えー、だって、見てみたいもん

うーむ、まあ父さんも気持ちは分かるけどな! 仕入れ先にせよ、魔術の秘奥にせよ

ちら、とアイリーンに期待の眼差しを向けるホランド。これではどちらの味方なのか分からない。

アイリーンは口を尖らせて、時間を稼いでいるつもりなのか、明後日の方向に目を泳がせている。

……今は移動中だし、夕方、野営の準備が終わった後とか、ゆっくり時間のあるときにでも見せてあげたらどうだ?

ケイが横から提案すると、 それだ! と言わんばかりにアイリーンがびしりとケイを指差した。

そうだな。今は仕事中だからな。後でなら見せてやってもいいぜ?

えっ、ほんと!?

ああ。夕飯が終わったあと、ちょっとだけ、な

指先の隙間で ちょっと を強調しつつ、アイリーンは茶目っ気たっぷりにウインクして見せる。脳筋戦士のケイとは違い、アイリーンは魔力が強い。太陽さえ沈んでしまえば、子供騙しの簡単な術なら触媒なしでも行使できるのだ。

わーい、やったー! ありがとう!

おおー、言ってみるもんだなぁ

エッダとホランドが、 いぇーい と御者台でハイタッチする。夕飯の後の楽しみが増えたぞ、とはしゃぐ二人を見て、これでは魔術師というより手品師扱いだな、と思わずケイは笑う。しかし、アイリーンは得意満面の笑みを浮かべているし、当人が満足ならいいことだ。

さあさ、エッダ。わがままも聞いて貰えたことだし、中に戻っておきなさい。もうちょっとで次の村だからね

はーい

今度は聞き分け良く、荷台の方へ戻っていくエッダ。ニコニコとそれを見届けたホランドは、その笑顔のままアイリーンに向き直った。

いやはや、ありがとう、ありがとう。行商の旅というのは、どうにも退屈なもんでね。遊び盛りのあの子は、随分と刺激に飢えているようだよ

分かるぜ。あんぐらいの子だったら、そりゃそうだろうな

全く。しかし、本当に良かったのかね? 自分で言い出しておいて何だが、魔術師は滅多に自分の業を見せないと聞く

大丈夫。見せてもいいものしか見せないから

あっけらかんとしたアイリーンの言葉に、 こいつは一本取られた とホランドは苦笑した。

なるほど、そこは商人と変わらない、か

今回はエッダの顔に免じて、特別に見物料は取らないでおくぜ

はっは、これは敵わないな

ぱしっと額を叩いて、ホランドが笑いだすが、そこに背後から響く蹄の音が混じった。

おーい、ホランド! ちょっと待ってくれ!

見れば後方、馬に乗った傭兵が、こちらに向かって手を振りながら駆けてきている。

おお、ダグマル。どうした?

どうしたもこうしたもないよ、トラブルだ

ケイたちの横までやってきて、騎乗で肩をすくめる傭兵。それは眉毛が濃い、よく日に焼けた中年の男だった。

『ダグマル』と呼ばれた彼は、この隊商では傭兵のまとめ役をやっており、ケイたちの直接の上司に当たる人物だ。ホランド曰く幼馴染だそうで、悪友とでもいうべき関係なのだろう、お互いにかなりフランクな口調で話している姿が、朝から度々見かけられていた。

何が起きた?

ピエールんとこのオンボロ馬車が、今になってイカれやがった。何でも、車軸がガタついて動けねえらしい。今、皆で修理してるが、これがしばらくかかりそうでよ。少しの間待っておいて欲しいんだわ

……それは仕方ない。が、ピエールはいい加減、新しい馬車を買うべきだな

全くだ。けどアイツ、金がねえからなぁ

やれやれと嘆息したダグマルは、しかしすぐに気を取り直してケイを見やった。

それでだ、ケイ。お前たしか力自慢だったよな? ちょっと後ろに行って、修理を手伝ってやってくれないか。馬車を支えるのに人手が必要でよ

分かった、問題ない

助かる。俺は前の奴らにも知らせてくる、この分だと村に着くのは遅れそうだな

再び小さく肩をすくめ、ダグマルは慌ただしく前方へと駆けていく。それを見送りながら、ケイはアイリーンに”竜鱗通し(ドラゴンスティンガー)“を手渡した。

というわけで、俺は後ろに行くが……。邪魔になりそうだから、預かってくれ

あいよ

ありがとう

弓はアイリーンに任せ、ケイは馬首を巡らせて後方へと向かった。

ホランドの幌馬車から後ろに一台、二台、トラブルを抱えているのは、どうやら最後尾の馬車のようだ。商人の男と数人の見習いたちが荷台から重い荷物を降ろしつつ、工具や木材の切れ端を手に、後輪に群がるようにして慌ただしく修理を進めている。

ダグマルから、人手が足りないと聞いたが

おお、ありがたいっ

顔を真っ赤にして、荷台を持ち上げるように両手で支えていた商人が、救世主を見るような目でケイを見た。しかし同時に、その腕からふっと力が抜け、馬車の下で荷台を支えていた男が ぬぉっ と唸り声を上げる。

すっ、すまない、支えてくれないか!?

任せろ

商人の悲鳴のような声に、ケイはすぐさまサスケから飛び降りて、代わりに荷台を支え持った。ぐっ、と腰を入れて両腕に力を込めると、まだ少なくない量の商品を載せているにも関わらず、荷台は軋みを上げて僅かに浮き上がる。

おっ、軽くなった

下から荷台を支えていた短髪の青年が、嬉しげな声を出す。しかし、よくよく見るとこの男、どうやら商人の見習いではなさそうだった。板金付きの革鎧で身を固めている上に、腰には短剣の鞘が見受けられる。体つきも商人のそれではなく、実戦的に鍛えられた戦士の肉体だ。

(護衛か? しかし初めて見る顔だな)

腕に力を込めつつ、ケイは記憶を辿って首を傾げた。今朝、サティナを出発する前に、ケイたちは他の護衛と顔を合わせている。しかしどうにも、この青年には見覚えがない。短く刈り上げた金髪に、薄い青の瞳。肌は白く、全体的に色素が薄いように感じられる。目つきが妙に鋭く威圧的であることを除けば、その顔立ちは整っていると言っていいだろう。ピアスだらけの左耳が非常に印象的なので、仮に一度でも会っていれば、記憶に残っていない筈がないとケイは考える。

護衛の傭兵ではなく、誰かの個人的な用心棒なのか。

あるいは行商に同行しているだけの旅人なのか。

ケイが考えを巡らせていると、ふと、その青年と目が合った。

あんた、なかなか、腕っ節が強いな

どこか―挑戦的な、好戦的な。そんな物騒な光を、瞳の中に見た気がした。

……そいつはどうも

おどけるように肩をすくめて、ケイはそれをやり過ごす。

ようし、ここに板を差しこめ!

釘! 釘もってこい釘!

こっちにも角材回してくれ!

周囲の男達の騒がしい声を聞き流しながら、荷台を支える手に意識を集中させた。

だが、ケイが視線を逸らしても尚。

金髪の青年はじっと、野性的な目でケイを見つめ続けていた。

†††

結局、隊商の一行が次の村に到着したのは、それから数時間後のことであった。

言わずもがな、原因は最後尾の馬車だ。実は、ケイが手助けに行ってから、十分としないうちに応急処置そのものは終わったのだが、車軸の傷みが思いのほか不味かったらしく、馬車はカタツムリのような速度しか出せなくなっていた。

言うまでもなく、これは他の商人たちにはいい迷惑だ。しかし、同じ隊商の仲間である以上、そのまま置いて行くわけにもいかない。

結果として一行は、その馬車に足並みをそろえる羽目になってしまった。

本来ならば、次の村には正午過ぎに到着するはずで、村で遅めの昼食を摂ったのち再出発する予定―だったのだが、実際に村に着いたのは、日がそれなりに傾いてからのことだった。ケイとアイリーン、それにエッダは、出発前にキスカから貰ったサンドイッチを昼食にしていたが、その他の面々は亀の歩みとはいえ移動中だっただけに、軽く何かをつまむことしかできず、村に着いた時点で相当な空きっ腹を抱えていた。

遅延の原因になった『ピエール』という商人が、ホランドを含む全員から総スカンを食らったのは言うまでもない。

村はずれの広場。

円陣を組むように馬車を停めた中心、隊商の皆は粛々と野営の準備を進めていた。今、ケイたちがいるのは街道から少し外れた小さな村なので、当然のように全員が休めるような宿泊施設は存在しない。しかし再出発するにはもう暗すぎるということで、今日はここで一夜を明かす運びとなった。

ふぇっふぇっふぇっふぇ……

テントを立てたり、荷物を整頓したりする皆をよそに、焚き火にくべられた大鍋を皺だらけの老婆がかき混ぜていた。

さぁて……ここに、コレを……

ローブの胸元から、何やら粉末を取り出してぱらぱらと鍋に投じる。さらに追加で薬草を放り込みつつ、ぐつぐつと沸騰する鍋を大べらでかき回して、老婆は ふぇーっふぇっふぇっふぇ と奇怪な笑い声を上げていた。

……オレなんかより、あの婆様の方がよっぽど魔女っぽいだろ

テントを張りながら、老婆の方を見やって、アイリーンがぽつり呟いた。

奇遇だな、俺も全く同じことを考えていたところだ

テントを挟んで反対側、地面に杭を叩き込みつつ、ケイ。ハンマーを傍らに置いて、杭にテントのロープを結びつけつつ、ちらりと広場に目を向ける。

湯気を立てる大鍋をかき回す、怪しい皺だらけの老婆。もちろん魔女などではない、この隊商で薬師をしているホランドの親類だ。『ハイデマリー』という名前らしいが、隊商の皆からは『マリーの婆様』、あるいは単に『婆様』と呼ばれて親しまれている。齢は七十を超えているとのことで、この世界の基準からすると、かなり長生きの部類といえた。

婆様、まだなのか?

テントを張り終えて手持無沙汰になったと見える、商人の一人がそわそわとした様子で声をかけた。

ふぇっふぇっふぇ、焦るでない、もう少しで完成じゃ……

ハイデマリーの返答に、おお、とどよめく男達。先ほどからハイデマリーが大鍋と格闘しているのは、何か薬品を精製しているわけではなく、皆の為に夕飯のリゾットを作っているのだ。

徐々に漂い始めた、食欲を刺激する、複数のハーブが混ぜ合わせられた良い匂い―。

ふぇっふぇ、よし、ここにキノコを入れれば、出来あがりじゃよ……!

ハイデマリーはローブのポケットから、乾燥させたキノコを直に取り出し―衛生面は大丈夫なのかと不安になるケイとアイリーンであったが―それを鍋に投じようとする。

わ! わ! わ! 待て、待て! キノコはやめろ、キノコはダメだ!

しかしその瞬間、広場の反対側からホランドが矢のようにすっ飛んできて、ハイデマリーの手から乾燥キノコを勢いよく叩き落とした。

ああっ! なんじゃ、何をするんじゃ!

それはこっちの台詞だ婆さん! いい加減、何度言ったら分かるんだ! おれはキノコがダメなんだよ!

だーからって、はたき落とすことは無いじゃないかね! 苦手なら避けて食べればいいんじゃ!

ダメなんだ! 中に入ってるの見ただけで、もう鍋の中身全部が食べられないんだ!

はァーッ! 子供じゃあるまいし、いい歳した大人が恥ずかしくないのかね!

だ・か・ら! これには深いワケが……って、勘弁してくれよ、この説明ももう何回目か分からんぞ! 耄碌したか婆さん!

なんじゃとーッ!?

木べらを振り上げてお冠のハイデマリー、頭痛を堪えるように額を押さえるホランド、二人は鍋を挟んで、やかましく口喧嘩を始める。やれやれといった様子で、空きっ腹をなだめつつ、それを見守る周囲の者。

ホランドの旦那はそんなにキノコがダメなのか?

らしいな

……あー、これな、ちょっとワケがあるんだわ

どこか呆れた様子のケイとアイリーンに、近くに居たダグマルが渋い顔をした。

というと?

いやな。俺とホランドが幼馴染なのは知ってるだろ。アイツも小さい時は、普通にキノコ食えてたんだよ。だけど俺がガキのとき、ホランドと森に出かけてよ、一緒にキノコ狩りをしたんだが……、

ぽりぽり、と気まずげに頬をかき、

俺が間違えて、毒キノコを採っちまってな。それをホランドが食べちまったんだ。三日三晩、熱にうなされて、何とか一命は取り留めたが……それ以来キノコというもんがダメになっちまったらしい

それは……

ダグマルの解説に一転、ケイたちは気の毒そうな顔をする。

トラウマって奴か

TRAUMA? 何だそれは

肉体的・精神的なショックで、心に負わされる傷のことさ。戦場で死にかけた兵士が戦えなくなったり、食あたりで旦那みたいにキノコが食えなくなったり……そういうのを『トラウマ』っていうんだ

へえ、そいつは知らなかった

アイリーンの解説に、感心したように頷くダグマル。

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