ただ、小柄といってもそれは御し易いという意味ではなく、群れで狡猾に立ち回るため、時たま隊商の家畜や馬にも被害が出るらしい。油断はできないということだ。

まあ、狼が出たら俺が追い払うさ、そういうのは得意なんだ。……ところで、矢で射殺したら呪われる、なんてことはないよな?

北の大地は、どうやら公国と気色が違う。怨霊や悪鬼の類も多そうだと思ったケイは、“竜鱗通し”を掲げながら笑って問いかけた。

……。ないはずだ

その間はなんだ

軽口を叩く間にも、進行方向の木立や茂みを手当たり次第にチェックしていく。これまでとは違い植生が濃いため、ケイの目をもってしても、ある程度近づかなければ確実には見通せない。

そして、これが斥候が危険とされる所以でもある。仮に茂みで敵が待ち伏せしていたならば自分から近づいていくことになるし、敵も獲物の『目』を潰すべく、全力で殺しにかかってくるからだ。

本当は、孤独な者の仕事だ。死んでも誰も悲しまない

がさがさと茂みを槍で突きながら、ピョートルは言った。

だから危なくなったらケイは逃げるといい。死ぬと恋人が悲しむ

……言ってくれるじゃないか

冗談めかしたようなピョートルの言葉に、一方でケイは複雑な表情だ。

申し出は有難いが、置いていくような真似はしないさ。ヤバくなったら、そのときは一緒に逃げよう

……そうだな、わたしが死ぬ意味はない。はっはっは

言われてから気付いた、といった様子で額をぱちんと叩いてピョートルは笑う。それにつられて、困ったように笑うケイはふと、何故この男は斥候などやっているのだろう、と思った。

思い返せば昨日ガブリロフ商会の前で会った際も、隊長のゲーンリフと対等に話していたし、ある程度の影響力も持っているようだった。昼の休憩で見かけたときも同僚の戦士たちと普通に談笑しており、決して孤独であるようにも、また嫌われているようにも見えなかった。

この、優しすぎる赤毛の偉丈夫に、ケイはどこか危うさを感じる。

自分のことを色眼鏡で見ない、対等な付き合いをしてくれる人間というのが、これほどまでに有難い存在だとは知らなかった。彼の物静かで高潔な人間性は、それだけで尊敬に値するとケイは思う。

思うのだが―。

ただ、それが彼の生き方であるとするならば、付き合いの短すぎるケイがどうこう言う権利もないのだ。

結局、今この場において口をつぐむことだけが、ケイにできる全てであった。

(……まあ、大丈夫だろう)

少なくとも今日のうちは、とケイは心のうちでひとり呟いた。

隊商はまだ出発したばかり。北の大地でも有数の大規模都市ディランニレンに程近い地域だ。馬賊もそうそう出張ってはこられないだろう。

問題は、明日以降。

話によれば、隊商は一日で予定のルートの五分の一を消化するという。

つまり北部の都市、ベルヤンスクまでの道のりはあと四日。

その間に、ブラーチヤ街道を無事突破できるか―

行こう、ケイ。次はあの木立だ

……ああ

隊商の旅は、今しばらく続く。

41. 夜営

その日、ゆっくりと、しかし着実に歩みを進めた隊商は、日が傾き始める前に夜営の準備に取り掛かった。

街道沿い、小さな木立の中。

綺麗な水の湧き出る泉を取り囲むようにして、隊商の馬車で円陣を組む。馬車と馬車の隙間には地面に杭を打ち込み、木の板を立てかけ即席の大盾とした。壊れやすい車輪には厚手の布を何度も巻きつけて衝撃を吸収できるようにし、円陣の外側にも杭を乱雑に打ち込んで反対側を尖らせる。極めつけに、ちょうど足の高さのところにロープを張り巡らせて、ついでに鳴子まで設置した。

徹底した馬賊対策。まるで小さな要塞だ。

木立の枝葉は頭上から降ってくる矢の威力を殺し、杭やロープ、木立の木々、そして馬車そのものが騎兵突撃を妨害する。

面白いのが、円陣の一箇所にのみ、わざと穴が開けられていることだ。

その『穴』の外側にはロープなども敢えて取り付けられておらず、追撃の際には隊商の騎兵が速やかに打って出られるようになっている。守りを固めるときでさえ攻めの姿勢を忘れない、雪原の民の気質がよく現れていた。

そして、それらの防御策を講じた上で、鳴り物入りで執り行われたのが―

『やあやあ、漸く私の出番か。こんばんはお嬢さん』

『こんばんは、ヴァシリーさん。ではよく見ていて頂戴ね』

円陣の真ん中の焚き火のそば、鴉に憑依したヴァシリーに見守られながら”警報機(アラーム)“を設置する。

Kerstin, mi dedicas al vi tiun katalizilo ―

触媒を捧げるアイリーンの周囲には、隊商の面々が興味津々な様子で集まっていた。

『なんでぇこりゃ?』

『敵が近づいたら知らせる魔法だとよ』

『へー。本当なら便利だな』

『俺は敵を呪い殺す術だって聞いたぞ』

憶測混じりのひそひそ話を交わしながら、野次馬の輪が、徐々に徐々に警報機の方へと近づいてくる。下手に弄られて壊されたら堪らない、と思ったアイリーンは、

『……迂闊に触ると呪われるわよ。気をつけてね』

その言葉と同時、警報機から影の触手がウネウネウネッと爆発的に飛び出した。人の波がさぁっと引いていく。

『んふっ』

すぐそばで見守っていたヴァシリーが、翼を震わせて笑いを噛み殺す。最初から術式の発動を見守っており、かつ呪いのスペシャリストでもあるヴァシリーは、アイリーンの言っていることが丸きりデタラメだと分かっているのだ。

『ほ、本当なのかヴァシリー殿?』

『うーん、否定はしない』

ただ、警報機が壊されたら困る、というアイリーンの思惑も理解していたので、余計なことは言わない。

そして、無事魔術の発動を見届け、その内容が正しく敵警戒の術式であることを確認したヴァシリーは憑依を解いて戻っていった。

結界を張っている間に日はとっぷりと暮れ、隊商の面々は夕餉の用意を始めている。全体の人数が多いので、数人ごとのグループに分かれて各自で食事を摂るのが基本だ。

昼間のうちにアイリーンが話していた通り、ケイたちは公国の商人の馬車を訪ねることにした。折角なのでケイは途中で見かけたピョートルを誘い、一緒に連れていく。

こんばんはー

お、来たか嬢ちゃん!

周りのものに比べると小型だが、造りのしっかりした荷馬車の傍ら。焚き火にかけた鍋をかき混ぜながら、ケイたちを出迎えたのは三十代前半の男だ。

印象としては顔が四角い。茶色の髪を短く刈り上げて角刈りにしているせいで、尚更そう見える。ケイの姿を認めた男は黒っぽい瞳をくりくりとさせながら、人好きのする笑みを浮べて手を差し出してきた。

おおーこれはこれは! 武闘大会の優勝者の、ケイチ殿でいいのかな!

ああ、そうだ。ケイチじゃなくてケイイチだが……みな俺のことはケイと呼ぶ

その手を握り返しながら、ケイ。

ん? ちょっと発音の違いが良く分からないが……まあいい。おれは『ランダール』っていうんだ、見ての通り行商人だ。よろしくな!

こちらこそよろしく

随分と威勢の良い行商人だ。何というべきか、商(・)人(・)ら(・)し(・)く(・)な(・)い(・)。体格もがっしりとしているし、一体どのような商品を捌いているのだろうか、とケイは幌馬車に興味深げな視線を送った。

一方でランダールは、ピョートルに注目している。

『……えーと……こんばんは?』

『おや、君は雪原の言葉を話すのか』

『少しだけ、学びました。商売のために』

『それはいいね』

気さくに笑ったピョートルは、ランダールに手を差し出す。

……わたしも、公国語を話す。少しだけ

ああ、そりゃあ助かる

お互い何か感ずるところがあったのか、笑顔で握手する二人。

さあて、スープを作っといたんだ。じゃんじゃん食べてくれ!

ランダールが馬車から引っ張り出してきた小さな椅子に腰掛け、四人で鍋を囲む。

ありがたいな。わたしは乾パンとハチミツを持ってきた

オレはドライフルーツ持ってきたぜ!

……俺は特に何も用意してなかった

ケイは嬢ちゃんとまとめてカウントしていいんじゃないか?

各自持ち寄った器にスープを注いでもらう。何やら香ばしくて良い匂いだ。木のさじで軽くかき混ぜてみると、ソーセージや刻まれた野菜がごろごろしており、多種多様な乾燥ハーブが入っているのが分かった。口に含んでみればよく利いた塩味、濃厚な肉の旨みが疲れた体に染み渡る。ケイは思わず唸った。

うぅむ……美味い

そいつぁ良かった

晩夏、北の大地の夜は冷え込む。革鎧一式に加え、皮の外套を羽織っていても肌寒いほどだ。暖かいスープは有難かった。

これは美味しい。野営(キャンピング)の味とは思えない

ピョートルも大満足の様子。アイリーンに至っては無言で食べるのに集中している。

馬車があると、やっぱり色々と材料を持ってこれるんだなぁ。馬だけの旅だとこんな美味しいスープは作れないよ

だろうな!

しみじみとしたケイのコメントに、うんうん、と腕を組んで頷くランダール。

美味い飯は人生の楽しみ。たとえ旅でも蔑ろにはしたくないもんさ。ただし、馬車がイカれたら荷物も全部パーだ! それも怖いぞ!

……たしかにな。そういえばランダールは何の商人なんだ?

ケイが尋ねると、ランダールはひょうきんな笑みを途端に穏やかなものに変える。

主に医薬品だ。あとは香水を商っている

コトコトと音を立てる鍋を見つめながら、流れるように、歌うように答えた。驚くほどテンションに落差がある。ケイは目をぱちぱちと瞬かせた。

香水に薬か、それは―

意外だな、と言おうとして、失言であることに気付き慌てて口をつぐむ。毛皮や干し肉など、もっと大雑把なものを売っているイメージがあったが、よくよく考えれば公国からわざわざ出向いてきているのだ、『普通』な品物を扱っているわけがない。

香水?

医薬品か

アイリーン、ピョートルともに興味を示す。

ああ。嵩張らなくて、良い値で売れる品物っていったら限られてるからな

コンコン、と自身の馬車の車輪を叩きながら、ランダールはニカッと笑った。

医薬品は助かる。公国の薬はとても良く効く

馬車を見上げるピョートルの目には、どこか憧れるような光がある。しかし、ふと視線を下げてランダールを見据えたピョートルは、

ランダールは、一人か?

……ん? っていうと?

いや。普通の商人は……なんと言うべきか。手伝う人を連れていることが多い。だがランダールは独りに見える

ピョートルの指摘に、ケイとアイリーンも 確かに と頷いた。周囲の年かさの商人は大抵若い見習いを連れているし、あるいは手伝いとして家族を同伴させていることもある。だがランダールは馬車を持つ商人であるにもかかわらず、独りきりだ。

ああー……まあ、おれはなぁ

しばし目を泳がせたランダールは、クヒヒと悪ぶるような笑みを浮かべた。

弟子を取る余裕がないってトコだな!

そうなのかー? でも余裕はありそうじゃん、馬車も良いの使ってるし

ん、まあ嬢ちゃんの言う通り馬車は結構イイヤツだけどさ。仕入れと馬車の維持で金がかかるんだコレが……。見習いやら手伝いやらを連れて行くとそいつらの面倒も見ないといけないし、今のおれには荷が重いや

ふーん、そんなもんか

自分ひとりなら儲けは全部おれのもの! この身体一つで頑張ろう! ってな

ふんっ、と力こぶアピールするランダール。

で、薬はベルヤンスクで売るのか?

スープをもぐもぐと食べながら、ピョートルはマイペースだ。

お、おう。そのつもりだぞ

可能なら、東部でも売って欲しい。辺境では薬が不足している

食べる手を止めて、静かに、そして真っ直ぐに見つめるピョートルに、ランダールは調子が悪そうに目を逸らす。

辺境の話は聞いたことあるさ。でももう納品先が決まってるんだ

そうか……

少しだけ残念そうに頷いたピョートルは、乾パンをスープに浸してふやかし始めた。

……そういや、薬とか売ったあとはどうすんの? 何か別のもの仕入れたり?

代わって、今度はアイリーンが質問し始める。

まあ、そうなるなぁ。船と一緒で、荷馬車を空っぽのまま動かすのは、やっぱり馬鹿らしいや

北の大地の特産品とかあったっけ。何を買うつもり?

商人にズカズカ聞いてくるなぁ嬢ちゃん! まあいい。おれぁ取り敢えず武具だな

武具でいいのか?

アイリーンとランダールの会話に、黙って聞いていたケイも思わず口を挟む。

サティナでは最近、武器やら防具やらが売れなくて困ってるようだが……

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