また、村人たちを改めて観察し、服飾品などの文化から、自身の現在位置は、ゲーム内で言うところのリレイル地方辺りではないかと見当をつける。
間違いない。ここは『ゲームの世界』だ。
つまり―ゲーム内での常識が、『こちら』でも通用する可能性が高い。
さあ、何とか言え! さもなくば貴様らを不届き者として領主に突き出すぞ!
黙り込んだままのコウたちに対し、何やらヒートアップし始めるダニー。周囲の村人も同調しつつあるが、唯一、ベネットだけは冷静に見守っているようだ。
コウは、状況を打開するため、自らの最大の手札を切ることを決断した。
―Darlan.
トン、と軽く杖を地面に打ち付け、内なる力を解放する。
騒いでいた村人たちが一斉に押し黙る。コウの背後、夜の闇に、悪戯っぽく笑う羽を生やした小人―妖精の姿を幻視したからだ。
……実は、こう見えて魔術師でね
ニヒルに笑ったコウは、ダニーを見据える。太っちょの中年男性は、目玉が飛び出るほどに驚愕していた。
(ま、ゲーム準拠なら魔術師なんてそうそういないよね)
コウはほくそ笑む。
僕は、とある目的のために、旅をしているんだ。……イリス
なっ、なに?
フードを取って
……えっ、でも……
突然のコウの要請に、躊躇するイリス。コウはしっかりと彼女を見据え、頷いた。
大丈夫だ。僕を信じて欲しい
……わかった
腹を括った様子で、というより半ばヤケクソ気味に、イリスがばさりとフードを取り去る。再び、村人たちがどよめいた。フードの下から現れたのは、なんと頭に獣の耳を生やした黒髪の美女だったからだ。
なっ、ヨネガワ殿、これはいったい……!?
僕の目的は一つ。……彼女の呪いを解くことなんだ
動揺するベネットに、コウは神妙な顔で語り始めた。
それは、高貴な生まれの令嬢の物語。
彼女は、その美しさゆえ、ある日邪悪な魔法使いに目をつけられてしまった。
求婚され、当然のようにそれを拒んだ彼女は、怒り狂った魔法使いにより呪いをかけられてしまう。
生きながらにしてその肉体を獣に変えてしまう呪い―
たまたま立ち寄った旅の魔術師が、その魔法使いを追い払ったことで、呪いが完遂される前にどうにか止めることはできたものの、一度生えた耳と尻尾はどうしても消し去ることができなかった。
そして、街を放逐された彼女と共に、呪いを解くための放浪の旅が始まったのだ。
しかし旅の途中で霧の中に迷い込んでしまった結果、荷物さえも失い、霧が晴れる頃には現在位置すらわからなくなってしまった。
夜闇の中を彷徨ううちに、こうして、この村に辿り着いた―と。
コウの真に迫った滑らかな語り口に、村人たちはすっかり引き込まれていた。ベネットや、先ほどまで不信感を露わにしていたダニーも感心しているし、真実を知るイリスさえ そうだったのか…… と言わんばかりの顔をしている。
……そういうわけで、我々に、この村で旅の疲れを癒やすことを、どうかお許し願えないだろうか。幸い、相応の対価は持ち合わせているし、もしそれが不十分であるようならば、何かをお手伝いしよう。僕の『力』でできること、であれば……
それは、魔術師殿をここで放り出すわけにはいきませんな
すっかり態度を改めたベネットが、何やら考え込みながら首肯する。
と、腰からナイフを抜き取ったベネットは、顔の前に掲げて、厳かな口調で、
……我々、タアフの村人は、ヨネガワ殿、イリス殿に悪事を働くことなく、心から歓迎することをここに誓いましょう
と宣誓した。ちらり、とベネットがコウの様子を窺う。
(成る程、力ある者を容易く招き入れるわけにもいかないもんな)
納得したコウもまた、腰のベルトから短剣を抜き取って、同様の宣誓を―『悪意を持たないこと』を、刃に誓う。
ありがとうございます、ヨネガワ殿。これで村人たちも安心しましょう
いやいや、こちらこそお騒がせして申し訳ない限り。ベネット村長のお心遣い、感謝致します
はっはっは、過分なお言葉です……ささ、こちらにどうぞ。何もない田舎村ではありますが、精一杯おもてなしをさせて頂きますぞ
好々爺然とした顔のベネットが、自らコウたちを村へ案内する。ベネットについていくコウたち二人をよそに、周囲の村人たちは 旅の魔術師か…… 凄いな…… なんか前にも似たようなヤツ来たよな…… などと話しながら、三々五々に散っていった。
どうにか上手くいった、と胸を撫で下ろすコウ。すると、その顔の横にふわりと燐光が舞う。
よくよく見れば、コウの契約精霊―“幻惑の精”『ダルラン』が、にこにこと笑いながら空中を泳いでいた。
(……なんだか、ゲーム内とは違う雰囲気だな)
融通が利かないAIに過ぎなかったゲーム内に比べ、なんというか、感情豊かな印象を受けた。
Se estas iu havas meliceco kontraŭ ni, diru al mi.
コウがそっと囁くと、ダルランは首肯してふわりと消えていった。同時に、魔力が少しばかり持っていかれるような感覚もある。
『もし自分たちに悪意を抱く人物がいるならば、知らせろ―』
この曖昧なコウの『頼み』を、ダルランは受けたのだ。ゲーム内では不可能な所業。
やはりここは現実なのだなぁ、と感心しつつも、難しい顔をするコウ。
(どうやったら現実世界に帰れるんだコレ……)
この世界が現実感に溢れていれば溢れているほど―元の世界が遠く感じられる。何やら突然暗い雰囲気を漂わせるコウに、イリスは心細い様子を見せていた。
その後、村長宅で、ささやかながら歓待を受けるコウとイリス。
黙り込んでちびちびと葡萄酒を飲むイリスをよそに、調子を取り戻したコウとベネット、そしてダニーの話は弾みに弾んだ。
盃を重ねるにつれ、コウもベネットも饒舌になる―
そして、コウたちと同じように、二ヶ月ほど前に、突然村を訪ねてきた旅人として。
『ケイ』の名が話題に上るまで、そう時間はかからなかった。
幕間. Barnard
本作の R-15 残酷な描写あり タグは保険ではありません。
ご注意ください。
かつてないほど、清々しい目覚めだった。
……んぁ゛?
水底から水面へ、ゆっくりと浮かび上がるような感覚。穏やかな陽光に、うっすらと目を開く。
爽やかな風、程よい暖かさの空気。眠気が身体からスッと抜けていく。目元をこすりながら、上体を起こした。倦怠感にも似たある種の心地良さ、自然と盛大な欠伸が出てくる。もう一度地べたに寝転がり、思い切り体を伸ばした。全身の筋肉をほぐす。まるで獣のように。
『獣』―いや、むしろ『怪獣』と呼ぶべきか。
全身を覆う褐色の鱗、ぎょろりとした黄色の瞳、筋骨隆々の体つきに、赤子を丸呑みにできそうなほど大きな顎。口腔にはナイフのように鋭い歯がずらりと並ぶ。歯の隙間から飛び出た細い舌が、ちろちろと空気を舐めた。顔つきも、明らかに人間のそれではない。逆三角形の、どこか爬虫類を連想させる輪郭―蜥蜴あるいは『竜』。臀部から伸びる太く長い尻尾は、上機嫌にゆらゆらと揺れている。
まさしく、『人外』と呼ぶに相応しい容姿だ。ただ、地面にあぐらをかいて座る姿勢と、寝ぼけ眼のままボリボリと頭部の金色の毛髪を掻く仕草だけが、妙な人間臭さを漂わせている。
……ん? どこだココ
と、竜人(ドラゴニア)『バーナード』は、そこでふと我に返り、少しばかり慌ててきょろきょろと周囲を見回した。
日当たりの良い、のどかな木立。そして生い茂る木々の間に、ひっそりと隠れるようにして佇む石造りの廃墟。
しばし、呆気に取られて目を瞬かせる。が、少しして、傍らに燃え尽きた焚き火の跡を認め、昨夜の記憶が蘇った。
ゲーム内での追い剥ぎ。他プレイヤーとの戦闘。要塞村ウルヴァーン近郊に現れた謎の霧。そして―そして、何があったのか。まるで靄がかかったように、はっきりとは思い出せない。
だが、霧の中で何かが起きた。
故に自分は今、『ここ』にいる。
そうだ、そうだ、なんか変なことになったんだ! 思い出したぜ
バシンと膝を打ってバーナード。その後、自分の馬をついうっかり殴り殺し、その肉を焼き、腹いっぱいになるまで食べて、満腹感のあまり眠り込んでしまったのだ。
『仲間』たちと共に―
久々にぐっすり寝ちまったぜェ……おい、コウ! イリス!
尻尾の力を利用して、バーナードはぴょこんと立ち上がる。 いくらなんでも寝すぎだぜ、起こしてくれりゃいいのによ― そう言おうとしたところで、口をつぐんだ。
『仲間』たちの姿は、どこにもなかった。
チチチ……と鳥の鳴き声だけが、木立に響く。
……あ゛?
怪訝な表情。その爬虫類じみた顔を歪めるバーナード。先ほどと一転、尻尾は落ち着きなく揺れている。そこに残されていたのは、焼け焦げたような焚き火の跡、食べきれなかった馬の肉、そして手持ちの粗雑な武具だけ―
バーナードは、独りだった。
…………
―置いて行かれた。
そのことに理解が及んだとき。
木立に、形容し難い怪物の咆哮が響いた。
†††
それからバーナードが落ち着くまで、しばしの時間を要した。
クソッ、アイツらふざけやがってッッ!
馬肉の残りを貪り食いながら、バーナードは『元仲間』の足取りを追う。
ひとまず落(・)ち(・)着(・)い(・)た(・)彼にとって、野営地から南へまっすぐ伸びる馬の蹄の跡を見つけるのは、さほど難しいことではなかった。
不自然なまでに深い眠り―あれがコウの契約精霊、“夢幻の精”『ダルラン』による昏睡の呪(まじな)いだったと考えれば、納得がいく。納得はいくが、油断してまんまと術中に嵌った自分には腹が立つ。そして腹が立つのはどうしようもなかった。
クソッ、クソッ、アイツら絶対に後悔させてやる……!
ぐつぐつと胸の奥で煮えたぎる感情を吐き出そうとするかのように、走りながらバーナードは唸る。身体のコンディション、そして残されていた馬肉の傷み具合からして、コウたちが出立してからまだそんなに時間は経っていないはずだ。
馬の足は速いが、竜人の身体能力ならば追いつける、とバーナードは踏んだ。
幸い、ぐっすり眠ったお陰で、体調は(・)万全だ。絶対に逃がさない、と固く決意する。
―なぜ、コウたちはバーナードと袂を分かったのか。
実は、理由についてはそれほど興味がない。というより、薄々察しがつく。
おそらく二人とも『平和な生き方』を選んだのだろう―ゲーム内ではそれなりに気の合う奴らだと思っていたが、所詮は上辺だけの関係だった、ということだ。
それに関して、バーナードは何とも思わない。コウたちとは DEMONDAL で出会い、なんだかんだで二年ほどの付き合いではあったが、互いのリアルは知らないし、知ろうとも思わなかった。それにゲーム内でも、『こいつらは俺と違う』という感覚は、いつも何かしらついて回っていた。ゲームのアバターが剥ぎ取られてみれば、姿を現したのはただの人だった―それだけの話。
裏切られたところで、被害者意識はない。
ゲームだけの関係だったと、嘆くつもりもない。
ただ、一つだけ許せないことがある。
それは、何も言わずに自分を置いていったこと。
見捨てられ、『置いてけぼりにされた自分』が―
その、『惨めさ』が、バーナードには許せない。耐えられない。
自尊心が酷く傷つけられていた。なんという屈辱。なぜ自分がこんな惨めな思いをしなければならないのか。そしてなぜ自分はこれを『惨めだ』と認識しなければならないのか。全てが腹立たしい。竜人の力そのままに、この場で火の息を吐いて暴れ回りたいほどに怒り狂っていた。
この思いを拭い去るには―元凶を取り除くしかない。
『こんな思いをすることを強いた』あの二人だけは、許さない。
絶対に報いを受けさせてやる、と。
復讐心だけを胸に、今はただひた走る。
馬で逃げようってもそうはいかねェ! 休むよなァ!? どっかでよォ!
『独り言』というにはデカすぎる怒鳴り声。バーナードは道なき道を突き進む。地面に転がる尖った石ころも、茂みの枝も、棘の生えた蔦の類も、みな彼の鱗を傷つけるには至らない。
竜人(ドラゴニア)の特徴は圧倒的な筋力(パワー)、そして持久力(スタミナ)だ。身体が重いので豹人(パンサニア)ほどの敏捷性はないが、それでも一定の速度で長時間走り続けられる。一日あたりの移動可能距離なら竜人も馬も大差ないのだ。