ドッ、ドスッと鈍い音を立て、騎馬の右胴体に矢が突き立つ。ぐらりと倒れる騎馬の下敷きになる前に、アイリーンは素早く飛び下がり距離を取った。

容赦のない射撃。

新たに数騎が、複合弓に矢をつがえこちらを狙っている。

舌打ちしたアイリーンは、さらに駆ける。

敵の只中に一人。動きを止めることは即ち死を意味する。

飛来する矢をサーベルで叩き落とし、ちらりとケイの方を見やった。自分と同じように弓騎兵に囲まれ、攻撃されている。アイリーンとの決定的な違いはケイ自身にはそれほど機動力がないことだ。サスケは既に逃がしたらしく、その姿はない。

しかし遠目にも。

ケイの身体に幾本かの矢が突き立っているのが、わかった。

―!!

目の前が、真っ赤に染まるような錯覚。

―ああアアアアァァッッッ!

雑兵に囲まれ思うように動きがとれない現状、それに対する怒り、苛立ち、ケイを心配する気持ち、悲しみ、全てが混ざり合い獣のような叫びが口を衝いて出る。

テメェらァッ、邪魔なんだよォォッッ!!

吠える。しかし構うことなく、アイリーンを押し潰そうとするかのように、馬賊が並んで突撃してきた。その間をすり抜けアイリーンは怒りのままに刃を振るう。脚を切り飛ばされた騎馬が地面に転がり、騎手たちがすっ飛んでいく。

だが、きりがない。

次から次に騎兵が寄ってくる上に、落馬した馬賊たちもそれぞれの武器を手に、続々と周囲に集まりつつある。

四方八方から飛来する矢を、まるで剣舞のように回避し、叩き落とし、アイリーンは首を巡らせて戦況を把握しようと努めた。

馬賊は数を減らしているが、それは隊商側も同じだった。幾つもの馬車が松明のように燃え上がり、矢が突き立ってハリネズミのようになった死体がそこら中に転がっている。護衛の戦士たちも奮闘しているようだが、死兵と化した馬賊の斬り込み要員の気迫も凄まじい。

―このまま走るか。

そんな考えも頭をよぎったが即座に打ち消す。確かにアイリーンの全力疾走は下手な馬より速い。だがそれではケイの元に辿り着く頃にはへとへとになっているだろうし、何より敵をそのまま引きつけていくことになる。

ならば、どうするか。

―決まっている。

いつの間にか、矢の雨が止んでいた。アイリーンの四方を取り囲む徒歩(かち)の馬賊たち。盲滅法に矢を放つだけでは仕留められないと察したのだろう。そして矢の雨の中では、戦士たちが白兵戦を挑むことができない。

つまり、そういうことだ。

次々に抜刀する草原の民の戦士。

白日の下で、曲刀がぎらりと輝く。

アイリーンは、ぎり、と歯を噛み締めた。

……テメェらが選んだことだ

そう、これは天秤だった。

片方には馬賊たちの命。もう片方にはケイの命。

―比べるまでもない。

―邪魔をするなら

サーベルを握る手に力が篭もる。

びしりと空気が凍りつくような錯覚。

アイリーンを取り囲む馬賊たちは一様に顔を強張らせた。

先ほどからの立ち回りで、目の前の少女が只者でないことはわかっている。

だが、それでも。

ただの手強い敵という存在から、もう一段階、踏み込んだような感覚が―

―死ね

氷のような蒼い瞳が、見据える。

足元の泥が爆ぜる。

ひゅぅん、と。

銀色の光。

―断ち切る。

草原の民の戦士、そのうちの一人の首が、刎ね飛ばされた。

!!

何の予備動作もなかった。ただ、黒衣と長い金髪が翻ったように見えた。殺気すら感じさせずに、ただ、ゆっくりと傾いていく首無しの体の前で、サーベルを携えた少女の姿だけが、何が起きたかを如実に物語る。

ぴぃん、と―張り詰めた空気。

それは、本当に一瞬のこと。

澄んだ水に一滴、墨を垂らしたかのように僅かな殺気が滲み、

速い!

愕然とする傍らの戦士、それが遺言となった。

再び吹き抜ける黒い風に首を刎ねられる。血飛沫が噴き上がるより速く、アイリーンは次なる獲物を狙う。

こいつッ!

アイリーンの前に立ちはだかった若い戦士が、曲刀で一撃を受けようと試みる。だが刃と刃が打ち合わされようとする直前、サーベルの軌道がねじ曲がる。細かな光が目の前で瞬いた。

曲刀が、宙を舞う。

―何が起きた。

まさか、打ち負けたか、と思う。それにしては妙だ。刃と刃が打ち合ったような感覚が、手にない。

―いや、違う。

手がない。

からんからんと地面に転がる曲刀の柄には、それをしかと握る自分の手が。

呆気に取られる間に、黒衣の少女は眼前にまで迫っていた。痛みすら間に合わない、我に返り予備の短剣に左手を伸ばすが、そこには何もない。何故だ。混乱の局地。ふと見れば、いつの間にかアイリーンの手に収まったそれが、喉元に―

ぐじゅりと、抉る音。

水気の混じった呻き声を上げ、若者は喉を無事な手で押さえながら泥土に沈む。それでもアイリーンは止まらない。倒れる者に一瞥をくれることさえない。ただひたすらに、速さを、効率を求める。

さながら、 DEMONDAL の世界にいた時のように。

ただあの頃とは、決定的に異なる、必死な形相をその顔に。

退(ど)けええええェェェッッ!!

アイリーンの叫びは、もはや悲鳴のようであった。

吹き荒れる銀と赤の旋風。

首を切断され、腹を裂かれ、心臓を抉られ―戦士たちは血風の中で散る。

アイリーンは走る。一度たりとて止まらない、止められない。常に動き、翻弄し、目の前の敵をただ置物か何かのように、無造作に刈り取っていく。

一瞬で戦士たちの包囲を突破したアイリーンは、ケイの方へ向けてひた走る。

待てェ!

この小娘がァ!

前方から二騎、突っ込んでくる。槍を手にした一騎と弓を構える一騎。

鈍い殺気。サーベルを振るい、飛来する矢を叩き落とす。

―自分なら大丈夫だと思ってるのか。

何の根拠もなく? まだわからないの、とアイリーンの口の端に冷たい、そしてあまりにシニカルな笑みが浮かんだ。

ばしゃっと泥を跳ね上げながら、逆に加速したアイリーンは真正面から突っ込んだ。血塗れのサーベルを躊躇うことなく口に咥え、両手で腰のベルトから投げナイフを抜き取る。

投擲。

飛来する銀色の光が、寸分違うことなく二頭の騎馬の額に突き立つ。

悲鳴もなく倒れる騎馬と、空中に投げ出される騎乗の二人。

アイリーンはすれ違いざま、くるくると空中に舞う。投げ出された二人をまとめて叩き切り、そのまま減速することなく駆け抜ける。

背後からは蹄の音と、複数の足音。性懲りもなく追い縋ろうとしているらしい。

苛立ちは、頂点に達しつつあった。

視界の果てでは、騎馬に取り囲まれたケイが矢を受けながらも奮闘しているのが見える。どうやら敵の複合弓を奪い戦っているようだ。なぜ”竜鱗通し”を使わないのか。

いや。

今はそんなことはどうでもいい。

一刻も速く、ただ速く―

!? あれはッ

しかし、それ以上、アイリーンが走る必要性はなくなりそうだった。

前方から、褐色の毛並みの騎馬。

空馬だ。誰も乗せていない。

主を失った馬賊のものかと思ったが、違う。特徴的な額当て。

サスケ!!

ぱっかぱっかと駆けてくるのは何を隠そうサスケだった。 ぼくの力が必要だね! と言わんばかりの様子だが、ふとその顔色が曇ったように感じられる。

逃がさんッ!

弟の仇ッ!

背後から追い縋る馬賊たちのせいだ。 飛び道具はちょっと…… と弱気なサスケを尻目に、アイリーンは急停止して迎撃の構えを取る。

追手は三騎の弓騎兵と、徒歩の戦士が五名ほど。少々手間が掛かるがやれない相手ではない―と表情を引き締めるアイリーンだったが、ふと、そのさらに背後を見やり苦い笑みを浮かべた。

―遅いぜ、まったく

重い、蹄の音。そして馬賊たちの悲鳴。

なんだッ!? ぐおッ

追手の弓騎兵、最後尾の一騎が振り返ろうとした矢先、その胸に突然槍が生(・)え(・)る(・)。力なく地に落ちた馬賊の胸から、槍を引き抜いて回収する投擲手。

『―済まないな、準備に手間取った!』

アイリーンを追うように後方から駆けてくるのは―数騎の重装騎兵。

ピョートルと、その仲間たちだった。

それぞれが跨る乗騎は胴体のほとんどが鱗鎧(スケイルメイル)で覆われ、額当てなどもつけられて防御力がかなり強化されている。重すぎて馬の負担が激しく普段は使っていられないが、対弓騎兵を想定して用意だけはしていたのだろう。斥候に出ていたときとは違い、ピョートルも兜をかぶり板金仕込みの鎧をつけ、予備の槍を馬の鞍に備え付けている。

ピョートルの馬上槍と仲間たちの追撃により、アイリーンを追いかけてきていた馬賊たちは瞬く間に殲滅された。

『ありがとう、助かる!』

サスケに飛び乗りながら、礼もそこそこにアイリーンはケイの方へと駆ける。まさに一刻一秒が惜しい。そんな状況。それをわかっているだけに、ピョートルも小さく頷いただけだった。

―ただ、やかましくなる周囲に表情を険しくする。

『お前たちも行け。ここは俺が抑える』

馬上槍を構え、周囲の戦士たちにアイリーンを示す。隊商から飛び出した重装騎兵と腕利きの軽戦士。それが別働隊を殲滅した異邦の弓騎兵を援護しに行くとなれば、馬賊たちが黙って見送る道理はない。

『おう! お前も死ぬなよ!』

『嬢ちゃんだけ放っとくわけにはいかんわなァ!』

『あれだけ活躍したヤツ(ケイ)を見捨てるのも癪だからな!』

ピョートルについてきたのは、奇しくも数日前、ケイがハウンドウルフを仕留めたと主張した際に検分に同行した三人組だった。

アイリーンの後を追って駆ける三騎を見送り、ピョートルもまた走り出す。

飛来した矢を槍ではたき落とし、睨むは前方。先ほどから散発的に矢が飛んでくるが、馬賊の複合弓ではよほど当たりどころが良くない限り馬の鎖帷子を貫通できないようだ。

『ふん……貴様ら、生かして通さんぞ』

馬上、次々に抜刀する馬賊たちを見て、ピョートルは不敵に笑う。

ケイの援護に向かうアイリーンたちを背に、ピョートルの雄叫びは金属が打ち合わされる激しい音にかき消された。

†††

クッ、ソッがァ

ぜえ、ぜえと肩で息をしながらケイはふらふらと足元もおぼつかない様子だった。敵の死体から奪った複合弓を手に、周りを取り囲む馬賊たちを睨む。

既に、全身には何本もの矢が突き立っている。背中に数本、太腿に三本、胸に二本、両腕にそれぞれ二本ずつ。包囲する馬賊たちも、 なんでコイツ倒れないんだ と言わんばかりに引き攣った顔をしていた。

それもそうだろう。普通ならば倒れるどころか死んでいる傷だ。ケイが死なずに済んでいるのは、致命的な箇所をかばっていることもあるが、ひとえに高等魔法薬(ハイポーション)のお陰だった。

突然、身体が動かなくなってサスケから落ちてしまった直後。馬賊たちの追撃を予想したケイは、あらかじめある程度のポーションを口に含んでおいたのだ。

倒れたケイに数本矢を打ち込み、止めに槍を突き刺そうとした馬賊だったが―ケイは逆にこれを利用した。刺される寸前で無理やり身体を起こし、逆に槍を引っ張って落馬させ長剣で逆襲。ついでに付近の馬賊数名も弓矢の餌食とした。

そこからは、ケイ一人に対して四方八方からの矢の雨だ。幸いなのは、ケイが仕掛けた騎射戦のせいで、馬賊たちが既にかなりの矢を使い切っていたことだろう。

外傷に対して経口摂取のポーションがどれほど有効かは不明だったが、土壇場で試す羽目になってしまった。結論としては、悪くない。少々治りが遅いが肉体の損傷はじわじわと修復されつつある。少なくとも、燃えるような激痛(ジュワワワワ)を回避できるというだけでも価値はあるだろう。

今は傷が完全に治らないのを承知で、敵を不気味がらせるために矢が身体に刺さったまま放置している。背中の矢に関しては、自力だと抜けないということもあるが。

(しかし、困った)

身体が思うように動かない。まるで熱病にでも冒されたかのようだ。

小さい頃、院内感染で患った肺炎を思い出す。体を蝕むだるさ、熱っぽさ、そしてズキズキと体全体が痛む感じ―全てがアレに似ている。かかったことはないが、インフルエンザもこういった感じなのだろうか。

原因は推測できる。おそらく告死鳥(プラーグ)の契約者による邪眼だ。 DEMONDAL に準拠した世界において、このような症状をもたらすものはこれしかない。

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