貴殿、朱弓の狩人ケイは、共にひとりの乙女を追い求む、我が恋敵である
は? と混乱するケイを置き去りして、アレクセイは口上を続けた。
故に、我が祖、アレクサンドルの名に於いて、
じっと、水色の瞳が見つめる、
―貴殿に、決闘を申し込む
それなりの”礼儀”と”作法”ってもんがある。
28. 決闘
―貴殿に、決闘を申し込む
アレクセイの言葉に、ケイは二の句が継げなかった。
ゲーム内であれば決闘と称して、一対一(タイマン)での勝負を持ちかけられたことは何度もあったが―リアルでやられるのは流石に初めてだ。
返答や如何に?
短剣を突き付けたまま、飽くまで慇懃な態度のアレクセイ。その様子を見るに、万が一にも冗談ということはあるまい。
未だ混乱のさなかにあるケイと、堅い表情を崩さぬアレクセイ。しかも片方が抜き身の短剣を突き付けているとあれば、ただならぬ二人の雰囲気を察したのか、隊商の面々や村人たちがわらわらと周囲に集まってくる。
どうしたどうした?
恋敵同士で決闘だとさ
ほう、痴情のもつれかね
ひそひそと言葉を交わす野次馬たち。彼らの視線にこの上ない居心地の悪さを感じながらも、ケイは 決闘? とオウム返しにする。
然り
ケイの目を真っ直ぐに見据えたアレクセイは、重々しく頷いた。
なんでまた急に
貴殿は、我が恋敵であるが故に
それ以上の言葉は不要、と言わんばかりの不遜な態度に、ケイも閉口せざるを得ない。
あーあー出やがった、雪原の民の悪い癖だよ……!
と、野次馬の片隅、ダグマルが頭痛を堪えるように頭を抱える。
……悪い癖、というと?
決闘だよ! トラブルがあれば決闘! 色恋沙汰で決闘! 犬が吠えても決闘!
呆れ果てた表情で、ダグマルは天を仰いだ。
何でもかんでも、腕っ節だけで解決しようとすんのさ。恋愛関連は特にそれがヒドい。雪原の民は一夫多妻制で、『強い男こそ良い嫁を貰うべき』って考え方でな。決闘による略奪婚も容認されてるんだよ。いい女がいれば婿の座を巡って、もれなく奪い合いが起きるって寸法だ
は、はぁ……
ダグマルの解説に、ケイはただ、気の抜けた相槌を打つしかない。どちらかといえば、恋愛に関してはロマンチストなケイからすれば、到底有り得ないような考え方だ。
……しかし実際のところ、どうなんだそれは。俺たちが闘ったところで、最終的に相手を選ぶのはアイリーンじゃないのか
仮に全く関係のない男が勝利したところで、それが女性の心にどう響くというのか。あるいは雪原の民の間では、選ばれる側の意思が介在する余地は無いのだろうか。眉根を寄せて、ケイは率直な疑問を口にする。
それに対しアレクセイは、ここにきて初めて慇懃な態度を崩し、 さも当然 と言わんばかりに肩をすくめて見せた。
惚れた男が情けなくボコボコにされりゃあ、百年の恋だって冷めるだろ?
おどけるような薄ら笑いと、瞳の中に踊る悪意の光。
……ほう
静かに、そして微かに。口の端を吊り上げて、ケイは曖昧な笑みを浮かべる。面と向かって言い放つということは、つまりはそういうことだろう。
安い挑発だ、と平静を保とうとしながらも、胸の内側にどろりとしたものが広がるのを止められない。ケイは決して喧嘩っ早い性質ではないが、これは少々頂けなかった。この軽薄な態度も、自分が勝つと信じて疑っていない傲慢さも、アイリーンを景品扱いしているところも、その全てが気に食わない。
―というか元からコイツは、何かと癪に障る奴だったな。
“不倶戴天”という言葉を連想する。
一瞬の瞑目ののち―その表情をさらに濃いものとして、ケイは悪感情を抱くことに躊躇いを捨て去った。
それぞれ趣の異なる笑みを浮かべて―
沈黙のままに、二人の男は対峙する。
ぴん、と張り詰めた空気は俄かに冷たく。
立ち込めた朝靄も凍りつくかのようだ―
…………
最初は面白半分に二人を取り囲んでいた野次馬たちも、今では足元から這い上がってくるような寒気に口を閉ざし、固唾を飲んで見守るばかり。
……ま、まあ、と言ってもそれは雪原の民の風習だ。ケイは……あー、その、草原の民か平原の民か知らないが、とにかく出自は別だろ。ここは北の大地じゃないし、となれば、別に決闘に応じる必要は無いわけで―
へらへらと半笑いを浮かべたダグマルが、二人の間に割って入る。
受けて立ったところで、ケイにはメリットもないし、応じる必要なんかどこにも―
そうだ、別に応じる必要はない
指先で短剣を弄びながら、腕を組んだアレクセイが、ダグマルの声にかぶせるようにして言う。
北の大地なら、決闘から逃げれば、もれなく臆病者の謗りを受けることになる。が、あんたは雪原の民じゃないし、そもそも、“大熊(グランドゥルス)“を一矢の下に討ち取った英雄だ……。今回の決闘を断ったところで、誰もあんたのことを臆病者扱いはしないだろうさ
ケイの眉根がぴくりと動く。朗々と語られるアレクセイの言葉は、どこか反語的であるように感じられた。
―なので、こちらから条件を付けさせて貰おう
すっ、と。
アレクセイは指を三本、立てて見せる。
一つ。おれの武器は、剣と盾のみとする
まず、己の得物に制限を科した。
二つ。決闘は、五十歩の距離から始めるものとする
その上で、間合いを投げ捨てる。そして、
三つ。代わりにあんたの武器は、自由とする。剣でも、お得意の弓矢でも、好きに使うといいさ
不敵な笑みで彩られたアレクセイの宣言に、野次馬たちが大きくどよめいた。特に、ケイの弓の威力を直に目の当たりにしている隊商の面々は、 命知らずな…… と驚きの表情を浮かべている。
……舐められたもんだな。弓だと手加減できないぞ
知らずと、ケイの口から、そんな言葉がこぼれ出ていた。
うっかり手が滑れば―と、攻撃的なニュアンスを漂わせる呟きに、アレクセイは小さくお手上げのポーズを取る。
接近戦だと、余りにもあんたに不利だ。弓使いに剣で勝っても面白くも何ともないし、あんたの『全力』を打ち破らないと意味がない。―それに、
ニィッ、とその笑みが凶暴さを増す。
―勝負の後に、『弓さえあれば』なんて言い出されたら面倒だ。言い訳の余地は潰しておかないとな
……。大した自信だ
まぁーな。たしかに、あんたの弓は脅威的だ。しかし雪原の戦士は、剣も盾も弓も槍も斧も、全て扱えてようやく一人前とされる。その中でおれが剣と盾を選んだ理由ってのを、あんたに身を持って教えてやるよ
ほう。それは楽しみだ。しかし……ご自慢の剣だか盾だか知らないが、叩き壊されても文句は言うまいな?
ハハッ。ということはこの申し出、受けて貰えるのか?
心から嬉しそうに―アレクセイの表情は、もはや獣のそれだ。改めて問われたケイは、今一度リスクとリターンを心の秤にかける。
それが、余りにも軽く、無に等しいものであるにも拘らず―天秤はがくりと片方に傾いた。
メリットがないことなど、分かり切っている。
実際のところ、癪に障る話だ。断れば、アレクセイは大人しく身を引くだろう。だが代わりに、ケイのメンツには傷が付くことになる。逆に、受ければ、アレクセイの思う壺だ。奴の掌の上で踊らされるのかと思うと、それだけで腹が立つ。
―どっちに転んでも腹立たしいなら、ブン殴れるだけ闘った方がマシではないか。
醒めた、それでいて沸騰するような心情で、ケイはそんなことを考える。ここまで挑発されて受けて立たなければ、男が廃るというものだ。
(それに、―俺は狩人だ)
ケイは、狩人として身を立てることを決めた。それも、ただの猟師ではなく、“大熊”のようなモンスターを相手取る『大物狩り』として。
―ならば、目の前の狂犬如き、始末できずに何とする?
―ちょぉぉっと待ったぁぁ!!
意を決してケイが口を開こうとした瞬間、外野から叫び声が上がった。どすどすと足音を立てて、ホランドが駆け寄ってくる。
決闘だと!? 責任者を置いて、勝手にそんな話を進められても困る!
咎めるような口調のホランド、その怒りの矛先は、どちらかといえばアレクセイに向いているようだ。
いや、これはおれたち二人の問題だ。あんたには関係がない
関係ないわけがあるか! 私はこの隊商の責任者で、彼は護衛の戦士だ! あと半日とはいえ、まだ仕事が残ってるんだぞ!
そう、あと半日なのが問題なんだ。今を逃したら闘い辛くなる
お冠のホランドなど、どこ吹く風のアレクセイ。
隊商はこのまま北上すれば、半日とせずに要塞都市ウルヴァーン―その外縁部に到着する。護衛任務が正式に完了するのは市街区に入った後であるため、決闘を挑むにしても、適切な場所が見つけ辛くなることをアレクセイは懸念しているのだろう。
その点、現在隊商が逗留しているこの開拓村は、都市部に近いので比較的安全で、尚且つ広い場所も見つけやすい。先ほど提示した条件で決闘を挑むならば、成る程、この村に居る間が好機であるといえた。ウルヴァーンに着いた後に、再び外へ出向いて決闘を―という手も勿論あるが、わざわざそんな面倒な真似をしてまで、ケイが決闘に応じるかはまた別問題だ。
しかし―
仮に、彼が仕事に支障をきたすような事態になれば、代わりにおれが護衛をやろう。勿論、報酬はいらない
まだ何かを言い募ろうとするホランドに、面倒くさそうに頭を掻いたアレクセイが向き直る。
また、他にも何か問題が起きた場合は、おれがそれに関する全責任を負うことを、祖アレクサンドルの名に於いて誓う
短剣を掲げたアレクセイの宣誓に、ホランドは困り顔で視線を彷徨わせた。
……なあ。ダグマル、どう思う
……俺に振られても、なあ
こちらも渋い顔で、ダグマル。
正直、個人的には、お互い同意の上ならさっさと終わらせてくれ、って話なんだが……正(・)規(・)の(・)手(・)続(・)き(・)を踏まないトラブルの方が、よっぽど面倒だからな
じっとりとした目で、アレクセイとピエールを見やるダグマル。アレクセイは素知らぬ顔だが、野次馬の中に居たピエールは気まずげに視線を逸らした。
……一応、護衛のまとめ役としての意見を聞きたい、ダグマル
う~む。まあ、こっちの脳筋野郎はどうでもいいとして、問題はケイか。一昨日の村みたく、“大熊”なんて出現すりゃ話は別だが、……それ以外なら、ケイ抜きでも支障はないな。元々六人でやってたわけだし、いざとなりゃ姫さん(アイリーン)の魔術もある
そうか、……二人とも。人死には出さないんだろうな?
髭を撫でつけながら、どこか疑わしげな様子で、ケイとアレクセイを見やる。
…………
それに対し、二人の若者は不気味な沈黙で答えた。
おいおい……なら当然、許可は出せないぞ
気を付けよう
善処するぜ
即答する二人。やれやれと頭を振ったホランドは、 勝手にしたまえ と溜息をつく。
それでは、改めて……
上機嫌なアレクセイは、ゆっくりとケイに向き直った。
貴殿に、決闘を申し込む
いいだろう、受けて立つ
堂々たる宣言に おお…… と聴衆たちがどよめき、アレクセイは満足げに頷く。
よし。条件は、さっきの通りでいいな。場所に関しては―
ん~なんだよもう煩いなー
―と、背後のテントがガサゴソと。
振り返れば、アイリーンが目を擦りながら外に出てきていた。
……って、あれ?
対峙するケイとアレクセイに、テントを取り囲む野次馬たち。場のただならぬ雰囲気に気付いたアイリーンは、ぱちぱちと目を瞬かせる。
……どういう状況?
説明を求めるようにこちらを見やる彼女に、ケイは ふむ と考えて、
すまんが、お前を巡ってちょっと決闘することになった
†††
当然のように、アイリーンは反対した。
意味分かんねえよ! オ、オレを、めめめ巡って決闘だなんて、そんな……!
村人に借りた納屋の中、ゴスゴスッ、とケイは脇腹にツッコミの嵐を食らう。怒るやら恥ずかしがるやらで、アイリーンは大変な有様だ。
まったく! 勝手に大事な話を進めやがって! こっちの気持ちも考えろってんだ! そ、それにオレは、……今さら、そんなことしなくたって……
頬を染めて、指先をいじりながら、何やら一人照れ始めたアイリーンをよそに、ケイは深刻な顔でじゃらじゃらと鎖帷子を着込む。
すまん。あそこまで挑発されると、我慢ならなかった