(『前回とは少し違う形で競技を進める』、と言っていたが……)
大会関係者の発言を思い出し、一抹の不安を隠せないケイ。『鎧を持っているならばこれを装備するように』というのが、運営側からの指示だった。基本的に、的当てがメインで、参加者同士が直接争うようなことはない筈だったのだが―。心なしか他の選手たちの間にも、ピリピリとした空気が流れているようにも感じられる。
(いざ決闘になったところで、負ける気はしないんだがな)
参加者を見渡して、ケイが正直に思うところだ。歴戦の傭兵、あるいは凄腕の狩人といった猛者特有の雰囲気を漂わせる者もいるが、アレクセイの覇気に比べると若干見劣りしてしまう。
とはいえ、ケイも他人を傷つけたいわけではないし、自分が怪我するのもまっぴら御免だった。かといって今更身を引くわけにもいかず―スッキリとしないまま、時間が経つのを待っているのが現状だ。
特にやることもなし、“竜鱗通し”を膝の上に置いて、矢のコンディションをチェックしていたケイであったが、
ケイ? ……ケイじゃないか!?
自身の名を呼ぶ声に、思わず顔を上げる。そして視界に飛び込んできた、とび色のあご髭の渋い、がっしりとした体格の狩人に目を見開く。
―マンデル! マンデルか!
ケイの眼前に立っていたのは、タアフ村の狩人、マンデルであった。ぴったりとした服に革のプロテクターを付け、頭部には羽根飾りのついた革の帽子。背中には矢筒を背負い、使い込まれたショートボウを手にしていた。
久しぶりだな。……一ヶ月半ぶりか?
あ、ああ
穏やかな笑みを浮かべるマンデル。固い握手を交わしながら、ケイは馬鹿のように何度も頷いた。
マンデルも、大会に出るのか?
ああ。あわよくば入賞を、と思って来たんだが。……ケイも参加するんなら、優勝は無理だと確定してしまったな
謙遜しつつ苦笑いするマンデル、しかしケイは曖昧な笑みを浮かべたまま、自身の緊張が顔に出ないようにするのに必死だった。
すぅ、と息を整えて、覚悟を決める。
……村の皆は、元気か?
最大限の緊張と共に放たれた疑問。心臓が早鐘を打つかのようだったが、―マンデルは、事も無げにそれに答えた。
ああ。……何事もなく、みんな元気だよ
それを聞いて、ケイの全身から力が抜ける。
(……結局盗賊は、村に来なかったんだな)
心がすっと軽くなり、ケイはようやく本心からの笑みを浮かべることができた。
そうか……何か、村で最近変わったことはあったか?
そうだな。実はケイが出て行ったあと、子供が一人病気にかかってしまったんだが、アンカの婆様がまじないをかけたら、たちまち治ったんだ。……婆様が、『ケイたちが精霊語を教えてくれたお蔭だ』と泣いて喜んでたぞ
ほう! それは良かったな。こちらとしても教えた甲斐があった。婆様の気持ちが精霊に届いたんだろう、これは凄いことだぞ、彼女は才能がある
どうやらあの呪い師の老婆は、呪術の行使に成功したらしい。純粋な驚きと共に、ケイは心から、手放しで彼女を称賛した。
あとは、……そうだな
うーむ、と考え込んだマンデルは、
……シンシアが身籠ったくらいか
ケイの脳裏に、薄幸の雰囲気を漂わせた、ひとりの女性の姿が蘇った。
シンシアって……あの、村長の息子の妻か?
そうだ。……色白で、亜麻色の髪をした、あの美人だよ
…………
反応に困る。間違いなくシンシアのことは憶えているが、同時にその夫のことも思い出したからだ。
ケイとしては、アイリーンの面倒を見てくれたシンシアには心から感謝しているのだが、村長の息子―ダニーという名前だったか―には強姦未遂疑惑があるため、あまり良い印象を持っていない。しかもアイリーン経由で、シンシアにとってはそれが望まない結婚であったことも知っている。
そ、そうか……
結局、曖昧に頷くことしかできなかった。
シンシアは今まで、子宝に恵まれなかったからな。何はともあれ、次期村長の跡取りを授かったわけだ。……めでたいことだよ
そう言うマンデルは―穏やかで、落ち着いていた。その態度にどこか違和感を覚えたケイであったが、 それは兎も角、ケイ とマンデルが話題を変える。
この間、『とある狩人が一撃で”大熊(グランドゥルス)“を打ち倒した』と聞いたんだが。……これは、ケイのことか?
ああ、―うん。まあ、そうだな
ほう! やはりか。……小山ほどもある巨大な”大熊”だったらしいな
いや、それは流石に大袈裟だ。実際は体長五メートルほどでな―
そんなこんなで、“大熊”の話題で盛り上がっていると、外から衛兵がやってきた。
諸君! そろそろ予選が始まる。各々、準備を整えたら外に集合してくれ!
ピリッ、とテントの空気が引き締まる。とうとう、大会が始まろうとしているのだ。
いよいよだな
ああ。……緊張してきたぞ
愛用のショートボウを撫でながら、言葉とは裏腹に、マンデルが不敵な笑みを浮かべる。ケイも同じ気持ちで口の端を釣り上げ、左手の”竜鱗通し”を握り直した。
―行くか
テントを出て、練兵場に足を踏み入れる。周囲に集まっていた見物人たちが、続々と姿を現す勇士たちに歓声を上げた。
視線を走らせると―最前列に、アイリーンが陣取っているのが見える。その隣にはホランドと、エッダの姿もあった。
ケイが軽く手を振ると、それに気付いたアイリーンは元気いっぱいに手を振り返し、終いには熱烈に投げキッスを飛ばしてくる。苦笑しながら、ケイも飛ばし返した。マンデルが横で笑っている。
それでは諸君! 予選について説明しよう! まずは前回と同じように、五十歩の距離から標的を射て、その狙いの正確さを競い合って貰おう。次に―
選手たちの前で、衛兵の一人が説明を始めたので、そちらに意識を集中させる。
ウルヴァーン武闘大会、射的部門。
ケイにとっての栄光と権利を勝ち取る戦いが、今まさに、始まろうとしていた。
32. 栄光
前回のあらすじ
ケイ、武闘大会突入。
ケイは優勝した。
他の選手が次々と棄権していく中、圧倒的差をつけての大勝利であった。
公王の孫にして次期後継者、ディートリヒ=アウレリウス=ウルヴァーン=アクランド公子より直々に表彰され、褒賞の一部を受け取って帰った”HangedBug”亭では今、祝勝会と称したどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。
それでは”公国一の狩人”、ケイのさらなる栄達を願って、乾杯!!
乾杯ー!
酒場の中心、ホランドが音頭を取り、それに合わせて皆が一斉に杯を掲げた。マンデルやエッダのような知己の姿もあれば、大会で知り合った他の選手もおり、はたまたその場に居合わせただけの一般客もドサクサに紛れて宴に参加している。
そしてケイは、そんな彼らに囲まれて、ほろ酔い気分で上機嫌に杯を重ねていた。
大活躍だったなケイ! 圧倒的だったじゃないか!
ふふふ、……まあな!
左手側に陣取るアイリーンに褒められ、照れながらも鼻高々になるケイ。
予選の内容そのものは、概ね想定内だった。それほど緊張はしなかったさ
……まったく、他の選手は災難だな
テーブルを挟んで対面、蒸留酒のカップを傾けて、しみじみと呟いたのはマンデルだ。
おれは最初から、ケイのことを知っていたからまだマシだったが。……初めてお前と競う羽目になった奴らは、心底絶望しただろう
やるからには全力で、と決めていたんだ
飄々とした態度のケイに、改めてマンデルは苦笑する。
まったく。途中で棄権した奴らを、おれは責める気にはなれないよ。……あれほどの実力差を見せ付けられると、普通は心が折れる
いやでも、マンデルも凄かったじゃないか。あの短弓に、まさかあんな使い方があるとは思わなかったぞ
なに、あれは大道芸みたいなものだ。ケイだってやれば出来るはずさ。……だが所詮は小細工、ケイには敵わなかったようだな
いや、あの状況下でそれを試みた度胸と、実際に成功させた胆力は素直に尊敬するよ。俺にはとても真似できないな。正直、あの時はかなり焦った
ふっ、ならば、せめて一矢報いることには成功していたわけか。……光栄だよ、ケイに尊敬されるなんて
そういって肩をすくめるマンデルではあるが、実は大会ではケイに次いで入賞を果たしている。ウルヴァーン主催の大会であるにも関わらず、軍属の弓兵や傭兵などを差し置いて、上位入賞者のうち二名を異邦人と平民が占めるという異例の事態であった。
しかし実際のところ、おれはケイに負けてよかったかも知れない。……あのまま決勝に進んでいたらと思うと、ぞっとするよ
ああ、あれは流石に予想外だった。まさかあんな形になるとはな
普段通りの装備を、ってのがああいう意味だったとは思わなかったぜ
感慨深げなマンデル、面白がるようなケイ、呆れ顔のアイリーンと、三者三様に決勝戦を振り返る。
でも、お兄ちゃんなら大丈夫だって、わたし信じてたよ!
テーブルの下から、ケイの右手側に、ぴょこんと褐色の肌の少女が顔を出した。ホランドの娘、エッダだ。
“大熊(グランドゥルス)“だって平気でやっつけたんだし。あのくらい、お兄ちゃんならどうってことないよね!
まあ、な。練兵場の真ん中に引っ立てられて、突然アレが始まったら流石に焦ったかもしれないが
お兄ちゃん、全然慌ててなかったよね。とってもカッコよかったよ!
英雄を見るようなキラキラとした眼差しに、ケイは面映い気分で杯を揺らす。
……ありがとう。でも今回は直前に告知(アナウンス)があったからな、“大熊”のときに比べれば大分マシだ
はっはっは、そう言われちまうと、もう片方の選手は形無しだなぁ!
背後から酒臭い息。振り返ってみれば、顔を赤くしたダグマルの姿があった。
よっ、英雄! 呑んでるかい!?
ああ、呑んでるよ。あんたほどじゃないが
おどけて、手に持つ杯を示してみせる。対してダグマルは、葡萄酒の小さな壺から直呑みしているようだった。
はっはは、呑むぜー、おれは呑むぜ! なんつったってタダ酒だからな! な!?
え? いや、各自で会計してもらうつもりだが
……なに?
赤ら顔のまま表情の抜け落ちるダグマルに、ケイはぷっと吹き出した。
冗談だよ、何マジになってんだ
……テメェッこのっ、ビビらせやがって!
ケイにヘッドロックを決め、葡萄酒の壺でこめかみをグリグリとするダグマル。 痛い痛い と笑いつつも、そんなに支払いが恐ろしいほど呑んでるのか、と思うケイ。しかしこの際、そんなことはどうでもよかった。
よーしみんな、改めて言うまでもないが、今日は俺の奢りだ! 呑め呑め!
ケイの宣言に、うおおお、と周囲が沸き立つ。
いいぞいいぞー!
さすっが優勝者ー!
よっ大将、太っ腹!
皆、ケイをヨイショするのに余念がない。さらにいい気になって注文を重ねるケイと、その恩恵を享受するその他大勢の構図。ケイの隣では、アイリーンが あーあ という顔をしていたが、流石に止めるような無粋な真似はしなかった。
陽気な空気の中、酒場のドワーフ顔の主人は 酒が足りねえ! と嬉しい悲鳴を上げ、ジェイミーを含む従業員たちは、忙しげに客たちの間を飛び回っている。
それにしてもアレだな、決勝に出てたあの弓兵は大丈夫だったのか
ああ、アイツか
話を決勝戦に戻し、ケイが問いかけると、腕を組んだダグマルはしたり顔で、
何でも、右肩が食い千切られて大ごとだったらしい。早々にギブアップしたのと、決勝戦だから特例で高位魔術師が治療にあたったのとで、一命は取り留めたそうだが。今じゃ傷ひとつなくピンピンしてるってよ
そうか、それは重畳
ただ、傷は治っても腕の感覚がなかなか戻らないらしくてな。軍は辞めるかもしれないそうだ
うーむ、そうか……
沈痛な面持ちのケイの前に、ゴトリと串焼き肉の皿が置かれた。
―怪我しちまうとなぁ。感覚はなかなか戻らねえもんさ
太い腕を辿っていけば―前掛けをしたドワーフ顔。デリックだ。
おれも昔、矢を受けちまってなぁ……おかげで今ではこのザマよ
ぽん、と右膝を叩いてみせるデリック。足を引きずって歩いていたのは、そういうことだったのか、とケイも合点がいく。
あなたも戦士だったのか?
戦士、っつーか、傭兵だな
気恥ずかしそうに鼻の頭をかいて、デリックが目を逸らす。
これでも、おれがひよっ子だった頃は有名人だったんだぜ
代わりに、自分のことのように嬉しそうに、ダグマルがずいと身を乗り出した。