己の股間に視線を落としながらバーナード。ボロ布のようなズボンを盛り上げる何かがそこにあった。そしてそれは、一向に萎える気配を見せない。
……ハハッ、ガハハハハァッ! 楽しもうぜェ、みんなァ!!
ぐしゃりと倒れる少年の躰にはもはや見向きもせず、ベルトの棍棒とメイスを引き抜いて、バーナードは村の中へと走り出した。
ドタンッドタンッと異様な足音に、そしておぞましい笑い声に、村人たちが何事かと民家から顔を出しては、悲鳴を上げて中に引っ込んでいく。
ただいまァ! なぁんてなッ!
民家の一つのドアを真正面から蹴破り、バーナードは侵入を果たした。中にいた若い女と男が揃って悲鳴を上げる。
跳躍。メイスを振り上げ、振り下ろす。男が飛び散る。撒き散らす。血飛沫を浴びた女が、手で顔を覆って絶叫した。盛大な失禁、床を濡らしながら尻もちをつこうとしたところで、それより速く怪物の手が首を掴む。そのまま持ち上げ―ああ、不幸なことに怪物の方が遥かに上背が高い―まるで肉屋の商品のように、ぶら下げる。
宙吊りにされ、もがき苦しみ、足をばたつかせる哀れな姿を、バーナードは高らかに笑いながら楽しげに観察した。
そして穴という穴から体液を垂れ流して絶命するさまを楽しんだところで、肉塊を放り投げ、次なる家へ。
まさしく、バーナードにとっては薔薇色の時間だった。
それは酷く生臭く、どろどろとしていたが。
イヤアアアァ!
やめてええええ
来るなァ化け物ォッッ!
助けてえええッッ!
老若男女問わず、悲痛な叫び声が木霊する。村人たちは、あまりの異常事態に、そのほとんどが家に引きこもることを選択していた。まるでおとぎ話に伝わる化け物のように、目をつぶって息を潜めていれば、いつかは過ぎ去ると信じているかのようだった。
だが、違う。
これは、化け物であり、そして人だ。
残虐性とともに、高度な知性と、理不尽な目的意識を兼ね揃えた存在だった―
バーナードは全力で遊んだ。ぬいぐるみを抱きかかえた幼い娘が泣き叫ぶ前で、両親を棍棒で散々にいたぶって肉塊に変え、最後は娘自身も股から真っ二つに引き裂いて、鮮血のシャワーを浴びた。痩せ細った老人を砲丸投げの要領で壁に投げて叩き殺し、村から逃げようとしていた恋人同士と思しき男女を、お互いの顔と顔とを熱烈にキスさせて捻り潰し、箱の中に隠れた子供を箱ごと井戸に落として沈んでいく様子を楽しんだ。
中には、抵抗する者もいた。それはなんと幼い男の子だった。おんぼろな納屋の前で小さな包丁を手に、真っ向から歯向かってきたのだ。
気の毒なほどに震え今にも倒れそうではあったが、 これ以上近づくな、化け物! と啖呵を切る姿はあっぱれと言わざるを得なかった。面白いことに、ちらちらと背後の納屋を気にしており、そこに『何か』を隠していることだけは一目瞭然だった。
なので、バーナードは納屋に炎の吐息(ブレス)を吐きかけた。
枯れ木のように燃え上がる納屋に、子供は包丁を取り落として悲鳴を上げた。中からも何者かのか細い、そして幼い悲鳴が聞こえてきていた。 アリスーッ! と火の中に飛び込もうとする子供を、親(・)切(・)に(・)も(・)引き止めたバーナードは、それ以上危ないことをしないようにと、その両手両足を丁寧に砕いた。
それでも、焼け落ちていく納屋に近づこうとして芋虫のように這いずりながら、その子があんまりにも泣いて感謝するものだから、バーナードは面白すぎて笑い転げてしまった。終いには笑いすぎて腹が痛くなってきたので、皮肉にも、その子供がバーナードに一番の被害をもたらしたと言えるかも知れない。
そんなこんなで、全力で遊び終わる頃には、すっかり日が暮れようとしていた。
しかし村は明るい。何軒もの家が燃え盛っているからだ。
やっぱりバーベキューに限るなァ
拾い物のハムを民家の焼ける炎で炙りながら、満足げに頷くバーナード。炎に照らされるラネザ村の光景は、凄惨の一言に尽きる。少なくとも村の大部分が壊滅し、血の色で彩られ、焼け焦げていた。
んでもまだ全部じゃねェんだよなァ、村外れにも何かあるっぽいし、ここはもっと楽しまねェと。なんてったって最初の村だからなァ!!
グハハハッと大声で笑うバーナードだったが、しかし次の瞬間、ハムを放り捨てて飛び退った。
ガツンッ! と衝撃。
バーナードの胴体があった空間を巨大な槍が抉り、地面に突き立った。
何だァ!?
素っ頓狂な声を上げるバーナードは、空を振り仰ぐ。その槍は、なんと、頭上から降ってきたのだ。
果たして、怪物の黄色い両眼は、真ん丸に見開かれる。
巨大な、鳥。
真っ黒な、羽を広げれば十メートルはあろうかという怪鳥が、ばさばさと羽の音を響かせながら、徐々にこちらに近づいてくる。
その脚に、ぶら下がる人影。
ッと危ねェ!!!
阿呆のように見惚れていたバーナードは、再び転がるようにして地に伏せた。きらりとその人影の手元が光ったと思うと、先ほどと同じように槍が飛んできたからだ。
尻尾を使って跳ね起きる。その間にも怪鳥は地上へと近づき、やがて脚から離れた人影が、ズンッと重い音を立て、地上に降り立った。
おうおう、随分とウチの村を荒らしてくれてるじゃねえか
―大男だ。バーナードも人間に比べるとかなりの大柄だが、この男はそれよりさらにでかい。
巨人、という言葉を連想する。その背丈は優に二メートルを超えるだろう。
そしてそれに見合うだけの、凄まじい覇気に満ち溢れた、がっしりとした体つきだ。逆立つような黒髪。凄惨な死体の数々を前に、微塵も揺るがない不敵な表情。筋骨隆々の体躯を重厚な鎧で防護し、それでいて動きには『重さ』を全く感じさせない。その手には使い込まれた無骨な戦槌(バトルハンマー)を握っている。並の人間なら両手で扱うであろう代物を、片手で軽々と。
……何だァ、領主様のお出ましかァ?
目を細めて、バーナードが問いかけると、大男は意表を突かれたような顔をした。
おい、お前、話せるのか!?
当ッたり前だろ。何を騒いでやがる
……竜人が人の言葉を解すとは、初めて聞いたが
……ああ。そうか、確かになァ
自分が怪物の姿をしていることを、そこで初めて思い出したかのように、バーナードはぼりぼりと頭を掻いた。
俺は博識なんだ。まあそんなこたァどうでもいいだろ、領主様よォ
ハッハッハ、『博識』ときたか、こいつは傑作だ。墓守のジジイから『害獣駆除』と聞いていたが、これはなかなか楽しめそうじゃないか
くるりとその手の戦槌を回し、獰猛に笑う大男。 ギヒッ とバーナードもまた、獣のように笑った。
そうだなァ……俺もなんか物足りねェと思ってたんだよォ!!
言い終わる前に、地を蹴る。
尻尾と両足を使った、全力の跳躍。
十歩以上の間合いを一瞬で食い尽くす。真正面から、メイスを叩きつけた。
岩をも砕く竜人全力の一撃は、しかし鉄の壁に阻まれた。いつの間にか、大男が左手に盾を構えていたのだ。まるで鐘を打ち鳴らすような盛大な金属音が鳴り響き、盾の表面を削ったメイスが火花を撒き散らす。
大振りの打撃をいなされ、体勢を崩すバーナード。大男のマントがばさりと広がる。
(……やべェ!)
本能的に、再び尻尾で地を蹴って無理やり飛び退った。バーナードの尖った鼻先を、唸りを上げてバトルハンマーが掠めていく。
ジャッ、と砂利が擦れる音。二人の間合いが、開く。
よく避けたな、トカゲ野郎
間一髪で致命の一撃を回避したバーナードに、大男は不敵に話しかけた。バーナードは何も答えなかったが、その鼻先からたらりと血が垂れる。あまりの圧に、血管がやられていた。
テメェ……半端ねェな
鼻血を拭いながら、バーナードもまた笑った。鼻先からズクンズクンと疼痛を感じたが、気にしない。血に酔いしれる今は、その感覚すらも愛おしい。
DEMONDAL のガチ勢にもテメェほどの怪物はいねえよ
『DEMONDAL』? 何の話だ? それに怪物に怪物呼ばわりされる謂れはないぞ
呆れたように首を傾げる大男は、フッと小さく笑った。
俺様のことは、『デンナー』と呼べ
大男―“巨人”デンナーは、堂々と名乗る。
……ククッ。ハハッ、ヴァッハッハッハッハッ!
目を見開いて、バーナードは笑った。轟々と燃え盛る民家の炎が、夕闇の世界に二人を明るく照らし出す。
ならッ! 俺のことは『バーナード』と呼べッ!
ほう? 一丁前に人間みたいな名前じゃねえか
ヴァッハッハッハハッ、確かにッなァッ!!
右手にメイスを、左手に棍棒を握り、バーナードは再び駆ける。
この大男―『デンナー』は、ゲーム内ですら見かけたことがないほどの、凄まじい強敵だ。
だが何を恐れることがあろうか。こんなにも嬉しいのに。こんなにも清々しいのに。
これを楽しまなくてどうする―
薄闇の中に幾度となく火花が散る。
打ち鳴らされる鐘のような金属音、怪物と傑物はここに激突する。
目にも留まらぬ速さで振るわれる棍棒とメイスを、デンナーは危なげなく盾でいなしていく。その荒々しい気配とは裏腹に、戦いぶりは冷静で堅実そのものだ。虎視眈々とバーナードの一挙手一投足を観察し、隙が生じた瞬間、風圧だけで仰け反りそうなほど豪快な一撃を見舞う。
その反撃(カウンター)の威圧感たるや、人外のバーナードをして受けようという気にはならない。自慢の筋肉と鱗の装甲も、このバトルハンマーの前では濡れた紙ほどの役にしか立たない。
攻める。叩きつける。薙ぎ払う。避ける。
バーナードの尻尾を活かした不規則な挙動を前にしても、デンナーはまるで山のように微塵も揺るがない。
そして散々な酷使に耐えかねて、とうとうバーナードのメイスが真っ二つに折れた。追い剥ぎで拾った戦利品、ゲーム内でも下から数えた方が早い程度の低級品だ。むしろここまでよくもったというべきか―だが、バーナードは慌てることなく、尻尾で地面を薙ぎ払った。砕かれた家屋の小さな瓦礫が、デンナーの顔に向けて弾き飛ばされる。武器を失ったバーナードを注視していたデンナーは、流石に意表を突かれたか、初めて少しだけ視線を逸らした。
楽しいなァ、デンナーッッ!
高揚のあまり、バーナードは叫ぶ。
素敵なアンタにプレゼントだァァァァァァッッ!
その胸が、ぶわりと膨らむ―
ヴァアアアアアアアアア―ァァァッッッ!!
回避不能の至近距離で、炎の吐息(ブレス)を浴びせかける。
咄嗟に盾を掲げたデンナーは、一瞬で炎の壁に呑み込まれ、盾ごと火達磨と化した。
ヴァ―ハッハッッハ……はァ?
炎に焼かれるデンナーの悲鳴を期待していたバーナードは、しかし、次の瞬間、呆気に取られて立ち尽くした。
ぬらり―と、炎が消えていく。
まるで見えない手に拭い去られていくかのように。
ふぅ……流石に今のは肝を冷やした。そうか、竜人(ドラゴニア)だもんな、火吹芸を忘れてたぜ
何食わぬ顔で、無傷のデンナーが姿を現す。その胸元に、橙色の光が輝いている。
……火避けの加護のアミュレットかァ? マジかよ
それが、火の精霊の力を封じた希少な魔道具(マジックアイテム)の類であることを見て取り、思わず茫然と呟く。
逆に、火炎放射を受けても動揺しなかったデンナーは、バーナードの的確な認識に呆れ顔を見せていた。
本当に何なんだよお前、ドラゴニアの賢者か何かか?
賢者にしちゃ凶暴だが、と付け加えるデンナー。ハッと我に返ったバーナードは、今更のように再び距離を取る。
(やべェな……武器はねェ、ブレスも効かねえとなると……)
正確に言えば棍棒が残っているが、全身をガチガチに固めたデンナーに対し、有効打たり得るとは思えない。
……ククッ、クソッ盛り上がってきたぜデンナーァ! 楽しもうぜェ!!
ぶるぶると震えながら、逆境に酔いしれるバーナードだったが、しかしデンナーは空を見上げて首を振る。
いいや、時間切れだ
ばさりと。
複数の羽音が、風圧が、その場を呑み込む。
バーナードもまた、天を振り仰いだ。暗くなった空の色に紛れるようにして、巨大な黒の怪鳥が数羽、遥かな高みを旋回している。
―と。
夜暗より更に濃い、闇色の点がぽつぽつと。
怪鳥の背から、『何か』が飛び降りてきた。
それは、漆黒のローブを纏った人影。
常識的に考えれば絶命必至の高度から、何の装備もなく降下する。ダダダダンッ、と派手な音を立てて着地。
デンナーとバーナードを円形に取り囲むように。
その数、八人。