ここ数日の『邪悪な魔法使い』作戦を経て、演出に目覚めたらしいケルスティンは、影をどんどん過激なものへと進化させていった。お陰で、ただの虚仮威しに過ぎないくせに、今では触れただけでも呪い殺されそうなほど邪悪なオーラを漂わせている。
(しかし……魔術師か、厄介だな)
アイリーンは考える。商会で魔術師を囲っているとなると、彼らが直に魔術に触れる機会も多いことだろう。能力の限界をぼかしたいところだったが、あまり適当なことは言えないかもしれない。
(いや、どんな種類の魔術師かによって変わってくるか)
ゲームのように攻略wikiで情報共有できているならば兎も角、こちらの世界の魔術師はそう簡単に自分の手札を明かさないだろう。そして彼らが閉鎖的であればこそ、他人の契約精霊にも疎いと考えられる。
つまりケルスティンと全く同系統の精霊と契約していない限り、多少のことは誤魔化してもバレない可能性が高い。
では、仮に商会が雇うとすればどのような魔術師になるだろうか。事前に調べた情報を振り返る限りでは、馬賊が出没する以前、街道周辺の治安は比較的良かったはずだ。そして隊商の護衛にわざわざ魔術師をつけるような”贅沢”は、やろうと思ってもそう簡単にはできない。もっと裏方で役に立つような魔術。そしてそれほど珍しくもない契約精霊となると―
アイリーンは改めて、ガブリロフ商会の本部を見やった。二階の壁面にポツポツと開けられている四角い穴。小動物ならば出入り口として利用できそうだ。そう、例えば鳥のような―
『鴉でも飼ってるのかしら』
アイリーンはにこりと微笑んでみせたが、中年親父は表情を変えず、何も答えない。
(ビンゴ)
しかしアイリーンは瞳の奥を見透かす。ガブリロフ商会が抱えている魔術師は、十中八九”告死鳥(プラーグ)“の契約者だろう。ウルヴァーンからディランニレンに向かう途中でも、手紙を運ぶ鴉を度々見かけていた。伝書鴉を運用して儲けているに違いない。
『……それで、魔術師様は俺たちに何をしてくれるって言うんだい?』
会話が停滞しかけたところで、真ん中の赤毛の偉丈夫が穏やかに話の続きを促した。
『そうね、見ての通り私は影を操るわ。そしてそれは夕暮れ後に真価を発揮する……』
ふわりと外套を翻し、アイリーンは優雅に一礼してみせる。艶やかな笑みに、ひらりと舞い散る影の花。
『あなた方の眠りに安寧を。夜の帳は我が眷属となり、不埒な輩を打ち払いましょう。……私は夜営で襲撃されるリスクを大幅に減らせるわ。具体的には、夜闇に紛れて野営地に近づく敵の早期発見、及びその撃退ってところかしら。近頃の情勢下ではなかなか魅力的な提案だと思うのだけど』
どうかしら? と小首を傾げる。
『夜だけなのか?』
真ん中の赤毛の偉丈夫が、存外につぶらな瞳で問いかけた。クリティカルな質問に、アイリーンは一瞬息を詰まらせる。
『……夜だけね。昼間は明るいからあまり意味がないわ』
何がどう、とは説明せずに、曖昧な笑みで誤魔化す。
『明るいから意味がない?』
『ええ』
『その言葉の意味が、よく分からないな』
『……明るいうちは術の効力が薄いということ』
『しかし、明るい方がむしろ影は濃くなるのではないか?』
『そうなんだけど、昼間は私の精霊が働きたがらないのよ』
『ということは、昼間は魔術が使えないと?』
『使えるわ。……使えるけど、代償が高くつく』
赤毛の男の純粋な、それでいて核心を突く問い。 できないこと を できる と言い切ってしまうと、いざ仲間となったときに痛い目を見るので、ある程度正直に話さざるをえない。笑顔は維持しつつも、ぐぬぬ、と歯噛みするアイリーン。
そんな二人のやりとりをよそに、しばらく目を閉じて思案顔だった中年親父は、おもむろに口を開いた。
『……確かに近頃の馬賊の被害を考えると、夜の安全が保障される意味合いは大きい』
『でしょう?』
『ただ、致命的なまでに、そちらに信用がない』
ばっさりと、切って捨てる。
『その話が本当ならお前の……いや魔(・)術(・)師(・)殿(・)の能力は非常に有用だ。しかし隊商の安全保障、その中でも特に重要な夜の警備をぽっと出の余所者に任せるわけにもいくまい。そして信頼関係を築こうにも、目下のところは時間が足りんのだ』
だいぶん、ふてぶてしさが抜けた表情で、中年親父は肩をすくめて見せた。余所者を警戒する顔から商人の顔に変わっている。
『そういうわけで、明日の隊商にすぐ同行、というのは難しい。信頼関係を築くために幾らか期間を置き、然るべき契約を結んだ後に、改めてお願いできないだろうか』
『そうねえ……』
アイリーンもまた思案顔を見せるが、内心ではしめしめとほくそ笑んでいた。やはり何だかんだいって、この男も魔術師とのコネを作りたいのだ。超常の力を操る者はどのような形であれ金を生む。
(あと一押しってトコだな)
“仲良くなるとどんな利益がもたらされるか”をはっきりと示してやれば、人間、心を開いて打ち解けようというものだ。商人であるなら尚更のこと。
ケイ、ちょっと”警報機”出してくれない?
分かった
これまでちんぷんかんぷんなロシア語会話に案山子と化していたケイは、アイリーンの指示を受けて腰の荷袋を漁る。荷物のほとんどは宿屋に置いてきたが、失くすと取り返しのつかないものや再調達が難しいもの―貴金属やポーションの類―は肌身離さず持ち歩いていた。
アイリーンの”警報機”もその一つだ。
『……それは?』
『試作品の魔道具(マジックアイテム)……とは少々言い過ぎね。まあ将来的に魔道具にして売ろうと考えているものよ。私たちは”警報機”と呼んでいるわ』
『ほう……』
中年親父は平静を装っているが、その目は警報機に釘付けだ。そしてふと、気付いたように視線を上げる。
『そういえば、名前を聞いていなかった』
『アイリーンよ。こっちはケイ。よろしく』
『私はゲーンリフだ。よろしく』
中年親父―ゲーンリフとほんの少しだけ歩み寄ったところで、アイリーンは警報機の概要を説明する。
『―というわけで、まあ簡単に言うと、半径百歩以内に踏み込んだ外敵を威嚇しつつ、ベルで知らせてくれる機械よ』
『ほうほう……その”敵”の定義は?』
『使用者―現時点では術者、つまり私に直接的・間接的にかかわらず害意を持つ者ね。精霊の前で嘘はつけないから、自覚なく危害を加える人間でもいない限り、盗賊から獣の類まで幅広く対応できるわ。まあ私がこの機械を対象に術をかけるだけだから、条件はある程度融通が利くけど』
折角なので、実演してみせることした。
広場に警報機を設置し、警戒範囲を十歩に設定して術を起動する。そしてゲーンリフの護衛三人に、アイリーンには秘密で『敵役』をひとり決めてもらい、三人同時に結界内へ踏み込ませる。
数回敵役を変えて同じ実験を繰り返したが、ケルスティンの影はアイリーンへの敵意を意識していた者にのみ、ことごとく反応を示した。
『将来的には、私抜きで触媒だけ設置すれば起動する魔道具にしようと思ってるわ』
得意げなアイリーンの説明に、ゲーンリフたちは唸る。
『……これかなり使えますよ』
『言われんでも分かっとるわ』
『完成したらウチでも欲しい』
何やらヒソヒソと話し合う男たち。ふふん、と腕を組んでドヤ顔のアイリーン。話の内容は良く分からないが、悪い流れではなさそうだと察するケイ。
『確かに。確かにこの警報機は素晴らしいものだ。叶うことなら我々の商会でも是非扱わせて頂きたい。しかし……!!』
やがて、ゲーンリフは苦虫を噛み潰したような顔で、
『しかし……それとこれとは話が別。明日の隊商にすぐに加えられるかというと……』
『駄目?』
『この魔道具の性能を疑うつもりがないが、やはりアイリーン、あなたの信用の問題なのだ。この道具の機能は、現時点ではあなたの術に依存する。それはつまり、あなたの気分次第でどうとでも細工が可能だということだ。あなたが実は馬賊の一味で、我々に夜の警戒は万全と油断させ、仲間を呼び寄せようとしている可能性も否定できない』
『うーん確かにそれはそうだけれども……』
両者ともに困り顔だ。やはり肝心の警報機の機能が、ゲーンリフたちに対しブラックボックスとなっているのがネックであった。
辺りはいつの間にか暗くなりつつある。どうしようもない沈黙。
『―ほう、何やら面白いことをしてるじゃないか』
しかし完全に話が流れてしまう前に、“上”から声がかかった。仰ぎ見れば、ガブリロフ商会本部の壁に開いた穴から、鴉が一羽顔を出している。
真っ赤な瞳の鴉は小首を傾げ、
『是非、私も混ぜて欲しいな』
ばさばさと翼を羽ばたかせながら地上に降り立った。
ぶわりと、その輪郭が歪に膨れ上がり―
まばたきの後、そこには臙脂色のローブを羽織った白髪の老人が立っていた。上背はあるが病的に痩せており、その瞳は鴉と同様に赤い。
『ヴァシリー殿!』
ガブリロフ商会の面々はぎょっとしていたが、アイリーンは大して驚かなかった。ゲーム内でも散々目にしてきた、告死鳥の契約者が得意とする”変化”の魔術の一種。ただし、話の流れが分からなかったケイは少し意表を突かれている。
『魔力の流れを感じたものだから、つい顔を出してしまったよ。それにしても、やあ、これはまた可愛らしい魔女もいたものじゃないか……』
痩身の老魔術師は、アイリーンを見てニチャァリと笑い―そう表現するほかない、どこか粘着質な笑み―、一礼する。
『初めてお目にかかる、私はガブリロフ商会所属の魔術師ヴァシリーという』
『私は、アイリーン。まあ見ての通り流れの魔術師よ』
簡単な挨拶のあとに、しばしの沈黙があった。互いに互いを観察するような時間。
やがて、不自然なまでに皺だらけの顔を歪めて、ヴァシリーはくつくつと嗤った。
『……不思議だな。この若さでこの魔力とは。自信を失くしそうだ』
ヴァシリーの言葉に、アイリーンはまたしても困ったような顔になる。ゲーム内では自主トレモードに設定したキャラに瞑想させたり魔導書を読ませたりして、労せず魔力を育てただけだ。こうして『本物の』魔術師と相対すると、どうしても自分がずるをしているような罪悪感に襲われてしまう。
ましてや、“告死鳥”は契約者に力を与える代わりに凶悪な呪いをかける精霊だ。一目で健康を害していると分かる―多大な犠牲を払っているのが明らかなヴァシリーを前に、引け目を感じてしまうのも当然といったところか。
ヴァシリーは、ばつの悪そうなアイリーンを見、一瞬その傍に立つケイにも視線を向けてから、おどけるようにお手上げのポーズを取った。
『まあ、そんなことはどうでもいい。それより私はその機械と術式に興味があるんだ』
アイリーンの心のうちを察したか、飄々とした態度で話を戻すヴァシリー。すぐさま説明に口を開きかけたアイリーンは、しかし、それで口が軽くなるように仕向けたのなら大した老人だ、と直感的に思った。
警報機の詳細を語れば、この老魔術師は再現できるだろうか。仕組みそのものは難しくも何ともない、ただ術式の代償として消費される触媒を、機械を作動させるために利用する、という発想がこの道具のキモだ。
どうせ商品化して売り出せば、特許もクソもないこの世界のことだ、すぐにコピーが作成されるだろう。ならばここで情報を伏せるより、『この世界の魔術師』がアイリーンの発想をどう受け止めるのか見てみたい、という想いがあった。
結局アイリーンは、警報機の仕組みをある程度詳しく、ヴァシリーに語ってみることにした。
基本的な術式の説明にはさして驚きも見せなかったヴァシリーだが、『消失する触媒を錘として利用する』というくだりを聞き やられた! という表情で額を叩く。
『その発想は! その発想は……なかった。そもそも私の術は、そういった道具を作るのには向いていないからね、その手のからくりを作ろうとしたことなんて、数えるほどしかなかったんだが……いやはや、これはかなり幅が広がりそうだ……』
『ということは、ヴァシリー殿もこの警報機を作れると?』
感心しながらぶつぶつと呟くヴァシリーに、何やら小狡く目を光らせたゲーンリフが遠慮がちに尋ねる。
『いや。似たようなものは出来るけど、コレそのものはちょっとムリだ』
が、あっさりと否定され、ずっこけた。
『で、できないのか……』