三分ほどかけて血を抜き取り、ピョートルが立ち上がる。ふと見れば、その間も進んでいた隊商が随分と近づいてきていた。これはケイの獲物だ、とピョートルがキジを差し出してきたが、サスケの鞍は矢筒で占有されておりぶら下げる余裕がない。
結局ピョートルが乗騎の鞍にキジを括り付け、二人は斥候に戻っていった。
†††
それからほどなくして、隊商はとある村に到着した。
規模はそれほど大きくないが、土壁と丸太の柵に囲まれた、小さな要塞のような集落だ。前回の反省からピョートルだけが中に入って住人たちに隊商の来訪を告げ、フードを目深にかぶったケイは村の外で待機していたため、石を投げつけられるような目には遭わずに済んだ。
今日はここに留まる
ピョートル曰く、この村を過ぎるとしばらく水源がないため、今日の旅路はここまでらしい。まだ昼過ぎだが、村の外では隊商の馬車がまたぞろ円陣を組み、野営の準備を始めていた。
ケイ~オレたちも飯にしようぜ!
アイリーンがスズカに跨って颯爽と駆けてくる。今日はこれで一日のんびりしていられるということで、随分と嬉しそうだ。
おう。さっき鳥を仕留めたから、今日の昼飯は豪勢だぞ
お! いいな! ……よっ、と
サスケの隣までやってきたアイリーンは、ぴょこんと鞍の上で立ち上がったかと思うと、そのまま軽業師のような動きでサスケに飛び移ってきた。
へへーん
ぽすん、とケイの背中の後ろに収まって楽しげなアイリーン。しかし、いくら彼女が軽いとはいっても、羽毛のようにとはいかない。急激な加重に ほげえ! と目を剥いたサスケが ちょっと、お客さんこまります とケイを見やる。
あとでお前にも肉食わせてやるから
ケイがぽんぽんと首筋を叩くと、 しかたないな…… と溜息をつくサスケ。こうして乗り回しているとただの馬にしか思えないが、実際はバウザーホースという雑食性のモンスターだ。肉でも野菜でもガッツリとイケる。
ピョートルが隣までやってきて、鞍に括り付けていたキジを示して見せた。
ほら、これがケイの仕留めた鳥だ
あ、それ昔なんかで見たことある! なんてヤツだっけ……
ぬーん、とこめかみに指を当ててアイリーン。
キジか?
ああそれそれ。美味いのかな?
美味しい。とても美味しい
オレ食べたことないんだよねー楽しみ! ランダールの旦那んトコに行こうぜ
皆、一様にウキウキとした気分でランダールの元へと向かった。
円陣の、村から遠い外周部分に馬車を停めていたランダールは、既に火を起こし昼餉の用意に取り掛かっている。
お、来たか兄弟!
ケイたちの姿を認め、ニカッと愛嬌のある笑みを浮かべるランダール。サスケから降り、ひょいとアイリーンを抱えて降ろしながら、ケイもニヤリと笑い返した。
今日は俺も土産があるぞ
ケイがキジを仕留めた
ほほー! これはこれは
ピョートルからキジを受け取ったランダールは、両手でしっかりとした重みを確かめながら、 見事だな! と感嘆の声を上げる。
こいつぁ料理のしがいがあるってもんだ
期待してるぜーランダールの旦那!
おう、任せとけ嬢ちゃん。とりあえず羽根毟るか……
ランダールが羽根を引っこ抜き始めたので、ケイたちもそれぞれ準備に取り掛かる。
ケイは、内臓や皮を捨てるための穴を掘る係だ。シャベルを借り受けてサクサクと地面を掘っていく。その間アイリーンはスープの具を小さく切り刻み、ピョートルは飲み物を調達しに村へと向かった。ランダールは羽根を抜いたキジを軽く火で炙って、表面の産毛を焼いている。
さぁて、どうするか。新鮮だしそのまま炙ってもいいが……
綺麗に羽根が毟られ、表面がパリッと焼けたキジを前にランダールが腕を組む。
鍋にするのも悪くないなぁ。腿肉は焼いてあとは煮込むか。今日はもうここから動かないんだろ?
たしか、そのはずだ。ピョートルはそう言っていた。あと穴掘り終わったぞ
おう、ありがとう。なら晩飯用のスープも用意しておくかな。よし、嬢ちゃん、ちょいとさばくの手伝ってくれ
あいよー
ランダールは器用にナイフを使って、見る間にキジを解体していく。アイリーンはぶつ切りにした肉を串に刺していき、ケイは剥ぎ取った皮や腸のように食べられない内臓を穴に埋める。
そうしているうちに、壷と皮袋を抱えてピョートルが村から戻ってきた。
水を貰ってきた
おう、ありがとう。ちょうど良かった、鍋で湯を沸かしてくれ
分かった
ランダールの指示にこくりと頷いて、ピョートルが皮袋の水を鍋に注ぐ。そして一抱えもある壷を指差し、
それと……酒だ
酒!! 麦酒? 葡萄酒?
ぴかーん、と顔を輝かせるアイリーン。
麦の蒸留酒だ
おおーいいねいいね!
それは、けっこう高くついたんじゃないか?
あの村には知り合いがいる。安い値段で買うことができた
心配げなケイをよそに、気にするなとピョートルは首を振る。
ハハッ! 真昼間から蒸留酒とは豪勢な話だ。ちょっと料理にも使っていいか? 香り付けに
もちろんだ
三脚の上でコトコトと音を立てる鍋、じゅうじゅうと香ばしい匂いを漂わせる串焼き肉。周囲の商人や傭兵も、乾パンや干し肉を齧りながら、何人かは羨ましげにケイたちの方を見ていた。
彼らと視線は合わせないようにしつつ、微妙に優越感を感じていたケイだが、ふと円陣の全体を見回して違和感を抱く。
(……そういえば、なんか人影がまばらだな)
記憶にあるものより、隊商の人数が明らかに少ない。
ん、どうした。ケイ
目敏くピョートルがケイの様子の変化に気付き、尋ねてきた。
いや。妙に静かだと思ってな、隊商が
……ああ。皆、村に行ってるんだろう……
村を取り囲む土壁と柵を見やり、ピョートルはどこか疲れたように答える。言われてみれば、壁越しで見えないがワイワイガヤガヤと、村の方は祭りのように何やら盛り上がっている様子だ。
やはり、顔見知りがいて皆遊びに行ってるのか
それもあるが……
言い淀んだピョートルは、ちらりと鍋をかき混ぜるアイリーンを気にして、ケイの耳にささやいた。
……昨日の奴隷の女が、村に連れて行かれた
ケイは、今一度、村の方を見やった。
壁越しに聞こえる、はやし立てるような声―
……そうか
……死ぬようなことはしないと思う。多分
顔を見合わせたケイとピョートルは、もうこの話は終わりだとでも言わんばかりに、二人して小さく肩をすくめた。
……よっし。いい感じだ。みんな、食うか!
そのとき、スープをぺろりと味見したランダールが、納得した様子で大きく頷いた。
あ~めっちゃ腹減った! 食べよう! 早く食べよう!
舌なめずりしながら上機嫌のアイリーンは、木のゴブレットにだばだばと蒸留酒を注いでいる。
はい、これケイの分な!
お、おう。ありがとう……
透き通るような蒸留酒がなみなみと注がれたゴブレットを押し付けられ、少し困り顔のケイ。酒は嫌いではないし、『身体強化』の恩恵でアルコールに耐性もあるが、ケイはどうにも、このタイプの強い酒のどこが美味しいのかよく分からないのだ。葡萄酒やビールはまだイケるクチなのだが。
そんなケイをよそに、アイリーンは男性陣に酒を注いで回っている。
これはピョートルの分
スパスィーバ(ありがとう)
そしてこれが旦那の分
ありがとうよ、嬢ちゃん
んで最後にこれがオレの分!
でん、と残った壷を抱えて笑顔のアイリーン。 それはいけねえ それはダメだ とランダール・ピョートルの両名から即座にツッコミが入る。
えー。いいじゃん
ダメだ。まだ昼間だぞー嬢ちゃん
不平等だとわたしは思う
ちょっと呑みたい気分なんだ!
『ちょっと』じゃねえだろコレは
呑みすぎはよくない
このくらい余裕だって。舐めるようなもんだよ
っつーかおれも呑みたいんだよ!
というより元々わたしの酒だ
ぬっ。ぐぬぬ
……なあ、食べていいか?
ジューシーな肉汁を垂らす串焼肉を前に、腹をさすりながらケイ。残りの三人もハッとした様子で、いそいそと串を手に取った。
そいじゃ、ケイの弓の腕に感謝して
ああ。食べよう
イタダキマス!
いただきます
一斉にかじりつく。
おお、これは……
ものすごい肉の弾力だ、まるで歯からつるりと逃げだしてしまうような。それでいてじっくりと噛み締めていると徐々に肉がほぐれていき、じんわりと舌に染み入る旨みが溢れ出てくる。味付けは塩だけだが、そのシンプルさがまた良い。臭みや癖はない、思いのほか素直な味だ。
ん~これは堪らん
やはり美味しい……
ウマイなぁ
皆、酒を片手にご満悦だ。ケイも肉を飲み込んだあと、蒸留酒をちびりと口に含んでみた。舌が焼け付くような感覚、芳醇なアルコールの香り、肉の脂の残滓が洗い流され、香ばしい匂いがほわりと鼻から抜ける。
……うん。良いものだな
これはこれで、と頷きながら串焼き肉をまた一口。先ほどの木立の中の、生前のキジの姿を思い描き、ケイは改めて自然の恵みに感謝した。
そういや、さっきケイと嬢ちゃんが言ってた、イタダキ……なんちゃらってのは、何なんだ?
早々に肉を平らげ、ガリガリとビスケットを齧りながらランダール。
ん。そうだな、俺の故郷の言葉で……なんと言うべきか。食事の前の祈り、かな?
ほう、ケイの故郷の
ピョートルが若干の興味を示す。
実際、ケイはどこから来たんだ? 草原の民でも、この辺りの出でもないってのは、嬢ちゃんから聞いてるが
……東の果て、としか言いようがないな。とても遠いところだ、俺にはなぜ自分がここにいるのかすら分からない
ランダールの問いに、ケイは肩をすくめて答えた。
……そう聞くと、まるで自分の意思じゃなくこっちに来たみたいだが
まんざらハズレでもない。霧に呑まれたら、いつの間にかこちらにいた
ゴブレットの中身、ゆらゆらと揺れる蒸留酒を見つめるケイに、ランダールは注意深く視線を注いでいる。
……その割に、言葉は通じるんだな
まあな、元々公国語は出来たんだ。あとは故郷で、高原の民の言葉も、海原の民の言葉も少しずつ学んでいた
ほう! そいつぁ凄い
残念なのは雪原の民の言葉は話せないってことだが……
少しばかり苦い笑みになったケイは、蒸留酒を口にして言葉を濁した。が、次の瞬間、後頭部の髪をぐいと引っ張られる。
何事かと慌てて振り返れば、サスケがつんつんと鼻先でこちらをつついてきていた。
……ああ、そういえば肉をやる約束だったな
手元の串から最後に一口食べて、サスケの鼻先に残りを差し出す。ふんふんと匂いを嗅いだサスケはがぶりと肉に齧りつき、 うめえ! と目を見開いて咀嚼し始めた。
……ケイの馬は肉も食うのか?
ピョートルとランダールは呆気に取られている。アイリーンがケイに視線で どう説明する? と問いかけてきた。別にこの二人になら話しても構わないんじゃないか、と思ったケイだが、面倒を避けるため適当に誤魔化すことにした。
馬もたまには肉を食うみたいだぞ
へーそうなのか。知らなかった
ほう……
感心するランダール。ピョートルは、そばで寛いでいた自身の乗騎の鼻先に、ケイの真似をして串を差し出している。が、興味を示して匂いを嗅いだ馬に、ブルヒヒと鼻息で串を吹き飛ばされ、 ああっ! と悲痛な声を上げた。
なんということだ。肉が……
地面に落ちた、土に塗れた串焼き肉を前に途方に暮れるピョートル。悲しげな顔で、しかしおもむろにそれを拾い上げたピョートルは、土や砂利を払いのけてから焚き火の中に突っ込み、改めて炙りだした。
火は浄化する。全てを
……食うのか
食べ物を無駄にしてはならない……
そうか……
ピョートルは躊躇うことなく全部食った。
その後、他愛もない話―別の種類の鳥も美味かっただとか、どこそこの酒は呑めたものではなかっただとか―を続けながら、ケイたちは心行くまで食事を楽しんだ。串焼き肉とスープ、ビスケットや乾パンも腹いっぱい詰め込み、蒸留酒でほろ酔い加減。
キジ肉はまだ少し余っており、食事がひと段落したあたりで、ランダールは余ったスープに具と水を追加して夕飯の仕込を始めていた。今度は鳥ガラで濃厚な出汁を取るつもりらしい。ピョートルは腿肉の骨に付いた軟骨をこりこりと齧りながら、馬車の車輪にもたれかかって酒を舐めるようにして呑んでいる。
満腹になったケイとアイリーンは、自分たちの荷物の山を枕にして草地に寝転がり、心地よい眠気と食後の倦怠感に身を任せていた。
あー平和だなぁケイ
そうだなぁ……