あとはまあ、脅しで色々。『孫三人を狂わせて、互いに共食いさせてやろうかー』とか『死して尚、屍人形として永遠にこき使ってやろうかー』とか

けっこうえげつないこと言うじゃないか

そこで、 あ、そうそう とアイリーンが思い出したように手を打った。

そういえば、あの『伝統料理』ってヤツさ。村長が勝手に白状したんだけど、アレ毒を盛ってたらしいぜ

何だと!?

思わず自分の身体を見下ろすが、―何の問題もない。

毒、っつーても眠り薬的なヤツらしいけど。でもオレらってホラ、『身体強化』があるからさ……

ああ……生半可な毒じゃ効かないか。ありがたいこった……

そんなことを話しながら、しかし一晩中歩くわけにもいかないので、街道から少し外れた木立で野宿することにした。

焚き木を拾い集め、石を組み、木炭に火をつける。

炎の暖色の明かりが、月夜の闇を吹き散らした。周囲の茂みの角度を考え、予備の毛布で即席の壁を作るなどして、明かりが極力木立から漏れないよう工夫する。

警戒魔術、ここでも使う?

頼む

OK、じゃあ”警報機”を試してみよう

荷物を漁ったアイリーンが、呼び鈴と天秤、そしてテコが一体化したような小さな機械を取り出した。

ウルヴァーンに滞在した一ヶ月間。

ケイたちは何も、調べ物だけに全ての時間を費やしていたわけではない。

この世界に転移し、精霊の思考がより柔軟になったことを踏まえ、魔術を新たな方法で応用できないかあれこれ試行錯誤を繰り返していたのだ。

その中でも、アイリーンが作り出したこの”警報機(アラーム)“は非常に画期的なものといえる。

Kerstin, kage-jitsu, naru-ko.

アイリーンが水晶を捧げると、足元の影が揺らめき四方八方へ散っていく。周囲に索敵の結界を張ったのだ。

ここまでは、隊商護衛でも使っていた警戒魔術と全く変わらない。

よし、あとはコレで……

地面に置いた”警報機”の受け皿に、アイリーンが水晶の塊を載せた。錘と化した水晶により、テコの機構で呼び鈴の上の小さなハンマーが音もなく持ち上がる。

この”警報機”の仕組みは、至ってシンプルだ。

半径五十メートル以内に”敵”が侵入した場合、ケルスティンはその侵入者へ影による威嚇動作を行う。

そしてその代償としてアイリーンは受け皿の上の水晶を、追加でケルスティンに捧げる―という契約を結ぶのだ。『捧げられた』ことになる水晶は、契約に従い自動的に魔力に還元され消滅、錘をなくしたハンマーが落ちて、呼び鈴を叩き鳴らす。

この装置、そして呪文の革新性は、限定的ながらもケルスティンに物理的な干渉を可能とした点にある。

本来、薄明かりの化身であり下位精霊にすぎないケルスティンは、低燃費な代わりに物理的干渉能力が非常に低い。故に、隊商護衛で使っていた警戒魔術では、影絵による注意喚起がせいぜいのもので、見張りが眠り込んでしまうと目を覚まさせてまで警告することができなかった。

しかし、アイリーンは下位精霊のケルスティンであっても、術式に用いる触媒に限り、魔力への還元―つまり物体の消滅が可能という点に着目した。そして、その触媒を錘に使うという発想により、『敵への威嚇』と『呼び鈴を鳴らす』という二つの目的の同時達成を可能としたのだ。

これにより交代で夜番をせずとも、片方が呼び鈴に反応できる程度の居眠りにさえ抑えておけば、外敵の侵入にスムーズに対処できるようになる。二人旅において革命的なまでに、夜番の労苦を軽減することができるのだ。

少なくともウルヴァーンで調べた限りでは、触媒をこういった形で利用する道具は存在しなかった。現時点では、術式の大本がアイリーンの魔力依存で、“警報機”そのものも魔道具とは呼べないようなただの機械だが、ゆくゆくは水晶さえ用意すれば一般人でも使える魔道具型警報機が作れるのではないか、とケイたちは踏んでいる。

コーンウェル商会と組めば、なかなか面白い商売ができるだろう。この世界に特許の概念はなく、仕組みも単純であるため他の魔術師でも再現は可能だろうが、それでも圧倒的なニーズによりアイリーンの仕事がなくなることはあるまい。

ああ、そういう意味じゃ、なんか帰るのが楽しみになってきたな

そう言ってからケイは、自分自身の『帰る』という言葉にどきりとした。

そーだな、ああ、さっき叩き起こされたからやっぱ眠いや

アイリーンは気にする風もなく、小さく欠伸をしている。

……アイリーンは先に寝るといい。俺が『夜番』をしよう

座ったまま木の幹にもたれかかり、ケイは薄く笑ってみせた。 お、そーお? と荷物から毛布を引っ張り出したアイリーンが、地面に革のマットを敷いてコテンと寝転がった。

ケイの膝を、枕にして。

……寝にくくないか?

これがいい。……おやすみ

ケイの懸念をよそに、すりすりと身を寄せたアイリーンは、そのまま静かに寝息を立て始める。

…………

暖かな炎の明かり。揺れる光と影。冷たい夜の風。知らない土地の空気。

いつか見たような半月だけが、優しくケイたちを見守っている。

ぱちぱちと音を立てる焚き火に、ケイは枯れ枝を放り込んだ。火の粉が散り、ふわりと灰が舞い上がる。

帰る、か……

思わず、ぽつりと呟いた。衝動的に、手元の金髪を、アイリーンの頭を撫でていた。その眠りを妨げないように、まるで壊れ物でも扱うかのように。

―何だかんだでこうして無事でいるが、毒を盛られた上に寝込みを襲われたわけだ。

そんな実感が、しみじみと湧いてくる。

(―アイリーンは、帰りたいんだろうか)

そしてやはり、そこに帰結する。自分が独りだと認識してしまうと、つきまとって離れない考えだった。当然のように、答えは出ない。

答えは出ない―

ふと、すぐ傍においてある、アイリーンの警報機に目を留めた。

ゆくゆくは、水晶さえあれば、誰でも使えるモデルを作るという。

それはつまり―ケイでも使えるということだ。

たとえアイリーンが、いなくなっても。

…………

頭を振ったケイは、目を閉じて、こつんと後頭部を木の幹にぶつけた。

取り敢えずは、この警報機の恩恵に与り、存分に居眠りをしようと思った。

膝の上の心地よい、アイリーンの体温を感じながら―

―今は何も、考えずに。

38. 挫折

どんよりとした曇り空の下、ケイとアイリーンは黙々と歩みを進めていた。

どちらも騎乗の人ではない。げっそりと憔悴した表情で、それぞれ手綱を引いて歩いている。二人とも全身から疲れ切った雰囲気を滲ませていたが、連れている二頭―サスケとスズカの様子はもっと酷い。うなだれたままだらりと舌を垂らして、その呼吸は荒く、今にもふらふらと倒れてしまいそうだった。

頑張れ、もうちょっとで着くからな……

苦しげにあえぐサスケに励ましの声をかけたケイは、背中の荷袋の位置を正し、自身にも改めて気合を入れ直した。元々はスズカに載せていた荷物だが、衰弱した彼女の負担を少しでも軽減するため担いでいくことにしたのだ。ケイの背後では死んだ魚のような目をしたアイリーンが、同様に少しばかりの荷袋を背負って歩いている。

北の大地へ踏み込んだ当初の、楽しげな雰囲気など欠片もない。焦燥感と疲労感に追い立てられるようにして、ただ愚直に足を動かす。忌々しげに額の汗を拭ったケイは、無意識のうちに腰の水筒へと手を伸ばしていた。歩調に合わせてゆらゆらと揺れ動くそれは、しかし全く音を立てず、軽い。

空っぽだった。中身はとっくに飲み干してしまっている。喉が渇いた―とは今更口には出さず、ケイは意識的に唾を出して渇きを誤魔化そうと試みた。

…………

案の定うまくいかず、厳しい表情のまま、足を動かすことに注力する。

どれだけ歩いただろうか。木立を抜け、平野を突っ切り、丘を越え―

―ああ

その向こう側に広がった景色に、思わずケイは足を止めた。

やっと着いた。見えたぞ、アイリーン!

……マジで!?

道の果てを指差すケイ。わずかに瞳の光を取り戻したアイリーンがバッと顔を上げる。

マジだとも。ようやくだ

……うっ

感極まったように、アイリーンはうっすらと涙を浮かべた。

う、うううっ。良かった……っ!

ああ、これでやっと―

二人揃って、噛み締めるように、

水が補給できる……!!

ぶるる、と溜息をつくように、サスケとスズカが鼻を鳴らした。

もう少しだぞ、サスケ

スズカ、あとちょっとで水が飲めるからな、頑張ろうな

ケイがサスケの首をぽんぽんと叩く傍ら、アイリーンはスズカのたてがみを撫でつけ、再び歩みを再開する。

道の果てには、山と山の間に張り付くようにして広がる石壁の街―

―緩衝都市ディランニレン。

どうにか戻ってこれた……

思わず、ケイの口から感慨深げな言葉が漏れる。

北の大地に踏み込んでから三日。

ケイたちは、エゴール街道を引き返し、ディランニレンへと戻っていた。

†††

結論から言うと、東回りのエゴール街道ルートは、とてもではないが旅の出来るような環境ではなかった。

行きずりの村で寝込みを襲われたケイたちであったが、しかしその時点ではまだ、引き返すことまでは考えていなかった。アイリーンの”警報機”もあることだし、野宿しながら住民との接触を最低限に抑えれば大丈夫だろう、ということで治安の悪い東部を突っ切ることにしたのだ。

が。

その次の日、ケイたちは早くも深刻な問題に直面した。

水不足。ケイとアイリーンの分は言うに及ばず、サスケたちの飲み水が、圧倒的に不足していたのだ。

これまで公国内を旅するとき、ケイたちは常に川沿いを進んでおり『馬に必要な水』をほとんど意識することがなかった。しかし実際のところ、馬は一日に30~40リットルの水を飲み、走って汗をかけばそれ以上の水分を必要とする。単純に大の大人の一抱えもあるような瓶一杯の水を用意しなければならないわけだが、エゴール街道周辺に河川はなく、そして数少ない水源のそばには必ずといっていいほど雪原の民の集落があった。

住民との接触を控えようにも、水のために集落には立ち寄らざるを得ない。しかしいざ水を分けて貰おうとすると、今度は価値観の差が、『一滴の水の重み』の違いが、分厚い壁となって立ち塞がった。ケイたちが集落に立ち入った時点で良い顔はされなかったが、アイリーンが水の補給を願い出ると、返ってきたのは完全なる拒絶であった。

聞けば、このところ東部地域では雨が降っていないようで、現地の住民たちでさえ渇水に陥りつつあるらしい。そこに余所者がのこのことやってきて、水を―それも人間だけではなく馬のためにも―分けてくれと言っても、到底受け入れられるはずがなかった。

ケイたちは悟った。煮沸消毒しなくて飲めるレベルの水源がごろごろしていた公国は、真の意味で『豊か』だったのだと。そして蛇口を捻れば水が出てくるのが当たり前だった現代人のケイたちは、そのありがたみを知識としては知っていても、『理解』はしていなかった。今までの環境が恵まれていたせいで、そんな基本的なことに気付けていなかったのだ。

結局、 水を分けて欲しい と聞いた時点で住民たちが ふざけるな と激昂しだしたので、ケイたちは逃げるようにしてその集落を後にした。

次の集落でも交渉を試みたが、返事はなしのつぶて。タダでとは言わない、金は払うと金目のものを取り出せば、目の色を変えた住民たちに総出で襲われる始末だった。咄嗟に反撃して何とか事なきを得たものの、住民側に怪我人を出してしまったので今後その集落の周辺には近寄れないだろう。

あの困窮ぶりでは、到底まともな治療は望めまい。矢傷が膿んだり感染症にかかったりして、何人かは死ぬかも知れないと考えるとケイは暗澹たる気分になった。

とはいえ、他人の心配ばかりもしていられない。いずれにせよこの調子では二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなってしまう。どうやって水を手に入れるのか。そして、このまま進むのか、引き返すのか。ケイたちは決断を迫られていた。

―最終的に、現在地や天候その他を鑑みて、ケイたちは引き返すことを選択した。

水不足に陥った時点ではまだ予定のルートの五分の一も消化できておらず、その後の飲料水の目処も立たないまま突き進むのは自殺行為に等しかった。完全な手詰まりになる前にディランニレンへ引き返し、馬賊のリスクを承知の上でも、水の確保が容易なブラーチヤ街道を北上すべし、という方向で意見がまとまった。

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