今回、義勇軍に参加したのは、意中の女性に告白するためらしい。無事に帰ったらプロポーズするつもりなのだとか……

ああ、そのマンデルであってるよ。彼には随分と助けられたもんだ

ケイはしたり顔で頷く。そのまま さあ皆に語ってあげてくれ! とマンデルに促すが、 その手に乗るか とばかりにジロッとした目で返される。

しばし、英語力の問題で語りたくないケイと、口下手だから遠慮したいマンデルで押し付け合ったが、皆に急かされたこともあってマンデルが折れた。

そう、だな。……あれは秋も終わりに近づいた頃。おれが、いつものように森から戻ると、突然、ケイが村を訪ねてきた。そして、告げられたんだ。『ヴァーク村から救援要請が届いた。手を貸してほしい』と―

ぽつぽつと、マンデルは語りだす。

確かにマンデルは、彼自身が言う通り、舌が回るタイプではなかった。しかしその実直な語り口には、当事者ゆえの真に迫った凄みがあり、かえって聞き手たちの心を捉えて離さなかった。皆、大仰な吟遊詩人たちの歌はもう聞き飽きていたということもある。

―そしてとうとう、やつが姿を現した。……途轍もなくデカい、化け物だった。そこの馬車くらいは優に超える背丈で、おれたちは皆、そいつを見上げながら覚悟を決めた。ここでやらねばならないと。……だが、武器を構えたそのとき、再び大地が揺れた。そして背後からもう一頭、同じくらいデカい化け物が出てきたんだ―

ごくり……と誰かが生唾を飲み込む。

当事者どころか主役なのに、ケイもハラハラして聞いていたところ、不意に髪の毛を引っ張られた。

イテッ、イテテッ、なんだ? ……サスケェ!

振り返ると、サスケが少し不機嫌そうに尻尾を振っている。

あ、すまん。サスケも腹減ったよな

道草と、さっきちょっと分け与えたウサギのローストくらいでは食べ足りないか。コーンウェル商会の馬車から糧秣を受け取らなければならない。

悪い、ちょっと席を外すぞ

と、ケイは中座したが、皆マンデルの話に聞き入っていたので特に残念がることもなく、そのまま抜け出すことができた。

(なんだ、口下手とかいって、語り部にもなれそうじゃないか……)

熱のこもった口調で、森大蜥蜴との死闘を語るマンデルを尻目に、軍隊の後方を目指す。

―討伐軍のあとには、長い車列ができていた。

大量の人員の胃袋を満たす補給部隊に加え、商会の馬車も出張ってきているのだ。兵士相手に商売をする者、士官を相手に高級嗜好品をさばく者、流れの医者もいれば大道芸人や吟遊詩人、はたまた娼婦たちのテントなんてものまで。

その並外れた視力で即座にコーンウェル商会の旗を見つけたケイは、サスケを伴って馬車を訪れた。

よぉ、ケイ! どうだった、義勇隊ってのは?

親しげに出迎えてくれたのは、眉毛が濃い、よく日に焼けたヒゲモジャの傭兵―ダグマルだった。コーンウェル商会の専属傭兵で、サティナ-ウルヴァーン間の隊商護衛でも一緒に仕事をしたことがある。ケイの”大熊殺し”の目撃者の一人だ。

やあ。義勇隊は、気のいい奴らばかりだったよ。しかしなんというか、歩みがのんびりしてるな。それに土埃のひどいこと……普通の隊商護衛が懐かしいよ

はははっ、違いない!

同感なのか、苦笑いするダグマル。ホランドと幼馴染な関係で、何かとケイとも縁のある男だが、この度は自ら商隊に志願したらしい。

『―いやぁ俺も歳だからよ。ボチボチ腰を落ち着けようと思うんだが、最後に箔をつけたくってなぁ』

最後の護衛任務が飛竜討伐軍への同道なら、これに勝る名誉はないというわけだ。戻ったら、サティナ本部の用心棒的なポストに就くらしい。

『それにせっかくケイの”大熊殺し”は見てたのに、“森大蜥蜴”の方は見損ねちまったからな。今回、“飛竜”は見逃さないぜ!』

―と、そんな思惑もあるとかないとか。

ほーれ、サスケ。たんとお食べ

ぶるふふ

サスケは、秣(まぐさ)に野菜にとたっぷり与えられて大満足の様子だ。

どうだ、ケイ。あんまり出せないけどよ、ついでに一杯やってくか?

サスケを待つ間、ひょっこりと馬車に引っ込んだダグマルが、再び顔を出して小声で言ってきた。その手には、金属製の水筒(スキットル)。

いや! ……うーん

非常に心惹かれるものがあったが、ここはぐっと堪える。

ありがたいけど、禁酒中なんだ

……ああ、嬢ちゃんと一緒にやってるんだっけ

嬢ちゃん、とは、言うまでもなくアイリーンのこと。ほぼ妊娠が確定している彼女は、ここしばらく断腸の思いで酒を断っている。ケイもその苦しみを分かち合う覚悟だった。……血涙を流すアイリーンの前で酒を楽しめるほど、無神経ではない。

でも、別にいいじゃねえか、従軍中くらい

いや、まあ、そうなんだが、今も独り待ってるアイリーンを想うとな……

溜息をつきながら、日が暮れゆく空を見上げるケイ。

―いかん。出立一日目にして、もう帰りたくなってきた。いや、最初から帰りたいのは確かだが。

……それに、俺だけ呑んで戻って、隊の皆に気取(けど)られてみろ。総スカン食らうぞ

何せ勘の鋭い傭兵から、鼻が利く森歩きまで勢揃いだ。

はははっ、そりゃあ確かに肩身が狭いな。これはしばらく、お預けにしとこうか。んで、狩りが終わったら祝杯をあげようや

それくらいはいいんだろう? とお茶目にウィンクするダグマル。

もちろん

ケイも笑顔で答えた。

サスケが満足したところで、ダグマルに礼を言い部隊に戻る。

歩いていると、道の端々で、夕食を終えた兵士たちが寝床の用意を始めていた。

(野宿かー……)

久々の地べただなぁ、と情けない顔をするケイ。街暮らしで本当にすっかり、贅沢な身体になってしまった。

今更テントに寝袋なんかで、ちゃんと眠れるんだろうか……吹き荒む木枯らしが、わびしい気持ちに拍車をかける。

しかも、独り寝だ。人肌が恋しい。より正確に言えば、アイリーンが。

一応、アイリーン謹製の影の魔道具を持ってきているケイは、夕暮れ以降に魔力を消費すればアイリーンと通信できる。

が、距離が開くごとに負担が増えていっておいそれとは使えないことと、軍に目をつけられたらヤバそうなことが相まって、一人になれるタイミングを見計らった上で数日に一回程度、ケイ側から連絡を取るように決めていた。

(今日はまだ、やめておくか……)

野営がどんな感じになるかという様子見と―あと、初日の夜さえ我慢できなかったら、多分、毎日連絡を取ってしまいそうだという恐れから。

(早く帰りたい……早々に飛竜が突っ込んできて勝手に墜落死しないかな)

などと愚にもつかないことを考えながらセンチメンタルな溜息をつくケイに、サスケが呆れたように、ブルヒヒと鼻を鳴らした。

104. 指名

おひさしブリリアント(光り輝く)

寒空の下、目が覚めた。

もぞもぞと簡易テントを抜け出したケイは、空を見上げて溜息をつく。

体中、バッキバキだった……皮のマントを敷いて寝たが、地面の寝心地は最悪。布を敷き詰めていた自宅のベッドとは比べるまでもない。そして毛布だけでは寒くて、なかなか寝付けなかった。

その上、起きたら曇天。

灰色の空が見えた瞬間、思ったのは おうちかえりたい 。

それでも軍隊は動き出す。個人の意志など関係ないとばかりに……

朝食が支給された。堅焼きのビスケット。薄いワイン。干しぶどう。

以上。

贅沢は言わないから、温かいものが食べたい

贅沢な話だ。……夕食はともかく、朝食は難しいぞ

もっしゃもっしゃとビスケットを頬張りながら、無慈悲に告げるマンデル。その横では、サスケが寝転がったままもっしゃもっしゃと草を食んでいた。彼は、どうやら問題ないらしい。 ふふん、鍛え方がちがうんだよ と言わんばかりの顔だった。

公国は水源が豊富で、北の大地ほど極寒でもない。水不足で行き倒れしかけた北の大地での旅に比べれば、この行軍なんて天国みたいなもんだ―とケイは自分に言い聞かせた。

それにしても、隊商護衛をやっていたときは、なんで色々と平気だったのだろう。自分でも不思議に思ったが、冷静に考えれば、割と温かい季節だったので問題なかったのだ。テントでも別に寒くはなかったし、朝食が温かくなくても関係なかったし。

周囲を見れば、皆、黙々と朝食を詰め込んでいる。

ここでこれ以上、不平不満をこぼしても、空気が悪くなるだけだ。贅沢を言っちゃいけない……ケイも大人しく諦めることにした。

まあ、

ビスケットを口に放り込んで、ケイは独り言のように言った。

せめて夕食は、肉でも食べたいところだな

期待しているぞ、ケイ

任せろ。獲物がいる限りは獲ってくるよ

それを耳にした皆も笑みを浮かべている。空気が少しだけ軽くなった気がした。

†††

食材を獲ってくるという大義名分を得たことで、ノロすぎる行軍から堂々と離れられるようになったのは良いことだ。

草原に出れば土煙からも解放されるし、歩く速度を制限されてストレスが溜まることもない。サスケも自由に走り回れて楽しそうだ……まるで街で暮らしていたときのように、思いついてぶらりと狩りに出てきた気分になる。

背後の街道にはずらずらと行列が続いていて、この場にいるのがケイとサスケだけという点に目を瞑れば。

アイリーンはどうしてるかな……

新たに仕留めたウサギの血抜きをしながら、寒空を見上げる。今頃、彼女もつまらなさそうな顔をして、テーブルに頬杖をついて空を見上げているのではないか―

―ケイは知る由もないが、このときアイリーンは、ふて寝していた。

それにしても、ひとたび曇ってしまうと星が見えず、ケイお得意の天気予報も使えなくなるのは困りものだ。昨日まで観測した分には、しばらく晴れと曇りが続きそうだったが……

少しでも雨が降れば、草原はかなり―しっとりした状態になる。このあたりの土は特に柔らかく、まるでスポンジみたいだ。たっぷりと水気を吸えばずぶずぶと脚が沈み込んで、サスケ単体ならともかく、ケイを乗せた状態で駆け回るのは、かなり難しくなるだろう。

土埃が立たなくなるのは利点だろうけどな……

デメリットの方が多そうだ。

……そう思うだろ?

話しかける相手がいないので、仕方なくサスケに同意を求めてみる。

耳をピコピコさせながら、 何が? と言わんばかりに振り向くサスケ。彼は賢いし、何かと色々通じてる気分にはなるが、話し相手にはならないのだ。

ケイは苦笑して、サスケの耳の後ろを掻いてやった。

サスケは嬉しそうに目を細めていた。

寒風から身を守るように革のマントを羽織り直しながら、深呼吸してみる。

冷たい空気が肺に流れ込んで、酸素を取り込んだ熱い血潮が、全身を駆け巡っているのを実感する。

ああ―自分は確かに、この世界に存在して、生きている。

(忘れていたな、この感覚を)

ゲーム DEMONDAL の中では、天気を心配したことなんてなかった。せいぜい雨が降ったら視認性が悪くなるとか、特定のモンスターが見つかりにくくなるとか、その程度で、 寒くて風邪を引くかもしれない なんて懸念は皆無だった。

そもそも、『寒さ』が存在しなかった。どれほどリアルに近い感覚を標榜していても、プレイヤーに苦痛を与えかねない感覚はオミットされていたのだ。だから雪山でも、火山の火口でも、ゲーム内はいつも穏やかで、暑くもなく寒くもなく―それが当たり前だった。

まるで病院の無菌室みたいに。

今の自分とゲームの自分。どっちが快適か? と問われれば後者だ。

だが戻りたいか? と問われれば、否。

今の方がいいに決まっている。明日の天気とか寒さとかを、リアルに悩める贅沢。そのありがたみを―自分は今一度、噛みしめるべきだな、とケイは自戒した。

贅沢になってしまったと嘆くことができる。それ自体が、すでに贅沢なのだ。

よし、気持ちを切り替えていこう

こうして独りで物思いに耽っていると、転移した直後のことを思い出す。あのときの自分に比べれば、今の自分はかなり―明るくなっていると思う。前向きで、人生を楽しむことを知り始めていると思う。

常に上り調子の人生なんてない。そうだろう? 今は不満があったり苦しかったりするかもしれないが、これを乗り越えたら幸せな家庭が待っている。

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