(こいつに弓を使わせたら不味い)

あの乾いた音が鳴り響くたびに、手下が一人また一人と倒れていく。

そして―その『次』が、自分でない保証など。

ッ殺せェ―!!

自身の怯えを振り払うかのように、モリセットは腹の底から雄叫びを上げた。と同時に、新たに矢をつがえ、放つ。

おおよそモリセットがその痩身から発したとは思えぬ大音量に、硬直していた手下たちもハッと我に返る。慌てて剣を構え突撃する剣士、それに合わせて併走する短槍使い。

飛来した矢を事も無げに右手で払い落とし、冷めた目で 竜鱗通し を構えるケイ。前方の盗賊のうち次の標的を見定めようとするが、

(……待てよ)

ふとした違和感。目の前の盗賊たちを数えた。

弓使いが三人。短槍使いが一人。剣士が一人。

(―もう一人は、何処にいる?)

生き残りは、全部で六人いたはず―

ぴりっ、と背筋に微かな悪寒が走る。

上だ。樹上を見やれば、視界に大写しになる銀色に輝く刃、小柄な人影―

くぅッ!?

バク転をするように背後に向かって飛ぶケイ、その顔面に鋼の刃が襲い掛かった。裂かれる顔布、左の頬をびりびりと冷たいような熱いような感覚が走る。地に身を投げ出し、距離を取るためにごろごろと転がったが、襲撃者はその隙を逃がさない。

死ねッ!

それは、ショートソードを構えた小太りな男だった。体格に見合わぬ俊敏さで、あっという間に間合いを詰める。

短剣使いのラト。その見かけによらず身軽さと隠密技術を兼ね備え、奇襲・撹乱を得意とするモリセット隊随一のアタッカーだ。ケイが決定的な隙を見せるまで樹上で息を潜めていたが、満を持して牙を剥く。

突撃するラト、ぎらりと輝く凶刃。ケイの弓を封じるため、近接戦闘を挑む構えか。

その狙い通り、弓での迎撃は間に合わない―左手で 竜鱗通し を握り締めたまま、ケイは右手で腰のサーベルを抜き放つ。

シッ!

鋭い呼気と共にラトが刺突を繰り出した。対するケイは無言のまま、横殴りの一撃をその刃先に叩きつける。

ギィィンと甲高い音、暗い木立が火花の色に染まった。豪快に短剣が弾かれ、ケイの膂力に目を見開くラト。しかしそのまま驚きに囚われることなく、左手で黒塗りのナイフを引き抜き、ケイに向かって突き出した。

―踏み込みが浅い。まるで苦し紛れの一撃だ。身を引いて至近距離からのナイフを悠々と回避するケイ、だがその瞬間にラトはにやりと笑った。

キンッ、と金属音。肌を刺すような危機感。

ケイが反応するより早く、ナイフに仕込まれたバネが、勢いよく刃を射出する。

(弾道ナイフ?!)

何とか身体を傾け、あわやというところで直撃は避けた。首の皮が切り裂かれて焼け付くような痛みが走る。体勢が崩れたケイに、追い討ちを仕掛けるラト。ケイのサーベルの牽制を紙一重でかわし、容赦なくショートソードを振るう。

ぐうぅッ!

ケイの口から苦痛の声が漏れる。左肩の革鎧の隙間に刃がねじ込まれた。肉が抉られ、強烈な痛みに思わず弓を取り落とす。

力任せに体当たりを仕掛け、何とかラトを弾き飛ばしたものの、その背後からは長剣を振り上げた剣士と短槍使いが迫る。

これは―、まずい。自由の利かぬ左腕。素早く立ち上がった目の前の短剣使い(ラト)、その背後の短槍使いは槍ごと突進してくる構えだ。そして横の剣士の突撃も充分に勢いが乗り、一人離れた弓使い(モリセット)も虎視眈々とこちらを狙っている。

おそらく全員でタイミングを合わせて攻撃してくるだろう。特に脅威的なのは目の前の短剣使いと、距離を置いた弓使い。いずれかを迎撃すれば、他の攻撃をまともに喰らう羽目になる。さらに逃げを打つか―いやそれもまずい。立て直しがきかないままではいずれにせよジリ貧に―

ゆっくりと流れる時間の中、ケイは選択を迫られる。どの攻撃を受けるか、あるいは、いなすのか。

ぶるるぅォ!!

だがここで、倒れていたミカヅキが一石を投じる。口から血の泡を噴きながらも最期の力を振り絞り、半身を起こしてケイと対峙するラトに後ろ足を向けた。

それにラトが気付くのと、強烈な蹴りが放たれるのが同時。

ぶぅんと不気味な唸りを上げた蹄が、ラトの顔を直撃した。

ぼぐゥッ

おおよそ人の声とは思えぬくぐもった音を立てて、ラトの顔面が崩壊する。赤黒い血と肉片をばら撒きながら、小太りな身体が吹き飛んでいった。きりもみしながら、頭からぐしゃりと地面に落ちる―バウンドし、激しく痙攣を繰り返す肉体。

ラトぉッ!

こいつっ、よくもッ!

額に青筋を浮かべたモリセットが、ミカヅキに向かって矢を放つ。胴体に黒羽の矢が突き立ち、断末魔の悲鳴を上げたミカヅキは、今度こそ力尽きたようにどうと倒れた。

ケイの頭に、かぁっと血が上る。

貴様ァッ!

憤怒の形相。左頬を切り裂かれ血に塗れたケイの顔は、地獄の悪鬼が如き様相を呈している。だが、その姿は同時に満身創痍。どくどくと血を流す左腕はだらりと垂れ、得物は右手に握り締めるサーベルのみ。圧倒的に自分らが優勢であると知るモリセットたちは、ケイの気迫にも怯える様子を見せなかった。

ハッハハ、悔しいか! 嬲り殺しにしてやるッ!

残忍な笑みを浮かべて弓を引き絞るモリセット。短槍使いと剣士もまた、引きつったような笑みを浮かべている。

対するケイは、―逃げた。

くるりと踵を返し、モリセットの狙いを惑わすように、木々の陰に隠れながら走る。

ッ待ちやがれ!

慌てて追いかける剣士と短槍使い。

モリセットはひとり冷静に、その場から矢を放つ。

音と殺気で攻撃を察知し、小刻みに動いて矢を回避。ケイはモリセットを中心にして、円を描くように走った。その間にサーベルを口に咥え、右手で腰のポーチを探る。

取り出したのは、ひとつのガラス瓶だ。

その中でとぷんと揺れる、青色の液体―使いかけの高等魔法薬(ハイポーション)。

半分しか残っていないが、肩の傷を治療するには、これだけでも充分すぎるはずだ。瓶のコルクを親指で外す。

地面に目を走らせ、目当てのものを見つけた。

そちらに向かって走りながら、何度か深呼吸を繰り返し、覚悟を決めたケイは肩の傷にポーションをぶちまける。

その瞬間、視界が真っ白に染まった。

『―痛えええええええええええぇぇぇええェェェェッッッッ!!!!!』

日本語。絶叫。

腹の底から絞り出したような、空気がびりびりと震える大音量。

ひとり叫ぶケイの右肩から、白い湯気のようなものが凄まじい勢いで立ち昇った。

激痛。

最早、そんな言葉では生ぬるい。

まるで肩の傷に塩を擦りこまれ、細胞をぷちぷちと針で潰されていくかのような。

やすりで肉を抉り、磨り潰され、熱した火箸で神経を引きずり出されるかのような。

今は怒りも憎しみも焦りも、全てが遥か彼方に吹き飛んでいた。吼える。目の前が白くなるような、痛覚の奔流。

ぐッうおおおおおおおおおおおおオオオオオオォォァァァァァァァァッッッッッ!

驚いたのはモリセットたちだ。追いかけていた満身創痍の青年がいきなり絶叫したかと思うと、肩から得体の知れない気体を噴き上げて猛烈に苦しみ始めたのだ。

ジュウウゥッ、と焼けた鉄を水に突っ込んだような音と共に、迸る涙をぬぐいもせずに慟哭する。口に咥えていたサーベルが地に落ちてカランと音を立てた。その肩から立ち昇る湯気のようなものが何なのか、理解の追いつかないモリセットたちは呆気に取られる。あるいは、彼らの目がケイ並みに良ければ、肩の傷口が真新しい白い皮膚に覆われていく様を見て取れたかもしれないが。

ぜえ、ぜえと。

……貴様ら、

肩で息をするケイは、ぎろりと目の前の盗賊たちを睨みつける。涙に濡れ、血走った両眼、開かれた瞳孔にモリセットの顔が映り込む。

―まとめてブッ殺すッ!

痛みを全て怒りに転化し、八つ当たりのように宣言。

乱暴にサーベルを拾い上げ、大地を蹴る。

停滞していた戦いの火蓋が、再び、切られた。

11. 対価

一瞬の間隙、そして突然の戦闘再開。

先に我に返ったのは短槍使いの男だ。腰だめに槍を構えて、迎撃の態勢を整える。

対するケイは右手にサーベルを構え、弓使い(モリセット)の存在を意識しつつも、剣士と短槍使いの間で視線を彷徨わせた。

そして、その黒い瞳が、すっと剣士に照準を合わせる。

たなびくマントの影、キンッ、と澄んだ音を立て、左手の指でポーションの瓶を弾く。剣士の顔を目掛けて、ガラス瓶がきれいな放物線を描いた。

それは投擲ですらない、ただ指で弾き飛ばしただけの攻撃。速度も殺気も威力も中途半端、だが中途半端であるが故に注意を引き付ける。

反射的に動いた剣士の長剣が、瓶を空中で叩き落とした。

破砕。

割り砕かれた瓶が細かな破片を飛び散らせ、その幾つかが剣士の顔に振りかかる。目には入らなかったが鋭利な破片が顔を切り裂き、剣士は うおッ と声を上げて一瞬たたらを踏んだ。

死ねやゴラァッ!

それをよそに、短槍使いの男が槍を繰り出す。弓を持たぬケイであれば、自分一人でも何とかなると思ったのか。あるいはケイの剣の腕は、短剣使い(ラト)にいいようにしてやられる程度で、それほど脅威ではないと軽んじたのか。

実際のところ、それはあながち的外れでもない。ラトには不意を突かれたとはいえ、事実としてケイは剣を苦手としている。

―弓(・)に(・)比(・)べ(・)れ(・)ば(・)。

うおおおッッ!

鋭い槍の一突き。短槍使いを睨みつけたケイは、横殴りのサーベルをもってそれの返答とした。サーベルの刃が短槍の柄を叩き、けたたましい金(・)属(・)音(・)が鳴り響く。柄を砕き折る勢いでサーベルを振るったにも関わらず、まるで傷一つ付かない短槍。

金属製。短槍使いの得物は、刃から柄に至るまで、その全てが合金で構成されていた。普通の槍に比べればかなり重量があるはずだが、木製に見せかけた塗装と、軽々と扱う短槍使いの技量が、その材質をケイにそれと悟らせなかったのだ。

眉をひそめるケイに動揺を見て取ったのか、にやりと口の端に笑みを浮かべた短槍使いは強引に槍を振るう。サーベルに弾かれて僅かに狂った軌道を腕力で修正し、穂先をケイに向かって勢いよく突き込んだ。

力押し。腕力に自信があるが故の選択。

しかし次の瞬間、それが悪手であったことを悟る。咄嗟にサーベルの刃の背に左手を添えたケイが、短槍使いを遥かに上回る膂力をもって、力比べを挑んできたからだ。

―おおおおぉぉッ!?

尋常でないケイの腕力を感じ取り、短槍使いはサーベルを撥ね退けようと全身全霊で力を込める。

しかし、押せない。

びくともしない。

むしろ槍の構えを無理やり押し広げられている。ただ槍にサーベルを添えられただけにも関わらず、ケイと短槍使いの攻防は一瞬で逆転していた。

がりがりと音を立てて、火花を散らすサーベルが槍の柄の上を滑走する。迫る鋼の刃。短槍使いが身を引くよりも早く、力任せに槍の防御を押しのけたケイが神速で懐へと踏み込んだ。

剣の間合い。レールのように槍の柄を奔ったサーベルが、短槍使いの手元へと辿り着き、当然のようにその指を切り飛ばす。

しかし刃は止まらない。指が地に落ちるよりも速く、サーベルが短槍使いの足の間に割って入る。鋼の凶器が男の内股を薙ぎ、左大腿動脈が切り裂かれ赤い血潮が噴き出した。

だがそれでも尚、無慈悲な剣舞は止まらない。ようやくケイの速さに知覚が追いついた短槍使いが、悲鳴を上げようと口を開く。だがその声が絞り出されるよりも先に、跳ね上がった刃が返す刀で首筋を撫でた。頸動脈を裂く、致命の一撃。

ごぽりと喉から湿った音を立てながら、血飛沫を撒き散らす短槍使い。力なく地に倒れ伏す彼に、しかし目もくれることもなくケイは半身を翻す。

真っ直ぐにサーベルを突き出した受けの構え。我流ではなく、明らかに修練を積んだと分かる滑らかな動き。

一瞬の間に、ケイはもう一人の剣士に対する防御態勢を整えていた。

ふッ……ざけるなァァァッ!

長剣を掲げて打ちかかりながら、突き動かされるようにして剣士の男は叫ぶ。

今しがた斬り捨てられた男は、隊でも随一の力自慢だった。合金製の槍を軽々と扱う膂力、そして長時間戦えるスタミナを兼ね揃えた、自他共に認める槍使いだった。

それが。

一瞬、投擲物に気を取られ、視線を戻したときには、サーベルの錆と消えていた。

まさに鎧袖一触。

なんという武威。なんという―理不尽。

(弓に加えて剣も一級だとッ!?)

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