?

本人がいいと言うなら、もちろん構わないぞ

それではちょっと聞いてきます!

マントを翻して、ホアキンがダッと駆け出した。とりあえず一番手近なゴーダンに話を聞きに行ったようだ。

初めまして! あの、僕、吟遊詩人のホアキンっていうんですが―!

あ、ああ……

よろしければ、今回の大物狩りへの意気込みなど―!

そ、それは……その……

なぜ参加されようと思ったんですか!? 危険極まりない大物狩りに!

やはりケイの存在が大きい俺がケイを初めて知ったのは酒場で”大熊殺し”の噂を小耳に挟んだときだ最初は半信半疑だったがウルヴァーンで開催された武闘大会の射的部門を観戦していた俺は―

最初はしどろもどろだったが、突然早口で語り始めるゴーダン。ケイがいかに武勇に優れているか、賞賛の言葉が風に流れて聞こえてきて、ケイはひどくこっ恥ずかしい気持ちになった。

なるほど……! ケイさんの義勇に感化されたと……!

ホアキンは逐一相槌を打ちながら耳を傾け、 英雄への憧れ、実にいい……! などと呟きながらぱちぱち目を瞬いて空を見上げていた。

ゴーダンから話を聞き終えたホアキンは、マンデルやキリアンにも積極的に話しかけていく。キリアンはどうやらホアキンが苦手だったらしく、それを察したホアキンが早めに話を切り上げていた。逆に、マンデルとはケイの話題で盛り上がったようだ。

最後にロドルフォ。

初めまして! ホアキンです― ¿Eres del mar?

Sí! ¿Tú también?

ニカッ! と白い歯を輝かせて笑うロドルフォ。

どうやら二人とも”海原の民(エスパニャ)“の末裔のようだ。

Hola soy Rodolfo!

¡Oh, mucho mejor! Entonces, me gustaría saber por qué decidiste participar en esta cacería―

De hecho, me voy a casar con una mujer pronto … por eso necesito un poco de dinero…

何やら話が弾んでいる。ケイもスペイン語は少しかじっているのだが、流石にネイティブの速さというべきか、何を言っているかはさっぱりだった。ただ、ホアキンがこの狩りに参加した理由諸々を尋ねていることだけは、なんとなくわかった。

(登場人物たちのバックストーリー掘り下げに余念がないな……)

これまで色々と付き合いのあったホアキンだが、ケイは彼の本質を完全には理解できていなかったようだ。

骨の髄まで吟遊詩人。まさか、ここまで徹底していたとは―

―ん

アイリーンがぴくりと森を見やった。

―静かだ。

いつの間にか。

鳥たちのさえずりも、何も聞こえない。

全てが息を潜めている。

まるで、何か、とてつもなく巨大な脅威を。

やり過ごそうとしているかのように―

メェ~~~!

メ~~~~ェ!

メェ~~~~!

繋がれた山羊たちが、狂ったように騒ぎ出した。首に巻かれたロープを引き千切る勢いで、必死に逃げ出そうとしている。つんざくような悲惨な鳴き声に、止まっていた時が再び動き出す。

退避!

ケイが短く叫ぶと、固まっていた村人や人足たちが、一目散に逃げ出した。

合言葉!

!  オービーヌ !

オービーヌ ッ!

マンデルとロドルフォが叫び返す。

ホアキン、お前も戻れ!

ケイに命じられ、ホアキンが弾かれたように走り出す。チラチラと背後を振り返りながら。こんなときまで、“森大蜥蜴”の登場を見逃すまいとするかのように。

だが、もはや吟遊詩人に居場所はない。

舞台に立つ役者は―

ケイたちだ。

ズンッ、と森の奥で何かが動いた。

木々が、茂みが、ざわめく。

―ぬるり、と。

木々の隙間を縫うように、青緑の巨体が姿を現した。

でけえ……

呆れたようなゴーダンの呟き。

グルルル……と遠雷のような音が響く。

それは地を這う竜の唸り声だった。

チロチロ、と細長い舌を出し入れしながら、“森大蜥蜴”が睨めつける。

いや、ただ餌の場所を確認しただけだ。

とりあえず手近なお(・)や(・)つ(・)にかじりつく。

メェ~~~~!

最期まで悲惨に、そして呆気なく。

パキッ、ポキッと捕食されていく。

ケイはその隙に、サスケに飛び乗った。

“竜鱗通し”を構える。“氷の矢”を引き抜く。

来るぞッ! 予定通りありったけ矢をブチ込め!

そして弦を引き絞り―

ズズンッ、と再び森が揺れた。

―は?

誰かの、呆気に取られたような声。

眼前の”森大蜥蜴”の背後に―揺らめく影。

ぬるり、と。

木々の隙間を縫うようにして、《《もうひとつ》》巨体が這い出してきた。

隣り合った二頭の竜は、お互いの頭を擦り付けるようにして。

ゴロゴロゴロ……と遠雷のような唸り声。

―愛情表現の一種。

ケイの知識が、場違いなまでに冷静に、それが何かを告げてくる。

つがい……?

冗談だろ……というアイリーンのつぶやきが、やけに大きく響いた。

そして存分に、仲睦まじさを見せつけた二頭の竜は。

グルルル……

だらだらと口の端から涎を垂れ流し。

―ルルロロロロォァァァ―!!

ケイたちに狙いを定め、咆哮する。

―ここに、伝説の狩りが幕を開けた。

96. 死線

―無理だ。

地響きを立てて迫る二頭の巨竜に、ゴーダンはすくみ上がった。

常人が心折れるには、充分すぎる光景だった。

グルロロロロォォ―ォ!!

雷鳴のごとき咆哮に打ちのめされ、身体が強張って動かない。

はるか格上の捕食者を前に本能が告げる。

―なりふり構わず逃げ出せ、と。

う、ぁ……

息が詰まる。腰が引ける。後ずさる。

Aubine !

だがそこで、凛とした声が響いた。

思わず振り返る。

ケイだ。

馬上で朱(あか)い複合弓を構え、ぎりぎりと弦を引き絞っている。“氷の矢”に込められた精霊の力が目覚め、青い光が溢れ出していた。

―解き放つ。

カァン! と唐竹を割るような快音。かつて武闘大会で、ゴーダンを魅了したあの音が高らかに響き渡った。

青き燐光を散らす、一条の流星と化した魔法の矢―それは吸い込まれるように”森大蜥蜴”の鼻先へと突き立った。

グルロロロロォ―ッ!?

予期せぬ痛みにたじろぐ”森大蜥蜴”。矢を中心に、青緑の皮膚にパキパキと霜が降りていく。凍傷の激痛もさることながら、冷気がピット器官を麻痺させる。これで熱探知の能力も使い物にならない。

Aubine !

すかさず二の矢をつがえるケイ。狙うはもう一頭の”森大蜥蜴”。最初の個体より小柄だ、おそらくこちらが雌か。

快音再び。

青き流星が空を穿つ。

雌竜の前脚に氷の矢が突き立ち、凍傷で動きを鈍らせた。

効くぞ! 魔法の矢は!

ケイが叫ぶ。

たったの二射で巨大な怪物の突進を止めた、稀代の英雄が。

臆するな! 確かに手間は増えたが―

少し強張った顔で、それでもニヤリと笑ってみせる。

―その分、名誉も報酬も二倍だ! 狩るぞッ!!

つがえる魔法の矢。

Aubine ッ!

まるで流星群のように、青く煌めく矢の雨が降り注ぐ。

グルロロロロロロォ―ッ!!

顔が、脚が、穿たれ凍てつく痛みに、“森大蜥蜴”たちがじりじりと後退る。

……行けるぞ!

うおおおおッ!

マンデルとロドルフォも”氷の矢”をつがえ、 オービーヌ! と合言葉(キーワード)を叫び、次々に放った。

青い光を灯した矢が”森大蜥蜴”の横腹に突き刺さり、凍りつかせていく。

さらにキリアンもクロスボウを構え、毒の矢弾(ボルト)を打ち込んでいた。

(そうか……俺も……)

ゴーダンは、気づく。

己もまた、英雄譚の一員であることに。

(このまま……何もせずに……)

―終われるものか。

背中に担いだ槍を引き抜く。

震える手で投槍器(アトラトル)を構える。

おお―

臆するな。

おおおおッ!!

狙え、そして穿て。

おおおおおおお―ッッ!

雄叫びを上げたゴーダンは、投槍器(アトラトル)を握る手に力を込める。

踏み込む。

全身をバネにして、持てる力を注ぎ込む。

ぶぉん、と投槍器(アトラトル)が唸りを上げた。

美しい放物線を描いた投槍は、無防備な”森大蜥蜴”の横腹に食らいつく。

そしてキリアン特製の毒をたっぷりと塗り込んだ穂先は、青緑の皮膚に深々と突き刺さるのだった。

†††

グルロロロロロロォ―ッ!?

横腹に槍がぶっ刺さり、絶叫する”森大蜥蜴”。大柄な体格から、おそらくこちらが雄の個体だろう。

いいぞ、ゴーダン!

横合いから痛撃をお見舞いしたゴーダンに、ケイは快哉を叫ぶ。

Перейти на страницу:

Поиск

Книга жанров

Нет соединения с сервером, попробуйте зайти чуть позже