せっかくのお見事な武具が、返り血で痛みかねませんからの。僭越ながら村の職人に手入れをしておくよう、命じておったのです。とはいえ、こちらの独断となってしまいましたが―
いや、こちらとしても助かった。ありがとう
それならば僥倖ですじゃ。困ったときはお互い様と言いますからの……ああ、あとでその胴鎧も修繕しておくよう、命じておきましょうぞ
愛想よく話を進めるベネット。それに付き合って愛想笑いを張り付けたケイは、タダより恐ろしいものはないな、と心の中で呟いた。
それで、話があるとのことだが
おお、そうでしたの
ケイの言葉に、ベネットがぽんと手を打ってみせる。わざとらしいというよりも、予定調和な言動。
話とは、昨日の盗賊のことですじゃ。昨夜は、詳しいお話を伺おうにも、お疲れの様子でしたからの……
申し訳ない
お気になさらず。して、事の顛末をお聞かせ願えますかな
もちろん
ベネットたちに、昨夜、村を出た後のことを話して聞かせる。ミカヅキを駆り現場に戻り、そのまま野営していた盗賊たちを襲撃したこと。その戦闘でミカヅキを失った代わりに、盗賊たちを全滅させたことなど。
全滅……
ケイの言葉を反芻するかのように、ベネット。
十人近い敵を相手にして戦闘に勝利し、なおかつ全滅させるなど、にわかには信じがたい話だ。しかし、少なくとも何人かを殺害しているのは、ケイが浴びた返り血を見れば明らかだった。
成る程。話は分かりました、……場所は、『岩山』の近くなのですな?
そうだ
賊どもの死体は、いかがなされましたかの?
そのまま放ってきた。色々と値打ちのありそうなものもあったが、回収する時間も余裕もなかったからな
ケイがそう言うと、ベネットとダニーの目がきらりと輝いた。思わず苦笑しそうになる。この話の方向性が見えてきた。
となれば、やはり回収しに行くべきでしょうな
……そうだな。案内しよう
ふぅむ、しかしケイ殿は昨日の戦いお疲れでしょう、今日はゆっくり休まれては如何ですかな
そうです、『岩山』であれば場所はわかりますし、わざわざケイ殿のお手を煩わせるまでもありませんぞ
ベネットが言い、ダニーがそれに乗っかる。
それに対し、少しばかり影のある哀しげな表情を作ったケイは、
馬を、そのまま置いてきているのでな。まずは直接、弔ってやりたい
なるほど。そういうことでしたら……
これ以上、ついてくるなとも言えない。
いやはや、お手数ですがケイ殿、案内をお願いしてもよろしいですかな
もちろん、俺に是非は無い。この村の人々には大変よくしてもらっているし、このぐらいはしないとな
ははは、と朗らかに笑った一同は、物資回収の準備をするために一度解散する運びとなった。
クローネンは人手を集めに。ケイは胴鎧の修繕と、残りの武具を回収するために革職人の所へと向かう。
……『この村の人々には大変よくしてもらっている』、か。言ってくれるわい
自宅へ引き返しながら、ベネットは隣のダニーにぼやくようにして呟いた。それを受けて、小さく肩をすくめたダニーは、
案外、本当に馬を弔いたいだけかも知れんぞ、親父
さてな
長年を馬と共に過ごす生粋の草原の民ならともかく、どこか胡散臭く感じられてしまうのが、あのケイという男だった。
まあ、いずれにせよ、そこまで甘くはなかろうさ
たしかにの
流石に少しわざとらしすぎたかの、とベネットは苦笑する。そんじょそこらの追剥と違って、イグナーツ盗賊団ほどの規模の盗賊団ならば、そこそこ質の良い武具を使っているはずだ。あわよくば剣の一、二本でも誤魔化せれば、と思っていたのだが、そうは問屋がおろさないらしい。
まあ、なるようになるじゃろ。取れるだけの物は取ってこい、ダニー
分かってる。荷馬車を使うぞ、親父
ほくそ笑む親子二人は、体格こそ違えど、やはり似たような顔をしていた。
†††
革職人に胴鎧を預け、代わりに籠手や脛当て、兜などを受け取ったケイは、村長の家に戻っていた。
ケイが訪問した際、“竜鱗通し(ドラゴンスティンガー)“を惚れ惚れと見つめていた年配の革職人は、 この弓に使われている皮膜は何なのか としきりに尋ねてきた。
正直に 飛竜(ワイバーン)の翼の皮膜だ と答えたケイだが、大笑いした職人はさもありなんといった風に何度も頷き、 そりゃ見たこともないわけだ! と随分と面白がっていた。どうやら冗談だと思ったらしい。
逆にそのあと、ケイの革鎧一式が森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)の革だと知った途端、職人がおっかなびっくりな手つきで革鎧を扱いだしたことが、ケイには可笑しかった。
(人を驚かせたいなら、適度な現実味がないとダメってことだな)
荒唐無稽すぎるのも考えものだ、とケイは思う。
ちなみに、森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)とは、地域を問わず深い森の奥に棲む大型の爬虫類で、ソロで遭遇すれば逃げるのが一番と言われる上位のモンスターだ。
その名の通り、深みがかった青緑色の表皮を持つ森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)は、成体ともなればその体長は10メートルを優に超える。
熊型の巨大モンスター、大熊(グランドゥルス)と双璧を成す森の王者だ。
特筆すべきはその機動力だろう。バカでかい巨体から鈍重なイメージがあるが、その見かけに反して森を駆けるのがとにかく速い。木が耐えきれれば木登りすら可能なので、その踏破性は言わずもがなだ。少なくともケイの足では振りきれない相手といえる。
強靭な革はなかなか攻撃を通さず、分厚い肉は衝撃にも強い。太い腕も、鋭い爪も、長い尻尾もギザギザに尖った歯も、全てが脅威ではあるが、何よりも強力なのはその巨体と重量そのものだ。体当たりやのしかかりを食らえば、どんなプレイヤーでも即死は免れない。しかも、歯の隙間から血液の凝固を妨げる毒が分泌されているので、少しでも噛まれると出血が止まらなくなるというオマケつきだ。顎のサイズの関係で、毒が活きる前に胴体をごっそりと食い千切られ即死するパターンがほとんどだが。
ともかく、特定の地域に行かねばエンカウントしない飛竜(ワイバーン)と違い、人里と生活圏がかぶる森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)の方が、こちらの世界では現実的な脅威として認知されているのだろう。実際のところ、地を這う竜といっても過言ではない実力を持つモンスターだ。
一度獲物を追いかけ始めると猪突猛進なところがあるので、地形を駆使した罠さえ張れば、狩ること自体は不可能ではない。ゲームでは、上級者向けの、比較的手に入れやすい防具の素材として普及していた。が、狩るのが可能とはいえ、入念に準備をしたプレイヤーのパーティーでも、度々事故死は発生しうる。
ゲームならば笑いごとで済むが、現実(リアル)となった今では、後衛のケイですら相手取りたくないモンスターだった。
ケイ殿、戻られましたか
村長の家には、まだダニーもクローネンもおらず、ベネットがひとりテーブルの上で帳簿を広げているのみだった。
ああ。とりあえず、職人に胴鎧を預けてきた
成る程。……その鎖帷子も見事なものですな
革の籠手、脛当て、兜に鎖帷子といった出で立ちのケイを見て、ベネットが感心した声を出す。革職人の所で、鎖帷子にこびりついていた血を濡れた布で拭いてきたので、その細やかな鎖の質感がさらに際立って見えた。
この帷子には何度も命を救われているよ
撫でつけると、しゃらしゃらと音を立てる冷たい金属が心地よい。
ところで、皆が集まるまで、アイリーンの様子を見ておきたいのだが、よろしいか
もちろんですとも。こちらへ
よっこいせ、と席を立ったベネットに案内され、奥の部屋へと通される。書籍や、巻物の類が収められた本棚。お洒落な装飾の施された木箱(チェスト)。床には落ち着いた緑色の絨毯が敷かれ、そして、クローネンの家のそれよりも、明らかに上質な大きな寝台の上。
眠り姫は、そこにいた。
すやすやと、静かな呼吸を繰り返す様は、まるで本当にただ眠っているかのようだった。普段ポニーテールにまとめていた髪はほどかれ、黄金の糸のようにして枕元に広げられている。汚れていた黒装束を、誰かが替えてくれたのだろう、今は清潔な白い薄手の服を身にまとっていた。血色を取り戻した顔に、苦しみや痛みの色はない。穏やかな陽光の差し込む部屋の中、それはまるで完成された一枚の絵画のようだった。
アイリーン
枕元まで歩み寄り、膝をついてそっとその頭を撫でる。僅かに身じろぎをしたように見えた―気がしたが、それはケイの願望がもたらした錯覚だったのかも知れない。
今朝、何か、うわ言のようなことをおっしゃっていました
突然、すぐそばから、か細い声。ぎょっとして見やれば、ベッドの対面、静かに佇む女性の姿があった。
美しい女性だ。
全体的に華奢な身体のライン。ただの農村の村人とは思えないほどに肌の色は白く、亜麻色の髪も艶やかに手入れがなされていた。すっと通った鼻筋。穏やかな笑みを浮かべる唇。淑やかさと色気を両立させた目元には、ひとつ、泣きぼくろがあった。そのせいかは分からないが、これほどの美しさにもかかわらず、どこか線の細い、薄幸の雰囲気を漂わせている。
異国の言葉のようで、何をおっしゃっているのかは分かりませんでしたが……
少し、申し訳なさそうに言葉を続けた女性は、
……申し遅れました。ダニーの妻の、シンシアです
声を出せずにいたケイを見て、しゃなりと、淑やかに礼をして見せた。
あ、ああ。ケイという者だ。よろしく
我に返ったケイが慌てて目礼を返すと、くすり、とシンシアは笑った。
いや、すまない。全く気が付かなかった
それだけ、お連れの方が心配でいらっしゃったのですね
静かな部屋の中に、シンシアの優しげな声が響く。
そう……だな。やはり、そうだろう。あなたが、アイリーンの世話をしてくださっているのだろうか
今朝からですが、そうなります
そうか……ありがとう
ケイの心のこもった謝意に、シンシアはやはり静かに、 いえ、 と一言だけ答えた。
と、そのとき、部屋の外からのしのしと足音が近づいてくる。
ケイ殿! 準備が整いましたぞ! 参りましょう!
ばん、と扉を開けて入ってきたのは、上機嫌なダニーだ。腹の贅肉を震わせてノリノリなダニーを見て、この男はどう足掻いても絵にならないな、とケイは思った。
いやはや、お連れの方―アイリーン殿は、やはりお美しいですな! まるで女神のようではないか……! ああ、ケイ殿、いつまでも見つめておられたいお気持ちは十分にわかりますが、そろそろ参りませんと日が暮れてしまいますぞ!
何が楽しいのか、身振り手振りを交えて声を張り上げるダニー。自分の妻を前に他の女をベタ褒めするのはどうか、と思ったケイだが、シンシアはアイリーンの髪を愛おしげに撫でるのみで、特に反応は見せなかった。
そうだな、行こうか
鎖帷子の位置を直しながら、ケイは立ち上がる。
シンシアさん、アイリーンを頼む
はい、と目礼を返すシンシア。
アイリーンに目をやり、 行ってくる と小さく呟いたケイは、マントを翻して部屋を後にした。
回収作業に向かうのは、総勢で八人。
ケイ、クローネン、ダニー、マンデル、そして村の自警団の男衆が四人だ。ケイはサスケに乗り、ダニーと数人は荷馬車、残りは徒歩で現場へ向かう。
手綱を、括り付けていた棒から外す際、 どこへいくの? と目をぱちくりさせていたサスケに、ケイはただ一言、 ミカヅキを迎えに行くよ とだけ告げた。
ミカヅキ、という単語に反応したのか、嬉しそうに尻尾を揺らすサスケを見て、ケイはなんとも、居た堪れない気持ちになった。
森を抜け、草原を突き進む。
昨夜とは打って変わって、現場への道のりはなんとも平和なものだ。
天気は快晴、風は穏やか。真っ青な空には羊雲がぽつぽつと浮かんでいる。
徒歩の村人たちに速度を合わせ、ぱっかぱっかと蹄の音を響かせるサスケの上、ゆっくりと草原の道なき道を進んでいると、まるでピクニックにでも出かけているかのような錯覚に陥った。
しかし、現場の廃墟に近づくにつれ、そんな平和な錯覚も徐々に薄れていく。
まず、異常として感じ取られたのは、ガァガァ、ギャァギャァと、耳をつんざくような鳴き声だ。
鳥。
どこからこんなに集まったのか、と。
疑問に思わざるを得ないほどの、鳥の大群。
大地を覆い尽くす勢いで、鳥たちが『何か』を啄んでいる。