その上、二人部屋は、色々と危険だ。サティナではずっと同じ部屋に泊り、ここ数日はさらにテントでほぼ同衾状態だったが、そろそろケイの理性が限界に近付きつつある。アレクセイ由来のストレスもあって、このまま悶々とした状態が続けば、突発的な衝動に負けてしまう可能性があった。

それで、アイリーンとの、友人関係すら崩れてしまったら―考えるだけでも恐ろしい。

(元々、二人部屋だったのも、個室がなかったからだし……俺には、俺という獣から、アイリーンを守る義務がある……)

イマイチ煮え切らない表情のアイリーンをよそに、ケイがそんなことを考えていると、

アイリーン!

聞き覚えのあるハスキーボイス。ぎょっとして、ケイとアイリーンは同時に振り返る。

見れば、そこには、荷物を抱えて、満面の笑みを浮かべるアレクセイ―

よ、よぉ……

奇遇だな、アイリーン! 俺もこの宿を取るつもりなんだ

そ、そうか。それじゃ

自分たちの荷物を抱えて、そそくさと二階に上がっていく。 あ、待ってくれよ! というアレクセイの声を無視して、とりあえず片方の個室に、逃げるようにして入った。

……なんでヤツが……

ベッドの上に腰を下ろして、げっそりとした表情のアイリーン。

……イヤなのか?

う、う~ん。なんというか、ちょっと鬱陶しいな

身も蓋もないアイリーンの言葉を聞いて、しかし努めて平静に、ケイは そうか と首肯した。

でも最近、色々と話してたじゃないか

別に大したことじゃないよ

探るような言い方をするケイに、小さく肩をすくめて見せたアイリーンは、

さ、それよりケイ、ちょっと町を見てみようぜ! さっきウマそうなもん売ってる屋台があったんだ!

ちょうど小腹も空いてきたことだし、それもいいなと思ったケイは、一緒に町に繰り出すことにした。宿屋のホールでアレクセイには遭遇したが、アイリーンがそれとなく理由を付け、同行は断った。

こっちの方から良い匂いがするな

金には余裕がある。食い倒れと洒落こむか

懐の財布をいじりながら、幾分か楽しそうな様子で、ケイ。街中なので武装は解いているが、腰のケースには”竜鱗通し”を、さらに財布や宝石類も、全身に分散して身につけている。

ユーリアはサティナに比べると遥かに規模の小さな町だが、その分人口密度が高いので、道を行き交う人も多い。そして通行人が多いということは、それをカモにするスリも多いということだ。“受動感気(パッシブセンス)“に長けたケイであれば、コソ泥程度にスられはしないだろうが、万が一ということもある。海外旅行の鉄則、『貴重品は分散する』は、この街においても有効だろう。

それで、その屋台ってのは?

んーと、たしかこっちに……

二人で連れだって、商人街をふらふらと歩いていると、道端から陽気な音楽が聴こえてくる。見やれば、井戸端の小さな広場に、人だかりができていた。

あれは……?

見てみようぜ!

アイリーンがケイの手を引いて、人だかりに突撃する。ケイとしては、スリが山ほど居そうな人の群れは遠慮したかったのだが、仕方がない。

ぐいぐいと野次馬を押しのけて、中心に到達するとそれは、

……大道芸人か

ぽつり、とアイリーンが呟いた。

広場に居たのは、派手な服に身を包み、笛や太鼓などの楽器を演奏する芸人達だった。

その中心には、陽気な音楽に合わせ身体をくねらせる踊り子。ゆったりとした動きで腰を振りながら、彼女は妖艶な流し目を野次馬に向けていた。

その格好は、半裸どころか、殆ど裸といっても差し支えがないほどに扇情的なものだった。股間は腰布で隠しているものの、メリハリの利いた上半身には、御情け程度の薄布と亜麻色の髪しか覆い隠すものがない上に、覆われたところも色々と透けている。しかもそれが、リズムに合わせて、ゆさゆさと揺れるのだ。いや、むしろ、 揺らしている といっていい。

群衆の中から、踊り子の前に置かれた平皿に、次々に銅貨が投げ入れられている。下品なヤジが飛べば、薄く笑みを浮かべた踊り子は、そちらに向けて挑発的な仕草で肉体美を披露し、さらに白熱した男達が歓声を上げる。その場にいた男どもは、誰も彼もが鼻の下を伸ばしていた。

そして、不幸なことに、やはりケイも男であった。

いや、数日の禁欲を強いられた後で、このような状況下に置かれ、目が釘付けになってしまったケイを、咎めるのはあまりに酷というもの。

しかし、それでも尚(なお)、彼の失敗を挙げるとするならば、それは―

…………

傍らでムスッとした表情をする、アイリーンという少女の存在を、うっかり失念してしまったことだろう。

……ん? あれ? アイリーン?

ふと、ケイが我に返った頃には。

その隣から、アイリーンの姿は、消えていた。

†††

何だよ、何だよっ

ぷっすりとした脹れっ面で、肩を怒らせて歩くアイリーン。

不機嫌な表情のまま、“GoldenGoose”亭に戻り、愛想笑いを浮かべた女将から荒々しく鍵を受け取って、部屋に入った。

雑然と荷物の置かれた、狭い個室。

ドサッと身を投げ出すように小さなベッドに突撃し、そのまま寝転がってボスボスと枕を殴る。

……何だよ

しばらく枕を痛めつけたあと、力尽きたようにうつ伏せになって、シーツにぐりぐりと顔を埋めた。

―最近、なんだか、ケイが冷たい。

アイリーンはそう、感じていた。

一緒に話していてもノリが悪いし、ゲーム時代のような、あけすけな態度を取らなくなった。何かを自分に隠しているような雰囲気もあるし、近頃では、会話をするときに目を合わせるのすら避けているように思われる。

(なんか、暗そうな顔してるから、せっかく町に連れ出したってのに……!)

全然楽しそうにしないばかりか、笑顔を見せたと思ったらアレだ。もう、なんというか、最悪だった。

それに―腹が立つのは、アレクセイの件。

(なんで止めないんだよ。なんで何も言わないんだよ)

アイリーンはバイリンガルの英語話者だが、やはりロシア語の方が話す分には楽だ。そのため、情報収集を兼ねて、最初はアレクセイと積極的に交流を図ったが―近頃はいい加減、鬱陶しくなってきた。なので、出来ればケイと話したかったのだが、ケイはどうやら自分を避けている。そればかりか、アレクセイが自分に話しかけてくると、澄まし顔でそれを放置して何処かに行ってしまう始末。

(何だよっ、何だよ……そんなにオレと話すのがつまんないのかよ……)

しょんぼりとした顔で、枕をぽすぽすと叩く。

二人の仲がぎこちなくなったのは、いつからだろう。

アイリーンは、考える。始まりはおそらく、サティナのゴタゴタのあと―はっきりとしたのは、やはり、この隊商に加わってからだ。

サティナのゴタゴタ―そのことに思いを馳せると、アイリーンは自分の中の怒りが、しおしおと萎びていくのを感じた。

あの時―リリーの救出の是非を巡って、ケイと対立した時。

アイリーンは、自分が ひとでなし という言葉を出したことを、今では深く悔やんでいた。この言葉がケイを傷つけてしまったのは、あの時の反応からしてまず間違いない。そして傷つくということは、『人を見捨てる』という選択肢を、アイリーンが知らぬ間に取っていたということだ。

なぜ。いつ。どこで。聞いていない以上、それは知りようがない。

しかし、推測はできる。

アイリーンが把握できていないということは、『こちら』に来た直後、矢を受けて気絶していた間か、あるいは直接戦闘に関与していない、草原の民との遭遇戦での出来事だろう。タアフの村に関することか、あるいは襲い掛かってきた草原の民にまつわることか―そこまでは分からないが、何にせよ、今さらそれを咎めようとは思わない。

彼が、好き好んで人を見捨てるタイプではないことは、アイリーン自身よく理解しているつもりだ。

ケイが何を選択したにせよ、それはきっと、断腸の思いで決めたことだろう。その間自分は、逃げるか、気絶するかしていただけだ。

そんな人間に、その行為を ひとでなし と言われて、ケイが何をどう思ったか―。

(……ひょっとするとオレ、嫌われちゃったのかな)

ぶるりと、背筋を震わせる。

実は、そう考えると、辻褄は合うのだ。

このところケイが、冷たいわけも。どこか、会話にぎこちなさが漂う理由も―。

……なんでだよ

ぽつりと、アイリーンの呟きが、虚ろに響く。

狭く、小さく―

それでも、広すぎる部屋に。

はい。というわけで今回は、けっこう書くのが難しかったです。

参考資料 の方に、イメージの写真を何枚か追加しましたので、よろしければご覧ください。

活動報告でも書きましたが、諸々の事情により親バレしちゃいまして、何故かアイリーンやケイのイラスト提供を受けることになりました。うーむ。

それと今回の作中で、大道芸人たちが演奏していた音楽のイメージは、

↑こんな感じです。演奏者は、フランスのles Dragons du Cormyrというグループの方々となります。昔の文化の再現も兼ねて、雑技団的な活動をしていらっしゃるようです。

HPはこちら

いい感じの音楽だったので、思わず紹介してしまいました。

25. 湖畔

夕方、“GoldenGoose”亭の酒場。

宿泊客たちが賑やかにテーブルを囲み、酒を酌み交わしながら談笑する中。

どんよりとした雰囲気を漂わせ、ひとりカウンター席に座る青年の姿があった。

ケイだ。

目の前には、獲れたての湖の魚のムニエルや、夏野菜のスープ、柔らかめのパンにコケモモのジャム、果物の盛り合わせなど、元の世界の基準に照らし合わせても豪勢な夕食が並んでいるが、どうにも食欲が振るわなかった。ケイは先ほどから、手に持ったスプーンでスープをかき混ぜてばかりいる。

原因は言うまでもない、アイリーンの一件だ。

町中でアイリーンを見失い、慌てて探し回るも全く見つからず、まさかと思って宿屋に戻ってみれば、案の定、彼女は先に帰ってきていた。

愛想笑いを浮かべる女将に、 お連れの方はもう戻られてますよ と言われたときの、あの絶望感―。

恐る恐る、部屋の扉をノックしてみるも、返事はなく。それでも頑張って声をかけ続けてみたが、その結果、一瞬だけ顔を出したアイリーンは、

眠い!

とだけ言って、バタンと扉を閉ざしてしまった。それからは、ノックしようが声を掛けようが、取りつく島もない。

(……完全に嫌われてしまった……)

うわあああ、と頭を抱える。扉を開けた時に垣間見えた、不機嫌極まりないアイリーンの表情。現実から目をそむけるように、木のジョッキに注がれたエールをぐびぐびと喉に流し込む。美味い不味いというよりも、ただ苦いだけの液体だったが、今の自分にはお似合いな気がした。

(……どうすればいい……)

澱んだ目でスープをかき混ぜつつ、考えを巡らせるも、妙案は思いつかない。俺ってこんなに打たれ弱かったっけ、などと思いながら流し込むエール、アルコールで停滞していく思考、完全な酔っ払いの悪循環。

……お口に合いませんで?

と、カウンターの向こうにいた女将が、心配げな顔で声をかけてくる。ケイの食が全く進んでいないのを、気にかけているようだ。

いや、……そういうわけではない……ちょっと考え事を、な

そうですか。エール、お代わり注ぎましょうか?

ああ……頼む

空になったジョッキに、女将の手で壺からエールが注ぎ足される。それをちびちびとやりながら、ケイは食事を再開した。

こうやって平和な環境下で、温かく美味しい料理が食べられる―それも、仮想の味覚でなく、自分の舌で味わえる。まずは、この状況に感謝せねばならない、と思い至ったからだ。

しかし―。

(独りで食べると、なぜこうも味気ないのか)

これでは、食事というより、ただの栄養補給ではないか。独りで黙々と食べていると、食物を口に詰め込み、噛み砕き、嚥下するというプロセスが浮き彫りになってしまう。

……はぁ

最後に溜息を一つ、パンの切れ端にジャムを塗りたくって、無理やり口に突っ込み、ケイの夕餉は終了した。だが、先ほどからあることが気にかかっていたケイは、

女将

なんでしょう

何か、サンドイッチのような、時間をおいても食べられるような物はないか

ありますよ。夜食でしょうか

まあ、そんなところだ

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