いやだって、君、半精霊とは言っても命あるものだよ? 治療なら兎も角、『復活』となるとね……。再三言うが、『こちら』は物質と精神の結びつきが非常に強い。肉体が滅びれば、魂も滅びようというものだ。今頃は流転輪廻に呑まれて、この世界、あるいは別の生命の一部になっているだろう
オズの説明に、ケイはがっくりと肩を落とす。懐に収めた、お守り代わりの革財布を服越しにそっと撫でた。渋い顔でケイの肩を叩くアイリーン。
まあ、運が悪かったと思って諦めたまえ
運、か……確かに、そうかもしれないな……
諭すようなオズに、ケイも苦々しく頷く。この世界に転移した直後に盗賊に襲われたのは、ツイていなかったと言われればその通りだ。しかしミカヅキを死なせてしまったのは他ならないケイ自身。一瞬、再会を期待してしまっただけに、落胆も大きい。
せめてその場に居合わせていればね、何とかなったかもしれないが。尤もそれ相応の対価は頂いただろうけど
……悪魔に対価とは、ぞっとしないな
高くつくよ? ……しかし今この場において、君らの記憶と僕の知識は等価だ。存分に活用したまえ。この世界のこと、転移のこと、珍しい動植物の効能や、何なら魔術の秘蹟なんてのでもいい。と言っても、その辺の知識は君らにはあまり魅力的ではないかもしれないね。薬品類には詳しいようだし、魔術も、君らは『こちら』の術者に比して充分過ぎるほどの知識があるらしい。人の身で実行できる術式は、既に知り尽くしていると言っても過言ではないだろう
まあ、多少はな
俺の場合は宝の持ち腐れだが
魔法戦士としての自負はあるが、オズのような『大物』の前では鼻にかける気にもなれないアイリーンと、そもそも己を脳筋戦士と認識しており、あっても意味がないと肩をすくめるケイ。
ところが、オズは腕組みをしたまま、きょとんとした顔でケイを見やった。
……ああ。そうか、君、気づいていないのか
……何か?
オズに見つめられ、自分が何かとんでもない見落としをしているのかと、無性に不安な気持ちに駆られるケイ。
いや、なに。君らはゲームのキャラクターに準拠した能力を受け継いでいる―それは確かだが、ゲームバランスのためにかけられていた制限は、もはやこちらには存在しないんだよ
再び、生徒に言って聞かせるように、オズは指を振りながらとくとくと語る。
だからケイ、君は、ゲーム内では騎射に特化したビルドの『完成された』戦士だったが、今やそれ以上に成長の余地があるんだ。……身体的にも、魔術的にも、ね。本当に気づいていないのかい? 幾度となく彼女に魔力を吸われ続けてきただろう
オズは、空中をふわふわと漂う、風の精霊を親指で示した。
―君の魔力は、既にひよっこ魔術師程度には増大しているよ?
57. 恵与
前回のあらすじ
シーヴ わたしが育てた
俺の魔力が……!?
信じられないとばかりに、思わずケイはシーヴを見やった。
頭上をふわふわと漂う風の精霊は、そのあどけない容姿には不釣り合いなまでに妖艶な笑みを浮かべている。 感謝しなさいよ? と言わんばかりの得意げな顔。有り体に言えば、ドヤ顔だ。
確かに―ここのところ、シーヴに吸われるのにも慣れてきたとは思っていた。この森に突入する直前にも勝手に術を行使され幾ばくかの魔力を吸い取られたが、一瞬立ち眩みに襲われたくらいのもので、少し休むだけで体調は回復していた。
まさか魔力が育っていたお陰だったとは。
物理特化の脳筋戦士を自負していたケイにとって、あまりにも衝撃的な事実だった。
普通、気づきそうなものだけどねえ……魔力枯渇の反動は、慣れでどうにかなるものではないだろうに
腕組みをしたまま、呆れた顔をするオズ。
いや、そんなことを言われても……魔力を扱う感覚なんて、『こちら』に来るまで知らなかったし……
まあ、君らの世界なら仕方ないかもしれないが
すげーな、やったじゃんケイ!! 魔力が育つんなら、シーヴのポテンシャルを存分に活かせる!
困惑気味のケイの代わりに、アイリーンは大興奮の様子だ。が、 ん? と何かに気づいた様子で首を傾げるアイリーン。
ちょっと待て、それってオレ損してないか?
……と言うと?
だって、オレって魔力もある程度育ててたわけじゃん? でも今からゲーム並に身体を鍛えるのは難しいからさ……肉体が限界まで強化されていて、これから魔力も鍛えられるケイは得したんじゃないかな、って
DEMONDAL において、ニンジャ『アンドレイ』ことアイリーンは、魔法戦士として身体能力の強化はそこそこに留め、魔術関連の適性を高めてあった。つまりキャラクターのポテンシャルのかなりの部分が、魔術技能のために割かれているのだ。
アイリーン自身も今後、諸々の方面で更なる成長が見込めるとはいえ、ケイのように物理を極めておいた方が効率が良かったかもしれない―そんな思いを滲ませる発言は如何にも元ゲーム廃人らしいものだ。
いやしかし……魔力を鍛えると言っても、決して楽ではなかったぞ
だが、現実を知るケイは渋い顔だ。『こちら』の世界に転移した直後、アイリーンを侵す毒の種類を呪い師の老婆(アンカ)に知らせるため、初めてシーヴを顕現させたときのことを思い出す。とっておきの大粒のエメラルドを触媒として捧げたが、それでも死を覚悟するレベルで魔力を吸い取られた。正直なところ、体の奥底から大切な何かが抜け落ちていく、あの身の毛もよだつな感覚には未だ慣れない。
筋力と魔力、どちらの方が鍛えるのに楽かと問われれば、ケイは迷わず筋力と答えるだろう。少なくとも、よほど無茶をしなければ筋トレで死ぬことはないが、魔力は加減を間違えれば容易く死ぬ。その精神的重圧に起因する疲労は―筋トレのそれとは比べ物にならない。
まあ魔術適性はアイリーンの方が高いのは確かだからな。アイリーンこそ、魔力の限界値が上がるから、もっと魔術の幅が広がるんじゃないか?
それもそうだな。これからも頼りにしてるぜ~ケルスティン
アイリーンが声をかけると足元の影が手の形を取り、ビッ!と親指を立ててみせる。
ケイは努めて、ケルスティンと戯れるアイリーンの方を向いていたが、件の風の精霊がテーブルの上に寝転がるようにしてこちらを覗き込んでくる。 私には何か言うことはないのかな? ん? ん? と言わんばかりに、ニマニマと笑いながら空中で頬杖をついて、終いには顔から数センチの距離まで迫ってきたので、ケイも観念し 頼りにしてるよ とため息交じりに声をかけた。
クスクスと笑いながら、くるくると空中を泳いでいくシーヴ。
随分と仲が良いようだね
付き合いが長いからな
からかうようなオズの言葉に、ケイは肩をすくめてみせる他ない。
いやはや、実に興味深いね。ついこの間、個性を獲得した存在とは思えないほどに感情が豊かだ……ケイの、ゲーム内におけるイメージも影響しているのかもしれないね
そう言われてみれば、風の精霊だから、こういう自由な奴なんだろうな、とは思っていたかもしれん
彼女の存在の『肉付け』に君の意志が介在したのは面白い現象だ……以前の転移者は魔術師ではなかったからね。初めてのケースだよ
あっ、そうだ。オレたち以外にも転移者っていたんだよな、旦那? この森の近くの村に、地球の歌が伝わってるみたいなんだけど?
突然思い出し、パシッと膝を打って話を変えるアイリーン。
そうだね。この世界の時間で、大体、二百年ほど前と、百年ほど前だったかな? 君たちと同じようにゲームのプレイヤーが森に現れたね。二人とも森の外に送り出して、その後は知らないけれども。僕の把握している限りでは、転移者はその二人だけかな。彼らの場合はカムイの干渉というより、魂がこの次元に自然に引っ張られた、という感じだったよ
……二百年? 随分と昔だなー。地球と『こっち』って時間ズレてんの?
魂が自然と引っ張られて抜け落ちるとは、恐ろしい話だ……
首を傾げるアイリーン、おそらくは現実世界で『変死』を遂げたであろう、名も知らぬプレイヤーたちのことを思い顔を引き攣らせるケイ。
君らのゲームとこの世界は極度の相似関係にあるからね。互いに引き合うような性質があるのさ。それに、精神が物質世界に対して優位に働くVR技術は、君らが思っているよりも『危険な』代物だよ。まあ、今更知ったところで時既に遅しだが……
手品のようにティーカップを取り出して、紅茶を味わいながらオズは笑う。
ところで時間のズレに関しては、君らの記憶と『彼ら』の記憶を比較するに、どうやら『地球』の次元とこちらの世界は急激に接近し始めていたようだ。最初の一人が転移してきたのは、『こちら』ではおおよそ二百年前のことだったが、君らの世界では三年ほど前、 DEMONDAL のサービス開始直後だったらしい。対して、二人目は『こちら』では百年前、君らの世界では―二年ほど前のことか。『地球』の時の流れは、『こちら』に比べて格段に遅いようだね。しかし両者のそれが、ごく僅かではあるが、揃いつつある
……時間のズレが変動するなんてことが、あり得るのか?
もちろんあり得るとも、ケイ。君らにはわかりにくいかもしれないが……世界と世界の間に、相対的な『距離』とでも呼ぶべきものがあるのだよ。あらゆる世界が、互いに近づいたり遠のいたりを繰り返している。世界同士が接近すればするほど、時の流れも足並みが揃う傾向があるし、例えば僕が世界を渡るときも、『近く』の世界の方がより少ない労力で次元の壁を突破できる。ちなみに僕の故郷たる天界は、他のあらゆる世界に対して常に時の流れが遅い傾向にあるよ。天界の時間基準で魔力の消費が早くなってしまうのも、『堕天』が厭われる理由の一つだねえ……ふむ
ふっと視線を逸らしたオズは、頬に手を当てて何やら考え込む素振りを見せた。
成る程……となると、『地球』と『この世界』は、今おそらく、最も接近しているのかもしれないね。流石の僕も、現世界と任意の外世界との距離を観測・予測することはできないが、時空を司る大精霊であるカムイならば可能だろう。奴に何の目的があるのか、あるいはあったのか謎だが、君らの召喚に際して魔力の消費を極力抑えるために、二つの世界が最接近したタイミングを狙った可能性は非常に高い
……そこまでして、何のために俺たちを呼んだんだ……
さあ。本人に聞いてみたらどうだい? 案外呼べば出てくるかもしれないよ?
オズの言葉に、ケイとアイリーンは顔を見合わせる。
……カムイの旦那ー?
アイリーンが虚空に向かって呼びかけた。
…………
当然のように、何の反応もない。
出てこないじゃん
実は、僕も少し期待してたんだけどね。やはり駄目か。素晴らしい記憶を読み取れると思ってたんだが、残念だねえ
責めるように頬を膨らませるアイリーンに対し、悪びれる風もなくオズ。
実際のところ、世界を調整する『神』にも等しい存在が、おいそれと姿を現すことはないだろう、とオズは語る。
あそこまで存在が大きくなると、ただ『身じろぎ』をするだけで膨大な魔力を消費するし、よほどのことがない限り顕現しないだろうね
結局、目的はわからずじまい、か……
君らを呼び寄せること自体が目的だったのか、あるいは君らがこの世界に及ぼす影響を期待しているのか……わからないねえ。ま、仮に『やって欲しいこと』があるなら、流石にもう少しわかりやすい形で頼んでくるはずだ。君らは、君らがやりたいようにのんびり過ごすといいさ。それだけのために、『こちら』の世界に呼びつけられたのは、災難としか言いようがないかもしれないが
俺はまだ、健康な体が手に入ったから良いんだが……
唸るようにして言ったケイは、心配げにアイリーンを見やる。こちらを見つめていた彼女は、健気に微笑んだ。
……大丈夫だよ。オレも……こっちで暮らしていくなら、けっこう充実してると思うし。家族は心配だけど、さ
そう言えば、地球の方が時間の流れが遅いなら、まだ俺たちの体は死んでないんじゃないか? 今すぐ帰れば間に合うとか、そういうことは?
世界を渡るときにどれだけ時間がズレるか、だね。ひょっとすると君らの世界との距離が再び離れつつあるかもしれないし、ある日を境に地球の方が時の流れが早くなっている可能性なんてのもある。いずれにせよ、大博打だろう。君らにとっては
そうか……