なぜそれがお分かりになったのですか?単に手放すことを禁じられているだけの可能性もあったはずです
スキルを抜き取るには、本人の同意がなければならない。ブランがそれを手放すには、ほんの一瞬でも心からこの呪われたスキルを手放したくないと思う必要があった。
そうだな。だが動作であればともかく、思考を禁じるというのは非常に困難だ。動作を禁じる場合も、禁を犯せば耐えがたい苦痛を味わわせるという手段を取るのが精々だろう。──そしてお前なら、その苦痛を耐えて見せたはずだ
はい。実際その苦痛も感じておりましたから
あっさりと首肯するブランに、Olは苦笑する。この娘とでは契約での縛りも意味をなさないという事だ。
一つ問おう。お前にそれを付けたのは誰だ?
それは──
ブランが返答に逡巡したその時。
部屋に駆け込んできたのは、ユウェロイとフローロであった。
Olから報告を聞きました。もう、大丈夫なのですか?
はい姫様。本当に申し訳ございませんでした。ユウェ。あなたにも、苦労をかけました
抱き合い、慰め合う娘たちを横目に見つつ、Olは今聞いた情報をどう扱えばよいものか思い悩む。
ブランは確かにこう言った。
自分に反転を付けたのは、魔王──フローロの父であると。
第15話封じられた箱を開きましょう-1
オーウルっ!今日からわたしもOlと一緒に探索できますよー!
いや、俺は探索はせんぞ
嬉しそうに飛びついてくるフローロに、Olはそっけなく言い返す。
何でですか!?
必要がないからだ
Ol自身が探索に出てドロップ品を稼いでくるよりも、冒険者たちの管理をしてその上前をはねた方が遥かに効率がいい。とはいえ、冒険者たちを管理するというのは言うほど簡単な話でもなかった。
元居た世界の冒険者というのは所詮まともな職に就けないごろつきの成れの果て。野盗よりは多少マシという部類の人間に過ぎなかったが、こちらの世界ではダンジョン探索こそが万人の就く職業だ。それゆえ、人間性で言えばおかしな人間の比率は比較的少ない。
にもかかわらず、問題は頻出した。あのパーティが獲物を横取りしただの、ドロップ品だけ盗んでいっただの、魔族だけのパーティのくせに生意気だだの、Olからしてみれば下らないとしか思えない話の仲裁をいちいちしつつ、利益を最大化するためにひよっこ達の面倒を見てやらねばならない。
基本的なスキルの使い方から戦術の運用、モンスターの特徴や対応方法、最適な狩場の紹介に普段の訓練方法などなど。そうして分かったのは、思った以上にこの世界の人間たちがふんわりとした認識で行動しているという事だった。
そもそも、訓練をするという意識がほとんどない。能力というのはどんなスキルを持っているかで決まり、それは自分の上となる人間から与えられたり、モンスターから偶然ドロップしたりといった方法で得られるものだからだ。
そんな連中を何とかまとめ上げて教育し、訓練を施し、いっぱしの探索者にしてやる。冒険者という仰々しい名前だってその一環だ。ただの探索、言ってしまえばそれは狩猟でしかない。
それを敢えて冒険と呼ぶことで、未知への挑戦言い換えれば成長を促し、生活するのに最低限必要な狩りで満足していた者たちの生産性を向上させた。
ナギアが存外そういった分野については優秀だった為なんとかなっているが、こんなものを一人で回していた元の世界の部下、商人のノームの手腕にOlは改めて感心した。
行きましょうよー
そんなに行きたければ一人で行けばよかろう。お前に合ったパーティメンバーも斡旋してやるぞ
わたしはOlと行きたいんです!
書類にペンを走らせ続けるOlに横からぎゅうぎゅうと抱きつき駄々をこねるフローロ。毎夜のようにその身体は可愛がっているとはいえ、ここの所ロクに相手してやれていないのも確かなことだ。今日は差し迫った問題も発生していないようだし、そろそろ構ってやるか。
オーナー!大変です!
急報が届いたのは、Olがそんなことを考えた直後のことであった。
これは凄まじいな
目の前に広がる光景に、Olは思わずそんな言葉を漏らす。通路をまるで海がおしよせてきたかのように埋めつくしているのは、毒々しい緑色の軟体生物。
泡雫球と呼ばれるモンスターの群れであった。
一体一体は不定形のネバネバしたスライムのようなモンスターで、その名の通りぶくぶくと表面から泡を立て、それが宙に浮いて漂っている。
その泡の中には毒素が含まれており、下手に割ると中毒症状を起こすらしかった。
対するOlは総力を連れての対応だ。フォリオにラディコ、サルナーク。ルヴェとクゥシェのスィエル姉妹にその従者のテール。冒険者としてみるみる頭角を表しているシィルとユグ。ユウェロイやハルトヴァン、レイユたちもそれぞれ部下を率いて事の鎮静に当たっている。それ程の事態であった。
気をつけてくださいね。この泡雫球の毒には解毒が効きにくいそうです
翼族の参謀、フォリオがそう忠告をする。
一体一体は大したことはない。サルナーク。フォリオ、ラディコと共に数を減らせ。ルヴェ、クゥシェ、テールの三人は居住区に向かう泡雫球を食い止めろ。シィルとユグは壁民の避難だ
Olは矢継ぎ早に指示を飛ばす。
Ol、わたしは!?
そして目を輝かせるフローロと、その横に静かに侍るブランにため息をついた。
お前は俺とナギアと共にギルド本部で待機だ
でも今は一人でも人手が必要ですよね?
フローロは真っ直ぐにOlを見据える。その瞳からは先程までの、状況を楽しむような輝きは消え失せ、真剣な施政者としての意思だけが残っていた。
それにブラン程の戦力を遊ばせておくのも勿体ないはずです
私はフローロ様のお傍を離れる訳には参りませんので
フローロの言葉をブランがやんわりとサポートして、Olは嘆息し白旗を上げた。
分かった。俺たちは遊撃部隊だ。行く手を排除しつつ探すぞ
何をですか?
どの道それを行う部隊は必要ではあった。本来ならばサルナークの部隊に任せようと思ってはいたが、効率を考えるならOlがやるのが最も効率的であることは分かってはいた。
本体だ
モンスターというのは要するに、魔力の塊で作られた自動機械のようなものだ、とOlは理解していた。無論アレオスのようにある程度の感情のようなものはあるが、純粋な生命ではない。
故になんの理由もなく大量発生するなどということは考えづらく、原因があるとすればそれは特異個体と呼ばれるイレギュラー本来のモンスターとは隔絶した能力と強さを持った特殊な個体の仕業であるだろう、とOlは予測していた。
問題はそれがどこにいるかだ。
これでは探すのも儘ならん。とにかくまずは数を減らすぞ
任せてください!
通路を埋め尽くす泡雫球に辟易するOlに、フローロは張り切って棍を構える。
掛け声と共に振るわれた棍はフローロの背丈を遥かに超える長さに伸びると、先端が太く広がり泡雫球の群れを一度に叩き潰す。
そしてそのままさらに伸び、まるで意志を持っているかのようにぶんと先端を横に振って、泡雫球たちを薙ぎ払った。
どうですか、Ol!わたしが改良した真・自在棍です!
それは元々、ただ長さを変えられるだけの道具であったはずだ。それが太さや形状、動作まで加えられるようになっている。
と言ってもOlが使ってたダンジョン・キューブの下位互換みたいなものなんですけどね
照れたようにフローロは言うが、とんでもない話だった。Olは彼女に物質を変化させるための変性術も、それを道具に定着させるための付与術も教えていない。
ましてや既に道具に定着している機能を改造することなど、そう簡単に出来ることなどではなかった。
でも泡雫球相手ならわたしの方がブランより役に立つんじゃないですか?
フローロはふふん、と胸を張る。確かに拳足を用いて戦うブランにとって、泡雫球は相性の悪い敵だった。迂闊に近づけば毒を食らってしまう。一匹二匹ならどうということは無いだろうが、通路を埋めつくさんばかりに群れているこの状況では安易に近づくのは危険だ。
さらりと髪をなびかせて、ブランは頷く。反転が取れ、彼女の物腰は明らかに変わった。以前にはあった強者としての傲慢さが消えてなくなり、代わりに仕えるものとしての落ち着いた振る舞いが表出していた。これこそが、本来のブランなのだろう。
私に出来ますのは精々
バチリ、とブランの身体が雷光をまとい、その拳に集まる。スカートの裾から竜の尾がたらされ、床にしっかりと接地して体幹を支える。
そして、彼女はその拳を力いっぱい泡雫球の群れに向かって突き出した。
雷気を帯びた風の奔流が通路を駆け抜けて、壁や床、天井に張り付いた泡雫球たちを引き剥がし吹き飛ばしていく。
この程度のものですね
ポポポポポン、と音を立てて一斉にドロップ品に変わっていく泡雫球の群れを前に、にこやかに言うブランにフローロは呆然とする。
反転しても案外本質は変わらないものなのかもしれない。真っさらになった通路に、Olはそう思うのであった。
第15話封じられた箱を開きましょう-2
リル。この先を偵察してこい
ポン、と音を立ててOlの手のひらの上に真ん丸な身体をした風船蝙蝠が呼び出され、Olの命にキィキィと返事をして飛んでいく。
あの風船蝙蝠、リルって名前をつけてるんですか?
悪いか?
その名をフローロに聞きとめられ、Olは少々バツの悪い思いで答えた。
いえ前、寝ている時に聞いた名前でしたので
元いた世界の部下の名だ。あいつによく似ていたからつけた
夢で見た時に呟いてしまったのか、と渋面を作りつつも、Olは本人がいれば大いに異議を唱えたであろうことを口にする。
そうなんですね
フローロは何か言いたげだったが、そんな下らない感傷の話をしている場合でもない。
いたか
リルの視界を受け取って、Olは泡雫球の本体らしき存在を見つけた。
アレオス、蹴散らせ!
Olの右袖が翼獅子の頭へと変貌すると、アレオスは咆哮し喉の奥から炎を吐き出して泡雫球の群れを薙ぎ払う。討ち漏らしをフローロが自在棍で潰し、長い直線の群れをブランの突きが一掃する。
幾度かそれを繰り返し、Olたちはとうとうリルの示した場所へと辿り着いた。
大きいですね
それはまるで壁のように通路をみっちりと埋めた、巨大な泡雫球だった。群れではなく、単独の個体であることが周囲を浮かぶ巨大な泡が示している。小柄なラディコくらいなら閉じ込めてしまえそうな大きさの泡だった。
まずは一撃、試してみますね
ブランがバサリと翼を広げ、全身に雷光を纏う。ここまで雑魚を散らしてきたものとは比べ物にならないほどの光がブランの身体を包み込み、それが拳に収束して、柱のように撃ち出された。
それが消え去った後、全くの無傷で佇む泡雫球にブランはのんきな声をあげる。
あの泡が攻撃の威力を散らしてしまうんですね
そのようだな
ブランが攻撃する寸前、泡が寄り集まり、光線を互いに反射させて散らしていく様をブランとOlは目にしていた。
だったらっ!
フローロの自在棍が宙を漂う泡を薙ぎ払い、貫く。しかし泡はその攻撃にぽよんと跳ねて少し移動するだけで、まるで割れる気配がなかった。
思ったより頑丈ですね
ではこれならばどうだ
アレオスの炎が泡を包み込む。ブランの雷光にすら耐えた泡がそう簡単に炎で消えるわけもなかったが、中の空気は別だ。泡である以上、それは中に空気をはらんでいる。それは炎によって熱され膨らみ、薄く引き伸ばされた泡は内圧に耐えきれずに破裂した。
だがその爆発は思った以上に大規模なものだった。辺りに毒が混じった液体が飛び散り、じゅうじゅうと音を立てる。そして、フローロを庇ったブランはそれを背中に思いきり浴びてしまった。
大丈夫ですこの、程度
同じ特異個体だからかアレオスのローブは毒液を防いだが、ブランの肌はそういう訳にもいかなかったらしい。
チッ! フローロ、来るぞ!
泡雫球の表面がぐにゃりと歪み、無数の触手が槍のように放たれる。ブランが傷の痛みを堪えながらそれを捌き、Olはアレオスの脚を使ってそれをかわす。
フローロ、お前たちは引け!
Olはどうするつもりですか!?
俺はアレを封じる
何も倒す必要はないのだ。動きは遅いようだし、壁で閉じ込めてしまえばいい。だがそれには一つ問題があった。