シィルはそれをずっと自分に使っていた。それは万全の効果を発揮してはいなかったが、しかしそれでも強靭な鱗族の能力を、小さく弱い翅族のそれに近づけていた。
そして今、ブランはそれを反転させた。つまり──今目の前にいるのは、鱗族の力を備えた翅族だ。
反転を解いたところで無駄だ。そうなれば今度はブランが弱くなるだけで、状況はむしろ悪くなる。雷身を封じられ、身体能力の差を埋められて、いかなるスキルも打破するはずの反転すら役に立たない。
彼女に残されたのは、後は拳の技だけだった。反転を解くかどうかを一瞬悩み、解かずに彼女は挑みかかる。同じ身体能力であれば、技の分ブランの方が強い。
雲霞の如く放たれる拳撃を、しかしシィルはことごとくかわす。虫のような翅で宙を自在に舞い、拳よりもわずかに大きい程度の体躯を捉えるのは至難の業であった。
そしてその背後から、ユグが大きく脚を振り上げる。後ろに引く、飛んで避ける。どちらもシィルに追撃されて手ひどいダメージを受ける。覚悟を決めて腕でガードするブランの身体を、ユグの蹴りが吹き飛ばして壁に叩きつけた。
まだまだぁ!
あらゆるスキルを封殺され、身体能力すら奪われ、拳技も通用せず、それでもブランの心は折れない。負けを認めなければ、屈することさえなければ、必ずその先がある。
ならば簡単だ。屈しなければいいだけだ。
おぼつかない足取りで、しかし闘志は微塵も衰えず、ブランは眼前の二人を見つめる。弱者と侮り、弱者であるがゆえにここまでブランを追い詰めた二人を。
だから、気が付かなかった。
足元から触手のように伸び、己を拘束する母なる壁に。
第14話孤独な少女を救いましょう-4
俺が介入してはならんというルールもなかったものでな
あなたはどこまで!
負傷し疲弊したユグとシィルを退場させた後、しれっと言い放つOlに流石にブランはキレた。
そうは言うが、お前はその可能性もしっかり考慮していただろうが
そうですが!
どれだけ心が折れなかろうと、全身を母なる壁で拘束されてしまえばどうしようもない。だが、ブランがユグとシィルの二人を認め、Olから注意を切った瞬間を見計らうあたりがどこまでも悪辣だ。どっちにしろあのまま戦っていてもブランの負けだっただろう事がわかるだけに、余計に腹が立った。
大体なんなんですか。あの相手の能力を自分と同じにするとかいうめちゃくちゃなスキルは
感染呪術だ
Olから飛び出した全く聞き覚えのない言葉に、ブランは首を傾げる。
シィルの奴は魔力量は豊富なくせに魔術の才能がからっきしでな。唯一モノになったのが、同期の呪い相手を自分と同じ立場に引きずり込む術だ
体格に恵まれ、拳闘の素質にも優れていたユグと違って、シィルの弱さはスキルや魔術でどうこうなるものではなかった。だが、それでも他者に負けまいとする心の強さ。それは呪いにとって最重要の資質であった。
わかりました。負けを認めます。さっさと好きになさってください
だらりと身体から力を抜いてため息をつくブラン。どうせ彼のやるのは無駄なことだ。彼がどれだけ快楽を与えようと、ブランがそれに屈することはない。ただ一晩やり過ごせばいいだけの話だ。
ではそうさせてもらおう
ぐにゃり、とブランを拘束する母なる壁が変形し、彼女の身体を動かす。天井から吊り下げられた状態のまま、Olに向かって高く尻を掲げるような体勢にされた。
ふむ。良い尻だな
あなたこそ良いご趣味ですね
ぺろりと侍女服のスカートをめくりあげるOlに、ブランは皮肉を飛ばす。尻尾で叩きのめしてやりたかったが、残念ながらそちらもしっかり拘束されていた。
そのままするりと下着を下ろされ、尻をじろじろと見られる恥辱にブランは身体を震わせる。
じゅっ、と焼きごてを当てるかのような音とともにOlの手がブランの腹に押し当てられ、身体を走る衝撃にブランは嬌声を上げた。
などうして?
今彼女が味わったのは、紛れもなく快感と呼ぶべき物。しかしブランが快楽を感じる事はないはずだった。なぜなら──
苦痛を快楽に変える術を、今お前にかけた
Olが施したその全く逆。快楽を苦痛に変えるよう、反転を設定していたからだ。
人は苦痛には耐えられる。だが、快楽に耐えることはできない
ま、待っ──
Olの男根が、ブランの入り口に押し当てられる。己の身に訪れる予感に、ブランの肌が粟立った。
お前の精神力であれば、確かに耐えただろうな。苦痛であれば
ずぶりと己を貫く剛直の感覚に、ブランはたまらず高く声をあげた。濡れてもいない処女穴を無理やり突き破られる破瓜の痛み。初めて知る男のものが、己の弱い部分をぐっと穿つ痺れるような快楽。そのどちらもが快感に変換されて、ブランの身体を焼いた。
フローロを通して快感を送り込んだ時も、お前は快楽ではなく痛みによって気絶していたのだな。なるほど、気を失ってしまえば落としようがない
うぐっ!ひぐぅっ!
容赦なく突き込まれるOlの肉槍に身体は否応なく反応し、滴る愛液が立てるじゅぷじゅぷという淫猥な音が鳴り響く。繰り返されている、とブランは理解した。
Olのもたらす痛みは彼の術によって快感に変じ、それは反転のスキルによって苦痛に反転される。そしてその苦痛はブランが認識するよりも早く、Olの術によって再び快楽へと変換されるのだ。
問題は、表層的にブランが感じるのが快楽の方であるという事だった。繰り返し変換される苦痛と快楽は消えることなく蓄積されていって、波のようにブランを襲う。そしてOlが一度彼女の奥を突く度、その波はどんどん高くなっていくのだ。
ひうっ!
どうすればいいと回るブランの思考を邪魔するかのようにパァンッ!と景気のいい音が鳴り響き、衝撃的な快楽が──そうとしか表現できないものが、彼女の尻から全身に伝わった。
Olが平手で、ブランの尻を叩いたのだ。音と痛みを最大限に残しつつ、しかし肉体そのものにはダメージを与えない、革の鞭のような一撃だった。
あまり女の身体を痛めつけるような事はしたくないのだがな
ひあぁぁっ!!
そう言いつつも振り下ろされる手のひらに、ブランは高く鳴く。絶頂などとうに通り過ぎ、今まで感じたことのない深い快楽の中で、更にひときわ強く深く焼けるような快楽が叩きつけられる。
あまりの快楽にブランの股間からは液体が漏れ出し、結合しているOlの股を濡らす。その恥辱にブランは身を震わせて、愕然とした。
──精神的な苦痛すら、快楽に変換されている。
ひぐぅぅっ!ひあぁぁっ!あ゛ぁっ!お゛ぁあっ!
パンパンと音を立てながら何度も奥に突き込まれる男根の快楽に。尻を激しく打たれる痺れるような衝撃に。胸を鷲掴みにされ、乳首を千切れんばかりに摘まみ上げられ、ブランはあられもなく嬌声を上げる。
涙を流しながら失禁し、太く喘ぎ声をあげるその姿には普段の涼やかな優美さは微塵もなかった。彼女を慕うユウェロイやフローロが見れば、あるいは幻滅さえするかもしれないような、雌の姿。
今までの人生をひっくり返されるような凄まじい快楽に、ブランは納得する。この快楽を得るためであれば自分のすべてをなげうっても惜しくはない。フローロにフォリオやラディコ、そしてあるいはユウェロイもこれを味わわされれば、Olに隷属してしまうのも無理はない。
そう思うほどの快楽を──
しかし、ブランは、耐えた。
耐えることが出来てしまった。
これほどの快楽を覚えこまされて、命令に背けばもう二度と与えないと言われれば堪えがたい苦しみを味わうだろう。
だがブランは、それに耐えることが出来る。そのつらさを堪えることが出来る。
ブランの真の強さとは、身体能力でもスキルでもなく、その類稀なる精神力にあった。
どれだけ感じさせられ、喘がされ、絶頂させられようと、ブランがそれに屈することはない。
先ほどお前にかけた術だが
部屋の中に響き渡るブランの嬌声を切り裂くように、Olの低い声がぼそりと響く。
アレの効果自体、お前の反転の影響を受け反転している。つまり、本来は快楽を苦痛に変える術だ。だからこそ、お前は今快楽だけを感じている
快楽に蕩けたブランにも理解できるように、Olはゆっくりとそう説明した。
反転も術も、どちらも苦痛だけを感じるようにしている。だからそれが反転して、今ブランは快楽だけを感じている。そういう理屈だった。
この状態で、お前の反転のスキルを手放したらどうなると思う?
ぞわり、とブランの身体が総毛だった。
反転のスキルがなくなれば、術だけが残る。本来の術快楽を苦痛に変える術だけが。そしてこの、膨大な快楽が一瞬にしてすべて苦痛に変換される。
これほどの快楽を感じるほどの苦痛は、いかばかりのものか。人は苦痛には耐えられる。ブランは快楽にすら耐えられる。
だが、快楽から苦痛に相転移する、その落差には?快楽に伴う多幸感が、気を失うことを許してくれない。地獄を超えた想像を絶する苦痛が、ブランを襲う。ブランはその激しさを、思わず想像してしまった。
だから、反転を渡せ
反射的にブランは思う。渡したくない。今渡してしまえば、きっと自分は壊れてしまう。故に彼女は叫んだ。
とって、下さい!
Olの腕がブランの背中からずぶりと体内に入り込み、反転のスキルを抜き取る。白と黒が互いにせめぎあいまじりあうような、奇妙で禍々しい結晶だった。
あぁっ!ぐぅぅっ!
途端襲い掛かってくる、魂を焼くような苦痛。だがそれはほんの一瞬の、更に刹那の事であった。暖かく柔らかな波動のようなものが背中に当てられたOlの手のひらから伝わってきて、苦痛が嘘のように拭い去られていく。
ほんの一瞬で、ブランの身体はびっしょりと汗にまみれていた。あれがほんの数秒続けば、自分の精神は粉々に砕け散っていただろうと確信するほどの苦痛。
拘束がするりと外れ、ブランの身体が解放される。ぐったりとして地面に崩れ落ちそうになる彼女の身体を、Olが抱き留めた。
はぁっはぁっはぁっ
目を大きく見開き、荒く肩で呼吸しながらブランはOlを見つめる。
いつから?
最初に気づいたのは、フローロだ
端的なブランの言葉に、Olはその意図を違わず受け取って答えた。
今まで、よく堪え、耐えてきたな
ボロボロと、ブランの瞳から涙が零れ落ちる。Olが彼女を抱きしめると、ブランはOlの背中に腕を回して声を上げて、まるで幼い少女のようにむせび泣き始めた。
ブランを助けてほしい。理由はわからないが、彼女はずっと苦しんでいる。
ルヴェとクゥシェを堕とした時にフローロからそう頼まれて以来、Olはブランの様子を密かに監視し続けてきた。
ブランが反転のスキルに支配されている事を確信したのは、彼女がユウェロイを可愛がっている時の事だ。あれほどユウェロイに慕われ、そして自身もユウェロイを可愛く思っている。それは間違いのないことだ。だが実際にやっているのは、加害としか言いようのない所作であった。
だがそれ以前からも細かい違和感はあった。やっていることがちぐはぐなのだ。
そもそもフローロを最下層の奴隷のまま放置していた意味が分からない。
最初は単にOlの実力を試しているだけかとも思ったが、それにしては本気でフローロを殺そうとしているように思える瞬間もあった。
そしてフローロが中層で暮らすようになってからは、何かと理由をつけて彼女をずっと自室に閉じ込め続けた。Olに会わせないためかと思えば、フローロがOlの部屋を訪れるのは一切止めようとしない。
誰かから守ろうとしているのは明白だった。しかしその誰かとは、Olでもなければモンスターでも、敵対する領主たちでもない。
他でもない、ブラン自身だったのだ。
要するにお前は愛する者を殺したくて堪らなくなっていたのだな?
Olの胸板に泣き顔をうずめながら、ブランは頷く。
そしてそれを、精神力でこらえていた
ブランはもう一度、こくりと頷く。
凄まじい精神力、そして忠義だ
おそらくは、通常の人間であれば迷わず愛する者を手にかけてしまうのだろう。だがブランはその忠誠心と思考力によって、その衝動に抗った。人を愛しく思えば思うほど、大事にすればするほどそれを虐げ破壊したくなる。己の心に背き続けるのがいかほどに苦しく辛いことか、かつて似たような経験を味わったOlにはよくわかった。
そして反転を手放したいという気持ちも反転させられていたわけだな