辞令だ。身分証も兼ねているので、紛失しないように
つっけんどんな口調で、ケイの手に書類を押し付けてくる重装騎士。
現時点をもって、そなたは原隊を離れ、飛竜討伐軍の行動範囲内において、そなたの裁量で行動する権限を得た。そなたの任務は、付近一帯の伝書鴉の障害となりうるものを排除し、通信の安全性をより高めることである
ここで、おどけたようにヴァルターが口の端に笑みを浮かべる。
そなたほどの狩人であれば、猛禽と伝書鴉を見間違えることもあるまい?
……はっ! それだけはありえません
ケイにとっては、赤と青を区別するくらい簡単だ。
よろしい。……無論、そなたが全力を尽くしたところで、軍そのものが移動しつつある都合上、全ての障害の排除は難しかろう。万が一、不測の事態が発生したとしても、ただちにそなたの責を問うことはない。いずれにせよ、たとえ微々たる影響しか及ぼさぬとしても、我らは万難を排す覚悟で臨まねばならないのだ
要約すれば、伝書鴉が途中で襲われたら面倒だから、ここら一帯の猛禽類を事前に狩っておいてね。でも流石に狩り尽くすのは難しいだろうし、万が一不測の事態が起きても、全部が全部きみの責任にはならないから安心してね。ということだろう。
また、狩りの成果を提出すれば、そなたの献身に報いるだけの追加報酬は出そう。詳しくはその者に聞くように
重装騎士を示しながら。
追加報酬! 思っても見なかった話だ。公国宰相が直々に持ちかけてきた案件で、はした金ということはあるまい。
……はっ! ありがたき幸せ!
現金なもので、(ボーナスタイムだ!)と喜びながら一礼するケイ。
どちらかといえば、こちらがメインかもしれない、という気がした。アイリーンが妊娠中なのに呼び出してしまったことに対する埋め合わせなのだろう。
うむ。武闘大会での活躍は聞いておる。そなたほどの狩人がおれば我らも心強い、期待しておるぞ。……そして、我が盟友ヴァルグレンより、よろしく、と
付け足された言葉は、優しく響いた。
さがってよい
ははっ……!
ケイはもう一度ヴァルターの顔を見てから、深々と頭を下げ、その場を辞した。
薄暗い天幕から日なたに出ると、まるで別世界から帰ってきたような気分だ。
報酬についてだが
一緒に出てきた件の重装騎士が、付近の大きな天幕と、その横の大きな竜の旗を掲げた馬車を指差す。
あちらの参謀本部に狩りの成果を持っていけば、都度、相応の銀貨が支払われる
おお……!
破格。破格の報酬といっていい。
ケイの能力なら、金貨を稼ぐのだって夢じゃない。
その他、細々とした注意点や、成果を提出しに来るのに向いている手すきな時間帯などを教えてもらう。
何から何まで、大変ありがとう。ええと―
この騎士の名前。
(カモミールなら、流石に特徴的すぎて覚えているはずだ。であれば―)
消去法的に考えたケイは、
ありがとう、カジトール卿
愛想よく笑顔で言う。
私の名はカジミールだ
カシャッ、とバイザーを跳ね上げた騎士―カジミールは、ケイの記憶にある通りの、堅物が服を着ているような不機嫌な仏頂面で応じた。
あっ、それは、失礼を……ええと、それではごきげんよう
ケイは逃げるようにして、その場をあとにした。
(何はともあれ、自由の身になったことだし……)
懐に、大事にしまい込んだ書類。
(単語の意味もよくわからないし、ここはバイリンガルを頼るか)
彼(・)の様子も気になっていたので、ちょうどいい。
この飛竜討伐軍に、サティナの軍団の一員と同行している、もう一人の顔見知り。
“流浪の魔術師”こと同郷の日系人・コウに会いに行くべく、ケイはサティナの旗印を探し始めた。
106. 同郷
前回のあらすじ
(`・ω・) そなたを”Archducal Huntsman”に任命する!
(;゜Д゜) 何ですかそれは!?
ウルヴァーン本隊のあとには港湾都市キテネの軍団が続いており、サティナの軍団はどうやら殿(しんがり)のようだった。
港湾都市キテネは、文字通り沿岸部に位置する。ここまで遠路はるばる歩き通しのキテネの軍団は、曇天のもと、砂埃にまみれていることもあって、お疲れムードを漂わせていた。
休憩時なので、今は殊更だらけているのもあるかもしれないが、こんな調子で辺境のガロンまで大丈夫なのか、他人事ながら心配になる。
それに対し、サティナの兵士たちは、まだ出立したばかりで元気そうだ。仲間に囲まれて踊るお調子者や、何やらレスリングじみた運動に興ずる者たちまで。
おっ、“地竜殺し”だ!
よーう、調子はどうだい!
今(・)回(・)も頼りにしてるぞー!
サティナの面々には広く顔を知られているケイは、行く先々で気さくに声をかけられた。
おかげさまで元気さ。領主様お抱えの”流浪の魔術師”殿に用があるんだが、どこにいるか知らないか?
快く応じながら、コウを探す。
聞けば、お抱え魔術師たちは皆、専用の馬車を割り当てられているらしく、そちらを目指すことにした。青い旗を掲げた馬車の群れ。訪ねて回ることしばし―
『やあ、ケイくん。数日ぶりだね』
お目当ての馬車が見つかった。いかにも魔術師らしいローブを身にまとう、どこかくたびれた雰囲気を漂わせる日系人。
“流浪の魔術師”こと、コウタロウ=ヨネガワだ。
『どうも、こんにちは』
会釈しながら、母国語のありがたみが身にしみる。先ほど未知の単語で焦りまくっただけに、なおさらだ。
『義勇隊(そっち)はどんな感じ? あ、上がってよ、狭いけど』
こじんまりとした馬車の扉を開いて、手招きするコウ。
『お邪魔します』
特に気負うことなく乗り込んだケイだったが―
こんにちは
思わぬ先客の姿に、固まってしまった。……狭い馬車には、コウの他、もう一人顔見知りの女性がいたからだ。
こ、こんにちは。ヒルダさん
挙動不審になりながらも、どうにか挨拶を返す。
黒を基調に、メイド服をベースにしたような旅装の、上品な女性。それはコウが身を寄せる、サティナの領主邸宅で度々世話になっていた、使用人のヒルダだった。
VIP待遇の魔術師に使用人がついているのは、何もおかしいことではない。だが女性が? しかも狭い車内で二人きり? もしかして自分はお邪魔虫だったのでは、しまった出直すべきか―
そんな思考がグルグルと巡るケイをよそに、コウとヒルダはごく自然体で、 悪いけどお茶をお願いできるかな、ヒルダさん かしこまりました、コウ様 と言葉をかわしている。
では、用意して参ります
ケイと入れ替わりに、馬車を出ていくヒルダ。
ふぅ、と溜息をついて座席に背を預けるコウと、何をどう言ったものか迷うケイ。
『えーと……リア充爆発しろ?』
『既婚者がそれ言う?』
二人は顔を見合わせて、困ったように笑いあった。
『びっくりしました。まさか……“丘田(おかだ)さん”がここにいるなんて』
頭に手をやりながら、馬車の外を見やってケイは言う。
丘田というのはコウが発案したヒルダのあだ名だ。丘は英語でHill、そこに田を足して丘田(ヒルダ)。日本語で会話しても固有名詞はそのままなので、本人に聞かれてもバレないように言い換えている。
『僕もねえ、まさか彼女がついてくるとは思ってなかったよ』
コウも戸惑いがちに答えた。
『大丈夫なんですか? こんな行軍についてくるなんて、何というか、その……』
『妙齢の美人メイド、おっさん魔術師、狭い馬車で二人きり。何も起こらないはずがなく……ってな感じかい?』
おどけたようにお手上げのポーズを取ってみせるコウだったが、がっくりと肩を落として溜息をつく。
『実際ねえ。領主様が彼女を寄越してきたのは、そ(・)う(・)い(・)う(・)意(・)図(・)があってのことだと思うよ。自分で言うのもなんだけどさ、僕ってほら、最前線に配置される可能性が高いから……』
『うわー、やっぱそうなんですか……』
コウは氷の魔術師であり、“飛竜(ワイバーン)“のブレス―火炎放射への数少ない対抗策でもある。攻城兵器や前線指揮官を守るため、攻撃部隊の中心に据えられるのは、まず間違いない。
言うまでもなく危険な役割だ。訓練を受けている戦士でもなし、いつ臆病風に吹かれて逃げ出してもおかしくない。そして、いわゆる由緒正しき家々出身の魔術師とは違い、流れ者であるコウには社会的に縛るものがない。
―なら、縛っちゃえ。
つまり、そういうことだろう。ヒルダは上級使用人で、本人は授爵こそしていないものの男爵家出身だったはず。
飛竜討伐軍に派遣され、しかも流れ者の異邦の男性に仕えさせられている時点で、けっこう酷い扱いだが―そんじょそこらの一般人ではない。お手つきにしてもいいから頑張ってね、という領主側の無言の圧力を感じた。
『まあ……正直なところ、彼女がいてくれて助かってるのは事実だ』
コウは極めて渋い顔で認める。
『何せ、こんな馬車に缶詰じゃロクな娯楽がなくってね……』
『……えっ、まさか……』
『……ああいや違う違う、そういう意味じゃない!』
やはり自分はお邪魔虫だったのでは―とビビるケイに、一拍置いて、語弊を招く言い方であったこと気づいてコウが慌てて手を振った。
『そうじゃなくて! 話し相手とか、遊技盤(チェス)の相手とか、そういうことだよ!』
バッ、と折りたたみテーブルの上の、遊びかけの盤面を指差すコウ。どうやら一局指している途中だったらしい。
『彼女とは健全な関係だから! まだ手は出してないから!』
『ま(・)だ(・)……?』
『あっ、いや、その……』
コウは深く溜息をついて、座席に沈み込んだ。
『……ケイくん、こんな密室でさ。向こうがその気だったら、男ができる抵抗なんてたかが知れてるよ……』
『まあ、もちろん、気持ちはわかりますが……あっ、自分は、決して非難してるわけじゃないんで、悪しからず。むしろ仕方ないっつーか』
『そう言ってもらえると助かる。既婚者という点も心強いね』
『いやー言うて自分は恋愛結婚ですんで……相手も国籍こそ違えど同郷ですし』
『ン……まあそうなんだけどさ……』
頬杖をついたコウは、おもむろに盤面の女王(クイーン)の駒をつまみ、コツンと魔術師(ビショップ)を小突いた。
どうやら磁石が仕込んであるらしく、グラッと揺れるものの、倒れまではしない。まあ、移動中に馬車が揺れることを鑑みれば、これぐらい強度がなければ遊べたものではないだろうが。
『単純な色仕掛けなら、どうにか耐えられるんだけどね。四六時中一緒で同情を引くような言動を取られると、僕はそういうのに弱いんだ……時間の問題だよ……』
『アレな聞き方になりますけど、寝るときも一緒なんです?』
『拒否したら彼女だけ外で野宿』
ケイのあけすけな質問に、肩を竦めてみせるコウ。
ああ、……とケイは唇を引き結んだ。コウはそういうのに弱いタイプだ―
『……正直なところ、事実関係は抜きにしても、床を共にしちゃった時点で丘田さんの嫁入り先は限定されるでしょうし……責任を取った方が楽になれるのでは』
ケイの容赦ない意見に、コウは両手で顔を覆った。
『そうだよね……そうなるよねぇ……』
そのとき、神妙な顔をしながらも、ケイは思う。ケイとアイリーンもことあるごとにアレコレ言われたものだが、確かに、他人のこういう話題は楽しい……! コウには気の毒だが。
影の魔道具でアイリーンと通信するとき、話のネタができた。
『ちなみに、肝心の丘田さんはどんな感じで……?』
『……言い渡されたお役目とはいえ、実は、前々からお慕いしていました……みたいなことを囁きかけてくる。でもさ、こんな外人のおっさんに、良家の娘さんが恋するなんて、そんな恋愛小説でもあるまいし……僕に少しでも気に入られようと、心にもないこと言ってるんだろうなぁ、と考えたら気の毒で気の毒で』
『あ~……』
いずれにせよ、その台詞は遺憾なく効力を発揮しているわけだ……。コウの陥落はそう遠くないな、とケイは思った。コウを狙っているであろう、もうひとりの同郷、豹耳娘(イリス)には気の毒だが。
お待たせしました、お茶をお持ちしました
と、金属製のポットとカップを手に、ヒルダが戻ってきた。
ありがとう、ヒルダさん。いつもすまないね
コウが座り直しながら、何事もなかったように穏やかな笑みを浮かべる。ヒルダも自然に微笑み返し、お茶の用意をしながら、コウの隣に楚々と腰掛けた。
いえいえ。ケイさんも、どうぞ
ありがとうございます