わりぃ、もう食っちまった

俺も品切れだ

ビスケットならあるぞー

仲間の返答に、 はぁ…… と今度はラトが深刻な溜息をつく。

みんなしてよぅ、シケてんなぁ

仕方ねーだろ。獲物逃がしちまったんだから……

しょぼくれたモリセットとラトは、再び顔を見合わせて、小さく溜息をついた。

数時間ほど前のこと。

モリセットたちは近くの岩山の陰で、人目を避けて野営の準備をしていた。しかし、手下の一人が木立で揺れる明かりを見つけたので、直ちにこれを襲撃することにしたのだ。

こんな新月の夜に自分から目立つ真似をするなど、襲ってくれと言っているようなものだ。ちょうど、手持ちの食料も少なくなってきていたことだし、盗賊としてこれを見逃す手はない。

獲物は二人。奇妙な組み合わせだった。異国の黒装束に身を包んだ金髪の少女―それもかなり器量良しの―と、草原の民風の格好をした青年。たったの二人で大して周囲を警戒することもなく、煌々と火を焚いていた。まさに鴨が葱を背負っているような状態。

対するモリセットたちは、総勢十名。先手を取って包囲し、矢を射掛ければ逃しようのない容易い獲物―のはず、だったのだが。

まさか、パヴエルがしくじるとはなぁ

……いや、ホントすんません

ラトのぼやきに、焚き火に当たりながらビスケットをかじっていた若者―パヴエルが、申し訳なさそうに頭を下げる。

茶色の巻き毛に、割と端正な顔立ち、目の下にははっきりとした隈。片目が白濁しているのは周りと一緒だが、他の団員と比べるとまだ濁り具合が薄かった。傍らには、簡素な短弓と矢筒。今回の襲撃の一番手を担い、初撃の矢を放ったのが、他でもないパヴエルだ。

あれは、相手が悪かったと思うしかないな

そう言って、モリセットは静かに首を振る。パヴエルは、仲間に加わってからまだ日が浅く、盗賊としての動きが身に付いていない。今回は相手が少数で、さらに油断していたこともあり、経験を積ませようとしたのだが―

あの野郎、避けやがった

腕を組みながらモリセットは唸る。パヴエルが矢を放った、まさにその瞬間に、あの黒髪の青年は弾かれたように身体を逸らした。音で攻撃を察知したのではなく、攻撃の際に漏れ出た僅かな殺気を感じ取り、矢の射線そのものを回避してみせたのだ。

あの距離で勘付くなんてなぁ。まぐれじゃないよなぁ

ありゃあ、分かって避けてただろ。俺が女の方を狙ったときも、直前に気付きやがったからな……

顎を撫でながら、渋い顔をするモリセット。あのように油断しきった状態から即座に回避行動を取るのは、熟練した戦士でも難しい。パヴエルは新入りではあるが、ずぶの素人ではない。モリセットも自分の技量にはそれなりの自信がある。しかしあの青年は、軽々とそれらを凌駕してみせた。

あの野郎。俺の矢に勘付けるくらいなら、女を庇うくらいのことはしやがれってんだ。それならあの娘は殺さずに済んだし、野郎は片付くしで万々歳だったんだが……

パヴエルの矢が軽々と回避されたのを見て、青年は手強いと早々に見切りをつけたモリセットは標的を少女の方に変更した。

本来ならば、野郎なんぞに用は無いので、青年の方はさっさと殺しつつ、残った少女を皆で楽しむつもりだったのだが―モリセットは、お楽しみの少女を生かすことよりも、食料や貴重品などを奪うことに重点を置いたのだ。

が、この目論見は、見事に頓挫した。矢傷を負った少女という足手まといを連れながら、青年はモリセットたちの包囲を突破し、追手の狩猟狼(ハウンドウルフ)まで撃退してしまったのだ。

逃げ出されるのはまだ想定内だったが、まさかハウンドウルフまでやられるとは思っていなかった。頭痛を堪えるように、モリセットは額を押さえる。

ああ……。十人がかりで二人を襲っておいて、逃げられた上に虎の子のハウンドウルフも二頭死なせちまった……。お頭になんて報告すりゃいいんだ……

壁の陰、鼻を腫らした状態で寝そべる、唯一生きて戻ってきたハウンドウルフに目をやりながら、

クソッ、あの野郎、次に見かけたら絶対殺してやる

……まあ、済んでしまったことは、仕方ないんだぁ

再び鬱々としたオーラを漂わせ始めたモリセットに、ラトは小さく肩をすくめた。

あーあ。でもよ、あの女も勿体ねえよな

寝転がっていた手下の一人が、夜空を眺めながら口惜しそうに呟く。

だなぁ。あれ、かなりの上玉だったぜ

あの長~い金髪。……貴族みてえだったな

案外、お忍びだったりして

それに反応して、他の手下たちも口を挟んだ。

まあ、もう生きちゃいねえんだろうけど……毒矢食らっちゃあな

オレは別に死んでてもいいけどな。明日あたり探したら、死体くらいは見つかるかも

死体はねーよ、流石に萎える

それが美人だとイケるもんだぜ、人形みたいでな

美人だろうがブサイクだろうが、穴がありゃ一緒だろ

でも一日経つと微妙じゃね? 硬くなってさ……

口の端に薄く笑みを浮かべた男たちが、やいのやいのと喋り出す。

(……流石に、そろそろ娑婆に出ないとな)

そんな手下たちを観察しながら、モリセットは考えた。思えばここ数週間、部外者との接触を極力避けて、リレイル地方を縦断してきた。皆―自分も含めて―女に飢えているのだ。それなりに付き合いのある手下たちだ、この程度で暴走するとも思えないが、溜め込んだままの状態はよろしくない。

(あるいは、今回でそれを解消できれば、と思ってたんだがな……)

異国の装束に身を包んだ少女。殺したのは少々勿体なかったかな、とはモリセット自身も思わないでもない。結局、性欲の解消はおろか食料の一つ、銅貨の一枚すら手に入らずにハウンドウルフを二頭も失ってしまった。

(こりゃお頭に絞られるな……)

モリセットの溜息は留まるところを知らない。

盗賊稼業をやるなら利益を出せ、被害は出すな、というのが盗賊団の頭領の指示だ。犠牲を払って利益を取り、それで採算を合わせるのではなく、犠牲が出るくらいならそもそも襲うな、と。

正直なところモリセットは、たかが二人、それも若い男女の組み合わせ相手に、こんな手痛い犠牲を払う羽目になるとは、これっぽっちも思っていなかった。

(パヴエル一人に任せたのは、失敗だったか)

今回の失敗の反省点を洗い出す。

(どうせなら弓を持った全員で、一斉にあの野郎を狙えばよかった)

青年が身に着けていた革鎧に必要以上に傷がつくのを嫌って、練習代わりにパヴエル一人に任せたのが失敗だった、と反省する。

モリセットの隊のうち、弓を装備しているのは彼自身を含めて六人。六人で同時に、そして程よく狙いをばらして射掛ければ、流石にあの男も避けきれなかっただろう。そして矢が一本でもかすれば、鏃に塗りたくった毒で無力化できる。

間抜け面の若造なんぞ、パヴエル一人で仕留めきれるはず―という、油断があった。

(忘れた頃にやってくるもんだな、油断ってぇのは……)

薄く笑ったモリセットは、空を見上げて、ふぅーっと細く長く息を吐き出した。

もはやそれは溜息ではない。次からは気をつけて全力で殺しにかかろう、と結論を出したところで、反省タイムは終了した。

さて、と気分を入れ替えたモリセットは、ぱんぱんと手を叩きながら、

よーし、てめーら。そろそろ―

寝るぞ、と手下たちの猥談を止めようとした。

カァン! と乾いた音が響く。

何だ今の、とモリセットが怪訝な顔をするのとほぼ同時、ボグンッという鈍い音が、

ぼオッ

見張りをしていた手下が、水気のある奇声を発して激しくその身を痙攣させた。

おい、どうし―

慌ててそちらを見やったモリセットの口が、驚愕にあんぐりと開かれる。

壁に寄りかかって見張りを担当していた手下―今や壊れたからくり人形のように痙攣する男の顔面に、黒羽の矢が突き立っていた。

いや、それは、ただ刺さっているのではない。頭蓋を完全に貫通し、背後の石壁にまで突き刺さっている。

文字通り男は、矢によって壁に縫いとめられていた。

なっ―

即死。あり得ない威力。

矢が石に刺さるなど。弩砲(バリスタ)でもこう容易くは―

モリセットが混乱に囚われている間に、再び乾いた快音が響き渡る。

―来るぞッ正面!

はっと我に返ったモリセットに言われるまでもなく、手下たちがさっと身を低くした。が、それを嘲笑うかのように、身をかがめた手下の一人、その胴体に無慈悲な矢が突き刺さる。

ぐおアッ

肉が引き裂け、骨の砕ける音。

背骨を折り砕かれた手下が、ぐにゃりとあり得ない方向に胴を曲げながら、吐血して倒れ込んだ。赤黒い血の泡をぶくぶくと口角に浮かばせる男は、まだ息こそあるものの―これは助からないと、モリセットは即座に見切りをつける。

素早く、足元の弓と矢筒を拾い上げた。

壁! 隠れろッ!

モリセットの号令一下、男たちは壁の陰に向かって素早く移動する。壁まで、ほんのわずか、十歩にも満たない距離。しかしその間にも、カァン、カァンと、背後から乾いた音が襲いかかり、その数の分だけ手下たちが倒れ伏していく。

モリセットのすぐ後ろでも、手下の一人がうなじを撃ち抜かれた。肉の引き千切れた首から噴水のように血が迸る。それを背中に浴びながらも振り返ることなく、モリセットは身を投げ出すようにして壁の裏側に滑り込んだ。

―クソッ、何だってんだッ!

間一髪で逃げおおせたモリセットは、大きく息をつくと同時に全身からどっと嫌な汗が噴き出るのを感じた。唯一の生き残りのハウンドウルフが、木立の闇に向かって唸り声を上げながら、モリセットに身を擦り寄せてくる。そのぼさぼさの毛を撫でつけて、モリセットは必死に荒い呼吸を抑えようと努めた。

隊長、今の、何っすか!?

知らんッ!

運よく生き残ったらしい、青ざめた顔のパヴエルの問いかけに、吐き捨てるようにして答える。自分と同様、壁の陰に隠れて身を縮こまらせる手下たちに視線を走らせ、その数を数えた。無事に逃げおおせたのは、―六人。

(ジャック、ホリー、グレッグ、ネイハム、四人もやられちまったのか!)

思わず漏れそうになった呻き声を、無表情の下に飲み込んだ。

最初、見張りを担当していたネイハムが矢を受けてから、まだ数十秒と経っていない。壁の陰に身を隠すまでのほんの僅かな間に手下のほぼ半数が矢を受けていた。しかも、そのことごとくが手の施しようのない致命傷。

っぐ……うぅ……

壁の向こう側から呻き声。まだ息のある者もいるのか。モリセットは壁の陰からそっと顔を出し、周囲の様子を窺った。

カァン、と。

慌てて顔を引っ込めると、モリセットの鼻先を白羽の矢が掠めていった。

危ッ……

上体を仰け反らしたモリセットは、腰を抜かしたように尻餅をつく。近い。ぞっとして背筋を振るわせるモリセットをよそに、矢は真っ直ぐにそばの木へと突き立った。

ブウゥゥン……と蜂の羽音に似た、振動音。生木に深く深く突き刺さった矢が、凄まじい着弾の衝撃に震えている。生身で受ければひとたまりもない―それは手下たちが証明してしまった。生半可な盾や鎧では紙のように食い破られてしまうだろう。

……モリセット、これは、マズい相手だぞぅ

ラトが低い声でぼそりと呟き、腰の鞘から短剣を抜き放つ。取り回しに優れた、良質のショートソード―しかし敵の弓の威力に比するとあまりにも頼りなさげだ。

とんでもない弓、だなぁ……

ああ。だが……

ラトの声に頷きつつ、未だ震える矢を睨みつけるモリセット。その額をつっと冷たい汗が伝った。とんでもない弓。確かにその通りだ。化け物じみた威力に、神がかった狙撃の精度。自身もいっぱしの弓使いであるだけに、それはよく分かる。

だが、何よりもモリセットが危機感を覚えているのは、

(殺気が微塵も感じられねえ……!)

これほどの威力を持つ弓であるにも関わらず、確実に命を奪い去る殺意に満ちた一撃であるにも関わらず。

感知できないのだ。その攻撃が。これの意味するところは―敵は、モリセットの技量を遥かに凌駕する使い手であるということ。

おかげでこの矢が何処から射られたものなのか、大まかな方向しか見当がつかない。弓の音と、着弾までの時間差から、かなり距離が置かれていることだけは確かだ。しかしその距離をものともせずに、確実に中ててくる技量。

ラト。何か感じ取れたか

いんや。その様子だと、モリセットもダメかぁ?

ああ

とんでもない化け物だなぁ

違いねえ。何者だ? 盗賊か?

Перейти на страницу:

Поиск

Книга жанров

Нет соединения с сервером, попробуйте зайти чуть позже