まず、敵味方双方とも、馬賊の魔術師のものと思われる断末魔に浮き足立っていたようで、特に馬賊側からは当初の勢いがなくなっていた。重装騎兵三人組の攻勢をのらりくらりと躱していた別働隊の面々に至っては、ケイが”竜鱗通し”での射撃を再開するや否や算を乱して逃げ始める始末だった。

馬賊たちの視点からすれば、それも無理のないことだ。散々矢を打ち込んで、(呪いのせいとは知らず)段々と元気を失くしていき半死半生にまで追い込んだと思った男が、いきなり完全復活して殺意全開で逆襲してきたのだ。高等魔法薬(ポーション)の存在を知らなければ化け物にしか見えないだろう。

無論、再びサスケに騎乗したケイがそれをみすみす逃すはずもなく、散々嬲られたお返しとばかりに、一人一矢きっちりと”竜鱗通し”をお見舞いした。

その後、アイリーンから木立に負傷兵その他が潜んでいる可能性を知らされるも、隊商の援護が先決と判断したケイは、重装騎兵三人組を引き連れてもう一隊の馬賊へと強襲を仕掛けた。文字通り、直接矢面に立たされることとなった馬賊たちはケイの騎射の腕前と”竜鱗通し”の威力に度肝を抜かれ、また遠目では見ていたものの改めて間近でそれを見せつけられた隊商の面々も同様に度肝を抜かれた。

いずれにせよ、その場のほぼ全員の度肝を抜きながら、ケイが馬賊を壊滅させるまでそう長くはかからなかった。途中でとうとう矢が尽きてしまい、死体から矢を回収しながらチマチマと戦う羽目になったが(全力での射撃だったので着弾の衝撃により折れてしまったものが多く、使い物になる矢を探すのに思いの外手間取った)、それでもケイの騎射で大幅に数を減じた馬賊たちは、隊商の面々によって順次制圧されていった。

最終的に、残り二十騎を切ったあたりで、これは敵わないと判断した馬賊たちが撤退し、ケイを含む騎兵の面々で散々に追撃して追い散らしてから、隊商はようやく一息をつくことができたのだった。

あとに残されたのは―濃厚な血臭。

傷ついた者たちの苦痛の声と、死者に対する嘆き。

そして、『生存者』に対する苛烈な私刑(リンチ)だった。

ケイが追撃から隊商に戻ったとき、最初に抱いた印象は『酷い』の一言だった。

至る所に怪我人が寝かされ、あるいは敵味方問わず死体が放置され、ある程度元気があり医療の心得がある者は怪我人の治療に奔走し、元気はあっても戦うことしかできない者は、その鬱憤をぶつけるように生かして捕らえた馬賊を痛めつけていた。

拷問、というよりは、生死を気にせずひたすら殴る蹴るといった暴行を加えている印象だった。元々、彼らが先に襲ってきたのだ。それこそ生かそうが殺そうが勝手というものだろう。後ろ手に縛られたまま泥に顔を埋め、ぴくりとも動かない男がいる。まだ少年と言ってもいい年頃でありながら、大の男に寄ってたかって蹴りつけられている者もいる。あるいは首をロープで縛られて吊るし上げられ、今まさに絶命しようとしている者もいる。

『酷い』、とケイは思った。しかし、ケイも数十人もの命を奪い去ったばかりだ。理性的に、『酷い』とは思ったが、心は固まったまま動かなかった。ただ淡々とそんな感想を抱いただけで終わった。

…………

しかしふと隣を見ると、アイリーンが悲しそうな顔をしていた。

これが正常なのだ、という思いが去来し、ケイは強張った顔からどこかぼんやりとしたような表情になった。そのまま地面に視線を這わせたケイは、血塗れの死体に目を留める。

若い女の死体だった。

顔に刻まれた黒い刺青、痩せ細った身体、両手首を拘束する鎖―草原の民の、奴隷の女だった。どうやら彼女は、襲撃に巻き込まれたというよりも、戦いの果てに死んだらしい。その瞳は空を睨み、苦しげな表情のまま大の字で地に横たわっていた。死因はおそらく失血死。胴体をばっさりと斬り裂かれ、内臓がソーセージのように溢れ出ている。右手の近くには、血塗れの短剣が転がっていた。そしてその傍には、彼女を手酷く扱っていた小太りの商人も倒れている。

勿論、と言うべきか、彼も息絶えていた。丁寧な造りのクロスボウを抱きかかえ、地面に蹲るようにして、動かない。首の辺りの刺し傷を見るに、背後からの一撃で絶命して馬車から転がり落ちたか。

馬賊の襲撃。それに乗じ、奴隷の女も隙を見て戦いに加わったのだろう。彼女が誰を相手取って戦ったか―想像するまでもない。復讐すべき相手に手を下した。要約してしまえばそんなところだろうか。

人の生き死にが、呆気なくまとめられてしまうことに、その状況に、虚しさのようなものを感じずにはいられなかった。

溜息をついて空を見上げると、雨雲は散り散りになり青空が見えている。少し、視野が広がったような感覚があり、ケイは改めて周囲を見回してみた。怪我人の手当てやリンチは相変わらずだが、疲れ果てたように地面に座り込み、ぼんやりと生の実感を噛み締めている隊商の面々の存在にも気付いた。

彼らの多くは年若い商人見習いたちで、武器を握り締めたまま地面に視線を落とし、腰を抜かしてしまったかのように座り込んだまま動かない。その他は―隊商の戦士や、商人たちだ。彼らの多くと、妙に目が合う。目が合うとすぐに向こうが視線を逸らしてしまうが。何故か、と考えて、思い当たったのは、『恐れ』、あるいは『畏怖』。そういった感情が、彼らの瞳の中にちらついていることを見て取った。

あるいは、単騎で馬賊に大打撃を与えた、ケイの馬上弓に怯えているのだろう。味方でいる分には頼もしいが―と。勿論、ケイは無闇に周囲の人々を傷つけるようなことはしない。しかしケイの見かけ―草原の民に比較的近いアジア人の風貌―や、自分たちがこれまで取ってきた、お世辞にも愛想の良いとは言えない態度を鑑みて、彼らが何を思っているのかは想像に任せるほかない。

(……面倒だな)

恐れられるのも、敬遠されるのも、今のケイにはどうでもよいことだった。ただ、疎んじられるような、それでいて全身に纏わりつく視線は鬱陶しかった。脳の中心が痺れているようで、深く考えを巡らせるのが酷く億劫に感じられる。

……疲れた

ぽつりと、ケイは地平の彼方を見て呟いた。はっ、と顔を上げて、心配げな表情になったのは隣のアイリーンだ。ケイはそんなアイリーンに気付くことなく、気にかける余裕もなく、ただぼんやりと遠くを眺めていた。

……ん

と、ひとりささくれた余韻に浸っていたところで、周囲が騒がしくなってきたことに気付く。

見れば、木立の方から、槍を構えた騎兵と戦士たちに追い立てられるようにして、とぼとぼと歩いてくる集団がある。

ぼろぼろの衣服をまとった、吹けば飛んでしまいそうな、頼りない三十人ほどの集団。よく見るまでもなく、その全員が若い女と子供だった。ぎらりと輝く槍の穂先に怯えるように身を寄せあって両手を挙げ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

あれは……

アイリーンが、慄くように呟いた。

『それで、全部か』

馬車の上で、メモ帳と睨み合いながら被害を確認していた隊商の長ゲーンリフが、集団を統率する護衛戦士の一人に問いかける。

『ああ。あっちの木立にはもう残っちゃいねえよ……生きてるヤツはな』

ゲーンリフに問われた戦士は、血塗れの槍で木立の方を示し皮肉な笑みを浮かべる。

『そうか。……こいつらは、奴隷か?』

表情を変えることなく頷いたゲーンリフが、羽根ペンを片手に、女子供の集団へ品定めするような目を向ける。悲しみも憎しみも全て飲み込んだ、合理的な商人の顔。

『うーむ……全員、首輪やら鎖やらを外した痕が残ってる。ま、十中八九奴隷だわな。馬賊の奴らに”解放”されたんだろうよ』

『ふむ……そうか。賊の所有物は、“賊を討伐した者”にその所有権が移るからな。他に何かあったか?』

『いんや、特に何も……食糧と馬の飼料くらいのもんか。あとは馬が何頭か……金目の物はほとんど残っちゃいなかったよ』

『ほう……』

肩をすくめて答える戦士に、ゲーンリフは目を細めた。『ほとんど残ってなかった』という表現に引っかかるものを覚えたのだが―

『―まあいい、あとで食糧と飼料は回収するとしよう。馬もなるたけ連れて行きたいところだな』

『おう、そうだな』

少々悪い顔で、調子よく頷く戦士。これだけの戦闘の後なので、多少の目溢しはいいだろう、というゲーンリフの判断だった。彼らは直接木立に乗り込んで、残る戦闘員を制圧し、捕虜を連行してきたのだ。多少の―つまり個人単位の―貴金属を奪い取る程度の役得はあっても罰は当たるまい。

そう結論を出したところで、さて、とゲーンリフは捕虜の一団に向かい直る。その氷のような無感情な視線に晒されて、女子供たちは一層怯えたように身を寄せ合った。

『……まあ、多少痩せてはいるが、売り払えばそれなりの値はつくだろうな』

『殺さないんだな?』

『馬賊は壊滅。移送のリスクも減ったことだし、売らない手はない』

『一人も殺さない?』

ニヤリと笑って重ねて問う護衛の戦士に、その意図を察したゲーンリフは、若干渋い顔で小さく溜息をついた。

『……まあ、二人程度ならば見逃そう。ただし歩ける程度の体力は残しておけよ』

『はっはァ! さっすが隊長、話がわかる』

ゲーンリフの許可を受け―捕虜を取り囲む護衛戦士たちの眼の色が変わる。それを敏感に察した草原の民の若い女たちが、ヒッと息を呑んだ。

『……ああ、そうだ。それと、そいつらの扱いだが』

捕虜の一団を見回し、年若い男―少年と青年の境目とでも呼ぶべき年代の層もいることを見て取ったゲーンリフは、思い出したように付け足す。

『将来、また再び何かの拍子に反乱でも起こされたら堪らん。二度と弓が引けんよう、全員の人差し指と中指を落としておけ』

その言葉に―アイリーンは、信じられないようなものを見るような目でゲーンリフを凝視し、ざぁっと顔から血の気を引かせた。その隣で、雪原の民の言語(ロスキ)の応酬をただ傍観することしかできなかったケイは、アイリーンの顔色の変化に只ならぬ雰囲気を察する。

しかしそんな二人を他所に、ゲーンリフたちの会話は続く。

『ん、女もか?』

『全員、と言ったぞ。……馬賊の中には、女の弓騎兵も居たからな。油断ならん』

何やら騒がしく男たちの声が聴こえる、後方の馬車の陰を見やってゲーンリフは鼻を鳴らした。生きて捕らえられた馬賊はそれぞれ私刑を受けていたが、捕らえられた馬賊の中には女もいたのだ。

聞くところによれば、捕らえられるまで、女と舐めてかかった戦士が何人も重軽傷を負う羽目になったらしい。今はその報いとして数人がかりで嬲られているようだ。草原の民は騎射の腕が当たり前のように良いので、たとえ女でも油断できない、とゲーンリフは考えるようになっていた。

『ん、まあ隊長がそう言うならおれは構わんがね。値段が下がるんじゃないか?』

『そう思わんでもないがな、元よりそれほど高値では売れん。売り払った先で、不穏なことを考える奴隷たちへの良い見せしめになるだろうよ』

答えるゲーンリフはあくまでも冷淡だ。あるいは彼も、殊更表情に出すことはしないが、今回の襲撃は相当腹に据えかねているのかも知れなかった。彼の馬車の周囲にも、見習いの少年たちの死体が転がっているのだから。

『ふーん、ならそういうことで。おーい、誰か手斧持って来い、鋏でもいいぞー』

男が呼びかけると、すぐさま手頃なサイズの斧が見繕われ、台となる木の箱やまな板のようなものまでもが用意され始める。

アイリーンはそれを前に―口元に手をやって、目を見開き、ただガタガタと震えることしかできなかった。

アイリーン? 大丈夫か?

不穏な空気は察しつつも、状況を理解できていないケイは、アイリーンの肩を抱いて心配げに声をかける。

しかし、そうして傍観するうちに、ことが始まり、アイリーンが震えるわけを否が応でも理解する羽目になった。

まだ年若い、刺青も入れられていないようなあどけない顔立ちの少年が引きずり出され、男たちに手を押さえつけられたかと思うと―

とんっ、とんっ、と。

まるで料理でもしているかのような、軽い音。

それを少年の絶叫が塗り潰し、ぬかるんだ地面にぽろぽろと指が転がった。それを見た子供たちが一斉に泣き出し、かばうようにして彼らを抱き締めようとした女が、護衛の戦士に軽々と担がれて連れて行かれる。

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