羽飾りを多用した革鎧をまとい、複合弓と長剣を装備した男。顔には複雑な紋様の刺青が刻まれており、ひと目で草原の生まれと見て取れる。年の頃は三十代前半といったところか、太い眉にきつい三白眼、苛烈な人格を窺わせるような顔立ちだ。しかしその相貌は紙のように白く、今にでも卒倒してしまいそうな雰囲気を漂わせていた。左腕を黒ずんだ包帯で吊っているせいで、尚のこと頼りなげに見える。

ああ、あああ……!

口から漏れるのは、もはや意味を成さない呻き声のみ。

仲間が死んでいく。

次々に討ち取られていく。

―いや、むしろ狩られていく。

たった一人の、化け物じみた弓騎兵によって。

つい先ほどまで五十騎を数えた襲撃隊は、今や半数以下になってしまった。馬鹿な、あり得ない、信じられない―愕然とした男の表情はそんな心の内をありありと語る。

わなわなと震える男の周囲には、同様に包帯で手当てが施された草原の民の姿があった。湿った地面に身を横たえ死んだように動かない者や、木にもたれかかって上体を起こすのもやっとという者もおり、木立の中はまさに野戦病院といった様相だ。

が、今は病院というより墓地のように静まり返っていた。意識がある者は等しく顔の色を失い、茫然自失している。

悪夢にでもうなされているように、釘付けになったまま視線を外せない。

二十騎あまりの襲撃隊を、たった一騎で追い回す悪魔のような弓騎兵。

朱色の弓が乾いた音を奏でるたびに、馬上から誰かが叩き落とされる。もはや組織だった反抗さえできず、怯え、ただひたすらに逃げ惑う仲間たち。

それは、まるで牧羊犬に追い回される羊の群れのようで―

かぁん、と。

甲高い音が響き渡り、またひとり、仲間の命が赤い血飛沫に消えた。

ローメッド隊長……

顔の右半分を包帯で覆った若者が、傍らの男に縋るような目を向ける。

俺たちは、どうすれば……

……くっ、

左腕を吊った男は、何も答えられずに歯噛みするほかなかった。

男の名を『ローメッド』という。本来ならば襲撃隊のまとめ役を担う戦士だ。しかし今は腕を負傷して戦力にならないため、木立に身を潜めている。そしてそれは周りの男たちも同様だった。

つまり、この場には足手まといしか残っていない。

騎馬をまるで己の分身のように扱う、熟練した草原の民の弓騎兵が五十騎がかりでも歯が立たない相手だ。たかが十数名程度の怪我人が徒歩で打って出たところで、何ができるだろう。

…………

沈黙するローメッドに、聞くまでもなく答えはわかっていたのだろう、若者は諦めたように肩を落とす。それが自身に向けられた失望であるように感じられて、ローメッドはますますその表情を険しくした。

実際のところ、相手は単騎。大型の矢筒を鞍に括りつけているようだが、持ち運べる矢の本数には限界がある。せめて自分たちが囮となって矢を無駄遣いさせるという手も考えたが、今までの戦いぶりを見るに、脅威度が低い自分たちを無視して騎兵を攻撃し続ける可能性が高い、とローメッドは睨んでいた。

騎兵を全滅させてから改めて自分たちを『狩り』に来るか、あるいはそのまま無視して隊商に戻り補給を優先するか。いずれにせよ、ローメッドたちが犠牲になろうとしても、現時点では向こうは構ってくれないだろう。

(クソッ! 何か、何かできることはないか……!)

死にゆく仲間たちを血走った目で見ながら、ローメッドは必死に考えを巡らせようとする。しかし空回りする思考は、一向に手立てを見つけられずにいた。どうしてこんなことに―などと、現実逃避じみた想いだけが浮かんでくる。奴隷として売り飛ばされた同胞たちを救うため北の大地までやって来たというのに、目の前で仲間が蹂躙されるのを、ただ指をくわえて見ているしかないというのは何たる皮肉か。

怒りと情けなさで、先ほどとは一転、顔を紅潮させるローメッド。視界が真っ赤に染まっていくのを感じたが、バサバサッという羽音に思考を中断させられる。

見れば、傍らの止まり木で翼を休めていた伝書鴉(ホーミングクロウ)が、細かく体を震わせていた。ぶわりと、その小さな身体が膨れ上がるかのような錯覚、鴉の薄い赤色の瞳が血のような真紅に染まり、存在感がず(・)し(・)り(・)と重くなるのを肌で感じる。

……カッ、カッカ。うぅむ、久しいな。ローメッド、その後はどうじゃ

まるでそれが当たり前であるかのように―首を巡らせてローメッドを見据えた鴉が、しわがれた声で話し出す。

御大将!!

思わず叫んだ声には、僅かな安堵の色が滲んでいた。咄嗟に止まり木の前で跪くローメッド、周囲の怪我人たちも おお とざわついている。

御大将―少なくともローメッドたちはそう呼んでいる―は、告死鳥(プラーグ)と契約した強大な魔術師だ。ローメッドたちが怪物(モンスター)の闊歩する 深部(アビス) を横断して北の大地に侵入できたのも、時折必要な武具や糧食などを補給できているのも、雪原の民の討伐隊を察知し撃退できているのも、全て彼のお陰だった。

奴隷にされた同胞たちを救いたい、という自分たちの心意気を買って支援してくれている―というのは御大将の言だが、ローメッドはあまり信用していない。これほどの力を持つ魔導の探求者が、そんな甘い理由で力を貸すはずがないからだ。おそらく彼にとっても何らかの利益(メリット)があり、独自の思惑に基いて行動しているのだろうが―ローメッドたちもそんなことは承知の上だった。仮に、手駒として利用されているだけだとしても構わない。現に少なくない数の同胞を救い、うち何人かは別働隊の手より 深部(アビス) 経由で故郷に帰すことにも成功しているのだから。

いずせにれよローメッドは、少なくとも彼の能力には全幅の信頼を置いており、それを自在に操る彼自身にも畏敬の念を抱いている。そして、最近は忙しいらしく、滅多と『憑依』していなかった彼が、このタイミングで様子を見に来たことには運命を感じずにいられなかった。

御大(おんたい)、状況は芳しくありません。あちらを

切羽詰まった表情で、ローメッドは『戦場』を示す。つられてそちらを見やった黒羽の魔術師は―そのまま硬直した。

……御大将?

剥製のように動かない鴉に、怪訝な顔で声をかけるローメッド。

……かっ

それに対し、赤い眼を見開いた鴉は壊れた玩具のように、

―かっ、かかかっ、くはははハハハッ!! カッハッハッハッ!!

哄笑。

おおよそ状況には似つかわしくない、そして何より仲間たちが死していく現場を前にしての奇妙な反応に、ローメッドは眉をひそめる。

カッハハハ、これは傑作! 彼奴め、よりにもよって何故このような場所におる!

あの者をご存知なのですか!?

が、続く魔術師の言葉に、思わず前のめりになって尋ねざるを得なかった。

ふっ、くくく。そうじゃ、そうじゃな。知っていると言ってもいいじゃろう、わしにとっても『敵(かたき)』に相当する男じゃ

肩を、というよりも翼を震わせて、面白可笑しそうに魔術師は答える。しかしその瞳はぎらぎらと、おぞましいばかりの輝きを放っていた。

ふむ、ふむ。押されておるな。単騎でよくもあそこまでやるものじゃ……Se vizitanto, tio ne nepre bizara……よい。いずれにせよ、お主の言わんとすることはわかるぞローメッド

ぎょろりと蠢いた赤い双眸が、ローメッドを捉える。見かけはただの鴉に過ぎないにもかかわらず、にやりと口の端が釣り上がっている―そんな邪悪な表情を連想させる怪鳥の顔。

畏怖とも、本能的な嫌悪感とも知れぬ感情を抱きながら、それでも敬意をもってローメッドは頭を垂れた。

はっ。……あの者を倒すため、御大のお力をお借りしたく

よかろう。無駄な力は使いたくはなかったがの、これは仕方があるまいて

ばさばさと翼を羽ばたかせながら、止まり木の上で鴉は体勢を整えた。

見据える。

遥か彼方、襲撃隊を追撃する異邦の狩人を。

その真っ赤な瞳が、微かな燐光を放ち始める。それは美しく、それでいて何処か退廃的な、そして不吉な色だった。

ローメッドよ。あの男を生かすも殺すもお主次第じゃが、殺す場合は少なくとも遺体は五体満足で確保せよ

五体満足、……ですか

彼奴めの肉体は使い道があるのでな

カッカッカ、と乾いた笑い声を漏らす鴉。この強大な魔術師に肉体を必要とされるとは、一体何者なのだろうかと思いつつ、ローメッドは首肯する。あの凄まじい馬上弓を見るに、只者ではないことだけは確かだったが。

わかりました。必ずや

任せた。では彼奴めを弱らせるぞ。これでお主の仲間もやりやすくなるじゃろうて

ばさりと。

鴉は、翼を打ち広げる。

ただそれだけの行為が、何処までもおぞましい。

Rigardo de detruo.

しわがれた声が呪文を紡ぎ。

ぎらりとその瞳が一際強く、そして不吉に輝いた。

†††

大地を叩く無数の蹄の音が、びりびりと空を震わせる。

次第に大きくなる鬨の声―遠景に望む馬賊はじわじわと接近しているように見えて、その実襲歩(ギャロップ)による突撃は風のように疾い。

ランダールの馬車で、アイリーンは荷物の陰から敵の様子を観察していた。

散開しながら先を争うようにして距離を詰める、五十騎近い褐色の騎馬の群れ。

複合弓に矢をつがえ、いつでも放てるように身構えている馬賊たち。ちらほらと二人乗りしている騎馬も見かけられ、さらには火の点いた松明をその手に携えた者もいるようだった。

……準備のいいこった

こんな真っ昼間に、松明の使い道など限られている。ずらりと並ぶ隊商の馬車を見やりながら、思わずアイリーンはハッと乾いた笑みを浮かべていた。

のっぺりと時間が引き伸ばされていくような感覚。誰かがごくりと生唾を飲み込む音。隊商の面々は馬車を盾として、それぞれ弓やクロスボウを手に待ち構える。

殺伐とした緊張感がきりきりと神経を蝕む。『戦場』において有効な飛び道具を持たないアイリーンは、ただただそれに耐えるほかない。

そして。

時は来た。

複合弓の射程にまで接近した馬賊が、一斉に矢を放つ。

空中にきらきらと輝く鏃(やじり)は、さながら白昼の流星群。

美しく暴力的な豪雨が、隊商の車列に降り注いだ。

アイリーンは荷物の裏で身を縮める。木箱越しに感じる軽い衝撃、無数の釘を打ち付けるような音、荷台の幌を矢が勢い良く突き破っていく。それに一瞬遅れて、馬の鋭いいななきや、男たちの怒号が上がる。しかし大混乱に陥る馬に対し、人の悲鳴は驚くほどに少ない。みな馬車を盾として事なきを得たのだ。

放てェ!

代わりに、ゲーンリフのだみ声が響く。

お返しだと言わんばかりに隊商側から飛び道具が放たれた。商人がクロスボウで狙撃し、護衛の戦士が助走をつけて投槍を投擲、商人見習いの少年たちも投石器(スリング)や弓矢で各個に反撃している。

中でも目覚ましい戦果を上げたのはクロスボウだ。他の投射武器とは弾速が段違いで、回避が間に合わずボルトを受けた馬賊や馬が断末魔の叫びを上げて倒れ込む。草原の民の女奴隷を連れていた裕福そうな商人などは、クロスボウをいくつも準備していたらしく、使った端から見習いに渡して次弾を装填させていた。

―ッ!!

―、―ッ!

苛烈な隊商側の反撃に、何事かを叫んだ馬賊たちが少しばかり距離を取る。緩やかに隊商を包囲しながら、再び弓での一斉射撃を仕掛けてきた。だが隊商の面々も即座に馬車や大盾の裏に隠れ、矢の雨をほぼ無傷でやり過ごす。

これが仮に、現状に倍する数で隊商の両側面から攻撃されていれば、こうも簡単には防御できなかっただろう。本来ならば馬賊も、二つに分けた襲撃隊による挟撃を想定していたはずだ。

しかしその思惑は土壇場で打ち砕かれた。

ひとりの、化け物じみた異邦の狩人によって。

再び荷台の幌から顔を出し、アイリーンは見やる。隊商から遥か遠く、二十騎以下にまで数を減らした草原の民たちが、たった一騎の弓騎兵に追い回されているのがはっきりと見えた。

ケイだ。

DEMONDAL において『死神日本人《ジャップ・ザ・リーパー》』とまで呼ばれ恐れられた馬上弓は、この世界においても健在らしい―いやむしろ、より一層磨きがかかっている。

流石はケイだ、―と不安な気持ちを信頼で塗り固め、アイリーンは頷いた。

ケイもしっかりしているのだ、自分も最善を尽くさねば、と。

そう言い聞かせて、無理やり視線を外す。

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